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何がきっかけでエディアカラ紀の生物は複雑化・大型化したのか? 地磁気が弱くなったことによる酸素濃度の上昇が生物を進化させた

2024年06月09日 | 地球の観測
約6億年前の“エディアカラ紀(エディアカラン)”は、目に見える大きさの多細胞生物が発見されている最も古い時代として注目されています。
でも、なぜエディアカラ紀に生物の身体が複雑化・大型化したのか、その理由はよく分かっていません。

今回の研究では、エディアカラ紀の“地磁気”の強さに注目。
調査の結果、エディアカラ紀の約2600万年の間、地磁気の強さは現在の10分の1以下、最小で約30分の1というかなり低い水準だったことが判明しました。

最終的にこの出来事が、海水中の酸素濃度を増加させ、生物の進化を促した可能性があるようです。
この研究は、ロチェスター大学のWentao Huangさんたちの研究チームが進めています。
図1.今回の研究により、エディアカラ紀の地球は地磁気が極端に弱かった可能性が示された。当時の生物にとって、オーロラは極地以外でも見られる、日常的な現象だったのかもしれない。(Credit: University of Rochester / Illustration: Michael Osadciw)
図1.今回の研究により、エディアカラ紀の地球は地磁気が極端に弱かった可能性が示された。当時の生物にとって、オーロラは極地以外でも見られる、日常的な現象だったのかもしれない。(Credit: University of Rochester / Illustration: Michael Osadciw)


明確な生物化石が発見されている最古の時代

地球の歴史上、明確な生物化石が発見されている最古の時代は、約6億年前の“エディアカラ紀”(※1)になります。
※1.より正確には約6億3500万年前~5億3880万±200万年前となる。
エディアカラ紀の地層から発見されているのは、目に見える大きさの生物化石が数センチから数メートルを超えるものまで数多くあります。
ただ、それ以前の間接的な証拠しか残っていない時代とは明確に異なっているんですねー

さらに、エディアカラ紀の生物は、現生の生物は無論のこと、次の時代であるカンブリア紀の生物とも似ていない独特な身体をしています。
参考となる生物がいないので、動物なのか植物なのか、あるいは菌類なのか、極めて基本的な分類すら決定されていない生物も数多く存在しています。
図2.エディアカラ紀の代表的な生物“ディッキンソニア”の化石。最大で直径1.4メートルのものも見つかっている。動物と考えられているが、決定的な証拠がないので異論も存在する。(Credit: Shuhai Xiao(Virginia Tech))
図2.エディアカラ紀の代表的な生物“ディッキンソニア”の化石。最大で直径1.4メートルのものも見つかっている。動物と考えられているが、決定的な証拠がないので異論も存在する。(Credit: Shuhai Xiao(Virginia Tech))


何がきっかけで生物は複雑化・大型化したのか

化石記録を調べる限りでは、エディアカラ紀以前の時代の生物が単細胞生物だったのに対し、エディアカラ紀にはより複雑かつ大型の多細胞生物へと進化したように見えます。
でも、何がきっかけで進化が促されたのかは判明しておらず、生命の進化における大きな謎の一つとなっています。

でも、最近になって、地球の固有の磁場“地磁気”が、エディアカラ紀には弱くなっていた可能性があるとする研究が発表されます。
これにより、地磁気の強度と生命の進化に関連があるのではないか、とする説が主張されるようになりました。

ただ、エディアカラ紀やそれ以前の時代の地磁気については、測定そのものや測定値の解釈が難しく、研究を進めることが困難とでした。

2024年4月のこと、研究史上最古となる37億年前の地磁気の強さの測定結果が発表されましたが、ごく最近の発表であることが示すように、この種の研究は本質的に困難を抱えています。

また、地磁気を巡る仮設とは別に、エディアカラ紀には海水中の酸素が豊富だったのではないかとする説もあります。
ただ、その証拠となるデータの解釈には複数の方法があり、逆に酸素が不足していたとする見方もできるので、この説には大きな論争があります。


長期にわたって地磁気が極端に弱かった時代

今回の研究では、手掛かりがほとんどないエディアカラ紀の地磁気の強さについて調査を行っています。

古い時代の地磁気の強さを測るには、岩石に含まれている地磁気に反応する鉱物を調べる必要があります。
ただ、エディアカラ紀やそれ以前のような極端に古い時代の岩石の場合、鉱物自体が風化や変質を起こしている可能性があるんですねー
なので、測定データの信憑性の程度が分からないという問題がありました。

そこで、今回研究チームが測定しているのは、鉱物の“SCP”という値です。
SCPとは“単結晶古強度(Single Crystal Paleointensity)”の略。
これは鉱物の結晶中に刻まれている、その時代の地磁気の値を直接読み取る“絶対古地磁気強測定度法”という手法を指します。

SCPには、鉱物の風化や変質の影響を受けにくいという利点があります。

にもかかわらず、1000分の1ミリ(1μm)に満たない小さな鉱物結晶を多数測定しなければならないという理由から、最近まであまり利用されてきませんでした。

でも、技術革新によって短時間で小さな資料を数多く測定できるようになったので、今回のような研究が行えるようになりました。

本研究では、ブラジルのパッソ・ダ・ファビアナ(Passo da Fabiana)で採取された約5億9100万年前のエディアカラ紀の岩石と、南アフリカ共和国のブッシュフェルト複合岩体で採取された約20億5400万年前(※2)の岩石に含まれる鉱物のSCPを測定。
さらに、SCPの測定値が妥当かどうかを、岩石の他の性質と合わせて検証しています。
※2.古原生代リィアキアンの末期。
その結果分かったのは、約20億5400万年前の地磁気は、現在とほぼ同じ程度の強さであったこと。
これに対し、約5億9100万年前の地磁気は、最小で現在の約30分の1という極端に弱い状態となっていました。

