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高解像度と高感度のアルマ望遠鏡だから分かってきた! 宇宙誕生後6億年の銀河の成り立ちや星々の生死、そして宇宙の物質循環のこと

2023年08月31日 | 宇宙 space
今回の研究では、アルマ望遠鏡を用いて宇宙誕生後6億年の時代に存在する若い銀河を、これまでにない高い解像度でとらえることに成功しています。

そして、アルマ望遠鏡がとらえたチリと酸素の電波画像から分かったこと。
それは、暗黒星雲と散光星雲が互いに入り混じり、また活発な星々の誕生と超新星爆発によって作られた巨大な空洞“スーパーバブル”と見られる構造でした。

宇宙初期の天体において星々の生と死にかかわる星雲の姿が、これほど精細にとらえられた例はなく、銀河の誕生にかかわる重要な手掛かりが得られると期待されています。
この研究は、名古屋大学大学院理学研究科 田村陽一教授、筑波大学数理物質系 橋本卓也助教たちの国際研究チームが進めています。

遠方銀河の観測

138億年前の宇宙誕生から間もない頃に、星や銀河はどのように形成されたのでしょうか?

それを知るには遠方銀河の観測が重要になります。

例えば、130億光年彼方に位置する天体が放った光や電波は、130億年の時間をかけて地球に届いています。
なので、その光や電波を観測することは、130億年前のその天体の姿を見ていることになるんですねー

研究チームが、アルマ望遠鏡による超遠方銀河の探査に乗り出したのは2012年のことでした。
その後、2016年に当時としては史上最遠方の酸素が放つ電波を検出するという世界記録に結び付きています。
日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。人間の目には見えない波長数ミリメートルの“ミリ波”やそれより波長の短い“サブミリ波”の電波を観測する。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡として観測することができる。
その後も記録を更新し、2018年には132.8億光年彼方の酸素が放つ電波を検出。
当時史上最遠方の銀河の同定に成功しています。

さらに、2019年には132億光年彼方の別の銀河“MACS0416_Y1”から、酸素の放つ電波に加え、チリが放つ電波を検出することに成功しました。

チリは星が一生を終える際に、周囲に撒き散らされる残骸に由来します。
星々の生と死がまだあまり繰り返されていない早期の宇宙にチリが存在することは、驚くべき発見でした。

暗黒星雲と散光星雲

冷たいチリやガスからなる雲は、チリが星の光を遮るために黒く見えることから暗黒星雲と呼ばれています。

星の残骸の集積体である暗黒星雲は、新たな星が生まれる母体になることが知られています。

なので、暗黒星雲内部の詳細な観測は、銀河の中で星がどのようにして生まれては死に、次の世代の星の誕生につながっていくかを知る上で重要なことになります。

暗黒星雲の中で巨大な星が生まれると、生まれたての星は高温なので周りのガスの電子を剥ぎ取ってイオン化していきます。
こうしたイオン化したガスからなる星雲を散光星雲と呼びます。

2019年に遠方銀河“MACS0416_Y1”に見つかったチリと酸素は、それぞれ暗黒星雲(チリが放つ電波)と散光星雲(酸素が放つ電波)から放射されていると考えられています。

そう、このチリと酸素の分布を詳細に観測できれば、銀河の中の暗黒星雲で星がどのように生まれ、散光星雲ができるかを知る手掛かりになるはずです。

ただ、2019年の観測で得られた画像では、解像度が十分ではなかったんですねー
チリと酸素、すなわち暗黒星雲と散光星雲を区別することができていませんでした。

そこで、今回の研究で試みられたのは“MACS_Y1”の高解像度観測でした。

研究チームは、アルマ望遠鏡のアンテナを直径3.4キロの望遠鏡に相当する解像度が得られるように配置し、28時間に及ぶ長時間観測を実施。
遠方銀河としては、これまでよりはるかに高い解像度と高い感度の観測画像を得ることに成功しています。

