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なぜ、初期宇宙に超大質量ブラックホールが既に存在しているのか? ダークマターの崩壊による水素分子の分解が原因かも

2024年09月05日 | ブラックホール
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の登場により、宇宙の歴史の初期段階において超大質量ブラックホールが存在することが明らかになりました。

通常、ブラックホールの形成には、巨大な恒星が燃え尽き、その核が崩壊するまでに数十億年かかります。
そのブラックホールも、物質の降着やブラックホール同士の合体、銀河同士の合体によって時間をかけて超大質量ブラックホールに成長していきます。

それでは、なぜ初期の宇宙に超大質量ブラックホールが存在しているのでしょうか?
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による発見は、従来の形成理論では説明がつかないことだったんですねー

そこで今回の研究で調べたのは、ダークマターがこの謎を解くカギを握っている可能性でした。
ダークマターが水素の冷却を遅らせることで、巨大なガス雲の形成を促進したと考えた訳です。

通常、水素は急速に冷却して小さなハローを形成します。
でも、ダークマターが崩壊し放出される放射線が水素分子を分解することで、ガス雲が急速に冷却して小さなハローに分裂するのを防いだとすれば、ガス雲は十分な大きさの雲を形成できるようになるはずです。

これにより、巨大なガス雲からは恒星ではなく、超大質量ブラックホールを直接形成することが可能になった可能性があります。

このプロセスは、巨大なガス雲が崩壊して超大質量ブラックホールを直接形成するもの。
この発見は、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成を説明するだけでなく、ダークマターの性質と初期宇宙における構造形成を理解する上で重要な手掛かりとなる可能性があります。
この研究は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校博士課程の学生Yifan Luさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“Physical Review Letters”に、“Direct collapse supermassive black holes from relic particle decay”として掲載されました。DOI:10.1103 / PhysRevLett.133.091001
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえたクエーサー“J0148”。2つの挿入図は、上が銀河中心ブラックホール、下がホスト銀河からの恒星の放射を示している。(Credit: MIT/NASA)
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえたクエーサー“J0148”。2つの挿入図は、上が銀河中心ブラックホール、下がホスト銀河からの恒星の放射を示している。(Credit: MIT/NASA)


これまで考えられていた超大質量ブラックホールの形成シナリオ

天体物理学の分野では、私たちの天の川銀河の中心に位置する“いて座A*”のような超大質量ブラックホールの形成には、膨大な時間がかかると広く認識されています。

太陽の8倍以上の質量を持った恒星が進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなります。

恒星は、中心核で起こる核融合反応により自らエネルギー(外向きの圧力)を生成することで、重力(内向きの圧力)によって潰れるのを回避しています。
なので、核融合ができなくなると重力によって潰れる“重力崩壊”を起こすことになります。

この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“II型超新星爆発”を起こすと考えられています。
この爆発の後に残されるのがブラックホールです。

これが広く受け入れられているブラックホールの形成シナリオです。
でも、このプロセスで生じるブラックホールは約10太陽質量ほど…
観測されている数十億太陽質量の超大質量ブラックホールと比較すると、取るに足らないものと言えます。

それでは、これらの超大質量ブラックホールは、どのようにして形成されたのでしょうか?

有力な仮説の一つに、小さなブラックホールがガスや星を降着させることで徐々に成長し、これらのブラックホールが互いに合体して質量がさらに増加するというものです。

でも、このプロセスにかかる時間は数十億年という膨大なものと考えられています。
宇宙の歴史の比較的早い段階でジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によって観測された超大質量ブラックホールの存在と矛盾することになるんですねー


巨大なガス雲が重力によって収縮する直接崩壊

初期宇宙における超大質量ブラックホールの急速な形成に対処するために提案されたのが、“直接崩壊”というモデルです。
このモデルは、巨大なガス雲が重力によって収縮し、星形成という中間的な段階を経ずに直接ブラックホールを形成するというものです。

でも、このシナリオにも乗り越えなければならない課題がありました。

直接崩壊モデルを難しくしているのは、ガスが断片化して分離した小さなハローを形成するのではなく、巨大なガス雲となったところで崩壊して一つの中心ブラックホールを形成すること。
この断片化は水素分子(H2)の急速な冷却の結果として起こるので、H2形成の抑制が直接崩壊に不可欠と考えられています。

ただ、断片化なしに崩壊を成功させるには、直接解離または過剰加熱のいずれかが必要となります。
この問題の本質は、過剰な加熱または解離に必要な放射を、比較的軽い粒子の崩壊によって供給できるかどうかというものです。


ダークマターの崩壊が水素分子の形成を抑制している

今回の研究では、この難問に対する興味深い解決策を提案しています。
それは、ダークマターの崩壊が水素分子の形成を抑制し、直接崩壊を促進する上で極めて重要な役割を果たしているというものです。

宇宙の質量の大部分を占めているダークマターですが、その構成や性質は大きな謎となっています。
ダークマターは光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質です。
ダークマターの候補となる粒子はいくつか提案されていて、その中には不安定で崩壊して光子を放出するものもあります。

本研究では、ダークマターの崩壊によって放出される光子が、初期宇宙の水素ガス雲の冷却効果を抑制する可能性があると考えています。

水素分子が特定のエネルギー範囲の光子を吸収すると、結合が破壊され冷却効果が低下します。
このプロセスにより、ガス雲は断片化することなく重力によって収縮することができ、最終的に超大質量ブラックホールを形成することができます。


超大質量ブラックホールの形成におけるダークマター崩壊の重要性

これらの仮説を検証するため、本研究では初期宇宙におけるガス雲の進化をシミュレーション。
これには、ダークマターハローの断熱収縮と雲内での光子の生成が考慮されています。