過去の研究と併せて検討すると、地磁気の強さが現在の10分の1以下であった時代は、約2600万年も続いていたことを意味していました。
これほど長期にわたって、地磁気が極端に弱かった時代があったことは、予想外の発見でした。
図3.地磁気の長期的な強度変化。横軸は時間(左側が現在)、縦軸は地磁気の強度(上に行くほど強い)を表す。エディアカラ紀(点線の枠内にある赤い六角形の付近)で強度が最低値を記録していることが分かる。(Credit: Wentao Huang, et al.)
図3.地磁気の長期的な強度変化。横軸は時間(左側が現在)、縦軸は地磁気の強度(上に行くほど強い)を表す。エディアカラ紀(点線の枠内にある赤い六角形の付近)で強度が最低値を記録していることが分かる。(Credit: Wentao Huang, et al.)


地磁気と酸素濃度の関係

研究チームが考えているのは、エディアカラ紀に地磁気が弱かった時代が長期間続いたことが、生命の進化を促したのではないかということです。
ただ、その理由はやや複雑です。

太陽を公転している地球には、太陽光だけでなく太陽風のような高エネルギーの荷電粒子(電気を帯びた粒子)もやってきます。
地球の大気に衝突する荷電粒子は分子に運動エネルギーを与えることで、分子が地球の重力を振り切って宇宙へと逃げていく原因となります。

一方、荷電粒子は磁場と反応するので、地磁気は荷電粒子と大気の衝突を防ぐバリアーの働きをすることに。
このため、一般的に荷電粒子と大気の衝突は、地磁気が弱い極地に限られることになります。

荷電粒子と大気分子との衝突は光を発生させます。
先日発生した大規模な太陽フレアのような例外を除くと、オーロラを見られる場所が高緯度地域に限られるのは、このことが理由になっています。

エディアカラ紀の地磁気が極端に弱かったとすれば、現在と比較して多くの荷電粒子が大気に衝突していたことが考えられます

この衝突で真っ先に逃げ出すのは、水素のような軽い分子です。
水素は酸素と反応して水になる物質なので、大気中の水素が多ければそれだけ大気中の酸素が豊富になるのを防げます。
反対に大気中の水素が少なくなれば、相対的に酸素が残りやすくなります。

このような水素と酸素の量の関係は、大気と接している海水でも同じ状況となります。

このため、地磁気が弱かったエディアカラ紀に大気中から水素が逃げ出せば、海水中の酸素が豊富になる訳です。
酸素を使う呼吸(好気呼吸)は酸素を使わない呼吸(嫌気呼吸)よりもずっとエネルギー効率が良いので、生物が複雑化・大型化するきっかけとなったはずです。

これらのことから、エディアカラ紀に地磁気が弱くなったことは、エディアカラ紀に生物が進化する原因となった可能性があります。

今回の研究によって、エディアカラ紀の地磁気の強さが判明したことで、論争となっている当時の海水中の酸素濃度については、豊富だったことを支持する証拠が見つかったことになります。

エディアカラ紀の謎は多いので、研究はまだまだ続くことになります。
それでも、今回の研究により生命の歴史における大きな謎についての大きな手掛かりが得られたのかもしれません。


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生命と大気の両方を保護している地磁気は37憶年前に存在していた

2024年05月14日 | 地球の観測
地球は固有の強い磁場(地磁気)を持つ天体の一つです。

この地磁気は、陸上に棲む多くの生物にとって欠かせない存在で、地球誕生から徐々に強くなっていったと考えられています。
ただ、その正確な時期はよく分かっていませんでした。

今回の研究では、グリーンランドから産出した極めて古い岩石を調査。
その結果、この岩石から約37億年前の地球に地磁気が存在していた証拠を見つけています。

このことは、最も古い時代の地磁気の証拠になるもの。
また、その強度は現在と比べてもそれほど弱くない値なので、地磁気の形成や、古代の生命がどのように進化し、数を増やしたのかを探る上でも重要な発見になるようです。
この研究は、マサチューセッツ工科大学のClaire I. O. Nicholsさんたちの研究チームが進めています。
図1.有害な太陽風を遮断する地磁気は、生命と大気の両方にとってシールドの役割を果たしている。(Credit: NASA)
図1.有害な太陽風を遮断する地磁気は、生命と大気の両方にとってシールドの役割を果たしている。(Credit: NASA)


地磁気は生命と大気の両方を保護している

方位磁石が北を向くことからも分かるように、地球には固有の磁場“地磁気”が存在しています。

地球の磁場は、他の天体と比べるとかなり強度が高く、岩石などの固体物質を主体とした天体としては最も強度が高いという特徴があります。
この地磁気の存在は、地球が生命を宿す天体となった理由の一つと考えられています。

地磁気には、いくつかの恩恵があります。
重要なものの一つとして、宇宙から降り注ぐ太陽風などの高エネルギーな荷電粒子(電気を帯びた粒子)から、地表などをガードするというものがあります。

