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銀河団同士の衝突ではダークマターが通常の物質よりも先に飛び出している! 衝突の際に受ける衝撃や乱流が影響しているようです

2024年07月30日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、地球から数十億光年離れた場所にある、それぞれ数千の銀河を含む銀河団同士の衝突を解き明かしています。
分かってきたのは、2つの巨大な銀河団の衝突により、そこに含まれる膨大な量のダークマターの雲が、通常の物質から切り離される様子でした。

ダークマターは、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質。
目に見える物質と重力的な相互作用をしますが、光では相互作用しないんですねー

衝突の様子からは、ダークマターが通常の物質より先に飛び出していたことが分かっています。
本観測は、ダークマターと通所の物質の速度のデカップリングを直接調べた初めてのものになります。
この研究は、カリフォルニア工科大学の物理学研究教授Emily M. Silichさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に“ICM-SHOX. I. Methodology Overview and Discovery of a Gas–Dark Matter Velocity Decoupling in the MACS J0018.5+1626 Merger”として掲載されました。DOI:10.3847 / 1538-4357 / AD3FB5
図1.“MACS J0018.5”として知られる2つの巨大な銀河団が衝突した時の様子(イメージ図)。銀河団に含まれるダークマター(青)は、関連する高温のガスの雲、すなわち通常物質(オレンジ)より前を航行している。ダークマターも通常の物質も重力の影響を受けるが、通常の物質だけが衝撃や乱流などの追加の影響を受け、衝突の際に速度を落とす。(Credit: W.M. Keck Observatory/Adam Makarenko)
図1.“MACS J0018.5”として知られる2つの巨大な銀河団が衝突した時の様子(イメージ図)。銀河団に含まれるダークマター(青)は、関連する高温のガスの雲、すなわち通常物質(オレンジ)より前を航行している。ダークマターも通常の物質も重力の影響を受けるが、通常の物質だけが衝撃や乱流などの追加の影響を受け、衝突の際に速度を落とす。(Credit: W.M. Keck Observatory/Adam Makarenko)


2つの巨大な銀河団の衝突

銀河団は、重力の影響で互いに結び付いた、宇宙で最も巨大な構造として知られています。
この巨大な構造は、私たちを含めて周りにある通常の物質と、宇宙の質量の約85%を占めると考えられている謎めいたダークマターの両方を含んでいます。

銀河団の質量の約15%を占める通常の物質は、主に高温ガスで構成され、残りは星や惑星になります。
銀河団の衝突は、これら2種類の物質の分布と挙動に関する貴重な洞察を提供してくれるので、宇宙論と天体物理学の研究において重要な領域となっています。

銀河団の衝突中、個々の銀河は広大な空間によって互いに隔てられているので、大きな影響を受けることはありません。
でも、銀河間に存在する高温ガスは、衝突すると乱流状態になり、超高温になります。
この高温ガスは、銀河団の通常の物質の大部分を占めていて、X線で明るく輝いています。

今回の研究で焦点を当てているのは、“MACS J0018.5+1626”として知られる2つの巨大な銀河団の衝突です。
この衝突事象は、ダークマターと通常の物質の速度をマッピングすることで、銀河団の衝突中に両者がどのように分離するかを解明するまたとない機会となりました。


複数の望遠鏡を用いた観測

“MACS J0018.5+1626”の衝突に関する研究では、複数の望遠鏡からのデータが使用されています。

カリフォルニア工科大学サブミリ波天文台(CSO)と南米チリのアタカマサブミリ波望遠鏡実験(ASTE)からのデータは、運動学的Sunyaev-Zel'dovich(SZ)効果を通じて、銀河団内の高温ガスの速度を測定するために使用されました。

W・M・ケック天文台からの分光学的赤方偏移データは、銀河団のメンバーである銀河の速度を測定するために使用。
これらの銀河の速度は、衝突中のダークマターの速度を示すものとして解釈されています。

NASAのX線天文衛星“チャンドラ”のデータから明らかになったのは、銀河団の衝突によって加熱された高温ガスの温度と場所。
NASAのハッブル宇宙望遠鏡からのデータは、重力レンズ効果を用いてダークマターの分布をマッピングするために使用されました。

さらに、本研究では、ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“ハーシェル”と“プランク”のデータも使用されています。

 1.ダークマターと通常の物質の分離
これらの多様な観測データを総合的に分析した結果、“MACS J0018.5+1626”における衝突銀河団は、衝突前に秒速約3000キロメートル、つまり光速の約1%の速度で互いに接近していたことが明らかになりまさした。

さらに重要なことに、この研究ではダークマターと通常の物質が空間的に分離していることが明らかになり、ダークマターは衝突の際に通常の物質よりも先に進んでいるように見えていました。
これは、“弾丸銀河団”として知られる別の銀河団の衝突で最初に観測された現象と一致しています。

 2.通常の物質の速度を測定する
研究チームでは、“MACS J0018.5+1626”における通常の物質、つまりガスの速度を測定するために、運動学的Sunyaev-Zel'dovich(SZ)として知られる現象を利用しています。

