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超大質量ブラックホールの合体におけるダークマターの役割を解明! 最終パーセク問題も解明へ

2024年07月27日 | ブラックホール
広大な宇宙の広がりの中で、天体物理学者は長い間、最も魅力的で謎めいた現象のいくつかを理解しようと努めてきました。

その中でも特に興味深いのは、超大質量ブラックホールの合体です。
このイベントは、時空の構造そのものに伝播する重力波として知られる“時空のさざ波”を生み出す、驚くべきエネルギーの事象と言えます。

その超大質量ブラックホールは、私たちの太陽の何十億倍もの質量を持っていて、ほとんどの銀河の中心に存在すると考えられています。
そして、超大質量ブラックホールの活動は、銀河の進化と成長を形づくる上で重要な役割を果たしています。

近年の天体物理学における大きな進歩は、周波数が非常に低く、宇宙のあらゆる方向から伝わる重力波“背景重力波”の検出でした。

この信号の発生源の一つに、合体する超大質量ブラックホールのペアから発生すると考えられています。
ただ、この仮説は“ファイナルパーセク問題”として知られる、厄介なパズルを持っているようです。
この研究は、トロント大学物理学部とマギル大学物理学部およびトロッティア宇宙研究所の博士研究員Gonzalo Alonso-Álvarezさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)”に、“Self-interacting dark matter solves the final parsec problem of supermassive black hole mergers”として掲載されました。DOI:10.1103/PhysRevLett.133.021401
図1.超大質量ブラックホールの連星系が発する光のシミュレーション。周囲のガスが光学的に薄い(透明)状態。系射角0度、つまり円盤を真上から見たもの。放出される光はすべての波長を表す。(Credit: NASA's Goddard Space Flight Center/Scott Noble; simulation data, d'Ascoli et al. 2018)
図1.超大質量ブラックホールの連星系が発する光のシミュレーション。周囲のガスが光学的に薄い(透明)状態。系射角0度、つまり円盤を真上から見たもの。放出される光はすべての波長を表す。(Credit: NASA's Goddard Space Flight Center/Scott Noble; simulation data, d'Ascoli et al. 2018)


超大質量ブラックホールの合体における障害

ファイナルパーセク問題は、2つの超大質量ブラックホールが重力を介して互いの周りを螺旋状に回転するときに発生する理論上の課題のことです。

これまでのモデルは、これらの巨大な天体が約1パーセク(約3光年)の距離まで近づくと、それらの接近が行き詰まり、それ以上の合体が妨げられることを示唆していました。
この停滞は、それらの相互軌道からエネルギーと角運動量を除去するのに利用できるメカニズムが不足しているために発生します。

ファイナルパーセク問題の意味は、合体する超大質量ブラックホールが、現在観測されている背景重力波の源だとする考えに疑問を投げかけるだけではありません。
超大質量ブラックホールが、質量の小さいブラックホールとの合体を通じて、時間と共に成長するという広く受け入れられている理論にも疑問を投げかけています。

合体が最後のパーセクの障壁を克服できなければ、超大質量ブラックホールは初期宇宙で観測される質量に達することができず、観測された宇宙論的進化に矛盾することになってしまいます。


新しいファイナルパーセク問題の解決策

ファイナルパーセク問題に対する潜在的な解決策が生まれたのは、目に見えない物質“ダークマター”の性質と行動を調査することからでした。

ダークマターは、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質。
目に見える物質と重力的な相互作用をしますが、光では相互作用しないんですねー

ダークマターは、宇宙の質量の約85%を占めると推定されていて、その存在は銀河の回転速度や重力レンズ効果などの様々な天体物理学的観測から推測することができます。

最近の研究では、超大質量ブラックホールの合体と、これらの宇宙構造に関連するダークマターハローとの間に、興味深い関係が発見されています。
これらのハローは銀河を包み込み、標準的な天体物理学的プロセスでは説明できない追加の重力を提供することにより、銀河の形成と進化に影響を与えると考えられています。

以前のモデルでは、超大質量ブラックホールのペアが合体に向かって螺旋状に回転すると、周囲のダークマターハローと相互作用し、動摩擦を通じてエネルギーを失うことが示唆されていました。
この摩擦により、ダークマター粒子が系から散逸。
これにより、超大質量ブラックホールのペアの周りのダークマターハローの密度は低下するとしていきます。
その結果、ダークマターハローからの動摩擦が減少し、超大質量ブラックホールが最後のパーセクの分離で行き詰まり、合体が妨げられるという訳です。

でも、今回研究チームによって提案された新しいモデルでは、ダークマター粒子間の相互作用、特に自己相互作用ダークマター(SIDM)の概念を取り入れた、ファイナルパーセク問題に対する洗練された解決策を提供しています。
このモデルは、ダークマター粒子が互いに相互作用できる場合、それらの分布と密度が大きく変化する可能性があることを示唆しています。