このことは、地上の生命にとって重要な恩恵となっています。
それは、このような荷電粒子が生命にとって有害で、細胞やDNAなどを傷付けてしまうからです。
もし、地磁気が無ければ、生物は海の中から外に出ることはできなかったはずです。

もう一つ挙げられる重要な恩恵として、大気の流出を防ぐという役割があります。
地磁気が無ければ、太陽風などの荷電粒子は直接大気に衝突することになります。

高エネルギーな粒子が衝突すると、大気を構成する分子に重力を振り切るほどの運動エネルギーが与えられることもあります。
つまり、地磁気が弱いとその分だけ分子が逃げやすくなり、大気は薄くなってしまいます。

実際に、地球とよく似た性質を持つ火星には、とても薄い大気しかありません。
その理由の一つは固有の磁場の弱さであり、大気の流出を防ぐことができなかったためだと考えられています。(※1)
※1.他の理由として、重力が地球の半分以下しかなく、大気分子を引き止める力の弱さも挙げられる。
このように、強力な地磁気には生命と大気の両方を保護する強力なシールドとしての役割があることが分かります。


誕生から間もない頃の地球の磁場

生命や地球そのものの進化を知る上で、地磁気の発生時期も重要な要素となります。

でも、それを知ることはとても困難なことになります。
それは、過去の時代の地磁気の強度を知るには、その時代にマグマから固化した岩石に残された磁場“古地磁気”を調べる必要があるからです。

でも、岩石に刻まれた磁場は非常に消えやすい情報なんですねー

岩石は数百℃に加熱されると磁場が消去され、再び冷えた時点での地磁気の情報に上書きされてしまいます。
このため、非常に年齢が古い岩石の古地磁気を調べたとしても、そこから得られた古地磁気の情報は、岩石が冷えて固まった形成年代と一致するとは限らない訳です。

なので、固化した岩石が、その後に一度も磁場の消去と上書きを経験していないことを示すには、過去に高熱が加わっていないことを示す必要があります。

でも、それには技術的な困難さに加えて、そもそも数十億年もの間に一度も熱が加わっていない岩石を見つけること自体も困難なので、誕生から間もない頃の地球の磁場を知る手掛かりはほとんどありませんでした。


一度も高熱を受けていない岩石

今回の研究では、特に年代の古い岩石が産出することで知られているグリーンランド南西部のイスア地域で採取される岩石を対象に、誕生から間もない頃の地球の磁場の痕跡が残っていないかを調査しています。

イアス地域は37~38億年前という世界最古級の岩石が産出する地域として知られていて、世界最古の生命の痕跡が見つかっているという主張もあります。(※2)
※2.ストロマトライト(光合成をする細菌が生み出す層状構造)が見られる堆積岩が採取されたという主張があるが、層状構造がストロマトライトかどうかは論争がある。
研究チームがイスア地域に着目したのは、岩石の形成年代が非常に古いということ以外にも理由がありました。
それは、イスア地域の下に非常に分厚い大陸地殻があるからです。

このような安定した大陸地殻では、地殻変動や火山活動自体が非常に乏しいという特徴があります。

元より地質活動が乏しいということは、大規模な活動はさらに頻度が減ります。
他の場所と比べてより分厚い地殻を破るほどの激しい活動となれば、さらに発生頻度は低くなるはずです。

このことから、イスア地域の岩石は37億年という非常に長い歴史において、一度も高熱を受けずに存在した可能性があることになります。
図2.グリーンランドのイスア地域で産出する37億年前の岩石の一例。(Credit: Claire Nichols)
図2.グリーンランドのイスア地域で産出する37億年前の岩石の一例。(Credit: Claire Nichols)


熱を受けていないことを証明する

もちろん、これだけでは十分な証明とは言えません。

なので、研究チームでは熱を受けていないことを示す別の方法として、岩石に含まれる放射性元素を計測することで年代を知ることのできる“放射年代測定法”による検証も行っています。

放射年代測定法には利用する元素が異なる複数の方法があり、その中には熱を受けるとリセットされてしまうものがあることが知られています。

複数の放射性元素で年代測定を行った場合、このリセットが無ければ、どの年代でも測定結果が一致するはずです。
でも、特定の年代でリセットが発生していた場合には、測定された年代の間にズレが生じることになります。

そこで、本研究では以下の2つを証明することに注力しています。

複数の放射年代測定法で計測した年代にズレが無いこと。
ズレが生じていた場合には、その理由が熱を伴わない化学変化のような、他の理由ではないこと。


現在とほぼ同レベルの地磁気を測定

測定の結果、調べられた岩石のサンプルは、生成された後に37億年間、380℃以上の温度を一度も受けていないことが証明されました。
つまり、岩石に刻まれている古地磁気は、37億年前の地磁気を反映していることになります。

これは、最も古い地磁気の証拠となります。

測定された地磁気の値は少なくとも15μT(マイクロテスラ)という値でした。
この値は、現在の地磁気30μTの半分ということになりますが、測定の性質上、37億年前の地磁気は現在の地磁気とほぼ同レベルということを示しています。

この測定結果は、研究チームにとって意外なものでした。
それは、現在の地磁気発生モデルの場合、地球の形成直後には地磁気は存在せず、地球の内部構造が形成されるに従って強化されたと考えられているからです。

37億年前の地球に、現在の地球と同じ強度の地磁気が存在していた。
このことが意味しているのは、8億年程度の時間で現在と同じような内部構造が地球に形成されたことです。
これは、地球の形成や進化を研究する上で、重要な手掛かりとなるものでした。