その結果、特定のエネルギー範囲の放射線は水素分子の冷却を効果的に抑制し、ガス雲が大きな塊として崩壊することを可能にしていました。
この発見は、初期宇宙の条件下でのダークマターの崩壊と一致しています。

興味深いことに、シミュレーションではダークマターの崩壊が比較的小さくても、初期宇宙で観測された超大質量ブラクックホールの形成を促進するのに十分な放射線が生成されることが示されました。

これは、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成でダークマター崩壊の潜在的な重要性を強調していて、ダークマターの性質と宇宙構造の進化との間の興味深い関連性を示唆しています。

初期宇宙における超大質量ブラックホールの急速な形成は、現代の天体物理学における大きな課題となっています。
ダークマターの崩壊が、このプロセスで重要な役割を果たした可能性があるという本研究の説は、興味深い解決策となっています。

この説は、ダークマターの性質と宇宙の進化におけるその役割についての理解を深めるための新しい道を切り開き、今後の観測と理論的研究によってさらに検証されるべき重要な研究球対象と言えます。


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周期的に恒星から物質を剥ぎ取っている? 銀河中心の超大質量ブラックホールの食事風景を解明へ

2024年09月01日 | ブラックホール
今回の研究では、超大質量ブラックホールが“いつ”・“どのようにして”、物質を獲得し消費するのかを調べています。
用いられたのは、NASAのX線天文衛星“チャンドラ”、ガンマ線バースト観測衛星“ニール・ゲーレルス・スウィフト(旧称スウィフト)”、ヨーロッパ宇宙機関のX線天文衛星“XMMニュートン”のデータでした。

研究の対象となったのは、このようなブラックホールの活動が確認されている“AT2018fyk”。
“AT2018fyk”は、地球から約8億6000万光年彼方の銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールで、質量は太陽の約5000万倍もあります。

最新のX線観測データから分かっているのは、“AT2018fyk”が伴星を奪われた恒星を約3.5年ごとに繰り返し部分的に破壊していること。
この恒星は楕円軌道を描いて周回し続けることで、“AT2018fyk”に接近する度に物質をブラックホールに剥ぎ取られているんですねー

その結果、約3.5年ごとにX線と紫外線の増光を観測し、その増光の後に観測されたX線や紫外線強度の減衰は、ブラックホールが“食事”を終えたことを示唆していました。

このブラックホールによる“食事”のパターンは、将来も続くのでしょうか。
そして、恒星の残骸がブラックホールの活動にどのような影響を与えるのでしょうか。
本研究では、ブラックホールによる“食事”の様子を観測することで、ブラックホールとその獲物の間の珍しい相互作用を明らかにしようとしています。
この研究は、マサチューセッツ工科大学のDheeraj Pashamさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”とプレプリントサーバーarXivに“A Potential Second Shutoff from AT2018fyk: An updated Orbital Ephemeris of the Surviving Star under the Repeating Partial Tidal Disruption Event Paradigm”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2406.18124
銀河中心に位置する超大質量ブラックホール“AT2018fyk”と伴星を奪われた恒星。この恒星は楕円軌道を描いて周回し続けることで約3.5年ごとに“AT2018fyk”に接近し、その度に繰り返し物質を剥ぎ取られている。(Credit: NASA/CXC/M.Weiss)
銀河中心に位置する超大質量ブラックホール“AT2018fyk”と伴星を奪われた恒星。この恒星は楕円軌道を描いて周回し続けることで約3.5年ごとに“AT2018fyk”に接近し、その度に繰り返し物質を剥ぎ取られている。(Credit: NASA/CXC/M.Weiss)


超大質量ブラックホールと極端な楕円軌道で公転する恒星

ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ“超大質量ブラックホール”が存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。

今回、研究の対象となった“AT2018fyk”は、地球から約8億6000万光年彼方の銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールで、その質量は太陽の約5000万倍もあります。

このブラックホールの周囲を極端な楕円軌道を描いて公転している恒星が存在し、両者は宇宙空間で奇妙なダンスを繰り広げているように見えてます。

この恒星の極端な楕円軌道により、ブラックホールとの距離が最も遠い地点(遠日点)と最も近い地点(近日点)で大きく異なっています。
これこそが、“AT2018fyk”で起こる劇的な現象の舞台装置になっていました。


ブラックホールに接近し過ぎた星で起こる潮汐破壊現象

2018年のこと、光学地上観測プロジェクト“ASAS-SN”によって、“AT2018fyk”の明るさが急激に増大している様子が検出されました。

この発見は天文学会に興奮をもたらし、国際宇宙ステーションに搭載されている高精度X線望遠鏡“NICER”、X線天文衛星“チャンドラ”、X線天文衛星“XMMニュートン”といった高性能望遠鏡が“AT2018fyk”に向けられました。
これらの観測データの綿密な分析の結果、この増光の正体は“潮汐破壊現象”だと結論付けられています。

星がブラックホールに十分に接近したことで、ブラックホールの強大な潮汐力に引きちぎられてスパゲッティ化する天文現象を潮汐破壊現象(星潮汐破壊現象)と呼びます。
この現象により、破壊された星の残骸の一部は、ブラックホールに取り込まれることになります。

“AT2018fyk”の場合も、まさに潮汐破壊現象によって星がブラックホールに接近しすぎたため破壊され、その物質がブラックホールに取り込まれていることが考えられます。

ブラックホールに接近した星から剥ぎ取られた物質は、星の残骸とも呼ぶべき2つの潮汐尾を形成。
これらの潮汐尾は、ブラックホールの重力によって引き寄せられ落下していくことになります。