この効果は、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の光子が、銀河団内の移動する高温ガス中の電子によって散乱されることから生じます。
光子は、ガスの動きによってドップラーシフトを受け、宇宙マイクロ波背景放射の明るさに変化が生じます。
この明るさの変化を測定することで、ガスの速度を決定することができます。

 3.重力レンズによりダークマターの分布をマッピング
ダークマターは、光などの電磁波と相互作用しないので直接観測することはできません。
でも、ダークマターは重力を持っているので、その周りの時空を歪ませす。
この歪みは、重力レンズとして知られる現象を通じて、背後にある銀河からの光を曲げることになります。

本研究では、ハッブル宇宙望遠鏡からのデータを用いて重力レンズ効果を測定することで、“MACS J0018.5+1626”におけるダークマターの分布をマッピングすることができました。

 4.銀河団の衝突シミュレーション
観測データに加えて、研究チームでは“MACS J0018.5+1626”の衝突のシミュレーションも実施しています。
このシミュレーションは、衝突の形状、向き、進化段階を決定するのに役立ちました。


なぜダークマターと通常の物質は分離したのか

ダークマターと通常の物質の分離は、これら2種類の物質の異なる物理的性質によって発生しています。

通常の物質は、電磁相互作用を通じてエネルギーと運動量を交換することができます。
でも、ダークマターは重力的にのみ相互作用すると考えられている物質なんですねー

このため、銀河団の衝突の間、通常の物質は電磁相互作用によって減速し、加熱されることになります。
一方、ダークマターは重力的にのみ相互作用をするので、影響を受けずに通過できる訳です。
その結果、ダークマターは通常の物質よりも先に進んでいるように見えることになります。
ダークマターと通常の物質の分離。(Image credit: W.M. Keck Observatory/Adam Makarenko)


“MACS J0018.5+1626”と弾丸銀河団

“MACS J0018.5+1626”の衝突は、有名な弾丸銀河団の衝突と似ていますが、重要な違いがいくつかあります。

最も顕著な違いは衝突の向きです。
“MACS J0018.5+1626”の衝突は、弾丸銀河団の衝突に対して約90度回転した向きで起こっています。
言い換えれば、弾丸銀河団の衝突をスタンドから見ていたとすると、“MACS J0018.5+1626”の衝突は、レーダーガンを持って道路脇に立って、車がこちらに向かってくる様子を観測しているようなものです。
この向きの違いは、ダークマターと通常の物質の相互作用を研究するためのユニークな機会を提供しています。

“MACS J0018.5+1626”における衝突銀河団の研究は、ダークマターの性質と通常の物質との相互作用について、貴重な洞察を提供してくれています。

ダークマターと通常の物質の速度マッピングと分離の発見は、ダークマターが主に重力を介してのみ相互作用するという、私たちの理解を裏付けるものでした。

本研究は、銀河団の衝突の複雑な力学を解明し、宇宙におけるダークマターの役割を明らかにするための重要な一歩と言えます。
次世代の望遠鏡や観測機器が登場するにつれ、宇宙におけるこれらのエネルギーの高い現象について、さらに興味深い発見が期待されます。


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天王星の衛星アリエルの炭酸塩は隠された海の存在を示唆!? ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で明らかになる氷衛星の多様性と複雑さ

2024年07月28日 | 天王星・海王星の観測
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による最近の観測は、天王星の衛星アリエルの表面組成に関する貴重な情報がもたらされています。

分光観測のデータが示しているのは、水の氷と非晶質炭素の混合物に加えて、豊富な二酸化炭素(CO2)の氷の存在。
特に、アリエルの軌道運動方向から常に背を向けている“後半球”に、これらは顕著に集中していました。

この発見は、太陽からの距離を考えると興味深いもの。
それは、太陽から遠く離れ極寒環境と言われる天王星系でさえ、CO2は容易に昇華して宇宙空間に逃げてしまうからです。

そこで、考えられるのは、何かがアリエルの表面に二酸化炭素を供給しているということです。

アリエルの表面と天王星の磁気圏の荷電粒子との間の相互作用が、電離放射線によって分子が分解される放射線分解と呼ばれるプロセスを通じて、二酸化炭素を生成するという説もあります。

ただ、今回の研究では、二酸化炭素やその他の分子がアリエルの内部が来ていると考えています。
ひょっとすると、衛星アリエルには地下に液体の海があって、そこから二酸化炭素などの分子が出現しているのかもしれません。
この研究は、ジョンズ・ホプキンス応用物理学研究所のRichard J. Cartwrightさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学雑誌“Astrophysical Journal Letters”に“JWST Reveals CO Ice, Concentrated CO2 Deposits, and Evidence for Carbonates Potentially Sourced from Ariel's Interior”として掲載されました。DOI:10.3847 / 2041-8213 / AD566A
図1.1986年1月24日に、NASAの惑星探査機“ボイジャー2号の狭角カメラで撮影された天王星の衛星アリエルのモザイク画像。(https://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA01534) Credit: NASA/Jet Propulsion Laboratory
図1.1986年1月24日に、NASAの惑星探査機“ボイジャー2号の狭角カメラで撮影された天王星の衛星アリエルのモザイク画像。(https://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA01534) Credit: NASA/Jet Propulsion Laboratory