この新しいモデルが示唆しているのは、ダークマター粒子が互いに相互作用し、以前に想定されていたように散逸しないこと。
この相互作用は、ダークマターハローの密度を維持するのに役立ち、超大質量ブラックホールが最後のパーセクの分離を克服して、合体するための効果的なメカニズムを提供することになります。

重要なことに、研究者たちは、彼らのモデルに必要なダークマター粒子の自己相互作用の強さは、小さなスケールでの銀河の構造と進化を説明するために提案されたものと一致していることを発見しました。


自己相互作用ダークマターの役割

自己相互作用ダークマターの概念は、過去10年間で、標準的な冷たいダークマター(CDM)モデルでは説明できない、小規模な構造形成の観測された不一致に対処するための有望な解決策として浮上してきました。
自己相互作用ダークマターでは、ダークマター粒子は互いに弾性的に散乱することができ、ハローの内部で熱伝達が可能になり、冷たいダークマターハローの予測される急勾配の密度プロファイルが浅いコアに変換されます。

超大質量ブラックホールの合体では、自己相互作用ダークマターはファイナルパーセク問題に独特の解決策を提供しています。
これは、自己相互作用ダークマター粒子が経験する自己相互作用が、超大質量ブラックホールバイナリの周りのダークマタースパイクの構造と進化に大きな影響を与える可能性があるためです。

ただ、冷たいダークマタースパイクは、バイナリの重力によって失われたエネルギーを効果的に吸収するには小さすぎます。
これは、冷たいダークマターの場合、スパイクが単一の超大質量ブラックホールの重力によって熱的にサポートされていて、スパイク全体がバイナリの結合エネルギーのオーダーしか含まないためです。

対照的に、自己相互作用ダークマターのスパイクは、より大きな自己相互作用ダークマターハローと熱的に接続されていて、はるかに大きなエネルギー貯蔵庫を提供します。
自己相互作用ダークマター粒子はスパイクにエネルギーを輸送できるので、スパイクは動摩擦を介してバイナリのエネルギーを吸収して熱化する可能性があり、完全な破壊を防ぐことができます。
この持続的なエネルギー吸収により、バイナリの軌道は減衰し続け、最終的にはファイナルパーセクの分離を克服して合体することになります。

さらに、研究チームによって行われた数値シミュレーションは、自己相互作用ダークマタースパイクからの動摩擦の有効性が、自己相互作用断面積、ダークマター粒子質量、バイナリの質量比などの要因に依存することを示しています。
例えば、自己相互作用断面積が大きいほど、動摩擦が強くなり、ファイナルパーセク問題に対する解決策がより有効的になるようです。


パルサータイミングアレイ観測による解決策のサーポート

パルサータイミングアレイなどの重力波の観測からは、自己相互作用ダークマターのシナリオをさらにサポートすることができます。
パルサータイミングアレイは、回転するパルサー(中性子星の一種)からのパルスの到達時間の小さな変動を測定することで、ナノヘルツ周波数の重力波を検出することができます。

パルサータイミングアレイのデータ分析で観察された、低周波数での重力波スペクトルの軟化は、ファイナルパーセク問題に対する自己相互作用ダークマターの解決策を支持する魅力的な証拠を提供してくれます。
この軟化は、自己相互作用ダークマターハローと超大質量ブラックホールバイナリの間の動摩擦によるエネルギー損失に起因すると考えることができ、低周波数で重力波放出が抑制されます。

さらに、自己相互作用ダークマタースパイクからの動摩擦の影響は、パルサータイミングアレイで観測された重力波信号の特性を形作り、ダークマターの性質に関する貴重な情報を提供することができます。
例えば、観測された重力波スペクトルの詳細なモデリングと分析により、自己相互作用断面積と自己相互作用ダークマター粒子の質量に関する制約を導き出すことができます。

超大質量ブラックホールの合体におけるダークマターの役割を調査することは、宇宙の最も謎めいた構成要素であるダークマターと重力の複雑な相互作用についての理解を深めるための魅力的な道を提供してくれます。

自己相互作用ダークマターの概念を含む新しいモデルの出現により、研究チームはファイナルパーセク問題に取り組むことで、超大質量ブラックホールの合体と進化を推進するメカニズムを説明するための有望な解決策を発見しました。

パルサータイミングアレイからの重力波観測の継続的な改良と、将来の重力波検出器によるデータは、自己相互作用ダークマターの特性と宇宙の構造の形成における、その役割に関する事例のない洞察を提供してくれるはずです。
ダークマターと重力の絡み合ったダンスを明らかにすることで、宇宙の起源、進化、そして最終的な運命についての理解において大きな進歩があるはずです。


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天の川銀河の中心部に中間質量ブラックホールを発見! 初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程の解明へ