この時、これらブラックホールへ落下する物質は角運動を持つため、超大質量ブラックホールの周囲を公転しながら降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤状の構造“降着円盤”を作ります。

降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ。
この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは莫大な荷電粒子のジェットが噴射し、そこがらはX線や紫外線などを観測することができます。
これが、“AT2018fyk”で観測された最初の増光のメカニズムです。

そして、ブラックホールが星の残骸を飲み込み終えると、X線と紫外線の強度は徐々に減衰していくことになります。

最初の増光後、生き残った星の核は、ブラックホールの重力によって引き剝がされた物質を再び集め始めます。
でも、すでに多くの質量を失っているので、元の星よりも小さく密度が高い状態になります。


ブラックホールによる周期的な食事

最初の増光から約2年後、“AT2018fyk”は再び天文学者を驚かせることになります。
それは、“AT2018fyk”からのX線と紫外線が再び増大し始めたからでした。

このことが示唆しているのは、最初の潮汐破壊現象で星が完全に破壊されても、すべての残骸がブラックホールに取り込まれていなかったこと。
取り込まれなかった星の一部は、ブラックホールを公転し続けている可能性があることでした。

ただ、この生き残った星がブラックホールに接近すると、再び潮汐力によって物質を剥ぎ取られることになります。
これが2回目の増光の原因と考えられています。

この2回目の増光は、ブラックホールが星を周期的に破壊し、“食事”をしている可能性を強く示唆するものでした。

2023年に発表された論文で研究チームは、ブラックホールによる2回目の“食事”が2023年8月に終わると予測しています。

この予測を検証するため“チャンドラ”を用いた追加観測を実施。
その結果、予測通り2023年8月14日にはX線の強度が急激に減衰していることを“チャンドラ”は観測しました。
この観測結果は、ブラックホールによる星の残骸の取り込みが終わり、活動が低下していることを裏付けるものとなります。

研究チームでは“AT2018fyk”の追跡観測を今後も継続し、このエキゾチックな天体システムの挙動を、さらに詳しく調べる予定です。

ブラックホールは、最終的に星を完全に破壊してしまうのでしょうか?
それとも、星は生き残り続けるのでしょうか?
ブラックホールと星の運命、そしてこの奇妙なダンスの結果は、今後の観測で明らかになるかもしれません。

“AT2018fyk”の観測は超大質量ブラックホールの活動や、ブラックホールと星の相互作用に関する理解を深める上で非常に重要と言えます。

そして、宇宙における極限環境での物理現象を理解するための新たな扉を開くものです。
今後の観測と理論研究の進展によって、この謎多き天体システムの全貌が明らかになる日が来るはずです。


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小さなブラックホールの連星を利用して、これまで検出できなかった巨大なブラックホールの連星を見つける方法

2024年08月19日 | ブラックホール
近年の重力波天文学の急速な進歩は、宇宙に対する私たちの理解に革命をもたらし、特に恒星質量ブラックホール連星の合体から生じる重力波の検出を可能としました。

でも、銀河の中心に潜む超大質量ブラックホール連星の検出は、依然として大きな課題となっています。

今回の研究では、近傍の小さな(恒星質量)ブラックホールの連星から放出される重力波を分析することで、銀河の中心に位置する大きな(超大質量)ブラックホールの連星を検出する新しい方法を提案しています。

銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールの起源は、天文学における最大の謎の一つと言えます。
それらは、常に大質量であった可能性があり、宇宙がまだ非常に若い時に形成された可能性があります。
あるいは、物質の降着や他のブラックホールとの合体により、時間の経過とともに成長した可能性もあります。

超大質量ブラックホールが他の超大質量ブラックホールと合体を起こすときには重力波を放出します。
これは、時空の構造そのものに伝播する重力波“時空のさざ波”として知られています。

ただ、現在の重力波望遠鏡では、超大質量ブラックホールの連星から放出される非常に低い周波数の重力波を検出することはできません。
でも、これら超大質量ブラックホールの連星は、恒星質量ブラックホールの連星から放出される重力波に、検出可能な変化を引き起こすんですねー

そこで、本研究ではデシヘルツ重力波検出器を使った新しいアプローチを提案。
近傍の恒星質量ブラックホール連星から放出される信号の小さな変調を検出することで、これまで隠されていた超大質量ブラックホール連星を、非常に遠い距離にあっても間接的に特定可能にしています。

この方法は、将来の重力波望遠鏡で使用されるので、宇宙で最も重いブラックホールのいくつかについて、新しい知見が得られるはずです。
この研究は、チューリッヒ大学の元学生たちを中心とする天体物理学者の国際チームが進めています。
本研究の詳細は、英科学誌“Nature”系の天文学術誌“Nature Astronomy”に“Imprints of massive black-hole binaries on neighbouring decihertz gravitational-wave sources”として掲載されました。DOI:10.1038 / s41550-024-02338-0
図1.本研究で提案された方法。超大質量ブラックホール連星による重力波の存在は、距離dにある恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波に周波数変調を引き起こす。この変調は、提案されているデシヘルツ重力波検出器を使用することで、距離D≫dの長い観測時間Tに渡って観測することができる。このシナリオにより、デシヘルツ重力波検出器が~107-109M⊙の質量範囲にある超大質量ブラックホールの存在を、間接的に探ることが可能となる。(Credit: Nature Astronomy (2024). DOI: 10.1038/s41550-024-02338-0)
図1.本研究で提案された方法。超大質量ブラックホール連星による重力波の存在は、距離dにある恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波に周波数変調を引き起こす。この変調は、提案されているデシヘルツ重力波検出器を使用することで、距離D≫dの長い観測時間Tに渡って観測することができる。このシナリオにより、デシヘルツ重力波検出器が~107-109M⊙の質量範囲にある超大質量ブラックホールの存在を、間接的に探ることが可能となる。(Credit: Nature Astronomy (2024). DOI: 10.1038/s41550-024-02338-0)


