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暗黒物質は電子よりもはるかに軽い粒子でできている? 重力レンズ効果による像を再現して分かったこと

2023年05月30日 | 宇宙 space

重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質

宇宙には非常にたくさんの恒星が集まった銀河が無数に存在しています。

その多くは回転していますが、銀河が銀河としてこの宇宙に存在している以上、銀河の回転速度は重力で恒星を引き留められる限界の速度以下のはずです。

ところが、銀河の回転速度を実際に調べてみると、恒星の数を元に銀河の質量から推定される重力では、恒星を引き留めることができないほどの高速で回転していることが分かってきます。

この結果は何を意味しているのでしょうか?

それは、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる“暗黒物質(ダークマター)”の存在なんですねー
理論上、その量は電磁波で観測できる普通の物質の4倍以上もあることになっています。

暗黒物質の正体は現在でも不明なんですが、未知の素粒子や、それらの素粒子が結合してできた複合粒子が有力な候補の1つとして長年考えられてきました。

この場合、暗黒物質は重力の他に弱い相互作用という力を通じてのみ検出可能な粒子であると考えられます。
弱い相互作用は、最も基本的な4つの力のうちの1つであり、物質を構成する基本的な素粒子であるクォークの種類を変更する唯一の力。
弱い相互作用は到達距離が極めて短く、検出は困難です。

暗黒物質は私たちのすぐ隣に存在するかもしれませんが、まるで幽霊のような性質を持つので、探索の目を逃れ続けていると考えられています。

その到達距離は1京分の1メートル以下と極めて短く、原子核内部に収まってしまうほどです。

暗黒物質を構成するのが未知の粒子だとすれば、それはどのような性質を持っているのでしょうか?

暗黒物質の有力候補

暗黒物質の存在が疑いようもないと判明した1970年代。
その正体は“WIMP(Weakly interacting massive particles)”と呼ばれものであると考えられていました。

WIMPはかなり重い粒子で、質量は少なくとも陽子の10倍と推定されています。

重い粒子は軽い粒子よりも動かされにくいので、熱などのエネルギーを与えられてもほとんど動きません。

このため、WIMP同士は集合して大きな塊を作りやすいことに…
これは、現在の宇宙に暗黒物質が塊で存在するという観測結果と一致する性質です。

また、WIMPを構成するであろう未知の粒子の正体は、複数の理論で予言されています。

このため、WIMPは暗黒物質の有力候補でした。

重たい粒子では重力レンズ効果を上手く説明できない

ただ、暗黒物質の正体はWIMPであるという予測には、“重力レンズ効果”を上手く説明できないという難題があったんですねー

一般相対性理論によれば、重力は時空の歪だと表現されています。

光には空間をまっすぐ進む性質がありますが、時空が歪んでいるとそのひずみに沿って進んでしまいます。

例えば遠方の銀河の像は、それより手前にある重力源によって光の進行方向が曲げられることで、歪んだ像になる場合があります。

このような現象は重力レンズ効果と呼ばれています。

重力レンズ効果を受けた銀河の像の歪み度合いから逆算すると、重力源の強さや物質分布を知ることができます。

そう、重力レンズ効果は、簡単には観測できない暗黒物質の存在量や分布、そして性質を知るための重要な手掛かりになるわけです。

ところが、暗黒物質がWIMPでできていると仮定してしまうと、予測される重力レンズ効果と実際の観測結果にズレが生じることが分かったんですねー

WIMPでできた暗黒物質の塊は、比較的きれいな時空の歪を生じさせます。
なので、歪められた銀河の像も比較的きれいな形をしているはずです。

でも、実際に観測された像はというと、かなり複雑な形状をしていることが分かります。

このような像は、時空の歪がかなりデコボコしていなければ説明が付きづらく、暗黒物質の密度にかなりムラがあることを意味しています。

ただ、WIMPの性質からは、そのような分布は予測しがたいものとなっていました。
暗黒物質による重力レンズ効果のイメージ図。暗黒物質がWIMPのような重い粒子の場合、時空の歪みは単純である(左)。これに対しアクシオンのような超軽量粒子の場合、時空の歪みは複雑になる(右)。(Credit: University of Hong Kong)
暗黒物質による重力レンズ効果のイメージ図。暗黒物質がWIMPのような重い粒子の場合、時空の歪みは単純である(左)。これに対しアクシオンのような超軽量粒子の場合、時空の歪みは複雑になる(右)。(Credit: University of Hong Kong)