この画像により、チリの出す電波と酸素の出す電波の出処が、それぞれ別の場所だと見分けることができました。

宇宙の物質循環を生み出す原動力

今回得られた画像を見て分かったことは、散光星雲と暗黒星雲がお互いを避け合うように入り組んで分布していること。
これは、ちょうど山間の平地を縫って集落や畑が広がっていくように、暗黒星雲の内部で誕生した星々が周りのガスをイオン化し、散光星雲に変えていく様子を見ているものと考えられます。
人類史上最遠方の暗黒星雲を持つ132億光年彼方の銀河“MACS0416_Y1”の画像。画像は一辺およそ1万5千光年。(左)アルマ望遠鏡がとらえた暗黒星雲(チリが放つ電波)と散光星雲(酸素が放つ電波)、およびハッブル宇宙望遠鏡の星々の画像。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Y. Tamura et al., NASA/ESA Hubble Space Telescope)(右)暗黒星雲が持つチリが放つ電波をとらえたアルマ望遠鏡の画像。中央部に縦方向に伸びた楕円形の空洞“スーパーバブル”が見える。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Y. Tamura et al.)
人類史上最遠方の暗黒星雲を持つ132億光年彼方の銀河“MACS0416_Y1”の画像。画像は一辺およそ1万5千光年。(左)アルマ望遠鏡がとらえた暗黒星雲(チリが放つ電波)と散光星雲(酸素が放つ電波)、およびハッブル宇宙望遠鏡の星々の画像。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Y. Tamura et al., NASA/ESA Hubble Space Telescope)(右)暗黒星雲が持つチリが放つ電波をとらえたアルマ望遠鏡の画像。中央部に縦方向に伸びた楕円形の空洞“スーパーバブル”が見える。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Y. Tamura et al.)
また、赤色で示すチリの分布だけを見ると、画像中央の位置に直径およそ1000光年に及ぶ巨大な空洞があいている様子が見えます。

これまでの研究から分かっていたのは、“MACS0416_Y1”が過去数百万年にわたって天の川銀河のおよそ100倍にも及ぶスピードで星を生み出していることでした。

これらの星々は、巨大な集団(星団)として生まれ、短命のうちに次々に超新星爆発を起こして死を迎え、その衝撃で巨大な空洞“スーパーバブル”を作っている可能性がありました。

今回見つかった巨大な空洞は、この“スーパーバブル”により作られた可能性があります。
この巨大なバブルは、やがて破裂し銀河内部の星間空間や銀河の外の広大な空間に、星々の残骸(様々な元素やチリ)を含むガスを撒き散らすと予想されています。

こうした元素やチリは、再び暗黒星雲に取り込まれて、次世代の恒星や惑星の材料になるだけでなく、銀河や銀河団の化学組成を変容させていく、いわば“宇宙の物質循環”を生み出す原動力になると考えられています。

さらに、今回の観測で知ることができたのは、星雲を構成するガスの運動でした。

ガスは、時速20万キロのもの乱気流になっていたんですねー

このような乱気流のもとでは、星々は巨大星団となって誕生する可能性が指摘されています。

巨大星団は形成期の銀河に見られる特徴で、今後ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡や、2030年代に観測が開始される口径30メートルの次世代超大型光学赤外線望遠鏡“TMT”により、形成される星団自体の高解像度観測を行うことで、より詳細な情報が得られると期待されます。
超大型光学赤外線望遠鏡“TMT(Thirty Meter Telescope)”は、現在建設計画を進めている口径30メートルの望遠鏡。国立天文台の他、アメリカ、カナダ、中国、インドの5か国でハワイ島マウナケア山頂に建設予定。
また、今回の成果を初めて可能したのは、高解像度と高感度を同時に実現したアルマ望遠鏡の性能でした。

一般に、同じ観測時間で解像度を上げると、感度は犠牲になってしまいます。
今回、ターゲットにした天体は132億光年彼方の非常に暗い天体なので、高い感度が必要だったわけです。

今回の研究成果は、アルマ望遠鏡の究極の性能を引き出すことで、宇宙早期の銀河の成り立ちや星々の生死、そして宇宙の物質循環の理解につながった意義深いものといえます。


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28日の種子島、高層風の風速は問題なかったけど風向きが… 30分前に中止になったH-IIAロケット47号機の打ち上げ

2023年08月30日 | 宇宙 space
2023年8月28日(月)に予定されていたX線分光撮像衛星“XRISM”と小型月着陸実証機“SLIM”を搭載したH-IIAロケット47号機の打ち上げ。
三菱重工業とJAXAによると、高層風が制約条件を満たさなかったので、打ち上げの約30分前に中止を決めたそうです。