比較的ゆっくりとした低い周波数の重力波を検出する

超大質量ブラックホールは、銀河の進化と構造を形成する上で極めて重要な役割を果たすと考えられています。

銀河同士の合体の際に形成されるのが、超大質量ブラックホールの連星です。
この二つの巨大なブラックホールは、重力波の形でエネルギーを放射しながら、互いの周りを螺旋状に回転し、最終的には壮大な合体に至ります。
このプロセスでは、時空の構造そのものに伝播する重力波“時空のさざ波”を放出することになります。

2015年以降、アメリカの“LIGO”や欧州重力波観測所の“Virgo”といった重力波望遠鏡の観測によって、ブラックホール同士の合体などに伴って放出されたとみられる重力波が、何度も検出されてきました。
ただ、検出された重力波は、比較的軽い恒星質量ブラックホール同士によるものでした。

超大質量ブラックホール同士の連星が合体する前に放出されるような低い周波数の重力波は、地球上の検出器ではとらえることができないんですねー

それは、地上の重力波望遠鏡がターゲットにしているのは、互いの周りを回るような激しい公転天体からの1秒間に数十回から数千回もの重力波だからです。
これらの重力波望遠鏡は、10Hz~10kHzの周波数帯で重力波を検出する設計になっています。

一方で、極めて接近した白色矮星同士の連星や、超大質量ブラックホール同士の連星が合体した場合に発生する重力波だと、発生する重力波の周波数は0.0001~1Hzという比較的ゆっくりとした低い周波数(ナノヘルツ帯域)になります。

このようなゆっくりとした重力波は、地震波のような地面の振動の周波数に近くなります。
そう、地面の振動の周波数に埋もれてしまい、地上の重力波望遠鏡で観測することが非常に難しくなる訳です。

それでも、回転するパルサー(中性子星の一種)が放出したパルスの到達時間の小さな変動を測定することで、ナノヘルツ帯域の重力波を検出することができます。
これは、パルサータイミングアレイと呼ばれ、宇宙のあらゆる方向から伝わる多数の超大質量ブラックホールからの信号が含まれる重力波“背景重力波(Gravitational Wave Background)”を検出できる可能性を秘めています。
でも、この方法だと個々の超大質量ブラックホールを識別することができません。

たとえば、ヨーロッパ宇宙機関は2035年の打ち上げを目指して、宇宙重力波望遠鏡“LISA(Laser Interferometer Space Antenna:レーザー干渉計宇宙アンテナ)”の開発を進めています。

“LISA”では3つの衛星が連携し、衛星間でレーザー光を往復させることで干渉計として機能させます。
約250キロの基線長を実現できるので、1mHz(ミリヘルツ)以下の周波数帯で重力波を検出できる感度を持たせるようです。

なので、“LISA”を用いることができれば、超大質量ブラックホール同士の合体に伴う重力波の検出が期待できます。


恒星質量ブラックホール連星から放出された重力波の変調

今回の研究では、新しいアプローチにより超大質量ブラックホール連星により放出された重力波の検出に挑んでいます。

このアプローチで用いるのは、近傍の恒星質量ブラックホール連星から放出された重力波。
この重力波に残された超大質量ブラックホール連星による微妙な痕跡を、分析により明らかにするものです。

アインシュタインの一般相対性理論によると、重力は時空の曲率として現れ、重力波は時空の構造そのものに伝播する重力波“時空のさざ波”になります。
質量が非常に大きい天体は、時空に大きな歪みを生み出し、それが重力波として伝搬します。
質量が小さい天体も重力波を放出しますが、その影響は小さくなります。

超大質量ブラックホール連星の質量は、恒星質量ブラックホール連星と比較して非常に大きなものです。
そのため、超大質量ブラックホール連星による重力波は通過する他の重力波、この場合は近傍の星間質量ブラックホールの連星から放出される重力波に影響を与える可能性があります。

この影響は、恒星質量ブラックホール連星の重力波信号の周波数が時間の経過とともに変調される形で現れます。
言い換えれば、超大質量ブラックホール連星による重力波は、恒星質量ブラックホール連星による重力波信号に微妙な痕跡を残すことになります。

この現象を理解するために、超大質量ブラックホール連星による重力波を、情報を運ぶ搬送波として機能するラジオ波に例えることができます。
恒星質量ブラックホール連星による重力波は、搬送波の周波数変調に類似した方法で変調され、超大質量ブラックホールに関する貴重な情報が埋め込まれることになります。

恒星質量ブラックホール連星の重力波信号に含まれるこれらの小さな周波数変調を検出し分析することで、他の方法では検出できない超大質量ブラックホールの存在、質量、距離を推測することができます。


重力波変調の仕組みと分かること

この方法は、超大質量ブラックホール連星によって生成される、変調された重力波信号の独自の特性に依存することになります。
それでは、近傍の恒星質量ブラックホール連星から放出される重力波に、超大質量ブラックホール連星による重力波はどのように影響を与えるのでしょうか。

超大質量ブラックホール連星による重力波は、星間質量ブラックホール連星からの重力波信号を通過するにつれ、その周波数を時間的に変調させます。
この変調は、超大質量ブラックホールの質量と連星までの距離によって異なります。