2024年07月21日 | ブラックホール
近年、天文学の分野において、銀河中心部における中間質量ブラックホールの発見が相次いでいます。
これらの発見は、宇宙の進化、特に初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程を解明する上で、極めて重要な意味を持つと考えられているんですねー

今回、研究チームは、天の川銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール“いて座A*(いてざエースター)”のすぐ近くにある星団の研究において、別の中間質量ブラックホールの兆候を発見しています。

中間質量ブラックホールは膨大な研究努力にもかかわらず、これまでに全宇宙で約10個しか見つかっていませんでした。

その中間質量ブラックホールは、ビッグバンの直後に形成されたと考えられていて、合体することで超大質量ブラックホールの“種”の役割を果たします。
このことから、中間質量ブラックホールは、ブラックホールの進化過程を理解する上で重要なカギを握ると考えられています。

さらに、今回の発見は、中間質量ブラックホールの形成場所や、その成長過程を解明する上でも、貴重な手掛かりとなる可能性があります。
この研究は、ケルン大学 物理学研究所のFlorian Peißker博士を中心とする国際研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に“The Evaporating Massive Embedded Stellar Cluster IRS 13 Close to Sgr A*. II. Kinematic structure”として掲載されました。DOI:10.3847/1538-4357/ad4098
図1.超大型望遠鏡“VLT”搭載の補償光学装置“NACO”とアルマ望遠鏡が観測した星団“IRS13”。(Credit: The Astrophysical Journal (2024). DOI: 10.3847/1538-4357/ad4098)
図1.超大型望遠鏡“VLT”搭載の補償光学装置“NACO”とアルマ望遠鏡が観測した星団“IRS13”。(Credit: The Astrophysical Journal (2024). DOI: 10.3847/1538-4357/ad4098)


観測的な証拠が乏しく謎に包まれたブラックホール

ブラックホールは、極めて高密度かつ大質量なので、その重力によって光さえも脱出できない天体のことです。
そのブラックホールも、質量によって“超大質量ブラックホール”、“中間質量ブラックホール”、“恒星質量ブラックホール”の3種類に分類されています。

質量によって分類される3種類のブラックホール

 1.恒星質量ブラックホール
太陽の数倍から数十倍の質量を持つ、比較的小さなブラックホール。
大質量の恒星がその一生の最期に、自身の重力によって崩壊して形成されると考えられている。
 2.中間質量ブラックホール
太陽の数百倍から数万倍の質量を持つブラックホール。
恒星質量ブラックホールと超大質量ブラックホールの中間に位置し、その形成過程や進化についてはまだ多くの謎が残されている。
 3.超大質量ブラックホール
太陽の数百万倍から数十億倍という、非常に大きな質量を持つブラックホール。
ほとんどの銀河の中心に存在すると考えられていて、銀河の進化と密接に関係していると考えられている。

中間質量ブラックホールは、その存在が長らく予測されていても、観測的な証拠が乏しく、その形成過程や宇宙における役割が謎に包まれていました。

でも、近年の観測技術の進歩により、その存在を示唆する観測結果が得られるようになり、天文学の分野で大きな注目を集めています。


天の川銀河の中心部で見つけた中間質量ブラックホールの証拠

天の川銀河の中心にあると考えられている中間質量ブラックホールは、星団“IRS 13”の中にある電離したガスの回転をアルマ望遠鏡で観測することで発見されました。
研究チームは、E3と呼ばれる星の位置をサブミリ波で観測することで電離ガスの環を発見しています。

このガスの環は、-200km/sから+200km/sの速度でE3の周りを回転。
電離ガスのこの回転は、その場に大質量天体、この場合は中間質量ブラックホールが存在することを示す有力な証拠となっています。

この中間質量ブラックホールの質量の推定は、太陽の約3×104倍とされています。
そのスペクトルエネルギー分布(SED)は、2~10keV帯域のX線放射とミリ波放射をよく再現する、放射非効率性降着流(ADAF)モデルと一致。
このモデルは、中間質量ブラックホールの存在をさらに裏付けるものでした。

でも、中間質量ブラックホールの存在を確認し、“IRS 13”内の星団メンバーの性質をさらに検証するには、今後ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡と超大型望遠鏡“VLT”の高解像度画像分光器“ERIS”による観測が必要となります。


どうやって中間質量ブラックホールは形成されるのか

中間質量ブラックホールの形成過程については、いくつかのシナリオが提唱されていますが、未だ明確な結論は出ていません。
提唱されている主なシナリオとして、以下の3つが挙げられます。

 1.巨大分子雲の重力崩壊
宇宙初期に存在した巨大なガス雲である巨大分子雲が、自身の重力によって収縮し、中心部で中間質量ブラックホールが形成されたとするシナリオ。

 2.星団内部での大質量星の合体
星団内部で、複数の重い星が衝突・合体を繰り返すことで、中間質量ブラックホールが形成されたとするシナリオ。

 3.初期宇宙における密度ゆらぎの成長
ビッグバン直後の宇宙に存在したわずかな密度のゆらぎが成長し、中間質量ブラックホールが形成されたとするシナリオ。

これらのシナリオは、それぞれ観測結果や理論的な裏付けを持つ一方で、未解明な部分も多く残されています。
今後の研究により、これらのシナリオのどれが正しいのか、あるいは全く新しいシナリオが提唱されるのかが、明らかになっていくと期待されています。


