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中性子星とブラックホールの中間に位置する天の川銀河の謎の天体を発見!

2024年01月31日 | ブラックホール
重い恒星の寿命の最期に、その中心が“中性子星”になるのか、それとも“ブラックホール”になるのかは、中心核の質量によって決まると考えられています。
でも、その境界線がどこにあるのかは、理論的にも観測的にも正確な位置はよく分かっていませんでした。

今回の研究では、ミリ秒パルサー“PSR J5014-4002E”の詳細な観測を実施。
“PSR J5014-4002E”に存在する伴星を発見しています。

興味深いことに、この伴星の質量は太陽の2.09~2.71倍で、ちょうど中性子星とブラックホールの境界線に位置していました。

発見者が“天の川の謎の天体(a mysterious object in Milky Way)”と表現している正体不明の伴星は、天文学や物理学において注目されるはずです。
この研究は、マックスプランク電波天文学研究所のEwan D. Barrさんたちの研究チームが進めています。
図1.ミリ秒パルサー“PSR J0514-4002E”(奥側)の伴星の正体がブラックホール(手前側)だった場合のイメージ図。お互いの距離は約800万キロ離れている。(Credit: Daniëlle Futselaar (artsource.nl))
図1.ミリ秒パルサー“PSR J0514-4002E”(奥側)の伴星の正体がブラックホール(手前側)だった場合のイメージ図。お互いの距離は約800万キロ離れている。(Credit: Daniëlle Futselaar (artsource.nl))


恒星が中性子星になるかブラックホールになるかは質量によって決定されている

太陽のような恒星は、自らの重力で潰れてしまう力と、中心核での核融合反応によるエネルギーの圧力が、釣り合うことで形状を保っています。
ただ、恒星が進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合反応を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなり、この均衡が崩れることになります。

核融合反応の圧力が無くなると、星は自身の重力を支えきれず潰れてしまう現象“重力崩壊”を起こすことになります。
さらに、この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“重力崩壊型超新星爆発”を起こすと考えられています。

そして、爆発の後にはコンパクトな天体が残されることになります。
重力崩壊に対抗できる力が存在せず、無限に潰れてしまった天体はブラックホールと呼ばれ、ブラックホールになる手前で重力崩壊が停止した天体は中性子星と呼ばれます(※1)
※1.中性子星が重力に対抗する力は“中性子のフェルミ縮退圧(中性子縮退圧)”と呼ばれている。また、中性子星より手前でも重力に対抗する力は発生していて、例えば太陽くらいの軽い恒星は電子縮退圧によって生成する“白色矮星”になると言われている。
中性子星はブラックホールの一歩手前で踏みとどまった“普通の物質”の極限状態で、その組成から直径25キロの“原子核”と例えられることもあります。
このため、中性子星自体の性質と共に、どこまでが中性子星の限界なのかも注目されています。

重力崩壊する恒星の中心核が中性子星になるかブラックホールになるかは、質量によって決定されると考えられています。

でも、中性子星のような物質の極限状態は、理論的にも実験的にもほとんど理解されていないんですねー
このため、中性子星が重力崩壊してブラックホールになる質量の境界線(※2)は、天文学や物理学の大きな未解決問題となっています。
※2.中性子星の理論上の質量限界は“トルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ限界(TOV限界)”と呼ばれている。
理論的な中性子星の限界質量は太陽の2.2倍とされています。
でも、この数値は研究によって大きな幅があり、2倍以下とする推定もあれば、3倍近くとする推定もあります。

不完全な理論をもとに数値の幅をこれ以上縮めるのは難しいので、観測によって質量限界を直接見つける努力も続けられています。
でも、観測で見つかった最も軽いブラックホールは太陽の約5倍の質量があり、理論上の境界線を大幅に上回っていました。
この質量ギャップ問題も、中性子星の限界と同様に天文学上の未解決問題になっています。


ミリ秒パルサーに見つかったコンパクトな天体

中性子星は高速で自転していて、狭い領域から強力な電波を放出しています。

このため、遠く離れた地球から中性子星を見ると、電波の放射領域が地球の方向を向いた瞬間だけ周期的に電波が観測されるので、電波の観測データはパルスと呼ばれています。
この性質を持つ中性子星は“パルサー”と呼ばれ、中性子星とほぼ同義語のように扱われます。

その中でも、パルスの周期が1秒未満のものは“ミリ秒パルサー”と呼ばれています。
図2.今回の研究で使用された観測データを取得した南アフリカ電波天文台の電波望遠鏡群“MeerKAT”は、全部で64基の電波望遠鏡で構成されている。(Credit: SARAO)
図2.今回の研究で使用された観測データを取得した南アフリカ電波天文台の電波望遠鏡群“MeerKAT”は、全部で64基の電波望遠鏡で構成されている。(Credit: SARAO)
今回の研究では、南アフリカ電波天文台の電波望遠鏡群“MeerKAT”を用いて、ミリ秒パルサー“PSR J5014-4002E”の詳細な観測を行っています。

“PSR J0514-4002E”は、はと座の方向約4万光年彼方に位置する天の川銀河内の球状星団“NGC 1851”に存在するミリ秒パルサーです。
“NGC 1851”に存在する13個のパルサーの1つとして、2022年に発見されたばかりで、“PSR J0514-4002E”の自転は1秒間に約170回と考えられています。

ミリ秒パルサーの電波放射の周期は、原子時計に匹敵するほど正確です。
なので、この周期に乱れがある場合、乱れを引き起こす重力源となる伴星の存在が考えられます。
そこに、伴星が存在する場合、電波の波長が変化する度合いから、伴星の質量を決定することもできます。