一時的に地磁気の強度が弱また時期

37億年前の地球に、現在と同じ強さの地磁気があったことは、別の観点からも注目されています。

現在の地球は酸素に満ちていますが、大気中に酸素が現れるようになったのは、今から約20億年ほど前のことです。
それ以前は、光合成で酸素が生成されても、すぐに別の物質と反応して消費されてしまう状況でした。

酸素が消費されずに存在できる条件の一つとして、大気中から水素を含んだ物質が減少することが重要だと考えられています。(※3)
※3.水素が太陽風などによる大気流出で減少したとする推定を裏付けるものとして、大気中のキセノンの減少が挙げられている。キセノンは化学反応をほとんどしない貴ガスで重い原子のため、大気からの大量流出には太陽風などの外的要因が必要となる。
水素が逃げ出すのに都合が良いのは、太陽風が大気に多く衝突することです。
でも、そのためには地磁気が現在の水準よりも弱い必要があります。

地磁気は、過去に何度も強弱が変化していることが判明しています。
なので、今回の研究結果が示唆しているのは、10億年以上にもわたって一時的に地磁気の強度が弱まっていた時期があったことです。

ただ、この推定が正しいかどうかは、古い時代の古地磁気の記録が不足しているので、現時点では決定できていません。
結論を得るには、さらなる調査・研究が必要となりますね。


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遠い未来の地球でもまた起こる? 赤道さえも分厚い氷床に覆われる極端な氷期“全球凍結”

2024年02月29日 | 地球の観測
地球はその歴史の中で、表面全体が氷河に覆われる“全球凍結(スノーボールアース)”が何度か起こったと推定されています。

でも、なぜ全球凍結が起きたのか、またどのようにして“解凍”されたのかについてのメカニズムは、ほとんど分かっていません。

今回の研究では、約7億年前に起こったとされる全球凍結レベルの極端な氷河期“スターディアン氷期”の発生原因を、地質記録とシミュレーションによって調査しています。

その結果、分かってきたのは、火山からの二酸化炭素放出量が少なく、岩石の風化による二酸化炭素の吸収が多かったこと。
これにより、大気中の二酸化炭素が現在の半分以下にまで減少したことが、スターディアン氷期が発生した原因だと推定しています。

興味深いことに、この状況は遠い未来に地球で起こる状況と似ているようです。
この研究は、シドニー大学のAdriana Dutkiewiczさんたちの研究チームが進めています。
図1.全球凍結した地球のイメージ図。(Credit: Oleg Kuznetsov)
図1.全球凍結した地球のイメージ図。(Credit: Oleg Kuznetsov)


赤道さえも分厚い氷床に覆われる極端な氷期“全球凍結”

初期の人類やマンモスがいた時代、地球の平均気温は現在よりも低く、南北の極地やその周辺では氷河が発達していました。
この時代は“氷期(氷河期)”と呼ばれています。

一方、地球の誕生から現在までという極めて長い時間スケールで見てみると、さらに激しい氷期が何度かあったことが分かっています。

人類が経験したことのある氷期では、氷床の領域は緯度にしてせいぜい40~60度の範囲を覆う程度のです。
でも、最も激しい氷期では、赤道さえも分厚い氷床に覆われていたと考えられています。
この極端な氷期は“全球凍結”または“スノーボールアース”と呼ばれています。

当初、全球凍結については懐疑的な見方が大勢でした。
それが、現在では発生自体はほぼ疑いようがないと見られていて、議論の主軸は発生回数や規模にシフトしている状況です。

ただ、地質記録という間接的な証拠に頼る研究手法なので、全球凍結が起きた原因や、全球凍結が終わる“解凍”の理由など、メカニズムについてはほとんど理解がされていませんでした。


全球凍結の中でも最も規模が激しかった氷期

今回の研究では、今から約7億1700万年前~6億6100万年前にかけて起こったとされている“スターディアン氷期”について、その発生原因についての調査を行っています。

スターディアン氷期は、全球凍結の中でも最も規模が激しかったと考えられている氷期の一つ。
約5700万年間続いたという期間の長さもで注目されています。

一方で、スターディアン氷期は、他の全球凍結と比べて原因を比較的特定しやすいと考えられている氷期でもあるんですねー

まず、他のいくつかの全球凍結は、発生自体が疑われるほど地質記録が不足しています。
また、スターディアン氷期よりも新しい時代の氷期の場合、植物の地上への進出など生物の影響を無視できなくなります。

特に植物は、光合成のプロセスを通して温室効果ガスの二酸化炭素を吸収するため、地球環境に影響を与えます。
ただ、生物の影響を推定することは、不確定要素が多くなるので極めて困難になります。

一方、スターディアン氷期の前後の時代の地上には、植物を含めあらゆる生物がまだ進出していないと考えられています。
なので、スターディアン氷期の発生や解除の原因は、純粋に地学的現象のみを考慮すればよいことになります。
このことは、生物の関与を推定するよりも、ずっと易しいことを意味します。

この研究では、地質記録を元に大陸移動に関するモデルを作成。
スターディアン氷期の前後における大陸の配置や海の深さ、そこから推定される火山活動の規模など、気温に関係するいくつかの因子を計算しています。

この時代は、地球のほぼすべての大陸が集合してできた“ロディニア大陸”が、分裂を開始した時期に当たると考えられています。
そして、プレートテクトニクスの状況と地球表面の構造が、大きく変化した時期でもあります。