今後の研究で期待される進展

中間質量ブラックホールの発見は、宇宙の進化、特に初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程を理解する上で、非常に重要な意味を持つと考えられています。
このため、今後の研究で期待される進展について以下に挙げていきます。

 1.初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程の解明
現在の宇宙論において、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程は大きな謎として残されています。
その謎を解明する上で、中間質量ブラックホールは重要なカギを握ると考えられています。

研究チームでは、ビッグバンの直後に形成された多数の中間質量ブラックホールが、互いに合体を繰り返すことで、超大質量ブラックホールへと成長したというシナリオを提唱しています。
このシナリオは、現在の宇宙で観測される超大質量ブラックホールの質量分布を説明できる可能性を秘めています。

今回の発見を皮切りに、今後天の川銀河中心部においてより多くの中間質量ブラックホールの探査が進められることが期待されます。
その結果、中間質量ブラックホールの質量分布や進化段階に関する詳細な情報が得られる可能性があり、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成シナリオの検証に大きく貢献すると考えられます。

 2.天の川銀河中心部の星形成史の解明
中間質量ブラックホールは、その周囲の星形成活動にも影響を与えていると考えられています。
このため、今回の発見は、天の川銀河中心部の星形成史の解明にも新たな視点をもたらすことが期待されます。

本研究では“IRS 13”と呼ばれる星団が、天の川銀河中心部に向かって移動しながら星形成を行ってきた可能性が示唆されました。

また、星団“IRS 13”形成過程、天の川銀河中心部への移動経路、そして中間質量ブラックホールとの関連性を探ることで、天の川銀河中心部の星形成史における中間質量ブラックホールの役割を明らかにできると期待されます。

 3.中間質量ブラックホールの形成メカニズムの解明
中間質量ブラックホールの形成メカニズムは、現代天文学における未解決問題の一つで、今回の発見は、その謎に迫るための重要な手掛かりを与えてくれるはずです。

今回の発見を機に、中間質量ブラックホールの周囲の環境や、その質量降着率などの詳細な観測が進められると期待されます。
それらの観測データに基づいて、それぞれの形成シナリオを検証することで、中間質量ブラックホールの形成メカニズムの解明に近づけると考えられています。

 4.重力理論の検証
中間質量ブラックホールは、その強い重力場によって、アインシュタインの一般相対性理論を検証するための格好の舞台となります。

特に、中間質量ブラックホールの“ブラックホールシャドウ”の観測は、一般相対性理論の検証に有効だと考えられています。
ブラックホールシャドウとは、フラックホールの重力によって光が曲げられることで生じる、ブラックホール周辺の暗い領域のことです。

また、今後発展が期待される重力波天文学との連携によって、中間質量ブラックホールの合体イベントなどを観測できる可能性もあり、より直接的に一般相対性理論を検証できる可能性も秘めています。

今回の発見は、天の川銀河中心部のみにとどまらず、宇宙全体に対する理解を深める上での大きな一歩と言えます。
今後、更なる観測と理論研究が進められることで、私たち人類の宇宙に対する知見は、さらに広がっていくはずです。


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天の川銀河最大の球状星団“オメガ星団”の中心部に中間質量ブラックホールの強力な証拠 太陽の8200倍の質量を持つようです

2024年07月12日 | ブラックホール
今回の研究では、20年以上にわたるハッブル宇宙望遠鏡の観測データから、天の川銀河最大の球状星団“オメガ星団”の中心に、太陽の8200倍の質量を持つ中間質量ブラックボールが存在する強力な証拠が発見しています。

この発見は、ブラックホールの進化におけるミッシングリンクと考えられている中間質量ブラックホールの形成と成長に関する重要な手掛かりとなるはずです。
この研究は、マックス・プランク天文学研究所のNadine Neumayerさんたちの研究チームが進めています。
図1.今回の研究では、ハッブル宇宙望遠鏡が20年以上に渡って撮影した500枚以上のオメガ星団の画像データが使用。天の川銀河最大の球状星団“オメガ星団”の最も内側にある7つの高速で動く星を検出している。これらの恒星は、中間質量ブラックホールの存在を示す有力な新証拠となる。(Credit: ESA/Hubble & NASA, M. Häberle (MPIA))
図1.今回の研究では、ハッブル宇宙望遠鏡が20年以上に渡って撮影した500枚以上のオメガ星団の画像データが使用。天の川銀河最大の球状星団“オメガ星団”の最も内側にある7つの高速で動く星を検出している。これらの恒星は、中間質量ブラックホールの存在を示す有力な新証拠となる。(Credit: ESA/Hubble & NASA, M. Häberle (MPIA))


