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モバライダー mobarider

宇宙に物質はどれくらい存在している? 銀河団を構成する銀河を利用して高精度に推定

2024年02月25日 | 宇宙 space
今回の研究では、銀河団(※2)の数の関係を、銀河団を構成するメンバー銀河(※3)を利用して高精度に推定。
銀河団の質量と数の関係を数値シミュレーションによる予測値と比較した結果、宇宙に存在する物質とエネルギーの総量のうち物質が31%を占め、残りは暗黒エネルギー(ダークエネルギー)であることを突き止めています。

この研究で開発された新手法は、最新の天体望遠鏡を用いて集まりつつある新しい観測データに対しても応用可能なので、今後宇宙の起源の理解が深まることが期待されます。
※2.銀河団は数百から1万もの銀河が互いの重力の影響によって集団となったもの。
※3.メンバー銀河とは、銀河団を構成する銀河で、銀河団の重力で銀河団の中を運動している。メンバー銀河の数とは銀河団ひとつの中に、どれくらいの銀河が存在するかを表し、銀河団自身の数とは異なる。

この研究を進めているのは、エジブト国立天文・地球物理学研究所のMohamed Abdullah研究員、千葉大学情報戦略機構の石山智明教授たちの国際共同研究チームです。
Mohamed Abdullah研究員は、JSPS外国人特別研究員として、2023年6月まで千葉大学情報戦略機構で研究に従事していました。
研究の成果は、2023年9月13日に、アメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に掲載されました。


宇宙には物質がどれくらい存在するのか

宇宙論における最も重要な問題のひとつは、宇宙において各物質成分がどれくらいの割合で存在するのかということです。
それを推定する方法の一つとして、銀河団の質量と数の関係を用いるものがあります。

銀河団は宇宙における最大の天体であり、銀河団の質量と数の関係は、宇宙論的条件、特に物質の総量に非常に敏感です。

宇宙における全物質の割合が高ければ高いほど、より多くの銀河団が形成されることが予想されます。
でも、銀河団の質量と数の関係を正確に直接測定することは困難なんですねー

それは、ほとんどの物質が、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質“暗黒物質(ダークマター)”(※4)だったからです。

暗黒物質が発見されるきっかけになったのは、銀河の回転速度でした。
銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できるはずです。

でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かりました。

そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが“暗黒物質説”の始まりになっています。
※4.宇宙は、正体不明の暗黒物質(ダークマター)が26.8%と暗黒エネルギー(ダークエネルギー)68.3%で満たされていて、身近な物質である“バリオン(陽子や中性子などの粒子で構成された普通の物質)”は、宇宙の中にわずか4.9%しか存在しないことが分かってきている。
暗黒物質の素粒子としての正体は分かっておらず、基礎物理学の重要な未解決問題の一つとなっている。


銀河団の質量とメンバー銀河の数の関係

今回の研究では、質量の大きい銀河団ほどより多くのメンバー銀河を含んでいるという事実に着目し、銀河団の質量を間接的に測定する方法を採用しています。

銀河は光り輝く星で構成されているので、各銀河団に含まれるメンバー銀河の数の計測を、その銀河団の質量を間接的に測定する方法として利用できます。

研究では、公開されている“スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)”(※5)の観測データを解析。
これにより、各銀河団に含まれるメンバー銀河の数を計測し、銀河団の質量とメンバー銀河の数の関係を調べました。
※5.“スローン・デジタル・スカイ・サーベイ”は、アメリカ・ニューメキシコ州アパッチポイント天文台のスローン財団望遠鏡(口径2.5メートル)を使った大規模な3次元宇宙地図作成プロジェクト。
そこから銀河団の質量と銀河団自身の数の関係を高精度に推定し、数値シミュレーションによる予測と比較。
その結果、観測とシミュレーションが最もよく一致したのは、全物質が宇宙の物質とエネルギーの総量の約31%を占める宇宙で、ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“プランク”による宇宙マイクロ波背景放射(※6)の観測から推定された値と非常によく一致しました。(図1)
※6.宇宙マイクロ波背景放射は、ビッグバン後に発せられた“宇宙最初の光”の残光。
宇宙膨張の影響を受けて波長が伸び、現在は電波の波長(マイクロ波)で観測される。
宇宙マイクロ波背景放射の観測はビッグバン宇宙論の根拠として、また、その強度分布や偏光分布の観測は、標準宇宙モデルの確立に大きく貢献した。
図1.シミュレーション結果に基づいた銀河団の分布。それぞれの円は銀河団を表し、質量が大きいものほどサイズが大きく黄色く描かれている。宇宙における物質の総量などのパラメータを変化させた6モデルの結果を示していて、銀河団の質量や銀河団の数も大きく異なることが分かる。(提供:千葉大学リリース)
図1.シミュレーション結果に基づいた銀河団の分布。それぞれの円は銀河団を表し、質量が大きいものほどサイズが大きく黄色く描かれている。宇宙における物質の総量などのパラメータを変化させた6モデルの結果を示していて、銀河団の質量や銀河団の数も大きく異なることが分かる。(提供:千葉大学リリース)
この研究成果を得るためには、各銀河団までの距離と、どの銀河が銀河団に重力的に結合している真のメンバーなのかを、世界で初めて正確に決定することが重要になっています。
このため、研究ではスローン・デジタル・スカイサーベイの分光観測のデータを利用しています。

これまでもメンバー銀河の数を利用しようと試みた研究はありました。
でも、各銀河団までの距離と、近くに見える銀河が真のメンバー銀河であるかどうかを決定するために、少数の異なる波長における撮像データを用いていて、あまり高い精度が得られていませんでした。

また、物質の総量を推定する手法として宇宙マイクロ波背景放射の他にも、バリオン音響振動、Ia型超新星、重力レンズなどが用いられてきました。

今回の研究で採用している銀河団の質量と銀河団の数の関係を用いる手法は、これまでの手法とは完全に異なり、物質の総量などの宇宙論パラメータを制約するための競争力のある手法だと実証したことは大変意義のあることと言えます。

さらに、すばる望遠鏡、暗黒エネルギーサーベイ、暗黒エネルギー分光器、近赤外線宇宙望遠鏡“ユークリッド”、X線望遠鏡“eROSITA”、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡のような、広視野・深視野の大規模な撮像・分光銀河サーベイから利用可能になりつつある新しい観測データに対しても応用可能なので、今後の発展が大いに期待できます。


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