最低次では、超大質量ブラックホール連星による重力波は、正弦波として記述できる単色の変調を引き起こします。
この変調は、超大質量ブラックホール連星による重力場の周期的な性質を反映しています。

恒星質量ブラックホール連星による重力波信号に含まれるこれらの変調を分析することで、超大質量ブラックホール連星の性質に関する貴重な洞察を得ることができます。
変調の周波数から超大質量ブラックホール連星の軌道周期を、変調の振幅から超大質量ブラックホールの質量と距離を推定することができます。

この新しい方法には、これまでの超大質量ブラックホールの検出方法と比較して、いくつかの利点があります。

恒星質量ブラックホール連星が放出する重力波は、超大質量ブラックホール連星による重力波よりも周波数が高いので、運用されている機器を用いて検出することが容易で、感度も向上します。
これは、デシヘルツ帯域の検出器がパルサータイミングアレイよりも最大2桁高い感度で、超大質量ブラックホールによる重力波の変調を検出できる可能性があることを意味します。

また、この方法を用いることで、個々の超大質量ブラックホール連星からの信号を識別することができるので、質量や距離、軌道パラメータなどの特性を正確に測定できます。
このことは、超大質量ブラックホールの形成や進化に関する貴重な情報を得るために、非常に重要なことです。

さらに、この方法はパルサータイミングアレイや次世代の宇宙重力波望遠鏡“LISA”など、他の方法では検出できない可能性のある太陽質量の1000万倍から1億倍といった、より重い超大質量ブラックホールの集団を検出できる可能性を秘めています。
これは、宇宙における超大質量ブラックホールの質量分布に関する私たちの理解を、大きく前進させる可能性があります。

また、この方法は異なる連星形成チャネルの区別にも使用できます。
例えば、変調された連星の観測は銀河核内での形成を示唆し、そのような検出が無ければ、銀河中心から発生する連星合体の速度に厳しい上限を設けることになります。


実現に向けた課題と将来の展望

この新しい方法は、超大質量ブラックホールを研究するための前例のない機会を手共してくれますが、考慮すべき課題もあります。

この方法では、恒星質量ブラックホール連星による重力波信号に刻まれた小さな周波数変調を検出できる、非常に感度の高い重力波検出器が必要となります。
この目的のために“DECIGO”や“ビッグバンオブザーバー(BBO)”などのデシヘルツ帯域で動作する次世代検出器が提案されていて、大きな期待が寄せられています。
これらの検出器は、高度な技術によるノイズ低減を採用して、必要な感度を達成することを目指しています。

また、近傍の恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波信号から超大質量ブラックホール連星による変調を抽出するには、高度なデータ解析技術も必要となります。
ノイズや他の天体物理学的信号から目的の小さな変調を分離するには、洗練されたアルゴリズムと、多くの場合に膨大な量の計算リソースを必要とします。

さらに、恒星質量ブラックホール連星の形成率と超大質量ブラックホール連星までの距離は、検出可能な変調の数を決定する上で重要な要素となります。
連星形成チャネルに関する現在の不確実性は、正確な予測を行う上で課題となります。

これらの課題があるにもかかわらず、この新しい方法の潜在的な利点は計り知れません。
デシヘルツ重力波天文学の進歩、特に“DECIGO”や“ビッグバンオブザーバー”などで提案されている検出器の実現により、この方法は宇宙における超大質量ブラックホールの集団を深く理解するための貴重なツールとなるはずです。

超大質量ブラックホールといった巨大な天体の形成、成長、進化に関する新しい洞察を提供し、銀河の形成と進化におけるそれらの役割を明らかにすると期待されています。

さらに、超大質量ブラックホールからの重力波信号の正確な測定は、強い重力場におけるアインシュタインの一般相対性理論を検証し、宇宙論モデルを制約するためのユニークな機会を提供します。

近傍の恒星質量ブラックホール連星が放出した重力波を使用して、超大質量ブラックホール連星を検出するという革新的な方法は、重力波天文学における画期的な進歩です。

この方法は、これまでアクセスできなかった超大質量ブラックホールの領域を探求し、宇宙の最も基本的な側面に対する私たちの理解に革命を起こす可能性を秘めています。

次世代の重力波検出器と高度なデータ解析技術の開発により、この方法は宇宙における超大質量ブラックホールの謎を解き明かすためのカギとなるはずです。


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超大質量ブラックホールの合体におけるダークマターの役割を解明! 最終パーセク問題も解明へ

2024年07月27日 | ブラックホール
広大な宇宙の広がりの中で、天体物理学者は長い間、最も魅力的で謎めいた現象のいくつかを理解しようと努めてきました。

その中でも特に興味深いのは、超大質量ブラックホールの合体です。
このイベントは、時空の構造そのものに伝播する重力波として知られる“時空のさざ波”を生み出す、驚くべきエネルギーの事象と言えます。

その超大質量ブラックホールは、私たちの太陽の何十億倍もの質量を持っていて、ほとんどの銀河の中心に存在すると考えられています。
そして、超大質量ブラックホールの活動は、銀河の進化と成長を形づくる上で重要な役割を果たしています。