全球凍結の原因は岩石の風化作用と中央海嶺の活動の低下

シミュレーションの結果、プレート(地殻)を生み出す中央海嶺の火山活動の低下と、大陸で起こった岩石の風化作用の組み合わせによって、大気中の二酸化炭素濃度が低下したことが、スターディアン氷期の直接的な原因だと推定されました。

特に、中央海嶺の活動状況は、今回のモデルでスターディアン氷期の主因として新たに挙げられたものでした。
図2.フランクリン巨大火成岩岩石区の写真。(Credit: Mike Beauregard)
図2.フランクリン巨大火成岩岩石区の写真。(Credit: Mike Beauregard)
大陸で起こった岩石の風化作用は、この研究以前からスターディアン氷期の原因として注目されていました。

その中でも注目されていたのは、スターディアン氷期の直前に当たる約7憶1800万年前から約200万年持続し、“フランクリン巨大火成岩岩石区(Franklin Large Igneous Province)”を作った大規模な火山活動でした。

現在、フランクリン巨大火成岩岩石区があるのはカナダ北部の北極圏。
でも、7億年前の噴火当時には、赤道付近にあったと考えられています。

火山活動で大量に噴出したマグマは、玄武岩となって大陸の表面を覆いますが、その後の風化作用によって二酸化炭素を吸収する化学反応を起こします。
ただ、フランクリン巨大火成岩岩石区の風化作用だけでは、スターディアン氷期が引き起こされるほど二酸化炭素濃度が低下しないことも分かっていました。
図3.今回のモデルで推定された二酸化炭素放出量。検討したモデルの1つ(オレンジ色の帯)では、スターディアン表記(中央の太い水色の帯)に二酸化炭素放出量が大幅に減ったことが推定された。(Credit: Adriana Dutkiewicz, et al., Geology (2024) 図2よりトリミング)
図3.今回のモデルで推定された二酸化炭素放出量。検討したモデルの1つ(オレンジ色の帯)では、スターディアン表記(中央の太い水色の帯)に二酸化炭素放出量が大幅に減ったことが推定された。(Credit: Adriana Dutkiewicz, et al., Geology (2024) 図2よりトリミング)
そこで、今回研究チームが考えたのは、風化作用に加えて中央海嶺の活動が低下したことが、二酸化炭素濃度の低下が起こる追加の原因であることでした。

中央海嶺は、マントルから湧き上がってきた物質が新しいプレート(海洋地殻)となる現場。
そこでは、継続した火山活動と二酸化炭素の放出があります。

でも、スターディアン氷期が起こった当時は、ちょうどロディニア大陸が分裂をしている時期でした。

この分裂によって、プレートの配列が変化しプレート運動が減速。
これにより、プレートを新たに生み出す中央海嶺の活動と、それに伴う二酸化炭素の放出量が大きく低下したことが、今回のモデルから推定されました。

その結果、二酸化炭素の放出量は1年あたり900万トン(炭素量換算)と、現在の約3分の1にまで低下。
風化作用と火山活動の低下によって、大気中の二酸化炭素濃度は約0.2%と、現在の半分以下まで低下してしまいます。

研究チームでは、この二酸化炭素濃度の低下が温室効果を大きく低下させたことで、赤道まで凍結するスターディアン氷期を発生させたと考えています。
約5700万年という長期間続いた原因も、風化作用や火山活動の低下が長期にわたって続いたことに原因があるようです。

この研究が示しているのは、人為的な二酸化炭素の放出が現在の急激な気候変動を招いているように、地球の平均気温が二酸化炭素の濃度に対して、どれほど敏感に反応するのかということ。

一方、スターディアン氷期が終了したのは、風化が進行して岩石がそれ以上二酸化炭素を吸収できなくなったことや、中央海嶺の活動が活発化したこと、大陸同士の衝突による陸上の火山活動が加わったことで大気中の二酸化炭素濃度が上昇したことが原因のようです。。

ただ、今回のモデルでは、スターディアン氷期の終了時期に関するパラメーターが不足しています。
なので、この推定についてはさらなる研究が必要となります。


地球が再び全球凍結の時代を迎える日

研究チームでは、今回の研究を踏まえて、遠い未来の地球で起こるであろう全球凍結にも言及しています。

今から2億5000万年後、大陸は再び一つに集合して超大陸“パンゲア・ウィルティマ大陸”を形成すると考えられています。
この頃、太陽活動の上昇や赤道付近に陸地が集中することにより、気温が大きく上昇することが推定されています。

この通りのことが起こると、生存可能な気温を大幅に超えてしまうので哺乳類は絶滅するはずです。
ただ、大陸同士の衝突でプレート運動が遅くなり、中央海嶺の活動が再び低下するんですねー
これにより、“パンゲア・ウルティマ大陸”が形成される頃には、逆に全球凍結が起こるのではないかと考えています。

直近の未来の気候変動は、明らかに人為的な活動によるものです。
でも、2億5000万年後の遠い未来では、地球が再び全球凍結の時代を迎えているのかもしれませんよ。


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宇宙嵐の発達時には、地球起源のプラズマが内部磁気圏の主成分になっているけど、及ぼす影響は?