X線分光撮像衛星“XRISM”と小型月着陸実証機“SLIM”は、H-IIAロケット47号機(H-IIA・F47)により、種子島宇宙センターから2023年9月7日8時42分11秒(日本時間)に打ち上げられました。
ロケットは計画通り飛行し、“XRISM”は打ち上げから約14分09秒後、“SLIM”は約47分33秒後にロケットから正常に分離されたことが確認されました。


ただ、台風9号と台風11号により、種子島はしばらく天候が悪い予報…
なので、新たな打ち上げ日時は未定になっています。
射点に立つH-IIAロケット47号機(Credit: Mynavi)
射点に立つH-IIAロケット47号機(Credit: Mynavi)

晴れていても打ち上げを延期する理由

ロケットを打ち上げるには、様々な制約条件をすべて満たす必要があります。

今回、H-IIAロケット47号機の打ち上げで問題になったのは、飛行安全系・射場系における高層風の条件にありました。

これは、“射点近傍で破壊した場合に、落下破片などによる警戒区域外への影響がないこと”というもの。

三菱重工業によると、高度5~15キロに最大で秒速30メートルの強風が吹いていたそうです。
ただ、この風速でも、ロケットの飛行自体には問題は無かったようです。

では、何が問題になっていたのでしょうか?

それは、高層風の風向きにあったんですねー

東から北東の風だったので、万が一に指令破壊などで機体がバラバラになったとすると、風によって破片が陸側に流されて、射点から半径3キロの立ち入り規制エリアの外側に落下する恐れがありました。
主な制約条件。ロケット系にも高層風の条件があるが、今回問題になったのは飛行安全系・射場系の方だった。(Credit: MHI)
主な制約条件。ロケット系にも高層風の条件があるが、今回問題になったのは飛行安全系・射場系の方だった。(Credit: MHI)
気になる新たな打ち上げ日なんですが、予測は難しい状況にあるようです。

当日の延期だったので、通常であれば次の打ち上げは最短でも3日後になるはずです。
ただ、接近中の台風の影響などもあるので、しばらくは打ち上げに適さない天候が続く見通しです。

新たな打ち上げ日がすぐに発表できなかったのは、そういう事情があったんですねー
28日に更新された週間予報。毎日見事に△や×が出ている。(Credit: JAXA)
28日に更新された週間予報。毎日見事に△や×が出ている。(Credit: JAXA)
機体は28日18時より“VAB(大型ロケット組立棟)”に戻され、点検や整備が行われる予定。
新たな打ち上げ日が決まり次第、それに向けた準備が再び行われることになります。

やや気がかりなのは、今回の予備期間が9月15日までになっていること。

まだ2週間以上の余裕があるとはいえ、台風の影響が長期化すれば、厳しくなってくると予想されます。

もし、今回のウィンドウ(打ち上げ期間)を逃すと、打ち上げがさらに大幅に遅れてしまうので、できれば今回のウィンドウで打ち上げられるといいですね。


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複雑な有機分子を成長させる役割を担う分子“メチルカチオン(CH3+)”を発見! 宇宙で生命体形成のカギになる分子です

2023年08月29日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
東京大学は6月27日、陽イオン“メチルカチオン(CH3+)”を宇宙で初めて発見したことを発表しました。

有機生命体の形成につながる複雑な有機分子の成長において、カギになる分子と考えられているのが“メチルカチオン(CH3+)”です。

その場所は、惑星系の形成が進行中のオリオン星雲にある天体“d203-506”。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた国際的な観測による発見でした。
この研究成果は、フランス国立科学研究センターのオリヴィエ・ベルナさんを筆頭に、日本からは東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻の尾中敬名誉教授が参加した、ヨーロッパ宇宙機関/Webb、The Space Telescope Science Institute、NASAなどの50名以上の研究者が参加した国際共同研究チームによるものです。
(左)ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”によるオリオン星雲の画像。(左上)ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の中間赤外線観測装置“MIRI”による観測天体“d203-506”の周囲の画像。(右下)“NIRCam”と“MIRI”による“d203-506”の拡大図。(Credit: ESA/Webb, NASA, CSA, M. Zamani (ESA/Webb), the PDRs4All ERS Team)
(左)ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”によるオリオン星雲の画像。(左上)ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の中間赤外線観測装置“MIRI”による観測天体“d203-506”の周囲の画像。(右下)“NIRCam”と“MIRI”による“d203-506”の拡大図。(Credit: ESA/Webb, NASA, CSA, M. Zamani (ESA/Webb), the PDRs4All ERS Team)