電子よりもはるかに軽い超軽量粒子

WIMPのように重たい粒子では重力レンズ効果の予測と現実が一致しない。
このことから、暗黒物質の正体は“アクシオン”のような“超軽量粒子”だとする予測もあります。
アクシオンは素粒子物理学の基本理論である標準模型では予言されていない素粒子の一つ。電子の1億分の1以下と極めて軽いながらも質量があるとされているので、暗黒い物質の有力候補として長年探索が行われているが、未発見である。
超軽量粒子は電子よりもはるかに軽いので、WIMPのようにまとまって塊になりにくいという問題があるものの、波としての性質が強く表れるので、互いに干渉しやすいという特徴があります。
この宇宙にある物質や力は、常に粒としての性質と波としての性質の両方を持っている。
超軽量粒子の干渉は、暗黒物質の塊の中で密度にムラができやすくなることを意味します。
なので、時空の歪がかなりデコボコしているという観測結果とは一致します。

このような性質を持つ超軽量粒子はWIMPと並ぶ暗黒物質の有力候補ですが、どちらがより正しそうなのかは未解決の問題になっています。

また、WIMPと超軽量粒子では重さが文字通り桁違いの差があり、暗黒物質以外の面でも性質が大きく異なります。
このため、背景となる理論の構築にも影響を与えてしまいます。

この点でも、暗黒物質の正体がWIMPと超軽量粒子のどちらであるかは興味深い疑問といえます。

ただし大雑把に言えば、重い粒子であるほど粒としての性質が現れやすく、軽い粒子であるほど波としての性質が現れやすい傾向にあります。

暗黒物質候補の超軽量粒子は、WIMPと比べてずっと軽いので、波としての性質が現れやすいことになります。

重力レンズ効果に対してWIMPと超軽量粒子のそれぞれのモデルを比較検討

香港大学のAlfred Amruthさんたちの研究チームは、重力レンズ効果による銀河の像の歪みをモデル化し、実際の観測結果と照らし合わせる作業を行っています。

近年、技術革新によって銀河の像の高精度な撮影ができるようになったので、暗黒物質の細かい分布構造から予測される像の歪みと、実際の写真とを細かく比較できるようになりました。

WIMPと超軽量粒子それぞれの理論に従ったモデルを構築すれば、どちらの方がより実際の写真に近いかを比較検討できるようになったわけです。
クエーサー“HS 0810+2554”の画像。重力レンズ効果によって複数の像に分裂している。(Credit: NASA, ESA, A. Nierenberg (JPL), T. Treu (UCLA))
クエーサー“HS 0810+2554”の画像。重力レンズ効果によって複数の像に分裂している。(Credit: NASA, ESA, A. Nierenberg (JPL), T. Treu (UCLA))
研究チームでは、WIMPと超軽量粒子のそれぞれのモデルを比較検討。
すると、「暗黒物質は超軽量粒子でできている」とするモデルの方が、実際の観測成果と良く合致することが示されました。

今回の研究で特に重要だったのは、2001年に発見されたクエーサー“HS 0810+2554”に対するモデル適用の結果でした。

“HS 0810+2554”の像は重力レンズ効果によって4つに分裂していました。
このクエーサーに、モデルを利用して分裂後の位置や明るさの予測を行ってみると、超軽量粒子のモデルではすべての像の再現に成功したのに対して、WIMPのモデルではほとんどの場合失敗したんですねー

このため、暗黒物質は超軽量粒子でできているという可能性が高まったわけです。

他の研究とも矛盾しない超軽量粒子説

暗黒物質は超軽量粒子でできているという予測は、他の研究とも矛盾はしていませんでした。

例えば、WIMPは探索開始からほぼ半世紀経った現在でも未発見です。

未探索の範囲にある粒子は余りにも大きい質量を持っているので、仮にその領域にWIMPが存在したとしても、暗黒物質としての性質を満たさないと考えられます。

また、超軽量粒子の波としての性質は“衛星銀河”の観測結果とも合致しています。

天の川銀河には、周囲を公転している“衛星銀河”が50個ほど見つかっています。
でも、この数は標準的な銀河系形成理論による予測と比べて大幅に少ないものです。

もし、暗黒物質が超軽量粒子で構成されているとすれば…
超軽量粒子の波としての性質が特定の質量よりも軽い銀河の形成を妨げるので、比較的大きな衛星銀河しか形成されず、衛星銀河の数の少なさを説明できます。