CO2の氷の起源と持続性の謎

アリエルの後半球に存在する著しい量のCO2の氷は、その起源と持続性に関して疑問を提起しています。
この疑問に対しては、放射線分解や季節移動、内部由来といった3つの主要な仮説があります。

 1.放射線分解(実行可能なメカニズムであるが、完全な説明ではない可能性がある)
一つ目の仮説は、放射線分解のプロセスです。
つまり、水の氷と炭素を含む物質への放射線照射によってCO2が生成されるというものです。

実験室レベルでは、このプロセスによりCO2とともに一酸化炭素(CO)が生成されることが示されています。
なので、アリエルの後半球で両方の分子が豊富に存在する理由を、この仮設で説明できる可能性があります。

でも、放射線分解だけでは、アリエルで観測されたCO2とCOの分布を完全には説明できない可能性があるんですねー

例えば、アリエルの後半球で検出されたCO2の特徴が、放射線分解されたCO2の氷の特徴と完全には一致していないことがあります。

さらに、CO2が主に放射線分解によって生成されたとすると、COとCO2の比率はアリエルの表面全体で比較的均一になっていると予想されます。
ただ、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測では、この比率はアリエルの後半球の方が前半球よりもはるかに高いことが示されています。
そう、他の要因が関係している可能性があることを示唆しています。

 2.季節移動(CO2分布に影響を与える可能性のある動的プロセス)
天王星は自転軸がほぼ横倒しになっていて、その傾きは98度もあります。
同じくアリエルも大きく傾いた軌道を回っているので、その表面は極端な季節移動を経験することになります。

その結果、CO2などの揮発性物質は、夏の間は昇華して極地から移動し、冬の間は冷たい地域に堆積する可能性があります。
この季節移動のプロセスは、アリエルで観測されたCO2の分布、特に後半球への集中を説明するのに役立つ可能性があります。

 3.内部由来の物質(CO2の存在と組成の手掛かり)
今回の研究では、アリエルのCO2の起源を説明するため、内部由来の物質、特にアリエルの内部からのCO2放出の可能性を探求しています。

この仮説は、アリエルの後半径に厚さ10ミリを超える濃縮されたCO2の氷の堆積物が存在するという、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による発見によって裏付けられています。
この堆積物は、放射線分解だけでは説明できない可能性があり、アリエルの内部から表面へのCO2の放出を示唆しています。

そこで、本研究ではCO2がアリエルの内部にある液体の海の中で発生する化学プロセスに由来する可能性があることを示唆しています。
このCO2は、アリエルの氷の外郭にある亀裂またはプルーム(水柱)を通して放出され、表面に堆積する可能性があります。

アリエルに炭酸塩が存在する可能性があるという発見は、内部活動とCO2の内部由来をさらに裏付けるものとなっています。


COの存在と継続的な補充

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測により、アリエルの後半球にCOが検出されたことは驚くべきことでした。
それは、COがアリエルの平均表面温度よりもはるかに低い温度でしか安定して存在できないので、継続的に補充されている必要があるからです。

本研究では、このCOの補充に寄与する可能性のあるメカニズムとして、放射線分解とCO2の氷からの昇華の両方を示唆しています。
CO2の放射線分解はCOを生成することができ、このプロセスはアリエルで観測されたCOの豊富さに寄与している可能性があります。

さらに、CO2の氷が昇華すると、COが豊富なものになる可能性があり、こちらもCOの継続的な補充に寄与している可能性があります。


内部活動と海洋組成の手掛かり

アリエルのスペクトルで見られる4.02μmのバンドは、特に興味深いものでした。
それは、炭酸塩鉱物に存在するν1 +ν3結合モードと一致しているためです。

この発見は、炭酸塩がアリエルの表面組成に存在する可能性があることを示唆していて、アリエルの地質学的および化学的進化に影響を与える可能性があります。

炭酸塩の存在は、アリエルの過去または現在における内部活動を示唆している可能性があります。
それらは、水とCO2の相互作用によって形成され、液体の水とCO2が過去または現在に、アリエルの内部で相互作用していたことを示唆しています。
この相互作用は、潜在的に居住可能な環境の存在に影響を与える可能性があり、さらなる調査が必要です。


アリエルの形成と進化の手掛かり

アリエルの炭素同位体組成、特に炭素13(13C)の存在量は、その形成と進化に関する貴重な手掛かりを提供する可能性があります。

予備分析では、アリエルの13C/12C比は太陽系の内側の天体で見られる典型的な値よりも高いことが示唆されていて、13Cが豊富である可能性が示唆されています。

この13Cの濃縮は、アリエルのCO2の氷が、有機物や炭素塩鉱物など、13Cが豊富な物質から生成された可能性があることを示唆しています。
このことから、13C/12C比を詳細にモデル化することで、アリエルの炭素源、形成条件、および全体的な進化について、さらに洞察が得られる可能性があります。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によるアリエルの観測は、その表面組成が予想以上に複雑で魅力的なことを明らかにしました。
豊富なCO2の氷、予想外のCOの存在、炭酸塩の可能性のある検出は、その地質学的な歴史、内部活動、および潜在的な居住可能性に関する疑問を提起しています。