有機生命体の形成にもつながる重要な分子

人類はまだ、人類自身を含めて地球で誕生した生命体しか知りません。
それらは、全て炭素ベースの有機生命体になります。

炭素はいわゆる“手”が多いことから、他の元素と結合しやすいことで知られています。

その結果、炭素を骨格とする複雑な有機分子が形成され、それらが地球で最初の生命体につながっていったと考えられています。

また、有機分子は宇宙の至る所で発見されているので、地球外生命の多くも、有機生命体の可能性があると考えられています。
SF作品に出てくるような非有機生命体が絶対に存在しないと断定することはできませんが…
有機生命体が誕生するのに必要になるのが、より複雑な有機分子です。
その複雑な有機分子を成長させる役割を担うのが“メチルカチオン(CH3+)”なんですねー

1個の炭素と3個の水素から成る同イオンは、多くの分子と容易に反応することを特徴としていて、1970年代頃から有機生命体の形成にもつながる重要な分子と考えられてきました。

紫外線が重要な役割を果たしているのかも

これまで多くの有機分子が、電波望遠鏡によって分子雲などから発見されてきました。

ただ、“メチルカチオン(CH3+)”は、その電波領域に特徴的な遷移線を持たないので、検出には赤外線での高精度観測が必要になり、これまで宇宙空間では発見されませんでした。

でも、その状況はジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の稼働開始で大きく変わることになります。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、近赤外線カメラ“NIRCam”や中間赤外線観測装置“MIRI”など、赤外線領域において高い検出能力を持っています。

今回の観測では、その赤外線の高い検出能力により、惑星が形成される可能性のある領域で、ついに“メチルカチオン(CH3+)”と考えられる信号を観測。
その後、量子化学、分子物理学、分子分光学、天体物理学など複数の分野の50名を超える研究者が連携して検証を行い、その正体が間違いなく“メチルカチオン(CH3+)”であることが確認されました。

今回の発見は、複数分野の研究者たちによる共同作業の結果、もたらされました。

今回、“メチルカチオン(CH3+)”が発見された“d203-506”は、オリオン星雲の中でも紫外線が強い領域です。
このことから、同イオンの生成には紫外線が重要な役割を果たしていると推測されています。

また、このような環境は、太陽系形成の初期段階にも当てはまるようです。


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着陸は“降りやすいところに降りる”から“降りたいところに降りる”へ! “SLIM”が挑む月への高精度ピンポイント着陸と二段階式タッチダウン

2023年08月28日 | 月の探査
JAXAの小型月着陸実証機“SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)”は、2023年9月7日(木)午前8時42分11秒に種子島宇宙センターから打ち上げられることになっています。

X線分光撮像衛星“XRISM”と小型月着陸実証機“SLIM”は、H-IIAロケット47号機(H-IIA・F47)により、種子島宇宙センターから2023年9月7日8時42分11秒(日本時間)に打ち上げられました。
ロケットは計画通り飛行し、“XRISM”は打ち上げから約14分09秒後、“SLIM”は約47分33秒後にロケットから正常に分離されたことが確認されました。


その名称からも分かるように“SLIM”の目的地は月面です。

これまで、月面への到着に成功している着陸機(ランダー)はいくつかあります。
でも、着陸場所に、ここまでこだわっているランダーは他にありませんでした。

“SLIM”は、将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術を研究・実証する計画なんですねー
月面上空を航行する“SLIM”(イメージ図)。(Credit: JAXA)
月面上空を航行する“SLIM”(イメージ図)。(Credit: JAXA)