天の川銀河の中で最大の球状星団

オメガ星団(NGC 5139)は、ケンタウルス座の方向約1万7700光年彼方に位置する球状星団です。
肉眼でも観測が可能で、南半球の星空観察の愛好家にとって人気のある天体一つでもあります。

球状星団は、星団のうち数百万個以上の恒星が重力で集合し、概ね球状の形をとったものを球状星団と呼びます。
数百光年以内に数万個以上の恒星が密集しています。
オメガ星団を構成する星々の数は約1000万個で、その規模は天の川銀河の中で最大の天体になります。

オメガ星団は、その巨大な規模だけでなく、他の球状星団とは異なるいくつかの特徴を持っています。
例えば、通常の球状星団よりも高速で回転していて、その形状は著しく平坦です。
また、他の大きな球状星団に比べて約10倍も大きく、小さな銀河に匹敵するほどの質量を持っています。

これらの特徴は、オメガ星団が過去に経験した複雑な進化の歴史を示唆していて、その中心に中間質量ブラックホールが存在する可能性を高めるものとなっています。


確実な発見例がほとんど無いブラックホール

ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ“超大質量ブラックホール”が存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。

また、大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する、太陽の数倍~数十倍程度の質量を持つ“恒星質量ブラックホール”も宇宙には多数存在しています。

一方で、存在は予測されていても、確実な発見例がほとんど無いブラックホールもあります。
それが、太陽質量の100倍~10万倍という“中間質量ブラックホール”です。

超大質量ブラックホールは、恒星質量ブラックホールが合体を繰り返すことで形成されたとも考えられています。
なので、この2つのブラックホールの中間くらいの質量を持つ中間質量ブラックホールもあるはずなんですねー

このことから、中間質量ブラックホールは、ブラックホールの進化過程を理解する上で重要なカギを握ると考えられています。
でも、これまでその候補天体は、ごくわずかしか発見されていませんでした。

今回のオメガ星団における発見は、中間質量ブラックホールの形成場所や、その成長過程を解明する上で、貴重な手掛かりとなる可能性があります。

質量によって分類される3種類のブラックホール

1.恒星質量ブラックホール
太陽の数倍から数十倍の質量を持つ、比較的小さなブラックホール。
大質量の恒星がその一生の最期に、自身の重力によって崩壊して形成されると考えられている。
2.中間質量ブラックホール
太陽の数百倍から数万倍の質量を持つブラックホール。
恒星質量ブラックホールと超大質量ブラックホールの中間に位置し、その形成過程や進化についてはまだ多くの謎が残されている。
3.超大質量ブラックホール
太陽の数百万倍から数十億倍という、非常に大きな質量を持つブラックホール。
ほとんどの銀河の中心に存在すると考えられていて、銀河の進化と密接に関係していると考えられている。


何らかの強い重力源の影響を受けている7つの星

ブラックホールは、極めて高密度で強い重力を持つ天体で、光さえも脱出できないので直接観測することはできません。
そのため、ブラックホールその存在を知るためには、周囲の天体の動きへの影響から間接的に推測されてきました。

そこで、今回の研究では、ハッブル宇宙望遠鏡が20年以上に渡って撮影した、500枚以上のオメガ星団の画像データを使用。
これらの画像は、当初ハッブル宇宙望遠鏡の機器の調整を目的としたものでした。
それらの画像が結果的には、星団の中心付近の星の動きを長期間にわたって追跡するのに、理想的なデータセットになった訳です。

研究チームは、これらの画像データから、星団中心付近にある約140万個の星の速度を測定し、その動きを分析。
その結果、7つの星が星団の重力から脱出してしまうほどの非常に速い速度で移動していることが明らかになります。

これらの星は、通常の進化過程では説明できないほどの高速で移動していたんですねー
この7つの星の速度と軌道は、星団の中心に、目に見えない非常に重い天体が存在していることを強く示唆していました。

このことから研究チームが考えたのは、これらの星を星団の中心に繋ぎ止めている重力源は、中間質量ブラックホールである可能性が非常に高いということ。
最終的に本研究では、7つの星の高速な動きを説明するために、星団の中心に太陽の約8200倍の質量を持つ中間質量ブラックホールが存在すると結論付けています。

今回の発見は、中間質量ブラックホールの存在を示す強力な証拠と言えますが、まだ確認には至っていません。
このため、研究チームはブラックホールの質量や位置をより正確に特定するのに、さらなる観測を計画しています。

特に、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測は、オメガ星団の中心に位置するブラックホールの謎を解明する上で、重要な役割を果たすと期待されています。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、ハッブル宇宙望遠鏡よりも高い感度と解像度で観測することができるので、ブラックホール近傍の星の動きを、より詳細にとらえることが可能になります。