今回の研究では、これらの観測結果を説明するために、いくつかの実行可能な仮説とメカニズムを提供しています。
ただ、決定的な結論に行き着くには、より的を絞った調査とデータ分析が必要となります。

今後の天王星探査ミッションは、アリエルの謎を解明し、私たちの太陽系における氷衛星の多様性と複雑さについての理解を深める上で、極めて重要なものと言えます。


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超大質量ブラックホールの合体におけるダークマターの役割を解明! 最終パーセク問題も解明へ

2024年07月27日 | ブラックホール
広大な宇宙の広がりの中で、天体物理学者は長い間、最も魅力的で謎めいた現象のいくつかを理解しようと努めてきました。

その中でも特に興味深いのは、超大質量ブラックホールの合体です。
このイベントは、時空の構造そのものに伝播する重力波として知られる“時空のさざ波”を生み出す、驚くべきエネルギーの事象と言えます。

その超大質量ブラックホールは、私たちの太陽の何十億倍もの質量を持っていて、ほとんどの銀河の中心に存在すると考えられています。
そして、超大質量ブラックホールの活動は、銀河の進化と成長を形づくる上で重要な役割を果たしています。

近年の天体物理学における大きな進歩は、周波数が非常に低く、宇宙のあらゆる方向から伝わる重力波“背景重力波”の検出でした。

この信号の発生源の一つに、合体する超大質量ブラックホールのペアから発生すると考えられています。
ただ、この仮説は“ファイナルパーセク問題”として知られる、厄介なパズルを持っているようです。
この研究は、トロント大学物理学部とマギル大学物理学部およびトロッティア宇宙研究所の博士研究員Gonzalo Alonso-Álvarezさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)”に、“Self-interacting dark matter solves the final parsec problem of supermassive black hole mergers”として掲載されました。DOI:10.1103/PhysRevLett.133.021401
図1.超大質量ブラックホールの連星系が発する光のシミュレーション。周囲のガスが光学的に薄い(透明)状態。系射角0度、つまり円盤を真上から見たもの。放出される光はすべての波長を表す。(Credit: NASA's Goddard Space Flight Center/Scott Noble; simulation data, d'Ascoli et al. 2018)
図1.超大質量ブラックホールの連星系が発する光のシミュレーション。周囲のガスが光学的に薄い(透明)状態。系射角0度、つまり円盤を真上から見たもの。放出される光はすべての波長を表す。(Credit: NASA's Goddard Space Flight Center/Scott Noble; simulation data, d'Ascoli et al. 2018)


超大質量ブラックホールの合体における障害

ファイナルパーセク問題は、2つの超大質量ブラックホールが重力を介して互いの周りを螺旋状に回転するときに発生する理論上の課題のことです。

これまでのモデルは、これらの巨大な天体が約1パーセク(約3光年)の距離まで近づくと、それらの接近が行き詰まり、それ以上の合体が妨げられることを示唆していました。
この停滞は、それらの相互軌道からエネルギーと角運動量を除去するのに利用できるメカニズムが不足しているために発生します。

ファイナルパーセク問題の意味は、合体する超大質量ブラックホールが、現在観測されている背景重力波の源だとする考えに疑問を投げかけるだけではありません。
超大質量ブラックホールが、質量の小さいブラックホールとの合体を通じて、時間と共に成長するという広く受け入れられている理論にも疑問を投げかけています。

合体が最後のパーセクの障壁を克服できなければ、超大質量ブラックホールは初期宇宙で観測される質量に達することができず、観測された宇宙論的進化に矛盾することになってしまいます。


新しいファイナルパーセク問題の解決策

ファイナルパーセク問題に対する潜在的な解決策が生まれたのは、目に見えない物質“ダークマター”の性質と行動を調査することからでした。

ダークマターは、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質。
目に見える物質と重力的な相互作用をしますが、光では相互作用しないんですねー

ダークマターは、宇宙の質量の約85%を占めると推定されていて、その存在は銀河の回転速度や重力レンズ効果などの様々な天体物理学的観測から推測することができます。

最近の研究では、超大質量ブラックホールの合体と、これらの宇宙構造に関連するダークマターハローとの間に、興味深い関係が発見されています。
これらのハローは銀河を包み込み、標準的な天体物理学的プロセスでは説明できない追加の重力を提供することにより、銀河の形成と進化に影響を与えると考えられています。