さらに、超軽量粒子は標準模型(素粒子物理学の基本理論)に含まれない素粒子であると予測されています。
なので、発見そのものが物理学上きわめて重要な意味を持つことになります。

このように、暗黒物質の正体を探る研究は、他の分野の謎の解決にも役立つ可能性があります。

ただ、暗黒物質を構成しているであろう超軽量粒子もいまだに発見されておらず、WIMPと比べても探索はさらに困難です。

もし見つかれば、ここ数十年の物理学で最大の発見の一つになるはず!
まぁ~ 今のところその兆候すらない状況ですが…

暗黒物質の正体って何なんでしょうね。
解明には、まだまだ時間がかかりそうですね。


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遥か昔の宇宙における物質の化学進化に迫る! 小マゼラン雲にホットコアを初検出

2023年05月27日 | 宇宙 space
今回の研究では、アルマ望遠鏡を用いて地球から約19万光年の彼方に位置する矮小銀河“小マゼラン雲”において、“ホットコア”と呼ばれる生まれたばかりの星を包み込む分子の雲を世界で初めて発見しました。

ヘリウムより重い元素(炭素、窒素、酸素など)は、恒星内部の核融合反応により長い時間をかけて合成されるので、宇宙が誕生したばかりの頃には、ほとんど存在していませんでした。

このような重い元素の少ない環境における星形成や、それに伴う物質の化学進化の様子は未だに多くの謎に包まれているんですねー

小マゼラン雲は重い元素が少なく、今から約100億年前の環境に類似しているので、昔の宇宙の物質進化を研究するための良い実験場といえます。

今回の研究で発見された小マゼラン雲のホットコアは、通常の環境のホットコアと比べて、複雑な有機分子がはるかに少なく、またその分布にも大きな違いが見られています。

このような違いは何を意味しているのでしょうか?
重い元素の少ない昔の宇宙での物質進化や星形成過程の多様性を示唆する重要な手掛かりになるのかもしれません。
この研究を進めているのは、新潟大学自然科学系(理学部)の下西隆準教授、東京工業大学の田中圭助教、バージニア大学のYichen Zhang研究員、国立天文台の古家健次特任助教の国際共同研究チームは

赤ちゃん星を包む温かいガス雲

冷たく巨大なガスの塊の中で赤ちゃん星“原始星”が誕生すると、星は周囲のガスやチリを温め始めます。

その原始星を繭(まゆ)のように包む温かいガス雲は“ホットコア”と呼ばれています。
まぁ~ 暖かいといってもマイナス150度前後から室温程度ですが…

ホットコアの中では、星の材料となる星間物質が非常に豊かな化学進化を遂げることが知られています。
実際、天の川銀河内の多くのホットコアでは、水や複雑な有機分子を含む様々な分子がっ見つかっています。
天文学では、メタノールのように6個以上の原始からなる有機分子を“複雑な有機分子”と呼んでいる。
なので、ホットコアの研究は、星形成の物理過程を理解するだけでなく、星形成に伴う物質の化学進化を理解するうえでも重要だと考えられています。

小マゼラン雲は、太陽系近傍に対して炭素や酸素などの重元素の存在量が約10%から20%と少ないことが知られています。
天文学では、水素とヘリウムよりも重い元素のことを“重元素”と呼び、水素に対する重元素の割合は重元素量と呼ぶ。重元素は恒星内部の核融合反応により合成され、恒星の死に伴い星間空間へと放出される。なので、星の生と死のサイクルが十分に繰り返されていない初期の宇宙では、現在の宇宙に比べて重元素量が低かったと考えられている。
このような重元素の少ない環境は、ビッグバン直後の誕生したばかりの宇宙に存在した銀河と類似していて、小マゼラン雲ははるか昔の宇宙における星形成過程や物質進化の様子を探るうえで重要な現場のひとつといえます。

研究チームでは、これまでに大マゼラン雲や天の川銀河の外縁部といった重元素の少ない領域における星形成および物質進化に着目し、これらの領域をアルマ望遠鏡で観測することによりホットコアを発見してきました。