オメガ星団の中間質量ブラックホールの研究は、ブラックホールの形成と進化、そして銀河の形成と進化の関係を理解する上で、重要なカギを握っています。
今後の観測と研究の進展により、これらの宇宙の謎が解き明かされることが期待されます。


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2つの超大質量ブラックホールが合体しようとしている!?  複雑に広がったスペクトルを発見

2024年06月21日 | ブラックホール
ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ“超大質量ブラックホール”(※1)が存在すると考えられています。
私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。
※1.大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する、太陽の数倍~数十倍程度の質量を持つ“恒星質量ブラックホール”は宇宙には多数存在している。一方で、存在は予測されていても、確実な発見例がほとんど無い太陽質量の100倍~10万倍という“中間質量ブラックホール”もある。
銀河同士が衝突合体を繰り返すことで自身が進化していく中で、複数の超大質量ブラックホールも連星を形成すると考えられます。

理論的には、超大質量ブラックホールの連星が合体するまでのタイムスケールは、宇宙年齢に匹敵するんですねー
なので、今回の研究で観測されたセイファート1銀河(※2)に分類される“SDSS J1430+2303”は、超大質量ブラックホール同士が数年以内というタイムスケールで合体する可能性があることが示唆された特異かつ希少な天体と言えます。
※2.セイファート銀河は活動銀河の一種。銀河の形態は渦巻銀河または不規則銀河。極端に明るい中心核を持ち、通常の銀河と明らかに異なる連続光(※6)や輝線を示す。幅の広い輝線と狭い輝線が見えるセイファート銀河は1型、狭い輝線しか見えないセイファート銀河は2型と分類される。
本研究では、京都大学岡山天文台の赤外線望遠鏡“せいめい望遠鏡(口径3.8メートル)”の分光装置“KOOLS-IFU”を用いて、“SDSS J1430+2303”を1年にわたって分光観測を実施。
これにより、複雑化したHα(※3)輝線(6300‐6800Å)の起源を明らかにしています。
※3.Hαは水素原子が放射する輝線の一つ。特定のエネルギー準位を電子が遷移する際に発生するスペクトル線があり、中心波長は656.3nmに対応する。

この研究は、東北大学大学院 理学系研究科 星篤志大学院生(JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)宇宙物理学研究系所属)、宇宙科学研究所(ISAS)宇宙物理学研究系 山田亨(東北大学大学院 理学系研究科兼任)の研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年1月12日発行の天文学と天体物理学の学術雑誌“欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)”に、“The variability of the broad line profiles of SDSS J1430+2303”として掲載されました。


2つの超大質量ブラックホールが周回することで起こる光度変動

2つの超大質量ブラックホールが軌道運動することで周囲に及ぼす影響は、理論やシミュレーションによって広く議論されています。(図1)

今回の観測対象となったセイフォート1銀河の“SDSS J1430+2303”は、その中心に位置する超大質量ブラックホールに大量の物質が降着(※4)することで、非常に明るい連続光(※5)が生成され、その連続光によって照らされた原子や分子、イオンが様々な領域から輝線を放射していることが観測されています。
※4.降着は、中心にある重い天体の重力によって、周囲から物質が落下してくること。ブラックホールへ降着する物質は角運動を持つため、中心天体の周囲を公転しながら降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤状の構造を作る。降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ、この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測される。

※5.連続光は、ある周波数範囲でどの波長でも一定の強度があるスペクトル、輝線ではない。今回は、超大質量ブラックホール近傍から放射される連続光と、銀河から放射される連続光の二つが組み合わさっているが、変動を起こすのは超大質量ブラックホール近傍から放射される連続光。この連続光と輝線の放射されている領域が離れている場合、連続光と輝線の強度変化にタイムラグが生じる。
超大質量ブラックホールが連星を形成している可能性のある兆候の一つに、準周期的(※6)な光度変動があります。
この光度変動は、2つの超大質量ブラックホールが軌道を周回することで降着する物質の量が変化し、結果的に放射される光の量が変化することで起こります。
※6.準周期的とは、強度変化に周期性はあるものの不安定なこと。
“SDSS J1430+2303”で観測された光度変動周期の減衰では、連星軌道の周期が短縮しているので、超大質量ブラックホールが合体するまで数年以内ということが示唆されています。
図1.合体する超大質量ブラックホール連星と2つのブラックホールに降着する物質のイメージ。(Credit: Stéphane d'Ascoli et al 2018 ApJ 865 140, NASA GSFC)(出所: ISAS Webサイト)
図1.合体する超大質量ブラックホール連星と2つのブラックホールに降着する物質のイメージ。(Credit: Stéphane d'Ascoli et al 2018 ApJ 865 140, NASA GSFC)(出所: ISAS Webサイト)