以前のモデルでは、超大質量ブラックホールのペアが合体に向かって螺旋状に回転すると、周囲のダークマターハローと相互作用し、動摩擦を通じてエネルギーを失うことが示唆されていました。
この摩擦により、ダークマター粒子が系から散逸。
これにより、超大質量ブラックホールのペアの周りのダークマターハローの密度は低下するとしていきます。
その結果、ダークマターハローからの動摩擦が減少し、超大質量ブラックホールが最後のパーセクの分離で行き詰まり、合体が妨げられるという訳です。

でも、今回研究チームによって提案された新しいモデルでは、ダークマター粒子間の相互作用、特に自己相互作用ダークマター(SIDM)の概念を取り入れた、ファイナルパーセク問題に対する洗練された解決策を提供しています。
このモデルは、ダークマター粒子が互いに相互作用できる場合、それらの分布と密度が大きく変化する可能性があることを示唆しています。

この新しいモデルが示唆しているのは、ダークマター粒子が互いに相互作用し、以前に想定されていたように散逸しないこと。
この相互作用は、ダークマターハローの密度を維持するのに役立ち、超大質量ブラックホールが最後のパーセクの分離を克服して、合体するための効果的なメカニズムを提供することになります。

重要なことに、研究者たちは、彼らのモデルに必要なダークマター粒子の自己相互作用の強さは、小さなスケールでの銀河の構造と進化を説明するために提案されたものと一致していることを発見しました。


自己相互作用ダークマターの役割

自己相互作用ダークマターの概念は、過去10年間で、標準的な冷たいダークマター(CDM)モデルでは説明できない、小規模な構造形成の観測された不一致に対処するための有望な解決策として浮上してきました。
自己相互作用ダークマターでは、ダークマター粒子は互いに弾性的に散乱することができ、ハローの内部で熱伝達が可能になり、冷たいダークマターハローの予測される急勾配の密度プロファイルが浅いコアに変換されます。

超大質量ブラックホールの合体では、自己相互作用ダークマターはファイナルパーセク問題に独特の解決策を提供しています。
これは、自己相互作用ダークマター粒子が経験する自己相互作用が、超大質量ブラックホールバイナリの周りのダークマタースパイクの構造と進化に大きな影響を与える可能性があるためです。

ただ、冷たいダークマタースパイクは、バイナリの重力によって失われたエネルギーを効果的に吸収するには小さすぎます。
これは、冷たいダークマターの場合、スパイクが単一の超大質量ブラックホールの重力によって熱的にサポートされていて、スパイク全体がバイナリの結合エネルギーのオーダーしか含まないためです。

対照的に、自己相互作用ダークマターのスパイクは、より大きな自己相互作用ダークマターハローと熱的に接続されていて、はるかに大きなエネルギー貯蔵庫を提供します。
自己相互作用ダークマター粒子はスパイクにエネルギーを輸送できるので、スパイクは動摩擦を介してバイナリのエネルギーを吸収して熱化する可能性があり、完全な破壊を防ぐことができます。
この持続的なエネルギー吸収により、バイナリの軌道は減衰し続け、最終的にはファイナルパーセクの分離を克服して合体することになります。

さらに、研究チームによって行われた数値シミュレーションは、自己相互作用ダークマタースパイクからの動摩擦の有効性が、自己相互作用断面積、ダークマター粒子質量、バイナリの質量比などの要因に依存することを示しています。
例えば、自己相互作用断面積が大きいほど、動摩擦が強くなり、ファイナルパーセク問題に対する解決策がより有効的になるようです。


パルサータイミングアレイ観測による解決策のサーポート

パルサータイミングアレイなどの重力波の観測からは、自己相互作用ダークマターのシナリオをさらにサポートすることができます。
パルサータイミングアレイは、回転するパルサー(中性子星の一種)からのパルスの到達時間の小さな変動を測定することで、ナノヘルツ周波数の重力波を検出することができます。

パルサータイミングアレイのデータ分析で観察された、低周波数での重力波スペクトルの軟化は、ファイナルパーセク問題に対する自己相互作用ダークマターの解決策を支持する魅力的な証拠を提供してくれます。
この軟化は、自己相互作用ダークマターハローと超大質量ブラックホールバイナリの間の動摩擦によるエネルギー損失に起因すると考えることができ、低周波数で重力波放出が抑制されます。

さらに、自己相互作用ダークマタースパイクからの動摩擦の影響は、パルサータイミングアレイで観測された重力波信号の特性を形作り、ダークマターの性質に関する貴重な情報を提供することができます。
例えば、観測された重力波スペクトルの詳細なモデリングと分析により、自己相互作用断面積と自己相互作用ダークマター粒子の質量に関する制約を導き出すことができます。

超大質量ブラックホールの合体におけるダークマターの役割を調査することは、宇宙の最も謎めいた構成要素であるダークマターと重力の複雑な相互作用についての理解を深めるための魅力的な道を提供してくれます。

自己相互作用ダークマターの概念を含む新しいモデルの出現により、研究チームはファイナルパーセク問題に取り組むことで、超大質量ブラックホールの合体と進化を推進するメカニズムを説明するための有望な解決策を発見しました。