近年の天体物理学における大きな進歩は、周波数が非常に低く、宇宙のあらゆる方向から伝わる重力波“背景重力波”の検出でした。

この信号の発生源の一つに、合体する超大質量ブラックホールのペアから発生すると考えられています。
ただ、この仮説は“ファイナルパーセク問題”として知られる、厄介なパズルを持っているようです。
この研究は、トロント大学物理学部とマギル大学物理学部およびトロッティア宇宙研究所の博士研究員Gonzalo Alonso-Álvarezさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letters)”に、“Self-interacting dark matter solves the final parsec problem of supermassive black hole mergers”として掲載されました。DOI:10.1103/PhysRevLett.133.021401
図1.超大質量ブラックホールの連星系が発する光のシミュレーション。周囲のガスが光学的に薄い(透明)状態。系射角0度、つまり円盤を真上から見たもの。放出される光はすべての波長を表す。(Credit: NASA's Goddard Space Flight Center/Scott Noble; simulation data, d'Ascoli et al. 2018)
図1.超大質量ブラックホールの連星系が発する光のシミュレーション。周囲のガスが光学的に薄い(透明)状態。系射角0度、つまり円盤を真上から見たもの。放出される光はすべての波長を表す。(Credit: NASA's Goddard Space Flight Center/Scott Noble; simulation data, d'Ascoli et al. 2018)


超大質量ブラックホールの合体における障害

ファイナルパーセク問題は、2つの超大質量ブラックホールが重力を介して互いの周りを螺旋状に回転するときに発生する理論上の課題のことです。

これまでのモデルは、これらの巨大な天体が約1パーセク(約3光年)の距離まで近づくと、それらの接近が行き詰まり、それ以上の合体が妨げられることを示唆していました。
この停滞は、それらの相互軌道からエネルギーと角運動量を除去するのに利用できるメカニズムが不足しているために発生します。

ファイナルパーセク問題の意味は、合体する超大質量ブラックホールが、現在観測されている背景重力波の源だとする考えに疑問を投げかけるだけではありません。
超大質量ブラックホールが、質量の小さいブラックホールとの合体を通じて、時間と共に成長するという広く受け入れられている理論にも疑問を投げかけています。

合体が最後のパーセクの障壁を克服できなければ、超大質量ブラックホールは初期宇宙で観測される質量に達することができず、観測された宇宙論的進化に矛盾することになってしまいます。


新しいファイナルパーセク問題の解決策

ファイナルパーセク問題に対する潜在的な解決策が生まれたのは、目に見えない物質“ダークマター”の性質と行動を調査することからでした。

ダークマターは、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質。
目に見える物質と重力的な相互作用をしますが、光では相互作用しないんですねー

ダークマターは、宇宙の質量の約85%を占めると推定されていて、その存在は銀河の回転速度や重力レンズ効果などの様々な天体物理学的観測から推測することができます。

最近の研究では、超大質量ブラックホールの合体と、これらの宇宙構造に関連するダークマターハローとの間に、興味深い関係が発見されています。
これらのハローは銀河を包み込み、標準的な天体物理学的プロセスでは説明できない追加の重力を提供することにより、銀河の形成と進化に影響を与えると考えられています。

以前のモデルでは、超大質量ブラックホールのペアが合体に向かって螺旋状に回転すると、周囲のダークマターハローと相互作用し、動摩擦を通じてエネルギーを失うことが示唆されていました。
この摩擦により、ダークマター粒子が系から散逸。
これにより、超大質量ブラックホールのペアの周りのダークマターハローの密度は低下するとしていきます。
その結果、ダークマターハローからの動摩擦が減少し、超大質量ブラックホールが最後のパーセクの分離で行き詰まり、合体が妨げられるという訳です。

でも、今回研究チームによって提案された新しいモデルでは、ダークマター粒子間の相互作用、特に自己相互作用ダークマター(SIDM)の概念を取り入れた、ファイナルパーセク問題に対する洗練された解決策を提供しています。
このモデルは、ダークマター粒子が互いに相互作用できる場合、それらの分布と密度が大きく変化する可能性があることを示唆しています。

この新しいモデルが示唆しているのは、ダークマター粒子が互いに相互作用し、以前に想定されていたように散逸しないこと。
この相互作用は、ダークマターハローの密度を維持するのに役立ち、超大質量ブラックホールが最後のパーセクの分離を克服して、合体するための効果的なメカニズムを提供することになります。

重要なことに、研究者たちは、彼らのモデルに必要なダークマター粒子の自己相互作用の強さは、小さなスケールでの銀河の構造と進化を説明するために提案されたものと一致していることを発見しました。


自己相互作用ダークマターの役割

自己相互作用ダークマターの概念は、過去10年間で、標準的な冷たいダークマター(CDM)モデルでは説明できない、小規模な構造形成の観測された不一致に対処するための有望な解決策として浮上してきました。
自己相互作用ダークマターでは、ダークマター粒子は互いに弾性的に散乱することができ、ハローの内部で熱伝達が可能になり、冷たいダークマターハローの予測される急勾配の密度プロファイルが浅いコアに変換されます。

超大質量ブラックホールの合体では、自己相互作用ダークマターはファイナルパーセク問題に独特の解決策を提供しています。
これは、自己相互作用ダークマター粒子が経験する自己相互作用が、超大質量ブラックホールバイナリの周りのダークマタースパイクの構造と進化に大きな影響を与える可能性があるためです。

ただ、冷たいダークマタースパイクは、バイナリの重力によって失われたエネルギーを効果的に吸収するには小さすぎます。
これは、冷たいダークマターの場合、スパイクが単一の超大質量ブラックホールの重力によって熱的にサポートされていて、スパイク全体がバイナリの結合エネルギーのオーダーしか含まないためです。

対照的に、自己相互作用ダークマターのスパイクは、より大きな自己相互作用ダークマターハローと熱的に接続されていて、はるかに大きなエネルギー貯蔵庫を提供します。
自己相互作用ダークマター粒子はスパイクにエネルギーを輸送できるので、スパイクは動摩擦を介してバイナリのエネルギーを吸収して熱化する可能性があり、完全な破壊を防ぐことができます。
この持続的なエネルギー吸収により、バイナリの軌道は減衰し続け、最終的にはファイナルパーセクの分離を克服して合体することになります。