“降りやすいところに降りる”着陸から“降りたいところに降りる”着陸へ

これまで、惑星表面や月面への着陸は、地上からの軌道決定に依存していました。

ランダーの姿勢や天体表面までの距離は、ランダーに搭載された慣性航法装置(加速度計やレーダー)の測定値から把握し、機体を制御して着陸させていました。

この方法でも着陸を成功させるには十分なんですが、ランダーが目的の場所に正確に着陸するのには限界もありました。

着陸精度は数キロメートルから10数キロメートルにもなり、もしそこが荒れた地形や傾斜した場所だと機体が転倒するリスクもあります。
そう、機体を危険にさらすような地形や物体が無い、広くて平たんな地形に着陸するような計画が必要でした。

でも、対象になる天体についての知見が増え、探査すべき内容が今までよりも具体的になってくると、探査対象の付近への高精度着陸のニーズが高まっていくことに。
これまでの“降りやすいところに降りる”着陸ではなく、“降りたいところに降りる”着陸への質的な転換が必要になるんですねー

月の探査だと、日本の“かぐや”やアメリカの“ルナー・リコネサンス・オービター”、インドの“チャンドラヤーン”といった月周回衛星によって、高分解能の観測データが数多く得られています。
そのため、月の科学探査や資源探査の関心は、“月面のどこか”から“特定のクレーターの隣のあの岩石”に考えがシフトしてきています。

そこで、SLIMミッション開発の原動力になったのは、より高い精度で降りたい場所へ、そこがより危険であっても着陸できる能力の必要性でした。
JAXAの月周回衛星“かぐや(SELENE)”がとらえた画像。(Credit: JAXA)
JAXAの月周回衛星“かぐや(SELENE)”がとらえた画像。(Credit: JAXA)

放出物が散らばるクレーターを囲む斜面への着陸

SLIMは、月の地球側にある“神酒の海(Mare Nectaris)”の西に位置するSHIOLIクレーター付近の傾斜地に、正確にピンポイント着陸を行うための航法と、二段階式により安全なタッチダウンを行う技術を実証することになります。

SHIOLIは比較的新しく形成されたと考えられているクレーターです。
月周回衛星“かぐや”の観測データから、このクレーターで見られる放出物には月深部のマントルに由来すると考えられるカンラン石が多く含まれることが示唆されています。

こういった鉱物を詳しく調べれば、月の内部構造や月そのものの形成に関する情報を得られるかもしれません。

でも、クレーター放出物が散らばる場所というのはクレーターを囲む斜面…
このような場所は、着陸するのが難しくなるので通常は避けられてしまいます。

これまでの技術では、調査したい物体にランダーが十分に接近しても着陸を行うのは困難を極め、たとえ接近できたとしても地形のせいで機体が転倒するリスクもありました。

こういった制約を打ち破るため、“SLIM”では平均斜度6~7度の地形において誤差100メートル以内の着陸精度を実現しています。
小型月着陸実証機“SLIM”のミッション概要動画。(Credit: JAXA)
小型月着陸実証機“SLIM”のミッション概要動画。(Credit: JAXA)

高い精度のピンポイント着陸

“SLIM”のピンポイント着陸の精度のカギを握っているのは、探査機の“スマートな目”にあります。
これは、画像照合によって月面の上空で機体の正確な位置を把握し、自立誘導制御により着陸地点までナビゲートするものです。

“SLIM”に搭載されるコンピュータには、月周回衛星“かぐや”と“ルナー・リコネサンス・オービター”が記録した地図(着陸地点周辺)が搭載されています。

“SLIM”は上空にいる間に搭載されたカメラで月面を撮影。
撮影した画僧からクレーターを検出して、クレーターのくぼ地模様と搭載した地図のクレーター位置情報を照合し、探査機の位置を精度良く知ることができます。

ただ、月の重力は絶えず探査機を引っ張り続けていて、ほんの少しでも遅れると“SLIM”は着陸地点を見失ってしまうか墜落してしまう可能性があります。

そう、このプロセスには極めて高速な処理が求められることになります。
なので、画像照合のアルゴリズムは、撮像コマンドから結果の出力までを5秒以内で完了するそうです。

“SLIM”が現在位置を正確に把握したら、搭載されたジャイロセンサーを利用して加速度を測定し、“スタートラッカー”と“太陽センサー”といった光学センサーによって探査機の姿勢を把握し、レーダーで月面までの距離を測定します。