パルサータイミングアレイからの重力波観測の継続的な改良と、将来の重力波検出器によるデータは、自己相互作用ダークマターの特性と宇宙の構造の形成における、その役割に関する事例のない洞察を提供してくれるはずです。
ダークマターと重力の絡み合ったダンスを明らかにすることで、宇宙の起源、進化、そして最終的な運命についての理解において大きな進歩があるはずです。


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“ホットサターン”に水蒸気が存在する証拠を発見! 異常に大きなコアを持つ系外惑星の大気は酸素が豊富な環境なのかも

2024年07月24日 | 系外惑星
今回の研究では、系外惑星“HD 149026 b”の大気中に水蒸気(H2O)が存在する証拠を発見しています。
この系外惑星は、地球から約250光年彼方のヘルクレス座に位置し、土星とほぼ同じ大きさの高温ガス惑星なので“ホットサターン”に分類されています。

さらに興味深いのは、“HD 149026 b”が地球の約110倍という異常に大きなコアを持っていること。
いくつかの理論的なシナリオが提唱されていますが、この惑星の大気の観測を続けることで、これらの理論のいずれかを支持する、あるいは新た理論を示唆する可能性もあります。
この研究は、東京大学の大学院生Sayyed Ali Rafiさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年7月付でアメリカの科学雑誌“The Astronomical Journal”に“Evidence of Water Vapor in the Atmosphere of a Metal-Rich Hot Saturn with High-Resolution Transmission Spectroscopy”として掲載されました。DOI: 10.3847/1538-3881/ad5be9
図1.系外惑星“HD 149026 b”のイメージ図。木星よりも少し小さい“ホットサターン”に分類される。本研究では、この惑星の大気中に水蒸気が存在する証拠を発見している。(Credit: アストロバイオロジーセンター)
図1.系外惑星“HD 149026 b”のイメージ図。木星よりも少し小さい“ホットサターン”に分類される。本研究では、この惑星の大気中に水蒸気が存在する証拠を発見している。(Credit: アストロバイオロジーセンター)


土星とほぼ同じ大きさの高温ガス惑星

“HD 149026 b”は、地球から約250光年彼方のヘルクレス座に位置する系外惑星です。
この系外惑星は、土星とほぼ同じ大きさを持つ巨大なガス惑星でありながら、主星“HD 149026”の極めて近くの軌道を公転しているので、“ホットサターン”に分類されます。

主星“HD 149026”の質量は太陽の約1.34倍で、金属が豊富な恒星です。
“HD 149026 b”は、この恒星の周りを、わずか2.9日という短い周期で公転。
この軌道は、太陽から水星までの距離の約10分の1という、非常に近いものとなります。

“HD 149026 b”の最大の特徴は、その高温な環境にあります。
主星に極めて近い距離を公転しているので、推定される“HD 149026 b”の表面温度は約1700ケルビンに達しているようです。
これは、最強の鉄鋼でさえも溶かしてしまうほどの高温で、“HD 149026 b”が過酷な環境にあることを示しています。

さらに、“HD 149026 b”は、その高温な環境に加え、異常に大きなコアを持つことでも知られています。
そのコアの質量は、地球質量の約110倍にも達すると推定されていて、これは従来の惑星形成モデルでは説明が難しい現象と言えます。


透過光分光法と相互相関法で系外惑星の大気を探る

“HD 149026 b”の大気中における水蒸気の発見は、透過光分光法と呼ばれる観測手法を用いて行われたものです。

この手法は、地球から見て系外惑星“HD 149026 b”が、主星“HD 149026”の手前を通過している時に、系外惑星の大気を通過してきた主星の光を利用します。

分光器により、光の波長ごとの強度分布“スペクトル”を得ることができます。
惑星の大気中には様々な分子が存在し、個々の元素は決まった波長の光を吸収する性質があるので、系外惑星の大気を通過してきた光“透過スペクトル”には、大気に含まれる元素に対応した波長で光の強度が弱まる箇所“吸収線”が現れることになります。

この“透過スペクトル”と“主星から直接届いた光のスペクトル”を比較することで吸収線を調べることができ、その波長から元素の種類を直接特定する訳です。

でも、系外惑星の大気を観測する場合、明るい恒星の光に対して惑星からの光は非常に弱いので、検出が困難になることが多くあるんですねー

そこで用いられるのが、相互相関法と呼ばれる微弱な信号を増幅する手法です。
相互相関法では、高分解能分光法で個別に分解される数百から数千の弱いスペクトル吸収線の情報を組み合わせることで、系外惑星からの信号を高めることができます。

相互相関法を用いることで、高分解能分光データから、微弱な吸収線の情報を統合し、系外惑星からの信号を増幅することが可能となります。


水蒸気は大気全体に広がっている

今回の研究では、スペインのカラー・アルト天文台に設置された分光器“CARMENES”を用いて、“HD 149026 b”の近赤外線波長域(0.97~1.7μm)のスペクトルを観測しています。