研究チームでは“PSR J0514-4002E”の観測データを分析し、未知の伴星が存在するかどうかを調査。
その結果、“PSR J0514-4002E”には未知の伴星が存在し、“PSR J0514-4002E”と伴星を足し合わせた合計の質量が、太陽の3.887±0.004倍と計算されました。

さらに、複数の波長を詳細に分析することで、より詳細な伴星の特性が明らかになっていきます。

それによれば、伴星は“PSR J0514-4002E”から約800万キロ離れた距離を7日かけて公転する、中性子星やブラックホールのようなコンパクトな天体のようです。
最も興味深いのは、質量が太陽の2.09~2.71倍という点でした。


伴星の正体がどのような天体であっても興味深い観測対象となる

“FSR J0514-4002E”の伴星の重さは、まさに中性子星とブラックホールの質量ギャップに位置しています。
この質量の値は、中性子星としては天文学史上最も重いもので、ブラックホールとしては天文学史上最も軽いものになります。
発見者が“天の川の謎の天体”と表現するのは無理もないことですね。

現段階では、伴星の正体が中性子星なのかブラックホールなのか、あるいはその間に存在すると予測されている未知の異種星(※3)なのかは分かっていません。
※3.エキゾチック星とも呼ばれている。例えば中性子星を構成する素粒子であるクォークが縮退して生成される“クォーク星”が提唱されているが、異種星が実在するかどうかは今のところ確定していない。理論的な背景もほとんど明らかにされていない。
もし、中性子星や未知の異種星の場合、天体物理学や核物理学に与える影響は大きなものと言えるでしょう。
一方、ブラックホールの場合には、天文学史上初のミリ秒パルサーとブラックホールの連星の発見になります。
このため、重力理論をテストする場として、非常に重要な観測対象になります。

研究チームでは、“PSR J0514-4002E”の伴星は、より軽い中性子星同士の合体で生じたと推定しています。

正体を解明するのはこれからになります。
でも、それがどのような天体であっても、確定するために行われる研究は中性子星とブラックホールに関連する天文学や物理学の謎の解明を大きく前進させるのになるはずです。


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120憶℃以上の環境では存在可能な原子核の総数が増える! 超高温環境での新たな原子核の性質が判明

2024年01月30日 | 宇宙 space
天文学では、水素とヘリウムよりも重い元素のことを“重元素”と呼び、水素に対する重元素の割合は重元素量と呼ばれています。

その重元素は、恒星内部の核融合反応により鉄までの元素が生成され、恒星の死に伴い星間空間へと放出されます。
なので、星の生と死のサイクルが十分に繰り返されていない初期の宇宙では、現在の宇宙に比べて重元素量が低かったと考えられています。

一方、超新星爆発や中性子星同士の衝突(※1)といった、超高エネルギーの天文現象によって生成されると考えられているのが、金やウランなどの重元素です。

その重元素の詳細な生成プロセスを理解することは、原子核全般の性質や、中性子星内部のような極端な環境を知ることに繋がる重要な研究になります。
※1.太陽のおよそ8倍以上の質量を持った恒星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなり、星は自身の重力を支えきれずつぶれてしまう。この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“重力崩壊型超新星爆発”を起こすと考えられる。この爆発の後に残される、かつて恒星の中心核だった高密度の天体が中性子星になる。大雑把に言えば、中性子星は非常に多くの中性子で構成された巨大な“原子核”と言えるので、中性子星の性質は極端な環境における原子核の性質によって決まると考えられている。
今回、ザグレフ大学のAnte Ravlićさんたちの研究チームは、詳細がほとんど理解されていない超高温での“ドリップライン”の変化に関する研究を実施。
約230憶℃(2.0MeV)までのシミュレーションの結果、120憶℃(1.0MeV)以上の超高温の環境下ではドリップラインが大幅に変化することで、存在可能な原子核の総数が増えることが明らかになったそうです。
図1.中性子星同士の衝突(イメージ図)。衝突点は最高で1兆℃、その周辺も数百℃以上の超高温環境となり、非常に重い元素を大量に生み出すと考えられている。(Credit: University of Warwick, Mark Garlick)
図1.中性子星同士の衝突(イメージ図)。衝突点は最高で1兆℃、その周辺も数百℃以上の超高温環境となり、非常に重い元素を大量に生み出すと考えられている。(Credit: University of Warwick, Mark Garlick)


非常に重い元素を生み出す超高エネルギーの天文現象

身近にある全ての物質は“原子”でできていて、その原子は中心部に存在する“原子核”と、その外側を周回する“電子”という構造をしています。

原子核は、“陽子”と“中性子”という2種類の粒子がいくつか結合している高密度な塊になります。
陽子と中性子は、まとめて“核子”と呼ばれていて、原子核の性質は陽子と中性子の数で定まっています。

研究では、陽子と中性子の数が近い原子核同士で性質を比較することがよくあります。
このため、陽子と中性子の数を縦軸と横軸に取って、原子核を2次元的に並べた“核図表”がよく使われます。

ただ、原子核は“強い相互作用”と呼ばれる力で塊の状態が維持されていますが、核子をつなぎとめる数には限界があるんですねー
このため、核子の片方がもう片方に対して多すぎる場合、余剰な核子は繋ぎ止められずにこぼれ落ちてしまいます。