こうしたセンサー類を駆使して探査機の位置や向き、速度を把握すれば、目標の着陸地点に向かって“SLIM”自身が自律的に軌道を修正することができます。

二段階式の安全なタッチダウン

“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
ただ、たとえ高精度で目標の着陸地点に到達しても、その後探査機が平たんな地を見つけるために、移動が必要になるようでは意味がありません。

“SLIM”は“2段階着陸方式”と呼ばれる方法で、行きたい場所が傾斜地であっても、安全な着陸を実現しています。

“SLIM”は着陸地点の上空50メートルになると、搭載レーダーからより正確な測定ができる光学式距離計“レーザーレンジファインダー”に切り替えて高度を測定。
そして、着陸シーケンスの最終段階に近づくと、“SLIM”は垂直に姿勢を変更して月面を撮影し、岩などの危険な障害物の有無に応じて水平位置の微調整を行います。

着陸地点の3メートル上空まで来るとメインスラスターをカットオフし、補助スラスターにより機体の姿勢をコントロールすることになります。
“SLIM”の3DモデルはSLIMウェブサイト内でダウンロードが可能。(Credit: JAXA)
“SLIM”の3DモデルはSLIMウェブサイト内でダウンロードが可能。(Credit: JAXA)
“SLIM”が備えているのは、3Dプリンタで造形したアルミニウムの金属格子からなる5つの半円形をした脚。
これにより、着陸時の運動エネルギーを自らがつぶれることで消費し衝撃を吸収します。

“SLIM”の上部には2つの前補助脚、機体中段に2つのデッキ脚があり、さらに下部に1つの主脚があります。
月面に垂直に姿勢変更して降下する際、最初に月面に触れるのはこの主脚になります。

第2段階で機体は前方に傾き、やがて前補助脚が接地すると機体は月面で安定。
中段のデッキ脚は通常の着陸では月面に接地することはなく、この脚は何かあって機体が回転してしまった時などに横転を止める役割を持ちます。

傾斜地である着陸目標地点では、この方式が最も転倒リスクが小さく、かつシンプルで軽量な着陸脚システムになるようです。

着陸直前の“SLIM”は、2つの小型プローブ“LEV”を放出します。
この2つのプローブのミッションは、着陸地点周辺の状況を記録することと、月面における自立機能の工学実証です。

一方で“SLIM”本体は、月面に無事に着陸するとクレーター放出物の組成を調べるため、分光カメラを用いて周辺を観測します。
“SLIM”を着陸させてみたくなったら、JAXA宇宙教育センターによるゲームスタイルの教材“SLIM : THE PINPOINT MOON LANDING GAME”で“SLIM”を操縦してみよう!(Credit: JAXA)
“SLIM”を着陸させてみたくなったら、JAXA宇宙教育センターによるゲームスタイルの教材“SLIM : THE PINPOINT MOON LANDING GAME”で“SLIM”を操縦してみよう!(Credit: JAXA)
“ピンポイント着陸”という言葉は、小惑星リュウグウに“はやぶさ2”がきわめて正確なタッチダウンを行った際にも使われた表現です。

ただ、月とリュウグウでの重力条件の違いにより、求められる技術も大きく異なってくるんですねー

リュウグウの重力は、地球の重力の約8万分の1と極めて小さいので、ゆっくりと着陸降下の運用ができました。
いざとなれば、やり直しも可能で、事前のリハーサルなどもできます。

一方で月は、地球の約6分の1とはいえ大きな重力があるので、絶えず月に引っ張られている状態です。
絶えずエンジン(スラスター)噴射が必要で、着陸へのトライはやり直しのきかない一発勝負になります。

着陸の成功には、このたった一度のチャンスを活かす必要があります。

このこともあり、SLIMプロジェクトチームの櫛木賢一サブマネージャーは最終降下シーケンスを「減速を始めて着陸までの約20分間の運用は、息もできない痺れる様な、魔の20分」と表現しています。

この表現は、NASAがかつて火星探査車“キュリオシティ”の火星着陸について「7 minutes of terror(直訳で“恐怖の7分間”)」と表現したことを思い起こさせます。