2024年02月24日 | 地球の観測
地球周辺の宇宙空間はジオスペースと呼ばれています。

ジオスペースには、稀薄ながらもイオンや電子などの荷電粒子(プラズマ)が存在しています。
このイオンや電子は、太陽からやって来る太陽嵐と呼ばれるプラズマの状態に応じて、増えたり減ったりしているんですねー

そして、大きく増えると、ジオスペースは“宇宙嵐(スペースストーム)”と呼ばれる状態になって、イオンや電子の増加に伴って激しく活動するオーロラがいろいろな場所で見えたり、高度100キロほどの電離層領域に強い電流が流れるなどします。

特に強い宇宙嵐の場合には、人工衛星の機能障害、測位精度の低下、さらに地上での停電など、私たちの日常生活にも影響が及びます。
このため、宇宙を安全に利用するためにも宇宙嵐を理解することは重要で、宇宙天気としても精力的に研究されています。


地球起源のプラズマが宇宙嵐に及ぼす影響

宇宙嵐は、太陽嵐プラズマが地球磁場の勢力範囲“磁気圏”に入り込むことによって発生・発達すると考えられてきました。

一方、地球の超高層大気“電離層”にもプラズマが存在していて、水素イオンや酸素イオンが宇宙空間へと流出することが知られています。

でも、太陽嵐起源のプラズマと地球起源のプラズマを区別することは難しいんですねー
なので、地球起源のプラズマが宇宙嵐に及ぼす影響は、これまで分かっていませんでした。

そこで、今回の研究では、太陽嵐プラズマに含まれているアルファ粒子(2価のヘリウムイオン)に着目しています。

アルファ粒子は、太陽嵐プラズマに含まれているものの、地球起源のプラズマの中には見られないものです。
このため、太陽嵐とジオスペースの中で、水素イオンとアルファ粒子の個数(密度)の比を同時に計測すれば、太陽嵐起源プラズマと地球起源プラズマを区別した研究が可能になるはずです。

研究では、2017年9月7日~10日に発生した宇宙嵐について、ジオスペースを探査しているJAXAのジオスペース探査衛星“あらせ”、NASAの磁気圏編隊観測衛星“MMS(Magnetospheric Multiscale)”、太陽嵐を観測する“Wind”、ヨーロッパ宇宙機関の地球磁気圏調査衛星“Cluster”の日米欧の科学衛星の観測データを組み合わせた解析を進めています。

そして、“Wind”が計測する太陽風、“MMS”が観測する高度40000キロから80000キロ付近のジオスペース、“あらせ”が観測する高度40000キロ以下のジオスペースについて、水素イオン・酸素イオン・アルファ粒子の密度の比較を実施。
なかでも、宇宙嵐の発達にとっては高度40000キロ以下の磁気圏の内部領域が重要と考えられていて、“あらせ”の観測が要となりました。(図1)
図1.日米欧の連携による太陽風とジオスペースの観測。本研究によって、宇宙嵐の発達時には、太陽風起源ではなく、地球起源のプラズマが内部磁気圏の主成分となっていることが明らかになった。(Credit: ERG science team)
図1.日米欧の連携による太陽風とジオスペースの観測。本研究によって、宇宙嵐の発達時には、太陽風起源ではなく、地球起源のプラズマが内部磁気圏の主成分となっていることが明らかになった。(Credit: ERG science team)

研究の結果は図2を参照。
図2(上)は、宇宙嵐の発達を示したもので、特に9月8日付近で宇宙嵐が大きく発達していることが分かる。
図2(下)は、“Wind”と“MMS”、“あらせ”が観測した水素イオンとアルファ粒子の割合(密度比)を示している。
図2.(上)宇宙嵐の大きさを示す指数(単位はnT: ナノテスラ)。マイナスに大きく振れるほど、強い宇宙嵐が起きていることを示す。9月8日1次UT頃に、宇宙嵐が最も強く発達している。(中)“あらせ”が内部磁気圏で計測した水素イオン、酸素イオン、アルファ粒子の密度。宇宙嵐の前は水素イオンの量(黒線)が多いのに対し、宇宙嵐が進行するにつれて酸素イオン(青線)の量が水素イオンを上回っていることが分かる。(下)アルファ粒子と水素イオンの割合を太陽風(黒)、プラズマシート(赤)、内部磁気圏(青線)で計測した結果。黒線と重なった場合は太陽風起源プラズマが計測され、ズレた場合には地球起源プラズマが計測されていることを意味している。9月7日の20時UTまでは、内部磁気圏のプラズマは主として太陽風起源だったが、その後宇宙嵐の発達とともに地球起源プラズマが主となっていることが分かる。(Credit: Lynn et al., 2023)
図2.(上)宇宙嵐の大きさを示す指数(単位はnT: ナノテスラ)。マイナスに大きく振れるほど、強い宇宙嵐が起きていることを示す。9月8日1次UT頃に、宇宙嵐が最も強く発達している。(中)“あらせ”が内部磁気圏で計測した水素イオン、酸素イオン、アルファ粒子の密度。宇宙嵐の前は水素イオンの量(黒線)が多いのに対し、宇宙嵐が進行するにつれて酸素イオン(青線)の量が水素イオンを上回っていることが分かる。(下)アルファ粒子と水素イオンの割合を太陽風(黒)、プラズマシート(赤)、内部磁気圏(青線)で計測した結果。黒線と重なった場合は太陽風起源プラズマが計測され、ズレた場合には地球起源プラズマが計測されていることを意味している。9月7日の20時UTまでは、内部磁気圏のプラズマは主として太陽風起源だったが、その後宇宙嵐の発達とともに地球起源プラズマが主となっていることが分かる。(Credit: Lynn et al., 2023)