核子がこぼれ落ちる限界となる数を核図表に記すと線で結ぶことができ、この線を“ドリップライン”と呼びます。
簡単に言えば、ドリップラインとは原子核が存在できる範囲を示した境界線(※2)と言えます。
※2.より厳密にいえば、ドリップラインを越えた原子核も存在する。ドリップラインを越えた範囲の原子核は、こぼれた核子が原子核の周りに存在する特殊な状態にある。このような状態の原子核は“ハロー核”と呼ばれる。このため、より正確に言えば、ドリップラインは原子核がハローを形成せずに一塊の状態で存在できる限界となる。今回の研究のように、原子核同士の反応を前提とする場合には、一塊の状態では無い原子核の存在は原則として考慮されないので、ドリップラインが事実上の原子核の存在限界として扱われる。
ドリップラインは陽子と中性子のそれぞれに設定されています。
でも、特に注目されるのは、中性子の側に引かれる中性子ドリップラインです。

超新星爆発や中性子星同士の衝突といった超高エネルギーの天文現象においては、大量の中性子が放出されることで、原子核に何個も中性子が結合することがあります。

そのような原子核は不安定であり、中性子が崩壊して陽子となり、より重い元素に変化します。
このため、超高エネルギーの天文現象においては、恒星内部の核融合では大量に生成されない、非常に重い元素を生み出すことになります。

2つのドリップラインのうち、中性子ドリップラインは中性子が結合できる限界を表しています。
生み出される重元素の種類や量といった重元素生成プロセスに大きく関わることから、中性子ドリップラインがどこにあるのかを知ることは非常に重要です。

ただ、原子核は非常に高エネルギーの環境であり、詳細な性質はあまり多くは分かっていないんですねー
中性子ドリップラインが正確に知られているのは既知の元素の1割にも満たない、陽子の数が10個までの元素(水素からネオンまで)に限られています。

でも、これは超高温の環境である超高エネルギーの天文現象と比べても著しく低い温度環境での話で、これまで超高温環境におけるドリップラインはほとんど理解されていませんでした。


超高温環境でのドリップラインの変化

今回、研究チームでは、超高温環境でドリップラインがどのように変化するのかを調べるため、理論計算的なシミュレーション研究を実施。
研究では最大で約230憶℃までの超高温環境を想定して計算を行っています。(※3)
※3.研究には“相対論的エネルギー密度汎関数理論(REDF; Relativistic energy density functional theory)”と呼ばれる、原子核の研究でよく使われる“密度汎関数理論”に“一般相対性理論”の効果を加えた理論が使用されている。今回は超高温を想定し、さらに核子同士の結合が非常に緩いドリップライン付近の計算を行うため、“ボンチェ=レヴィット=ヴォーテラン連続体減産手順(Bonche-Levit-Vautherin(BLV)continuum subtraction procedure)”という手法が採用された。
図2.今回の研究で計算された、通常環境(青色)、約60憶℃(緑色)、約120憶℃(黄色)、約230憶℃(赤色)でのドリップライン。温度が高くなるほど、魔法数(黒色点線)付近で大きく折れ曲がっていたラインがまっすぐになっているのが分かる。(Credit: Ante Ravlić, et al.)
図2.今回の研究で計算された、通常環境(青色)、約60憶℃(緑色)、約120憶℃(黄色)、約230憶℃(赤色)でのドリップライン。温度が高くなるほど、魔法数(黒色点線)付近で大きく折れ曲がっていたラインがまっすぐになっているのが分かる。(Credit: Ante Ravlić, et al.)
その結果、約60憶℃(0.5MeV)の時点で中性子ドリップラインの変形が始まり、約230億℃にかけて中性子ドリップラインの大きな変化が起こることが判明しました。

通常の環境での中性子ドリップラインは、特に魔法数(※4)の付近で大きく折れ曲がることが予測されています。
でも、その急激なカーブは温度の上昇とともに均され、約230憶℃ではほぼ直線的になります。
※4.原子核を構成する核子が特定の数である場合、その原子核は他と比べて非常に安定になることが知られている。この特定の数を魔法数と呼ぶ。魔法数は閉殻構造や原子核の変形など、原子核の安定性に関わる。
このようなドリップラインの変形が起こるのは、核の安定性に関わるいくつかの性質(閉殻構造や原子核の変形)が消滅してしまうためです。
同じような変化は陽子側にある、陽子ドリップラインでも発生します。

今回の研究では、通常の環境と比較して120憶℃以上の環境では、存在可能な原子核の総数が増えることが判明しました。

ドリップラインの変形により存在可能な原子核の総数が増えることは、超高エネルギーの天文現象における重元素合成プロセスにも一定の影響があります。

また、今回計算された温度範囲は、中性子星の内部のような環境でも適用されるので、極端な環境における核反応の様子をある程度明らかにしたという点でも、今回の研究は重要なものといえます。

さらに、今回の計算手法は通常の環境におけるドリップラインの検討など、原子核全般の性質を調べる研究にも応用される可能性があります。

ただ、その具体的なシミュレーション結果を得るには非常に多くの計算をする必要があり、現状の技術では困難です。

そのため、重力波と電磁波を組み合わせたマルチメッセンジャー天文学など、宇宙で実際に発生する天文現象のデータを分析することで、シミュレーションの計算条件を絞り込むことが当面の課題になるそうです。


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JAXAの小型月着陸実証機“SLIM”が運用を再開! 月の起源の解明に期待

2024年01月29日 | 月の探査
JAXAの小型月着陸実証機“SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)”が2024年1月28日夜に運用を再開しました。

この発表は“SLIM”の公式X(旧Twitter)アカウントによるもの。
投稿によると、日本時間1月28日夜に通信を確立。
早速、マルチバンド分光カメラによる科学観測を開始し、10バンド高解像度分光観測の初撮像(ファーストライト)まで終えています。