研究チームは、この観測データに対して相互相関法を適用。
その結果、“HD 149026 b”の大気中に水蒸気が存在する証拠を発見しました。
この信号の信号対雑音比(S/N)は約4.8でした。
図2.検出されたH2Oシグナル。赤い×印は実際に検出された位置を、シアン色の十字記号は予測されるシグナルの位置を示している。右下の数時4.8は、検出されたシグナルのS/N比。KpとVrestは、それぞれ惑星の視差速度の半値幅と静止系の速度。(Credit: アストロバイオロジーセンター)
図2.検出されたH2Oシグナル。赤い×印は実際に検出された位置を、シアン色の十字記号は予測されるシグナルの位置を示している。右下の数時4.8は、検出されたシグナルのS/N比。KpとVrestは、それぞれ惑星の視差速度の半値幅と静止系の速度。(Credit: アストロバイオロジーセンター)
興味深いことに、2023年に行われたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた“HD 149026 b”の観測でも、大気中に水蒸気を検出したとする報告がされています。

この時、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が観測していたのは惑星の昼側でした。
これに対して、本研究では惑星の夜側を観測しているので、両方の観測結果が水蒸気の存在を示していることになります。
このことは、“HD 149026 b”の大気全体に水蒸気が広がっている可能性を示唆していました。

研究チームでは、“HD 149026 b”の大気にシアン化水素(HCN)も探索しましたが、検出には至らず…
これは、観測データのS/N比が低いためだと考えられています。


“HD 149026 b”の大気は酸素が豊富な環境かも

“HD 149026 b”のような高温のガス惑星の大気では、炭素と酸素の比(C/O)が惑星の形成過程や進化の歴史を理解する上で、重要な指標となります。

C/Oひが1より小さい場合(酸素が炭素より豊富であることを示す)、水(H2O)と一酸化炭素(CO)が最も豊富な酸素と炭素を含む分子となります。
一方、C/O比が1より大きい場合、水は少なくなり、シアン化水素が多くなります。

今回の観測では、“HD 149026 b”の大気中に水蒸気が検出された一方で、シアン化水素は検出されませんでした。
これは、“HD 149026 b”の大気のC/O比が1より小さい、すなわち酸素が豊富な環境であることを示唆しています。


どうやって異常に大きなコアを持つ惑星が形成されたのか

“HD 149026 b”は、これまでの惑星形成モデルでは説明が難しい、異常に大きなコアを持つことが知られています。
この巨大なコアを説明するために、いくつかのシナリオが提案されています。

1.巨大惑星同士の衝突
Ikoma et al.(2006)は、“HD 149026 b”が、2つ以上の巨大惑星が衝突した結果形成された可能性を指摘しています。

2.微惑星の異常な供給
Broeg & Wuchterl(2007)は、“HD 149026 b”の形成時に、他の惑星からの重力摂動によって、微惑星が異常なほど大量に供給された可a能性を提案しています。

3.標準的なコア集積モデル
Dodson-Robinson & Bodenheimer(2009)は、固体表面密度が高く、初期軌道が大きい場合には、標準コア集積モデルでも“HD 149026 b”のような巨大コアを持つ惑星が形成される可能性を示しています。

これらのシナリオのうち、どのシナリオが正しいのか、あるいは全く新しいシナリオが必要となるのかは、今後の詳細な観測によって明らかになっていくと考えられます。

“HD 149026 b”の大気中に水蒸気が検出されたことは、この惑星の形成過程や進化の歴史を理解する上で重要な手掛かりとなります。
“HD 149026 b”は、巨大なコア以外にも、高温環境、短い公転周期など、多くの興味深い特徴を持っています。

今後の詳細な観測により、“HD 149026 b”の大気の組成や温度構造、そしてその形成過程について、より詳しい情報が得られることが期待されます。


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なぜ、球状星団“テルザン5”では多くのパルサーが見つかるのか? 星同士の相互作用が頻繁に起こる密度が高い領域が原因かも

2024年07月23日 | 宇宙 space
天の川銀河の中心部“いて座”の方向に位置する球状星団“テルザン5”は、数十万個もの星々が密集する天体です。
この星団には、パルサーと呼ばれる特殊な中性子星が多数存在することが知られているんですねー

パルサーは、太陽よりも数十倍重い星が、その一生の最期に超新星爆発(II型超新星爆発)を起こすことで残される、強大な重力を持つ高密度な天体。
中性子星の中でも、規則正しいパルス状の可視光線や電波が観測される“天然の発振器”と言える天体です。

多くが超高速で自転していて、地球から観測すると非常に短い周期で明滅する規則的な信号がとらえられるので、パルサーと呼ばれています。
パルス状の信号が観測されるのは、パルサーからビーム状に放射されている電磁波の向きが、自転とともに変化しているからだと考えられています。

今回の研究では、球状星団“テルザン5”において新たに10個のパルサーが発見されています。
この発見は、米国国立科学財団グリーンバンク望遠鏡と南アフリカ電波天文台の電波望遠鏡群“MeerKAT(ミーアキャット)”の共同観測によるもの。
これにより、“テルザン5”で確認されたパルサーの総数は49個となり、既知の球状星団の中で最多を記録しました。