宇宙嵐の予測には地球起源プラズマの影響を組み込んだ評価も必要

“あらせ”が観測した水素イオンとアルファ粒子の密度割合が“Wind”のものに近ければ、“あらせ”が観測しているプラズマは太陽風起源と考えられ、逆に大きく異なる場合には地球起源と考えられます。

このため、9月7日の20時までは“あらせ”が観測していたプラズマは太陽風起源と言えます。
ただ、21時以降は宇宙嵐の発達とともに、“Wind”と“あらせ”が観測した密度比の差が大きくなり始めているので、“あらせ”が観測しているプラズマは地球起源だということが明らかになりました。

さらに、宇宙嵐が進展すると、地球起源の酸素イオンの量が増え始め、主成分が水素イオンから酸素イオンへと変わることも明らかになっています。(図2の(中)

この結果が示しているのは、宇宙嵐が発達する際に内部磁気圏に存在するプラズマは、これまで考えられてきた太陽風起源ではなく、地球起源の水素イオンが主成分であること。
さらに、宇宙嵐が進行すると、地球起源の酸素イオンが主成分になることを示すものです。

地球周辺の宇宙空間(ジオスペース)の環境変化は、太陽と地球の相互作用によって生じるものですが、これまでは太陽嵐の影響に対して、ジオスペースは受動的に応答すると考えられてきました。

でも、今回の結果は、宇宙嵐発達時には地球起源のプラズマが内部磁気圏の主成分となり、宇宙嵐自体の発達に影響を及ぼしている可能性を示すもの。
これまでの概念の変革を迫る新たな知見になります。

例えば、宇宙嵐の予測は宇宙天気研究の最重要課題ですが、これまで重要視されてきたのは太陽風の影響を予測することでした。
これに対し本研究は、宇宙嵐の発達過程を理解するには、地球起源プラズマの影響を組み込んだ評価も必要だということを示していました。


どのようにして地球起源のプラズマは電離圏から磁気圏に運ばれるのか

この研究成果は、“あらせ”に搭載されたイオンエネルギー質量分析器がアルファ粒子と水素イオンを分離できる性能を持っていること、そして十分な感度を持っていることで得られたものでした。

イオンエネルギー質量分析器は、静電エネルギー分析と飛行時間分析という2つの手法を使って入射してきたイオン一つ一つのエネルギーと速度を計測し、それを基にイオンの質量を同定しています。
このやり方は、機器の壁を突き抜けて観測器内部に到達してしまう高エネルギー粒子や、強烈な光量のために除去しきれなかった太陽紫外線などによるノイズの除去にも大きな効果があります。

“あらせ”搭載イオンエネルギー質量分析器は、これらの手法を応用し、高い感度と高いノイズ除去性能を併せ持つように電極の形や配置を設計することで、高エネルギー粒子が飛び交う放射線帯(バン・アレン帯)の中であっても質の良い観測データを得ています。

この研究では、宇宙嵐が発生すると、高度40000キロ以下の内部磁気圏で地球起源のプラズマが主成分となり、宇宙嵐自体の発達に影響を及ぼしている可能性が示されました。

では、地球起源のプラズマは宇宙嵐開始時にどのように電離圏から磁気圏に運ばれ、宇宙嵐の発達にどのような影響を与えているのでしょうか?

この問題は、今後解明する必要があります。

地球起源のプラズマは高度100キロから数百キロに存在する電離圏から、宇宙空間に向かって流出していると考えられています。

ところが、電離圏イオンがどのような経路でどこに流出してゆくのかは、ほとんど分かっていないんですねー
また、電離圏イオンのエネルギーは低いので、そのままでは地球の重力に逆らって宇宙空間に流出することが出来ないはずです。

このため、宇宙空間に流出するには、何らかの方法で電離圏イオンが加速される必要があります。
でも、そのメカニズムも不明のままになっています。

これは加速前の電離圏イオンや加速中の電離圏イオンのエネルギーが、これまでのイオンエネルギー分析機の観測可能エネルギー帯よりも低く、観測例が少ないことが原因の一つです。

現在、研究チームが開発を進めているのは、“あらせ”搭載のイオンエネルギー質量分析器の開発で得た経験をもとに、低いエネルギー帯をカバーし、さらには酸素イオンや窒素イオン、酸素や窒素の分子イオンといった電離圏に存在する重粒子イオンの区別が可能なイオンエネルギー質量分析器です。

これにより、人工衛星や観測ロケットで電離圏イオンや電離圏期限イオンを直接観測することを計画しているそうですよ。


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地球のマントル深部には原始の地球に衝突した天体“テイアの残骸”が眠っている? 月形成の原因ジャイアントインパクトの痕跡

2024年01月08日 | 地球の観測
地球唯一の衛星“月”は、どうやって形成されたのでしょうか?