“SLIM”は1月20日に日本初の月面着陸、および世界初となるピンポイント月面着陸に成功していました。
でも、高度50メートル付近で2基のメインエンジンのうち1基を失い、当初の着陸目標地点から東へ約55メートル離れた地点に着陸。

接地時の降下速度は1.4m/s程度と仕様範囲より低速でしたが、横方向の速度や姿勢などの接地条件が仕様範囲を超えることに…
計画と異なる姿勢で接地した“SLIM”は、太陽電池パネルを西へ向けてつんのめったような姿勢で安定することになります。

太陽電池パネルの向きが想定とは違う方向を向くような姿勢になったことで、“SLIM”は太陽電池からの電力発生ができない状態となり、同日午前2:57には地上からのコマンドにより電源をオフにして休眠状態に入っていました。
この電源オフは、バッテリーが過放電して探査機を失うリスクを避けるためでした。

ただ、太陽電池パネルは西を向いているので、今後月面で太陽光が西から当たるようになれば“SLIM”は運用を再開できる可能性があるんですねー
今回の運用再開は、JAXAの期待通りになったという訳です。

休眠状態に入る前に“SLIM”は、マルチバンド分光カメラによる低解像度のスキャンを行って257枚の画像取得。
これにより、観測対象となる6つの岩石を特定していました。

今回、6つの観測目標のうち“(トイ)プードル”を10バンド高解像度分光観測で初撮像し、その画像が公開されています。
図1.10バンド高解像度分光観測の初撮像(ファーストライト)で“(トイ)プードル”を観測した画像。(Credit: JAXA)
図1.10バンド高解像度分光観測の初撮像(ファーストライト)で“(トイ)プードル”を観測した画像。(Credit: JAXA)
マルチバンド分光カメラは、月のマントルに由来するカンラン石を含んだ岩の分光観測を目的に搭載された観測機器です。

では、なぜカンラン石を分析するのでしょうか?
それは月の起源を探るためです。
月は、ジャイアントインパクト(巨大衝突)という形成過程を経て形成されたと考えられています。

ジャイアントインパクト説によれば、45億年前に火星サイズの天体“テイア”が、作られて間もない原始の地球に衝突。
この衝突から生まれた破片が、かなり急速(おそらく数百万年強の間)に分離し、月を形成したと考えられています。

そこで、月のマントルに由来するカンラン石の組成を分析し、その結果を地球のマントルと比較することで、ジャイアントインパクト説を検証する訳です。

これまでアポロ計画により月の岩石が持ち帰られてきました。
でも、残念ながらそれらの岩石は、“SLIM”で分析しようとしているマントル由来のカンラン石ではありませんでした。

今回の“SLIM”にカンラン石の組成の分析で月の起源は分かるのでしょうか?
復活を遂げた“SLIM”の活躍に期待ですね。


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JAXAの小型月着陸実証機“SLIM”は片方のエンジンを失った状態で月面着陸を成功させていた! その結果や成果など

2024年01月27日 | 月の探査
JAXAは、2024年1月20日午前0:20(日本標準時)に小型月着陸実証機“SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)”を月面面に着陸させ、地球との通信を確立。
“LEV(Lunar Excursion Vehicle)”と呼ばれる2機の小型プローブの放出に成功しています。

でも、着陸時の姿勢などが計画通りではなく、“SLIM”は太陽電池からの電力発生ができない状態に…
バッテリーが過放電して探査機を失うリスクを避けるため、同日午前2:57には地上からのコマンドにより電源をオフにしています。
ちなみに電源オフ時点でのバッテリー残量は12%だったそうです。

ただ、着陸後に地上との通信を確立できていること、太陽電池だけが損傷するような状況は考えにくいんですねー
これらの理由からJAXAが判断したのは、“SLIM”はソフトランディングに成功したものの、機体に固定されている太陽電池パネルの向きが想定とは違う方向を向くような姿勢になっていることでした。

JAXAでは、電源をオフにするまでに取得した各データを分析。
その結果、“SLIM”が当初の目標地点から東側に55メートル程度の位置で月面に到達していることが確認できました。

また、ピンポイント着陸性能を示す障害物回避マヌーバ(※1)開始前(高度50メートル付近)の位置精度としては、10メートル程度以下、おそらく3~4メートルと評価しています。
もちろん、データの詳細な評価は継続する必要があります。
でも、“SLIM”の主ミッション“100メートル精度のピンポイント着陸”の技術実証は達成できたと言えそうです。
※1.マヌーバは、宇宙機に搭載されている推進剤を噴射して、位置や姿勢を制御すること。
“SLIM”からは、今後のピンポイント着陸技術に必要な着陸に至る航法誘導に関する技術データ、降下中及び月面での航法カメラ画像データを全て取得できたそうです。

また、接地直前には小型プローブ“LEV-1、LEV-2”の放出にも成功。
さらに、“SLIM”に搭載されたマルチバンド分光カメラ(MBC)についても、電源オフまでの間に試験的に動作し、撮像画像を取得しています。
図1.月面に着陸した“SLIM”(イメージ図)。(Credit: JAXA)
図1.月面に着陸した“SLIM”(イメージ図)。(Credit: JAXA)


片方のエンジンを失った状態での月面着陸

着陸直後から太陽電池の発生電力が得られない状況が確認されたので、JAXAではあらかじめ用意していた異常時対応手順を実施。
着陸から同日1時50分頃にかけて“SLIM”上のデータダウンロードや消費電力の削減を試み、1時50分~2時35分頃にマルチバンド分光カメラ(MBC)による月面の観測を行っています。