超大質量ブラックホール合体による複雑なスペクトル変動

アメリカ・ニューメキシコ州アパッチポイント天文台のスローン財団望遠鏡(口径2.5メートル)を用いた大規模な掃天観測プロジェクト“スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)”によって分光されたHα領域のスペクトルを見ると、セイファート1銀河の典型的な特徴を示していました。

でも、近年になって活発化したHα輝線では、他に例を見ないほど複雑に広がったスペクトル(Central broad componentおよびDouble-peaked component)を示していたんですねー(図2)
図2.“SDSS J1430+2303”のHα領域の分光スペクトル。横軸は波長、縦軸は連続光に対する輝線の強度を示している。矢印は今回調査した広い輝線を示していて、他の細かい輝線は典型的なセイファート銀河でも観測され同定されている輝線を示している。(出所: ISAS Webサイト)
図2.“SDSS J1430+2303”のHα領域の分光スペクトル。横軸は波長、縦軸は連続光に対する輝線の強度を示している。矢印は今回調査した広い輝線を示していて、他の細かい輝線は典型的なセイファート銀河でも観測され同定されている輝線を示している。(出所: ISAS Webサイト)
そこで今回の研究では、これらの起源を明らかにするため国内最大の主鏡を持つ京都大学岡山天文台の赤外線望遠鏡“せいめい望遠鏡(口径3.8メートル)”を用いて、フォローアップ観測を1年に4度実施。
そして、複雑なHα輝線が放射される領域を特定するため、連続光の変動の時間差を利用しています。

光の伝達速度(約30万km/s)が存在することを考慮すると、輝線と連続光の変動の時間差から放射源のおおよその位置を推定することが可能です。

その結果、連続光に対して有意な変化を示したCentral broad componentは、連続光源から離れた位置から放射されていることが示されます。
一方、Double-peaked componentは観測期間を通じて有意な変化はなく、これは超大質量ブラックホール近傍から放射されていることを示していました。

すなわち、Central broad componentはセイファート1銀河で観測できる幅の広がった輝線と同じ領域であることが明らかになり、Double-peaked componentはCentral broad componentより内側に存在する降着円盤が起源である可能性が示された訳です。

今後、さらに複雑なスペクトルが変動を起こす可能性もあります。
なので、研究チームでは継続した“SDSS J1430+2303”の観測を行うことで、超大質量ブラックホールの合体に関する新たな知見を得るようです。


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連星系“VFTS 243”のブラックホールは超新星爆発を伴わずに誕生していた!? 太陽の約10倍の質量を持つ恒星が完全崩壊を起こす可能性

2024年06月04日 | ブラックホール
太陽よりも数十倍重い星は、その一生の最期に超新星爆発(II型超新星爆発)を起こし、強大な重力を持つ中性子星やブラックホールなどのコンパクトな天体を残すと考えられています。

でも、実際には、全く超新星爆発を起こさずにブラックホールへと崩壊する“完全崩壊(Complete collapse)”を起こす恒星もあると考えられています。

今回の研究では、片方の恒星が完全崩壊に至った可能性が高いと言われている連星系“VFTS 243”について、観測記録とモデル計算を照らし合わせることで、完全崩壊を起こしたという仮説が妥当かどうかを検証。
その結果、“VFTS 243”のブラックホールは超新星爆発の影響を受けていない、つまり完全崩壊を経験していると考えて妥当だとする結果が得られています。

本研究結果は、実態がよく分かっていない超新星爆発の内部を探る上で、“VFTS 243”がモデルケースとして役立つことを示しているそうです。
この研究は、マックス・プランク天体物理学研究所のAlejandro Vigna-Gómezさんたちの研究チームが進めています。
図1.恒星とブラックホールの連星である“VFTS 243”のイメージ図。(Credit: ESO & L. Calçada)
図1.恒星とブラックホールの連星である“VFTS 243”のイメージ図。(Credit: ESO & L. Calçada)


非対称で偏った爆発によって蹴りだされる天体

太陽のおよそ8倍以上の質量を持った恒星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなります。

恒星は、中心核で起こる核融合反応により自らエネルギー(外向きの圧力)を生成することで、重力(内向きの圧力)によって潰れるのを回避しています。
なので、核融合ができなくなると重力によって潰れる“重力崩壊”を起こすことになります。

この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“II型超新星爆発”を起こすと考えられています。

そして、爆発の後に残されるのがコンパクトな天体です。
重力崩壊に対抗できる力が存在せず、無限に潰れてしまった天体はブラックホールとなり、ブラックホールになる手前で重力崩壊が停止した天体は中性子星となります。

その他に、時々、秒速100~1000キロという猛烈な速度で移動するものが生じます。

それでは、太陽の数倍の質量を持つ天体が、これほどの高速で動く理由は何でしょうか?
それは、非対称で偏った爆発に蹴りだされるようにして、運動エネルギーを得るからだと考えられています。
この現象を“ネイタルキック(Natal kick)”と呼びます。