長年の研究により、月が形成される原因として最も有力なのは“ジャイアントインパクト(巨大衝突)”説になります。

この説によれば、、45億年前に火星サイズの天体“テイア”が、作られて間もない原始の地球に衝突。
この衝突から生まれた破片が、かなり急速(おそらく数百万年強の間)に分離し、地球と月を形成したと考えられています。

でも、この衝突の直接的な証拠を見つけることは困難なことなんですねー

今回の研究では、地球のマントル深部に存在する巨大な塊“LLVP”が、ジャイアントインパクトで衝突した“テイア”の残骸ではないかということを、シミュレーションにより明らかにしています。

この研究が正しい場合、どうやって形成されたのかが明らかになっていない月とLLVPの両方を説明できることになります。
この研究は、アリゾナ州立大学のQian Yuanさんたちの研究チームが進めています。
図1.ジャイアントインパクト説のイメージ図。(Credit: Hernán Cañellas)
図1.ジャイアントインパクト説のイメージ図。(Credit: Hernán Cañellas)


月を形成した巨大衝突の痕跡

夜空でもひときわ目立つ巨大な天体“月”は、地球唯一の衛星です。

太陽系全体を見渡しても月は5番目に大きな衛星で、周回している惑星との直径比・質量比は太陽系で最大になります。

月と同程度の大きさの他の衛星は、地球よりずっと大きな惑星を周回していることを考えると、月がどのように地球の衛星として誕生したのかは大きな謎といえます。

長年の研究により、月が形成される原因として最も有力な説はジャイアントインパクト(巨大衝突)説になります。

この説によれば、45億年前に火星サイズの天体“テイア”が、作られて間もない原始の地球に衝突。
この衝突から生まれた破片が、かなり急速(おそらく数百万年強の間)に分離し、地球と月を形成したと考えられています。

大きい方は地球になり、大気と海のある地質学的に活発な惑星になるのにちょうどよい大きさと環境へと進化。
小さい方が月になるのですが、こちらには地球のような特性を保持するのに十分な質量はありませんでした。

現状では、このジャイアントインパクト説が月の誕生の様子や地質学的証拠に最も一致しています。

ただ、ジャイアントインパクトのエネルギーは膨大で、衝突による痕跡は地球の表面付近には残っていないと考えられています。
このため、ジャイアントインパクトの痕跡を探すことは、とても困難なことといえます。


マントル最下部に存在する巨大な塊の正体

一方、地球科学の発達により、1980年代には地球の中心核とマントルの境目付近である下部マントル深部に、“LLVP(Large low-shear-velocity provinces)”と呼ばれる巨大な塊が存在することが明らかになっています。

現状の技術では、地球を掘って深部の様子を確かめることはできません。
なので、地球の深部の様子は“地震波トモグラフィー”と呼ばれる地震波を使った手法で調べられます。

LLVPの特徴として、周辺と比べて地震波の伝わる速さが遅い傾向があります。
LLVPの面積は大陸に匹敵し、厚さは最大で1000キロにもなるので、マントルの8%、地球全体の6%を占めるほど大規模な構造の集まりと言えます。

さらに、LLVPは主要な2つの領域が、太平洋とアフリカ大陸の下に分かれて存在しています。
図2.LLVPの分布図。LLVPは太平洋とアフリカ大陸の下側に、2つの塊に分かれて存在している。(Credit: Edward Garnero)
図2.LLVPの分布図。LLVPは太平洋とアフリカ大陸の下側に、2つの塊に分かれて存在している。(Credit: Edward Garnero)
このことが示唆しているのは、LLVPが地球誕生時よりも後に生成されたことでした。
でも、LLVPの起源は未だによく分かっていないんですねー

現在、最も有力なものは、“プレートテクトニクスで沈み込んだ海洋地殻の残骸”っという説です。
でも、次点候補として“テイアの残骸”とする説も挙がっています。


地球に衝突したテイアの残骸

今回の研究では、地球とテイアの衝突をシミュレーションで再現。
その結果として、LLVPが形成されるのかどうかを調べています。

月の石の分析結果から推定されるのは、LLVPは周辺のマントルと比べて鉄が多く、密度が高いこと。
一方でシミュレーションからは、テイア由来の物質は周辺のマントル物質と比べて、2.0~3.5%密度が高いことが示唆されています。

今回のシミュレーション結果では、現在のLLVPの状況と同じく、地球に衝突したテイアの残骸が2つに分裂し、下部マントルの深部に沈み込むことが明らかになりました。

また、LLVPが塊として存在する理由も明らかになります。

もし、ジャイアントインパクトの際に発生した熱が多い場合、テイアの残骸は完全に融けてしまい、その後のマントル循環でマントル物質と混ざってしまいます。
でも、今回のシミュレーションでは、下部マントルまでは熱がさほど伝わらないことが明らかにされました。

この場合、紅茶に沈み込んだジャムのように、下部マントルに沈み込んだテイアの残骸は、マントル循環の中でもマントル物質と混ざることは無く、塊のまま存在することになります。
これは、LLVPが下部マントルの深部で塊として存在する現状と一致します。

このため、LLVPがテイアの残骸である可能性は十分にあると考えることができます。
今回の研究結果が正しい場合、どうやって形成されたのかが明らかになっていなかった、月とLLVPの両方を説明できることになります。

LLVPを直接採取し分析することは、現状の技術では不可能です。
なので、この研究結果を確かめるには、LLVPが存在することによって発生する間接的な影響を調べる必要があります。

そこで、研究チームが次の研究課題としているのは、LLVPが存在することによるプレートテクトニクスへの影響について調査を行うことです。

LLVPがテイアの残骸である場合、LLVPは太古の地球に存在したことになります。

この場合、LLVPがプレートテクトニクスの原動力となるマントル循環に影響を与えた可能性は否定できず、従って大陸形成のような地球表面のダイナミクスにも大きな影響を与えたはずです。

今後、研究チームでは、LLVPの存在とプレートテクトニクスの影響に関するシミュレーションを行うことで、今回の研究結果の妥当性を検証するそうです。


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