このダウンロードされた技術データの分析からは、太陽電池パネルが電力を発生しない姿勢で月面に接地した経緯も分かってきています。
原因は、高度50メートル時点で障害物回避マヌーバを開始する直前、“SLIM”に搭載された2基のメインエンジンうち1基の推力が失われたことにあるようです。

“SLIM”の着陸降下シーケンスは、2024年1月19日23時59分58秒に前半の動力降下フェーズが始まっています。
“SLIM”は、カメラで撮影したクレーターの分布を元に位置を把握する、画像照合航法を行いながら水平方向の速度を落としつつ、高度約15キロから約6.2キロまで降下していきます。

そして、後半の垂直降下フェーズに移行した“SLIM”は、高度約4000メートル及び約500メートルで画像照合を行い水平方向の位置を補正しつつ降下を継続(修正量はそれぞれ約100メートルと約50メートル)。
高度約50メートルでは画像を元にした月面の障害物検出が行われ、当初の予定から11.8メートル離れた地点を最終的な目標地点として降下が続けられました。

でも、高度約50メートルまで降下した1月20日0時19分18秒頃、突如“SLIM”に搭載されている2基のメインエンジンの合計発生推力が約55%まで低下。
着陸後の温度変化を調べた結果、片方のメインエンジン(-X側)に何らかの異常が発生したものと考えられています。
同時刻に“SLIM”の航法カメラで撮影された画像にはノズルと見られる物体が写り込んでいたので、ノズル部が破断した結果としてこのメインエンジンの推力が大部分失われたと見られています(実際に何が起こったのかは調査中)。
図2.“SLIM”の片方のメインエンジン(-X側)に何らかの異常が発生したと考えられる2024年1月20日0時19分18秒前後に航法カメラで撮影された画像を比較したもの。青矢印で示された月面の岩は前後の画像両方に映っているが、後に撮影された画像(右)で赤矢印で示された特徴は、前に撮影された画像(左)には映っていない。赤丸で示されている物体はメインエンジンのノズルのような形状をしている。(Credit: JAXA)
図2.“SLIM”の片方のメインエンジン(-X側)に何らかの異常が発生したと考えられる2024年1月20日0時19分18秒前後に航法カメラで撮影された画像を比較したもの。青矢印で示された月面の岩は前後の画像両方に映っているが、後に撮影された画像(右)で赤矢印で示された特徴は、前に撮影された画像(左)には映っていない。赤丸で示されている物体はメインエンジンのノズルのような形状をしている。(Credit: JAXA)
“SLIM”の垂直方向に対して“ハの字型”に搭載された2基のメインエンジンは、横方向に生じる推力を互いに打ち消し合うように設計されていました。
でも、片方を失ったことで“SLIM”は横方向(東側)に移動しなが降下を継続することになります。
図3.打ち上げ前の2023年6月1日に撮影された“SLIM”。垂直方向に対して“ハの字型”に搭載された2基のメインエンジンのノズルが上を向いている。月面では、この姿勢に近い状態で安定したとみられる。(Credit: JAXA)
図3.打ち上げ前の2023年6月1日に撮影された“SLIM”。垂直方向に対して“ハの字型”に搭載された2基のメインエンジンのノズルが上を向いている。月面では、この姿勢に近い状態で安定したとみられる。(Credit: JAXA)
この状況下で搭載ソフトウェアは自律的に異常を判断し、徐々に東側に移動する“SLIM”の水平位置がなるべく崩れないように制御しながら、もう1基のエンジンでの降下を継続。

高度約5メートルで“LEV-1”と“LEV-2”を放出した“SLIM”は、メインエンジンの異常発生から30秒余りが過ぎた同日0時19分52秒頃、当初の着陸目標地点から東へ約55メートル離れた地点へ、ほぼ垂直の姿勢で接地したと見られています。

接地時の降下速度は1.4m/s程度と仕様範囲より低速でした。
でも、横方向の速度や姿勢などの接地条件が使用範囲を超えていたので、結果として計画と異なる姿勢で接地。
姿勢が大きく変化した“SLIM”は、太陽電池パネルを西へ向けてつんのめったような姿勢で安定することになります。

メインエンジンの推力が失われた原因については、メインエンジン自体ではない何らかの外的要因が波及した可能性が考えられていて、現在も調査中です。

今後進められるのは、取得できた技術・科学的データのさらなる分析や、異常が発生した原因の調査。
分析では“SLIM”の太陽電池は西を向いていることから、今後月面で太陽光が西から当たるようになれば、発電の可能性もあるようです。

JAXAが想定していた“SLIM”の月面上での活動は元々数日程度以上とのことですが、さらなる技術・科学データの取得を目指し、引き続き復旧へ向けて必要な準備を行った行くそうです。

また、月面に展開された小型プローブ“LEV-2”が撮影した着陸後の“SLIM”の画像から分かったこともあります。

それは、“SLIM”が着陸したSHIOLIクレーター付近は着陸時点では昼の前半だったので、画像からも分かるように太陽光は東から当たっていて、西に向いた太陽電池パネルは影に入って電力が発生しない状況にあったことです。