でも、星形成活動が活発な近傍銀河の中でも、特に重元素が少ない小マゼラン雲では、これまでホットコアは見つかっていませんでした。
天の川銀河には、周囲を公転している“衛星銀河”が50個以上見つかっていて、大マゼラン雲と小マゼラン雲もその衛星銀河に含まれている。どちらも、かつては小さな棒渦巻銀河だったと考えられている。

小マゼラン雲に見つかったホットコア

そこで、研究チームが始めたのは、大・小マゼラン雲内の約40の大質量原始星をアルマ望遠鏡により系統的に観測するプロジェクト“MAGOS(MAGellanic Outflow and chemistry Survey)”でした。
日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。人間の目には見えない波長数ミリメートルの“ミリ波”やそれより波長の短い“サブミリ波”の電波を観測する。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡として観測することができる。
今回の小マゼラン雲におけるホットコアの発見は、MAGOSプロジェクトにより取得されたデータおよびアルマ望遠鏡のアーカイブデータを組み合わせて得られたものでした。
小マゼラン雲で発見された2つのホットコア。各パネル内は、原始星周囲のダスト“星間チリ”、二酸化硫黄分子、メタノール分子からの電波放射をとらえた画像。背景はヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“ハーシェル”による小マゼラン雲の赤外線画像。(Credit: 新潟大学)
小マゼラン雲で発見された2つのホットコア。各パネル内は、原始星周囲のダスト“星間チリ”、二酸化硫黄分子、メタノール分子からの電波放射をとらえた画像。背景はヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“ハーシェル”による小マゼラン雲の赤外線画像。(Credit: 新潟大学)
小マゼラン雲で発見されたホットコアの物理・化学的特性を詳細に調べてみると、興味深い特徴が見つかっています。

これまでに知られていた通常の重元素量環境では、原始星付近の暖かくコンパクトで高密度なホットコア領域は、星間有機分子の一種であるメタノールの輝線により検出されてきました。
個々の元素は決まった波長の光を吸収したり放出したりする性質がある。その波長での光を吸収し強度が弱まると吸収線、光を放出し強まると輝線として観測される。光の波長ごとの強度分布スペクトルに現れる吸収線や輝線を調べることで、元素の種類を直接特定することができる。
一方、今回の研究で小マゼラン雲内に見つかった2つのホットコアでは、どちらもメタノール分子は比較的低温で広がった領域に由来していて、ホットコアの高温ガスからの寄与は非常に小さいことが分かりました。

また、天の川銀河内で一般的に用いられるメタノール輝線の代わりに、小マゼラン雲の天体では二酸化硫黄の分子輝線を用いてホットコア領域を検出できること、これも今回の研究で明らかになったことのひとつでした。
ホットコア“S07”の二酸化硫黄“SO2”(左)とメタノール“CH3OH”(右)の分子輝線の積分強度の比較。二酸化硫黄の分子輝線のほうがコンパクトかつ高温で、ホットコアが効果的に追跡している様子が分かる。(Credit: Shimonishi et al. 2023)
ホットコア“S07”の二酸化硫黄“SO2”(左)とメタノール“CH3OH”(右)の分子輝線の積分強度の比較。二酸化硫黄の分子輝線のほうがコンパクトかつ高温で、ホットコアが効果的に追跡している様子が分かる。(Credit: Shimonishi et al. 2023)
今回の研究成果により明らかになった小マゼラン雲の原始星の興味深い特徴は、遥か昔の宇宙で起きていた物質進化や星成型過程の多様性を解釈する重要なカギになります。

現在の天の川銀河の星・惑星形成領域で起きている星間物質の豊かな化学進化は、宇宙史を通して普遍的な現象だったのでしょうか?

星・惑星形成領域における物質進化の理解は、惑星へと取り込まれ得る生命材料の多様性の究明にもつながります。

今後、アルマ望遠鏡やジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた観測が進むことで、過去の宇宙と現在の宇宙における星・惑星形成過程およびそれに伴う物質進化の様子の違いがより詳細に明らかになることが期待されています。


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小惑星“クワオアー”に2本目の環を発見! 両方ともロシュ限界の外側なのに衛星が形成されない訳は?