本研究は、パルサーの形成と進化、球状星団の力学、そしてアインシュタインの一般相対性理論の検証といった、天体物理学の重要なテーマに光を当てるものになるそうです。
この研究は、米国国立科学財団国立電波天文台、マックス・プランク重力物理学研究所、マックス・プランク電波天文学研究所の天文学者からなる国際研究チームが進めています。
本研究の詳細は、理論・観測・機器に基づく天文学および天体物理学を扱う査読付き学術雑誌“Astronomy & Astrophysics”に“Discovery and timing of ten new millisecond pulsars in the globular cluster Terzan 5”として掲載されました。DOI:10.1051/0004-6361/202449303
図1.いて座の方向に位置する“テルザン5”は、何十万もの星がひしめき合っている球状星団。最近、米国国立科学財団国立電波天文台、マックス・プランク重力物理学研究所、マックス・プランク電波天文学研究所の天文学者からなる国際研究チームによって、10個の珍しいエキゾチックなパルサーが発見された。(Credit: US NSF, AUI, NSF NRAO, S. Dagnello)
図1.いて座の方向に位置する“テルザン5”は、何十万もの星がひしめき合っている球状星団。最近、米国国立科学財団国立電波天文台、マックス・プランク重力物理学研究所、マックス・プランク電波天文学研究所の天文学者からなる国際研究チームによって、10個の珍しいエキゾチックなパルサーが発見された。(Credit: US NSF, AUI, NSF NRAO, S. Dagnello)


最もパルサーが多く見つかっている球状星団

今回発見されたパルサーの中には、非常に質量の小さい伴星を持つ“スパイダーパルサー”と呼ばれる天体が3つ含まれていました。
スパイダーパルサーは、その強力な電波放射によって伴星から物質を引き剝がしながら、高速で回転していると考えられている天体です。

“テルザン5”には、以前から5つのスパイダーパルサーの存在が知られていましたが、今回の発見によりその数は8つに増えました。
スパイダーパルサーの形成過程や、伴星との相互作用についてはまだ多くの謎が残されていて、今後の観測・研究が期待されます。

また、今回発見されたパルサーの中には、“PSR J1748-2446ao”と呼ばれる、連星系を構成する2つの中性子星のうちの一つである可能性がある天体も含まれています。

もし、そうであれば、この連星パルサーは、既知の二重中性子星系の中で最も速く回転するパルサーと、最も長い軌道の両方の記録を更新することになります。
この発見は、二重中性子星系の形成シナリオや、その進化過程における重力波の役割について、新たな知見をもたらす可能性があります。


星同士の相互作用がパルサーに与える影響

“テルザン5”は、天の川銀河の中で最も星の密度が高い領域の一つで、星同士の相互作用が頻繁に起こっています。

球状星団は、数十万~数百万個もの星々が重力によって球状に集まった天体で、その中心部ほど星の密度が高くなります。
このような高密度な環境では、星同士の接近や衝突が起こりやすく、連星系の形成や破壊、星の進化にも大きな影響を与えると考えられています。

“テルザン5”で、これほど多くのパルサーが見つかったことは、この星団が過去に激しい星形成活動や、星団全体の重力収縮を経験してきたことを示唆しています。
特に、今回発見された10個のパルサーのうち9個が連星系であることは、星同士の相互作用がパルサーの形成に重要な役割を果たしていることを示唆しています。

さらに、パルサーは、その極めて正確なパルス周期と強い重力場によって、アインシュタインの一般相対性理論を検証するための理想的な実験場となります。

特に、連星パルサーの観測を通して、重力波の放出や時空の歪みといった、一般相対性理論が予言する現象を、高い精度で検証することができます。

“テルザン5”のような高密度な環境は、強い重力場における一般相対性理論の検証を可能にする、貴重な実験場と言えます。


“テルザン5”に潜むパルサーの謎

今回の発見は、“テルザン5”がパルサーの形成と進化、球状星団の力学、そして一般相対性理論の検証といった、天体物理学の重要なテーマを研究するための、他に類を見ない実験場であることを改めて示しました。

今後、より高感度な電波望遠鏡や、X線、ガンマ線といった多波長での観測により、“テルザン5”に潜むパルサーの謎がさらに解き明かされることが期待されます。
さらに、以下の点も重要となります。

1.パルサーの電波放射メカニズム
パルサーは、どのようにして強力な電波を放射しているのでしょうか?
その詳細なメカニズムは、いまだ完全には解明されていません。

2.パルサー磁場の起源
パルサーは、なぜ強力な磁場を持っているのでしょうか?
この起源も未解明の問題になっています。

3.球状星団の形成と進化
球状星団は宇宙初期にどのように形成され、どのように進化してきたのでしょうか?
その詳細な歴史は、未だ明らかになっていません。

これらの問題を解明するためにも、“テルザン5”におけるパルサー観測は重要な役割を担っています。
今後の観測と研究に期待ですね。


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