ただ、昼の後半には西から太陽光が当たるようになるので、太陽電池パネルから電力が得られる可能性があるんですねー
JAXAによれば、“SLIM”は太陽電池による発生電力が一定以上あれば動作できるので、今後の運用再開が期待されています。
図4.小型プローブ“LEV-2”が撮影・送信した月面画像。右奥には大きく傾いて接地した状態の“SLIM”(エンジンノズルを上に向けている)が写っている。画像は“LEV-1”経由でデータ転送されたもの。(Credit: JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学)
図4.小型プローブ“LEV-2”が撮影・送信した月面画像。右奥には大きく傾いて接地した状態の“SLIM”(エンジンノズルを上に向けている)が写っている。画像は“LEV-1”経由でデータ転送されたもの。(Credit: JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学)


月のマントルに由来するカンラン石の組成を分析

マルチバンド分光カメラは、月のマントルに由来するカンラン石を含んだ岩の分光観測を目的に搭載された観測機器です。

では、なぜカンラン石を分析するのでしょうか?
それは月の起源を探るためです。
月は、ジャイアントインパクト(巨大衝突)という形成過程を経て形成されたと考えられています。

ジャイアントインパクト説によれば、45億年前に火星サイズの天体“テイア”が、作られて間もない原始の地球に衝突。
この衝突から生まれた破片が、かなり急速(おそらく数百万年強の間)に分離し、月を形成したと考えられています。

そこで、月のマントルに由来するカンラン石の組成を分析し、その結果を地球のマントルと比較することで、ジャイアントインパクト説を検証する訳です。
図5.マルチバンド分光カメラによる観測を行う“SLIM”のイメージ図。着陸後は、このような姿勢で安定することが想定されていたが、実際にはつんのめったような姿勢で安定している。(Credit: JAXA)
図5.マルチバンド分光カメラによる観測を行う“SLIM”のイメージ図。着陸後は、このような姿勢で安定することが想定されていたが、実際にはつんのめったような姿勢で安定している。(Credit: JAXA)
マルチバンド分光カメラによる観測は、着陸後に低解像度のスキャンを行って観測対象となる岩石を特定してから、高解像度の分光観測を行う予定でした。
スキャンは通常なら35分で333枚の画像を取得するはずが、太陽電池の発生電力が得られない状況なので15分で打ち切ることに…
このため、257枚の画像取得と送信が行われています。
図6.“SLIM”のマルチバンド分光カメラによる月面スキャン撮像で取得されたモザイク画像。275枚の低解像度モノクロ画像を撮像・合成し、景観画像を作製したもの。モザイク画像の右側の灰色部分は、スキャン運用を途中で切り上げたためデータの無い部分。(Credit: JAXA、立命館大学、会津大学)
図6.“SLIM”のマルチバンド分光カメラによる月面スキャン撮像で取得されたモザイク画像。275枚の低解像度モノクロ画像を撮像・合成し、景観画像を作製したもの。モザイク画像の右側の灰色部分は、スキャン運用を途中で切り上げたためデータの無い部分。(Credit: JAXA、立命館大学、会津大学)
マルチバンド分光カメラによる高解像度分光観測の実施は、太陽電池の発生電力が今後回復するかどうかにかかっています。

観測候補の岩石には、相対的な大きさがイメージできるように“セントバーナード”や“しばいぬ”といった愛称が付けられていて、今後電力が回復した際には速やかに観測が行えるよう準備が進められています。
図7.マルチバンド分光カメラによる月面スキャン撮像で取得されたモザイク画像を拡大したもの。この画像をもとに観測対象の岩石を識別し、相対的な大きさがイメージできるような愛称をつけて、今後電力が回復した時に速やかに10バンド高解像度分光観測が行えるよう準備を進めている。(Credit: JAXA、立命館大学、会津大学)
図7.マルチバンド分光カメラによる月面スキャン撮像で取得されたモザイク画像を拡大したもの。この画像をもとに観測対象の岩石を識別し、相対的な大きさがイメージできるような愛称をつけて、今後電力が回復した時に速やかに10バンド高解像度分光観測が行えるよう準備を進めている。(Credit: JAXA、立命館大学、会津大学)


SLIMミッションの技術実証の結果と成果

最終的に“SLIM”は、着陸目標地点から約55メートル離れた場所に着陸することに成功しました。

JAXAは合計14回(7領域で2回ずつ)実施された画像照合航法の結果は全て正常に完了していて、航法精度は10メートル程度以下、高度約50メートル行われた障害物回避マヌーバ付近までの状況から、ピンポイント着陸精度も10メートル程度以下(おそらく3~4メートル)と評価しています。

これまでの月探査機の着陸精度が数キロから十数キロ以上だったので、“SLIM”は驚異的な着陸精度を実証したと言えます。
これほどの着陸精度を発揮したからこそ、メインエンジン1基の喪失という事態に遭遇しても、フルサクセス項目の1つ“100メートル精度のピンポイント着陸”の技術実証を達成できたと言えます。

ただ、これまでの方法では着陸が難しい斜面にも安定した姿勢で接地するために考案された2段階着陸方式(※2)の挙動は、接地時の横方向速度や姿勢が仕様範囲を超えていたこともあり、今回のミッションでの技術実証はできませんでした。
※2.月面に対して垂直の姿勢で降下し、着陸直前に機体を斜めに傾けて半円形をした脚で一度接地してから、斜面に向かって倒れ込むように横向きに設置するという特徴的な着陸方法になります。
図8.“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
図8.“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
また、ミニマムサクセス項目の1つ“金属3Dプリンターで製造された軟着陸のためのシンプルな衝撃吸収機構の実現”や、エクストラサクセス唯一の項目である“月面到達後に日没まで一定期間ミッションを行う”など、一部の工学実験目標は調査中もしくは継続中になっています。