2023年05月23日 | 宇宙 space
土星に代表されるように、太陽系の天体のいくつかは環をもっています。

当初、知られていた輪を持つ天体は木星、土星、天王星、海王星など4つの巨大天体のみ。
なので、天体が環を持つにはある程度の大きさが必要だと考えられてきました。

それが、2014年に小惑星カリクローで環が発見されたのを皮切りに、現在ではキロンとハウメア、そしてクワオアーでも環が発見されているんですねー

ただ、キロンの環の存在には議論があり、存在しないという否定的な意見もあったりします。

このため、太陽系内で7番目ないし8番目に発見されたのが、クワオアーの環になります。

クワオアーの環は2023年2月の論文で発表されたばかりで、2018年から2021年にかけて得られた観測データの分析で判明しています。

細く暗い環を星食で見つける

小さな天体の環は極めて細く暗いので、望遠鏡で直接観測を行うことはできず、環を見つけるには“星食”を観測する必要があります。

小惑星が恒星の手前を横切ると、地球からは恒星が小惑星に隠されることで一時的に消えたように見えます。

これが星食と呼ばれる現象です。

環を持たない天体が横切る場合に恒星が消えるのは1回だけ。
でも、環を持つ天体の場合には、本体が横切る前後にも輪が横切るので、恒星は消えたり現れたりを何度か繰り返すことになります。

恒星が消えたように見えたタイミングや継続時間を厳密に測ることで、環から天体までの距離、環の幅や本数といった情報を得ることができます。

ただ、星食はめったに起こる現象ではないんですねー

通常は事前に環の存在を知る手段が無いので、ある天体に環が見つかるかどうかは、かなり偶然に左右されてしまいます。

環の存在の有無を事前に想定した観測

タワオアーの環の初発見を報告した研究者を含む国際研究チームは、2022年8月9日に起きた星食の観測データを分析しています。

この時の星食で予測されていたのは、タワオアーが“Gaia DR3 4098214367441486592(カタログ名)”という恒星の手前を横切る様子を、ハワイと北アメリカ大陸で観測できることでした。
このため、観測にはアメリカ、カナダ、メキシコの各天文台が参加しています。

すでに環の存在が示唆されていたので、この観測はタワオアー本体だけでなく、環の存在の有無を事前に想定して行える珍しい機会になりました。

その結果、タワオアーの詳しい形状の測定と、新たな環の発見に成功したわけです。
クワオアーとその環による星食を観測した天文台の位置。(Credit: C. L. Pereira, et.al.)
クワオアーとその環による星食を観測した天文台の位置。(Credit: C. L. Pereira, et.al.)

クワオアーの形状

最初に判明したのは、タワオアー本体の詳しい形状でした。

推定された最も長い部分での半径は約579.5キロ。
ただ、その形状は単純な球状やラグビーボール型(回転楕円体)ではなく、より複雑な“3軸不等楕円体”と呼ばれる形状でした。

それは、3軸に沿って測定した半径がすべて違う楕円体、言ってみれば“湯たんぽ”のような形状だと推定されています。

これまでは、平均半径約555.0キロのラグビーボール型であると推定されていたことを考えると、これは大きな違いでした。
星食により推定されたクワオアー本体の形状。単純な球体やラグビーボール型ではなく、3軸不等楕円体と呼ばれる複雑な形状である可能性が高いことが分かった。(Credit: C. L. Pereira, et.al.)
星食により推定されたクワオアー本体の形状。単純な球体やラグビーボール型ではなく、3軸不等楕円体と呼ばれる複雑な形状である可能性が高いことが分かった。(Credit: C. L. Pereira, et.al.)

クワオアーの2本の環

また、2023年2月に発見が発表された環“Q1R”は、今回の観測でかなり正確な大きさと詳細な構造が判明しています。

環の半径は4057±6キロで、環には濃い部分と薄い部分があり、おそらく環の一部だけが弧状に濃くなっているようです。

さらに、今回新たに発見されたのが2本目の環“Q2R”でした。

2本目の環の半径は2520±20キロで、最初に見つかった1本目の環よりも内側にあり、幅も1本目より細いことが判明しました。

また、今回の観測では、1本目の環と異なり孤のような明確な構造が無いことも判明しています。
“Gaia DR3 4098214367441486592”の明るさの変化。クワオアー本体や環が手前を横切ることによって明るさが変化している。今回の観測で2本目の環(Q2R)が発見された。また、1本目の環(Q1R)による明るさの変化が左右非対称なことから、片側に濃い部分が偏っていると推定された。(Credit: C. L. Pereira, et.al.)
“Gaia DR3 4098214367441486592”の明るさの変化。クワオアー本体や環が手前を横切ることによって明るさが変化している。今回の観測で2本目の環(Q2R)が発見された。また、1本目の環(Q1R)による明るさの変化が左右非対称なことから、片側に濃い部分が偏っていると推定された。(Credit: C. L. Pereira, et.al.)