さらに、研究チームによって行われた数値シミュレーションは、自己相互作用ダークマタースパイクからの動摩擦の有効性が、自己相互作用断面積、ダークマター粒子質量、バイナリの質量比などの要因に依存することを示しています。
例えば、自己相互作用断面積が大きいほど、動摩擦が強くなり、ファイナルパーセク問題に対する解決策がより有効的になるようです。


パルサータイミングアレイ観測による解決策のサーポート

パルサータイミングアレイなどの重力波の観測からは、自己相互作用ダークマターのシナリオをさらにサポートすることができます。
パルサータイミングアレイは、回転するパルサー(中性子星の一種)からのパルスの到達時間の小さな変動を測定することで、ナノヘルツ周波数の重力波を検出することができます。

パルサータイミングアレイのデータ分析で観察された、低周波数での重力波スペクトルの軟化は、ファイナルパーセク問題に対する自己相互作用ダークマターの解決策を支持する魅力的な証拠を提供してくれます。
この軟化は、自己相互作用ダークマターハローと超大質量ブラックホールバイナリの間の動摩擦によるエネルギー損失に起因すると考えることができ、低周波数で重力波放出が抑制されます。

さらに、自己相互作用ダークマタースパイクからの動摩擦の影響は、パルサータイミングアレイで観測された重力波信号の特性を形作り、ダークマターの性質に関する貴重な情報を提供することができます。
例えば、観測された重力波スペクトルの詳細なモデリングと分析により、自己相互作用断面積と自己相互作用ダークマター粒子の質量に関する制約を導き出すことができます。

超大質量ブラックホールの合体におけるダークマターの役割を調査することは、宇宙の最も謎めいた構成要素であるダークマターと重力の複雑な相互作用についての理解を深めるための魅力的な道を提供してくれます。

自己相互作用ダークマターの概念を含む新しいモデルの出現により、研究チームはファイナルパーセク問題に取り組むことで、超大質量ブラックホールの合体と進化を推進するメカニズムを説明するための有望な解決策を発見しました。

パルサータイミングアレイからの重力波観測の継続的な改良と、将来の重力波検出器によるデータは、自己相互作用ダークマターの特性と宇宙の構造の形成における、その役割に関する事例のない洞察を提供してくれるはずです。
ダークマターと重力の絡み合ったダンスを明らかにすることで、宇宙の起源、進化、そして最終的な運命についての理解において大きな進歩があるはずです。


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天の川銀河の中心部に中間質量ブラックホールを発見! 初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程の解明へ

2024年07月21日 | ブラックホール
近年、天文学の分野において、銀河中心部における中間質量ブラックホールの発見が相次いでいます。
これらの発見は、宇宙の進化、特に初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程を解明する上で、極めて重要な意味を持つと考えられているんですねー

今回、研究チームは、天の川銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール“いて座A*(いてざエースター)”のすぐ近くにある星団の研究において、別の中間質量ブラックホールの兆候を発見しています。

中間質量ブラックホールは膨大な研究努力にもかかわらず、これまでに全宇宙で約10個しか見つかっていませんでした。

その中間質量ブラックホールは、ビッグバンの直後に形成されたと考えられていて、合体することで超大質量ブラックホールの“種”の役割を果たします。
このことから、中間質量ブラックホールは、ブラックホールの進化過程を理解する上で重要なカギを握ると考えられています。

さらに、今回の発見は、中間質量ブラックホールの形成場所や、その成長過程を解明する上でも、貴重な手掛かりとなる可能性があります。
この研究は、ケルン大学 物理学研究所のFlorian Peißker博士を中心とする国際研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に“The Evaporating Massive Embedded Stellar Cluster IRS 13 Close to Sgr A*. II. Kinematic structure”として掲載されました。DOI:10.3847/1538-4357/ad4098
図1.超大型望遠鏡“VLT”搭載の補償光学装置“NACO”とアルマ望遠鏡が観測した星団“IRS13”。(Credit: The Astrophysical Journal (2024). DOI: 10.3847/1538-4357/ad4098)
図1.超大型望遠鏡“VLT”搭載の補償光学装置“NACO”とアルマ望遠鏡が観測した星団“IRS13”。(Credit: The Astrophysical Journal (2024). DOI: 10.3847/1538-4357/ad4098)


観測的な証拠が乏しく謎に包まれたブラックホール

ブラックホールは、極めて高密度かつ大質量なので、その重力によって光さえも脱出できない天体のことです。
そのブラックホールも、質量によって“超大質量ブラックホール”、“中間質量ブラックホール”、“恒星質量ブラックホール”の3種類に分類されています。

質量によって分類される3種類のブラックホール

 1.恒星質量ブラックホール
太陽の数倍から数十倍の質量を持つ、比較的小さなブラックホール。
大質量の恒星がその一生の最期に、自身の重力によって崩壊して形成されると考えられている。
 2.中間質量ブラックホール
太陽の数百倍から数万倍の質量を持つブラックホール。
恒星質量ブラックホールと超大質量ブラックホールの中間に位置し、その形成過程や進化についてはまだ多くの謎が残されている。
 3.超大質量ブラックホール
太陽の数百万倍から数十億倍という、非常に大きな質量を持つブラックホール。
ほとんどの銀河の中心に存在すると考えられていて、銀河の進化と密接に関係していると考えられている。