今後、太陽光が太陽電池パネルに当たるようになれば、再び動作する可能性があるので、もうしばらくは“SLIM”から目が離せない状況が続きます。


2機の小型プローブ“LEV-1”と“LEV-2”

月面に展開された2機の小型プローブうち“LEV-1”は、2024年1月20日0時19分49秒~51秒の間に“SLIM”から放出され、同日0時19分51秒~53秒の間に月面に着陸し、同日0時20分30秒から月面での活動を開始しています。

40分以上可能な限りと計画されていた活動時間は1時間51分程度続き、通信電波は同日2時10分に停止したようです。

“LEV-1”にはバネの力で月面を蹴るパッドが搭載され、跳躍(ホッピング)しながら移動できる仕組みになっていて、月面で6回跳躍したことが取得されたデータから確認されています。

一方、愛称のSORA-Qで知られる“LEV-2”も“SLIM”からの放出後に月面に着陸。
2つに分割された外殻を展開して活動したことが分かっています。

さらに、LEV-2”が撮影した着陸後の“SLIM”の画像からは、
“SLIM”から正常に放出された“LEV-2”が月面で想定通り変形して活動したこと、
“SLIM”の検出と画像の選定を行う画像処理アルゴリズムが正しく機能したこと、
“LEV-1”との間で正常に通信が交わされ“LEV-1”経由で画像が送信されたこと、
などの機能が正常に動作したことが確認できました。
図9.月面に到達した2機の小型プローブ“LEV-1”(左)と“LEV-2”(右)のイメージ図。(Credit: JAXA)
図9.月面に到達した2機の小型プローブ“LEV-1”(左)と“LEV-2”(右)のイメージ図。(Credit: JAXA)
こうした成果が確認されたことで、“LEV-1”と“LEV-2”は“日本初の月面探査ロボット”になったと同時に、“世界初の完全自律ロボットの月面探査”、“世界初の複数ロボットによる同時月面探査”を達成したことになります。
さらに、“LEV-1”は“世界初の跳躍による月面移動”、“LEV-2”は“世界最小・最軽量の月面探査ロボット”にもなっています。

小さなサイズで大きな記録を残した“LEV-1”と“LEV-2”ですが、太陽電池が搭載されている“LEV-1”の運用はまだ終わっていません。

計画通りの活動期間を終えた“LEV-1”は、現在バッテリーの電力を使い切ったか、温度が上昇したため活動を停止して待機中の状態。
太陽電池パネルに太陽光が当たるようになったり、温度が下がったりすれば活動を再開する可能性があります。
このことから、引き続き“LEV-1”からの電波を受信する体制を維持する予定です。

昨今、対象になる天体についての知見が増え、探査すべき内容が今までよりも具体的になっているので、探査対象の付近への高精度着陸が必要になっています。
また、将来の太陽系科学探査で必要になるのが、より高性能な観測装置の搭載です。
その時のために探査機システムを軽量化し、その分を観測装置にリソース配分ができるよう、探査機の軽量化は欠かせないんですねー

“SLIM”は、将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術と、小型で軽量な探査機システムの実現を目指す月面探査機です。
目指しているのは、これまでの“降りやすいところに降りる”着陸ではなく、“降りたいところに降りる”着陸への質的な転換。
これを実現することで、月よりもリソース制約の厳しい惑星への着陸も、現実のものになっていくはずです。

さらに期待されるのは、“LEV-1”と“LEV-2”の開発と運用で得られた技術が、今後の宇宙探査や月面小型プローブに活かされることです。
月面着陸というイベントは終わりましたが、もう少し“SLIM”と“LEV-1”の活動が続くといいですね。


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表面を覆う氷の下に海を持つ太陽系外惑星は存在している? 一部は間欠泉活動の観測で見つかるかもしれない

2024年01月26日 | 系外惑星
木星の衛星エウロパや土星のエンケラドスのように、太陽系にある氷で覆われた天体の一部には、地下に広大な海が存在していると予測されています。
その中には、地下海の有力な証拠と考えられる間欠泉が確認されている天体もあるんですねー

今回の研究では、似たような環境を持つ太陽系外惑星が存在する可能性を探るため、17の惑星について調査を実施。
その結果、いくつかの惑星には氷の下に海が存在する可能性があることを突き止めています。

また、“プロキシマ・ケンタウリb”や“LHS 1140b”など一部の惑星では激しい間欠泉活動が起きている可能性があり、噴出した水や、水に含まれる分子の存在を望遠鏡で観測できる可能性があるようです。
この研究は、NASAのゴダード宇宙飛行センターのLynnae C. Quickさんたちの研究チームが進めています。
図1.2009年に探査機“カッシーニ”が撮影したエンケラドスの間欠泉。この画像では30か所以上の噴出口が確認された。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)
図1.2009年に探査機“カッシーニ”が撮影したエンケラドスの間欠泉。この画像では30か所以上の噴出口が確認された。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)


表面を覆う氷の層の下に海を持つ天体

表面を氷で覆われた低温の天体は、一見すると生命に適した環境には見えませんよね。

でも、分厚い氷の層の下に大量の液体の水があるとしたら…
そう、そこには海が存在する可能性が指摘されているんですねー

では、なぜ水は凍らずに存在できるのでしょうか?
それは、氷を解かす熱源があり、“他の天体からの潮汐力による過熱”(※1)や“岩石に含まれる放射性元素の崩壊熱”などが考えられています。
※1.天体の軌道が円形でないとき、惑星(や衛星)から遠いときはほぼ球体の天体も、接近するにしたがって惑星(や衛星)の重力で引っ張られ極端に言えば卵のような形になる。そして惑星(や衛星)から遠ざかるとまた球体に戻っていく。これを繰り返すことで発生した摩擦熱により天体内部は熱せられる。このような強い重力により、天体そのものが変形させられて熱を持つ現象を潮汐加熱という。
厚い氷の層の下に海があると考えられている天体として有力なのは、木星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラド。
これらの天体では、水を主成分とするプルーム(間欠泉、水柱)が観測されていて、氷の下の海が水の供給源だと考えられています。

では、太陽系外の惑星でも同じように氷の下に海を持つ天体は存在するのでしょうか?
仮に存在するとした場合、そのような惑星を発見する方法はあるのでしょうか?