超新星爆発を伴わずに誕生するブラックホール

一方で重い恒星が必ず超新星爆発を起こすとは限らず、爆発を発生せずに直接崩壊する恒星もあるのではないかという仮説があります。

“完全崩壊”(※1)と呼ばれるこのシナリオでは、恒星はほとんど爆発を起こさずに潰れてブラックホールになると考えられています。
この場合に考えられるのが、ネイタルキックもほとんど発生しないことです。
※1.このような現象について“直接崩壊(Direct collapse)”や“失敗した超新星(Failed supernova)”の語を充てる場合もある。ただ、これらの用語は違う現象を意味する場合もあるので、文脈的に注意が必要。
ただ、実際に恒星が完全崩壊を起こすかどうかは、天文学における大きな論争の一つとなっている状態です。

完全崩壊で誕生したブラックホールの候補は、いくつかあります。
その中でも、特に注目されているのは2022年に発見された“VFTS 243”と呼ばれる連星系です。

この連星系が位置しているのは、地球から約16万光年彼方の大マゼラン雲の中。
片方は太陽の約25倍の質量を持つ恒星で、もう片方が太陽の約10.1倍の質量を持つブラックホールから構成されている連星系だと考えられています。

観測結果から分かったのは、ブラックホールの公転軌道がほぼ円形(軌道離心率0.017±0.012)で、公転軌道の半径もかなり小さいこと。
このことから、“VFTS 243”のブラックホールは完全崩壊によって誕生したという説が提唱されました。

連星系で超新星爆発が起きると、ネイタルキックによってブラックホールが蹴りだされるだけでなく、爆発の衝撃によって恒星も動かされます。

つまり、普通の超新星爆発で誕生したブラックホールの場合、観測されたような“ほぼ円形”で“小さな半径”の公転軌道を持つ確率はかなり低くなるはずです。


ネイタルキックにはニュートリノが関与していた

今回の研究では、“VFTS 243”のブラックホールが本当に完全崩壊によって誕生したのかを確かめるために、シミュレーションを実施しています。

研究チームは、爆発が起こる前の連星系の公転軌道のパラメータ、爆発によって生じるネイタルキックの強さ、エネルギーに変換されて失われる質量について様々な値を仮定。
予想される爆発後の公転軌道と実際の観測値が、最も近いシナリオを探しました。

その結果、超新星爆発が発生せず、ネイタルキックもほとんど生じなかった場合が、“VFTS 243”の公転軌道を説明できる最も妥当なシナリオというシミュレーション結果を得ることができました。
図2.今回の研究のシミュレーション結果。ネイタルキックで得られた速度が非常に低速であるパターン(左下のグラフの下側)に点が集中している。(Credit: Alejandro Vigna-Gómez, et al.)
図2.今回の研究のシミュレーション結果。ネイタルキックで得られた速度が非常に低速であるパターン(左下のグラフの下側)に点が集中している。(Credit: Alejandro Vigna-Gómez, et al.)
本研究では、“VFTS 243”のブラックホールが受けたネイタルキックは、最高でも秒速4キロと考えられます。
これは、通常のネイタルキックと比べて数桁も低い速度でした。

“VFTS 243”の場合、超新星爆発のエネルギーのほとんどすべてが、“ニュートリノ”と呼ばれる素粒子の形で逃げ出したと考えられます。

もし、ニュートリノ以外の物質(陽子や中性子などの“普通の物質”)が関与したとすると、ネイタルキックが大きくなり過ぎてしまうんですねー
一方、“幽霊粒子”とも呼ばれるニュートリノは他の物質とほとんど相互作用をしない素粒子なので、極めて小さなネイタルキックを説明することができます。


太陽の約10倍の質量を持つ恒星が完全崩壊を起こす可能性

今回の研究では、“VFTS 243”のブラックホールが超新星爆発を伴わない完全崩壊で生じたことを、強く裏付けるものとなりました。
一方、重い恒星の最期に関する一側面を、ほんのわずかながら明らかにしたにすぎません。

超新星爆発で放出されるエネルギーの大半を占めるのは、爆発直前のニュートリノ放出ということが知られています。

“幽霊粒子”であるニュートリノも、爆発直前の恒星中心部のような極端に高密度な環境では頻繁に物質と衝突し、その際に生じた衝撃波が爆発のエネルギーに加わっていることも考えられています。

ただ、これほど極端な環境をシミュレーションするような環境は整っていないんですねー
このため、ニュートリノの発生量や物質との衝突については、多くの謎が残っています。

いずれにしても本研究は、“VFTS 243”のブラックホールが完全崩壊で誕生した可能性が高いこと、太陽の約10倍の質量を持つ恒星は完全崩壊を起こす可能性があることを示した点で、天体物理学の研究における大きな成果と言えます。
さらなる研究により、条件面が絞り込まれれば、完全崩壊に限らず、超新星爆発全般の謎を解く手がかりが得られるかもしれません。


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