中間質量ブラックホールは、その存在が長らく予測されていても、観測的な証拠が乏しく、その形成過程や宇宙における役割が謎に包まれていました。

でも、近年の観測技術の進歩により、その存在を示唆する観測結果が得られるようになり、天文学の分野で大きな注目を集めています。


天の川銀河の中心部で見つけた中間質量ブラックホールの証拠

天の川銀河の中心にあると考えられている中間質量ブラックホールは、星団“IRS 13”の中にある電離したガスの回転をアルマ望遠鏡で観測することで発見されました。
研究チームは、E3と呼ばれる星の位置をサブミリ波で観測することで電離ガスの環を発見しています。

このガスの環は、-200km/sから+200km/sの速度でE3の周りを回転。
電離ガスのこの回転は、その場に大質量天体、この場合は中間質量ブラックホールが存在することを示す有力な証拠となっています。

この中間質量ブラックホールの質量の推定は、太陽の約3×104倍とされています。
そのスペクトルエネルギー分布(SED)は、2~10keV帯域のX線放射とミリ波放射をよく再現する、放射非効率性降着流(ADAF)モデルと一致。
このモデルは、中間質量ブラックホールの存在をさらに裏付けるものでした。

でも、中間質量ブラックホールの存在を確認し、“IRS 13”内の星団メンバーの性質をさらに検証するには、今後ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡と超大型望遠鏡“VLT”の高解像度画像分光器“ERIS”による観測が必要となります。


どうやって中間質量ブラックホールは形成されるのか

中間質量ブラックホールの形成過程については、いくつかのシナリオが提唱されていますが、未だ明確な結論は出ていません。
提唱されている主なシナリオとして、以下の3つが挙げられます。

 1.巨大分子雲の重力崩壊
宇宙初期に存在した巨大なガス雲である巨大分子雲が、自身の重力によって収縮し、中心部で中間質量ブラックホールが形成されたとするシナリオ。

 2.星団内部での大質量星の合体
星団内部で、複数の重い星が衝突・合体を繰り返すことで、中間質量ブラックホールが形成されたとするシナリオ。

 3.初期宇宙における密度ゆらぎの成長
ビッグバン直後の宇宙に存在したわずかな密度のゆらぎが成長し、中間質量ブラックホールが形成されたとするシナリオ。

これらのシナリオは、それぞれ観測結果や理論的な裏付けを持つ一方で、未解明な部分も多く残されています。
今後の研究により、これらのシナリオのどれが正しいのか、あるいは全く新しいシナリオが提唱されるのかが、明らかになっていくと期待されています。


今後の研究で期待される進展

中間質量ブラックホールの発見は、宇宙の進化、特に初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程を理解する上で、非常に重要な意味を持つと考えられています。
このため、今後の研究で期待される進展について以下に挙げていきます。

 1.初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程の解明
現在の宇宙論において、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程は大きな謎として残されています。
その謎を解明する上で、中間質量ブラックホールは重要なカギを握ると考えられています。

研究チームでは、ビッグバンの直後に形成された多数の中間質量ブラックホールが、互いに合体を繰り返すことで、超大質量ブラックホールへと成長したというシナリオを提唱しています。
このシナリオは、現在の宇宙で観測される超大質量ブラックホールの質量分布を説明できる可能性を秘めています。

今回の発見を皮切りに、今後天の川銀河中心部においてより多くの中間質量ブラックホールの探査が進められることが期待されます。
その結果、中間質量ブラックホールの質量分布や進化段階に関する詳細な情報が得られる可能性があり、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成シナリオの検証に大きく貢献すると考えられます。

 2.天の川銀河中心部の星形成史の解明
中間質量ブラックホールは、その周囲の星形成活動にも影響を与えていると考えられています。
このため、今回の発見は、天の川銀河中心部の星形成史の解明にも新たな視点をもたらすことが期待されます。

本研究では“IRS 13”と呼ばれる星団が、天の川銀河中心部に向かって移動しながら星形成を行ってきた可能性が示唆されました。

また、星団“IRS 13”形成過程、天の川銀河中心部への移動経路、そして中間質量ブラックホールとの関連性を探ることで、天の川銀河中心部の星形成史における中間質量ブラックホールの役割を明らかにできると期待されます。

 3.中間質量ブラックホールの形成メカニズムの解明
中間質量ブラックホールの形成メカニズムは、現代天文学における未解決問題の一つで、今回の発見は、その謎に迫るための重要な手掛かりを与えてくれるはずです。

今回の発見を機に、中間質量ブラックホールの周囲の環境や、その質量降着率などの詳細な観測が進められると期待されます。
それらの観測データに基づいて、それぞれの形成シナリオを検証することで、中間質量ブラックホールの形成メカニズムの解明に近づけると考えられています。

 4.重力理論の検証
中間質量ブラックホールは、その強い重力場によって、アインシュタインの一般相対性理論を検証するための格好の舞台となります。

特に、中間質量ブラックホールの“ブラックホールシャドウ”の観測は、一般相対性理論の検証に有効だと考えられています。
ブラックホールシャドウとは、フラックホールの重力によって光が曲げられることで生じる、ブラックホール周辺の暗い領域のことです。

また、今後発展が期待される重力波天文学との連携によって、中間質量ブラックホールの合体イベントなどを観測できる可能性もあり、より直接的に一般相対性理論を検証できる可能性も秘めています。

今回の発見は、天の川銀河中心部のみにとどまらず、宇宙全体に対する理解を深める上での大きな一歩と言えます。
今後、更なる観測と理論研究が進められることで、私たち人類の宇宙に対する知見は、さらに広がっていくはずです。


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