“SLIM”は、高精度の月面着陸における初の実証機になることを期待されています。
さらに、この技術実証が様々な天体への探査計画にも革命をもたらし、後続のミッションに広く適用されていくことを、SLIMチームは願っているそうです。

“SLIM”は将来の太陽系科学探査を見据えて、リソース制約の厳しい惑星への着陸や、より高性能な観測装置搭載のための軽量化の実現を目指しています。

これを実現することで、月よりもリソース制約の厳しい惑星への着陸も、現実のものになっていくはずですよ。


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惑星は微惑星の衝突で形成されるんだけど、その微惑星を微粒子の衝突合体のみで形成することは難しいようです

2023年08月27日 | 星が生まれる場所 “原始惑星系円盤”
今回の研究では、惑星の材料物質である原始惑星系円盤内の固体微粒子の塊について、様々な大きさでの衝突挙動の数値シミュレーションを実施。
シミュレーションには、国立天文台が運用する総コア数2160で構成された“計算サーバ”が用いられました。

その結果、明らかになったのは、塊が大きい場合には2つの塊が衝突合体する確率が低下すること。
固体微粒子が衝突合体を繰り返すのみでは、微惑星のようなサイズにまで成長することは難しいことを確認したそうです。

この研究成果は、7月6日に海洋研究開発機構(JAMSTEC)、東京工業大学(東工大)、東北大学、国立天文台(NAOJ)から発表されました。
この研究は、海洋研究開発機構 付加価値情報創生部門 数理科学・先端技術研究開発センター 計算科学・工学グループの荒川創太Young Research Fellowらの共同研究チームが進めています。

固体微粒子同士が衝突合体しても微惑星サイズにまで成長できない

惑星の形成は、原始惑星系円盤の中でμmサイズの固体微粒子同士が衝突合体して成長することから始まります。
原始惑星系円盤とは、誕生したばかりの恒星の周りに広がる水素を主成分とするガスやチリからなる円盤状の構造。恒星の形成や、円盤の中で誕生する惑星の研究対象とされている。
でも、微粒子同士の塊がある程度の大きさまで成長してくると、衝突しても跳ね返りやすくなるんですねー
なので、自己重力が働くようなサイズに成長するまでの条件が、長年の謎になっていました。

また、数値シミュレーションと室内実験の結果にも大きな乖離があり、特に衝突時の跳ね返り現象を引き起こす塊の密度の条件が大きく異なっていました。

たとえば、シミュレーションでは、塊の内部の隙間の割合が50%程度以下という高密度の場合にのみ、跳ね返り現象が頻繁に見られていました。
でも、室内実験では、隙間の割合が90%程度という低密度の場合でも、高い確率で跳ね返ることが報告されています。
微惑星は、惑星系形成の初期段階にある原始惑星系円盤の中で、固体微粒子が衝突合体を繰り返すことで作られる直径10キロ程度の小天体。原始惑星系円盤の内側には岩石や金属などの固体粒子が多く、外側には氷を含むものが多い。微惑星が衝突や合体を繰り返すことで原始惑星や惑星に進化すると考えられている。
微粒子の塊同士が衝突し、跳ね返るシミュレーションのスナップショット。(Credit: S. Arakawa et al.(出所:NAOJ CfCAプレスリリースPDF))
微粒子の塊同士が衝突し、跳ね返るシミュレーションのスナップショット。(Credit: S. Arakawa et al.(出所:NAOJ CfCAプレスリリースPDF))