地下海を持つ天体の条件

今回の研究では、氷の層の下に海を持つ太陽系外惑星(系外惑星)が存在する可能性を探るため、2つの性質を満たしている17の惑星を調査しています。

1つ目の条件は、地球と比べて直径はおよそ2倍以下、質量は8倍以下の天体です。
この条件に合う惑星は、地球と比べて平均密度が低いものになります。

氷は岩石と比べて密度が低いので、低密度な惑星は氷が主体になる可能性があります。
また、直径を地球のおよそ2倍以下に制限しているのは、低密度な理由が氷ではなく豊富なガスになる亜海王星(地球と海王星の中間的な性質を持つ惑星)である可能性を排除するためです。

2つ目の条件は、推定表面温度がマイナス18℃未満の惑星です。
この温度は、地球に大気が存在しないと仮定した場合の表面温度(平衡温度)と同じであり、これよりも表面温度の低い惑星では表面の水が凍っている可能性が高くなります。
大気が存在する場合の惑星の表面温度を指定することは困難なので、このような前提で計算されています。

ただ、特に2つ目の条件は再検討が必要と言えます。
それは、例え独自の分厚い大気が無かったとしても、惑星表面を構成する氷などの光の反射率、そしてプルーム(間欠泉、水柱)や宇宙風化によって生成される水蒸気の薄い大気など、表面温度を変更する要素がいくつもあるためです。


内部の加熱と氷の厚さと地下海の規模

今回の研究では、エンケラドスやエウロパの観測データや最新のモデリングをもとに、氷が主体の惑星の表面温度を改めて計算。
その結果、これまでのモデルと比べて最大で30℃も温度が食い違うことを発見し、より正確な状況の把握が可能になりました。

研究チームでは、新たに得られた惑星のデータを元に、潮汐力や放射性物質の崩壊熱などを推定。
そこから氷の厚さ、氷の下の海の規模、そして間欠泉活動の予測を行っています。

まず、内部活動については、全ての惑星の内部でエンケラドスやエウロパを超える熱が発生していて、一部の惑星では地球や木星の衛星イオ(※2)を超える熱が生じていると推定されました。
この熱の発生からは、氷の下に海を形成する可能性が高いことが分かります。
※2.イオは木星のガリレオ衛星の1つで、太陽系の衛星の中では4番目に大きく、半径は1800キロ強と地球の3分の1にもなる。他のガリレオ衛星から潮汐力を受け、内部が加熱されて高温のマグマを放出していてる。内部を加熱する熱の発生量は100兆ワットと推定されていて、これは地球の熱(47兆ワット)の2倍以上になる。
図2.今回分析された惑星の内部の熱の推定値。全ての惑星がエウロパを超えているだけでなく、一部の惑星は地球やイオを超えていると推定されている。(Credit: Lynnae C. Quick, et al.)
図2.今回分析された惑星の内部の熱の推定値。全ての惑星がエウロパを超えているだけでなく、一部の惑星は地球やイオを超えていると推定されている。(Credit: Lynnae C. Quick, et al.)
推定された氷の厚さの値は、最も薄い“プロキシマ・ケンタウリb”の58メートルから、最も分厚い“MOA-2007-BLG-192L b”の38.7キロまで様々なもの。
ただ、この値は惑星全体の平均値になるので注意が必要なんですねー

例えば、エンケラドスの氷の平均的な厚さは25キロですが、プルームが噴き出している極域では10キロ未満になっているようです。
これとは逆に、氷の厚さの平均が30キロで、極域では66キロまで厚くなっているのがエウロパです。

エンケラドスとエウロパでは、表面温度や内部の熱源の配置の違いによって極域の氷の厚さが全く異なっています。
このことから、太陽系外惑星の氷も局所的に平均値より極端に薄い・厚い場所がある可能性は否定できません。
ただ、どの惑星の氷の厚さも地殻と表現される50キロを下回ることは興味深い発見になります。

さらに、一部の惑星では水のプルームの放出量が推定されています。

最も少ない“ケプラー441b”から噴出している水の量は、毎秒7.5キログラムとわずかなもの。
一方、氷の厚さが58メートルしかないと推定される“プロキシマ・ケンタウリb”では毎秒610トン、厚さ1.7キロと推定される“LHS 1140 b”では毎秒29トンの水が噴出していると推定されました。

エウロパの水の噴出量が毎秒2トンであることを考えると、いかに激しい噴出であるかが分かります。
噴出した水は、凍った粒となって惑星の周りを覆うことになります。

もし、プルームの噴出量が間欠泉のように時間と共に変化する場合、遠く離れた地球から観測すると、それは水の量の変化として観測されるはずです。
また、氷の粒の中に他の分子が含まれる場合、水と共に検出される可能性もあります。

噴出した水やその他の分子の観測は、強力な望遠鏡を使えば可能になるようです。


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