微惑星形成の2つの仮説

現在、微惑星の形成モデルとしては2つの仮説があります。

もし、跳ね返りが無いのであれば、衝突合体で微惑星が形成される可能性があるのに対し、跳ね返りがあるのであれば、衝突合体以外の成長メカニズムが必要になります。

そこで考えられた仮説が、微粒子の塊が原始惑星系円盤内で局所的に濃縮し、その後自己重力によって集積し形成されるというものです。
原始惑星系円盤の中では、μmサイズの固体微粒子が衝突合体によって巨視的な塊に成長し、さらに微惑星、原始惑星の状態を経て惑星に進化していく。微粒子の塊から微惑星に成長する段階では、塊の衝突合体によるものと、原始惑星系円盤内での局所的な塊の濃集による自己重力によるものとする2つの仮説ある。(Credit: JAMSTEC(出所:NAOJ CfCAプレスリリースPDF))
原始惑星系円盤の中では、μmサイズの固体微粒子が衝突合体によって巨視的な塊に成長し、さらに微惑星、原始惑星の状態を経て惑星に進化していく。微粒子の塊から微惑星に成長する段階では、塊の衝突合体によるものと、原始惑星系円盤内での局所的な塊の濃集による自己重力によるものとする2つの仮説ある。(Credit: JAMSTEC(出所:NAOJ CfCAプレスリリースPDF))
塊の衝突挙動の理解には、2つの仮説のどちらが微惑星形成シナリオとして妥当かを判断するかがカギになります。

このことから、今回の研究では“離散要素法”を用いた衝突シミュレーションを実施。
構成粒子数が約1万~約14万の様々な大きさの塊について、衝突時の付着率を調査しています。

今回、採用された条件は、塊が半径0.1μmの氷の微粒子で構成されていて、隙間の割合が60%の塊同士を衝突させるもの。
その結果、微粒子の塊は隙間の割合が同じなら、半径が大きい方がより付着率が低いことが判明しました。

また、塊の半径が微粒子半径の50倍以下の場合だと、塊同士が付着する確率は約90%にもなりました。

一方で、それよりも塊が大きい場合には跳ね返り易くなり、微粒子半径の70倍の大きさを持つ塊では、付着率は約50%まで下がってしまいました。

研究チームではこの結果について、過去のシミュレーションと室内実験の乖離についても、定性的な説明を与えるものだとしています。

固体微粒子の衝突合体とは別のプロセス

過去のシミュレーションで扱われてきたのは、構成粒子数が数万程度で、塊の半径が微粒子の半径数十倍という比較的小さな塊。
一方、室内実験で用いられてきたのは、微粒子数が数億以上で、微粒子半径の数百倍から数千倍の半径を持つ塊でした。

つまり、これまでのシミュレーションと室内実験とでは、用いられてきた塊の構成粒子数に大きな差があったんですねー
このことが、両者の衝突挙動の違いをもたらしていたと考えられます。

今回の結果から、原始惑星系円盤での固体微粒子の衝突合体は、塊がある程度大きくなった段階で付着率が低下し、抑制されることが示唆されています。

つまり、微粒子の衝突合体のみで微惑星を形成することは困難だということです。

このことから、微惑星の形成には、原始惑星系円盤内で微粒子の塊が局所的に農集するなど、別のプロセスの助けを借りる必要がある可能性があるようです。

実際、アルマ望遠鏡による原始惑星系円盤の観測では、固体微粒子の塊は100μm程度で成長が止まっている可能性が指摘されていて、今回の成果はこの観測結果に説明を与える可能性があるようです。

なお、今回の研究では、塊内部の隙間の割合が60%で固定されていました。
なので、異なる密度の塊については、跳ね返りが起こる条件はまだ解明されていません。
さらに、現実の塊内部の隙間の割合は、もう少し高く低密度になる可能性があるようです。

仮に、そのような低密度でも十分大きい場合には、今回の研究結果と同様に、跳ね返りが生じると考えられるものの、定量的な理解は得られていません。
2つの微粒子の塊の衝突数値シミュレーションの様子と、付着確率と塊の半径の関係。半径0.1μmの氷微粒子で塊が構成され、隙間の割合が60%の場合、塊の半径が微粒子半径の50倍よりも大きくなると付着確率が顕著に低下する(跳ね返りやすくなる)ことが示された。(Credit: S. Arakawa et al.(出所:NAOJ CfCAプレスリリースPDF))
2つの微粒子の塊の衝突数値シミュレーションの様子と、付着確率と塊の半径の関係。半径0.1μmの氷微粒子で塊が構成され、隙間の割合が60%の場合、塊の半径が微粒子半径の50倍よりも大きくなると付着確率が顕著に低下する(跳ね返りやすくなる)ことが示された。(Credit: S. Arakawa et al.(出所:NAOJ CfCAプレスリリースPDF))
今後。研究チームでは、現時点で調査できていない室内実験と同規模の非常に大きな塊を用いた衝突シミュレーションを実施することで、跳ね返り現象を支配する物理の解明を目指すそうです。


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