天体を公転する衛星の大きさを制限する値

クワオアーの2本の環はいずれも“ロシュ限界”の外側にあります。

これは他の天体の環と大きく異なる特徴でした。

ロシュ限界とは、ある天体を公転する衛星の大きさを制限する値です。

主星の周りを公転する天体は、主星から潮汐力を受けます。

潮汐力の強さは、公転する天体の直径が大きいほど・主星に近いほど大きくなります。

そのため、主星にあまりに近く、ある程度の大きさを持つ天体は潮汐力により砕けてしまうので、存在できないことになるんですねー
この限界となる距離をロシュ限界と呼びます。
巨大惑星には、ロシュ限界の内側を公転する衛星もあるが、ロシュ限界で実際に天体が砕けるかどうかは天体の大きさや密度にも依存する。このため、小さく低密度な衛星はロシュ言外の内側でも存在することができると考えられている。

“ロシュ限界”の外側に存在する環

これまでに知られているクワオアー以外の環。
それらが存在しているのは、すべてロシュ限界の内側や境界部でした。

なので、環は潮汐力によって衛星になれない物質の集合体であるとみなされていました。

裏を返せば、ロシュ限界の外側では物質は集まってしまい衛星が形成されることになります。
そう、環は存在しないことになるんですねー

でも、クワオアーで発見された環は2本ともロシュ限界のはるか外側…
なので、この理論に反する存在になってしまいます。

衛星になるのを避ける物理現象

これまでの理論に従えば、ロシュ限界のはるか外側にあるクワオアーの環は、100年足らずで1つの塊… つまり衛星になるはずでした。

それでも、クワオアーの環は衛星を形成することなく環のままで存在しています。
何か、ひと塊になるのを避ける物理現象が必要になるんですねー

そこで、研究チームが考えたのは、クワオアー本体の自転周期や、ウェイウォット(クワオアーの衛星)の存在がカギになっていることでした。

1本目の環の公転周期は、クワオアーの自転周期の3倍あり、ウェイウォットの公転周期の6分の1です。

2本目の環の公転周期は、クワオアーの自転周期の1.4倍なんですが、これは5:7という整数比で表すことができました。

このように、環や天体などの公転周期が、他の軌道要素と整数比になる関係を“軌道共鳴”と呼びます。
今回見つかった2本の環は、いずれもロシュ限界より外側にあり、クワオアーの自転周期またはウェイウォットの公転周期との軌道共鳴関係にあると考えられている。(Credit: C. L. Pereira, et.al. / 日本語部分加筆あり)
今回見つかった2本の環は、いずれもロシュ限界より外側にあり、クワオアーの自転周期またはウェイウォットの公転周期との軌道共鳴関係にあると考えられている。(Credit: C. L. Pereira, et.al. / 日本語部分加筆あり)
軌道共鳴の関係にある公転周期は安定していますが、それ以外の公転周期は不安定なので、公転周期に制約が生じてしまいます。

クワオアーの環の場合だと、環を構成する物質は軌道共鳴によって、かき乱されることで1つの塊になるのを妨げられていると同時に、散逸して環が消滅することも妨げられていると考えられます。

また、1本目の環にみられる孤のような構造も、軌道共鳴によって物質が偏った場所に集められていると考えることで説明が付きます。

さらに、ロシュ限界の外側に環が発見されたことで、環の形成に関する理論そのものにも見直しが迫られています。

今回、クワオアーに2本目の環が発見されたことで、ロシュ限界の外側にある環は珍しくない可能性が示されました。

今後、クワオアーの環の性質をさらに観測することで、環の性質や形成に関する理論が大幅に書き換えらるかもしれません。

すでに発見されている環にまつわる謎も解明されるといいですね。


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形成直後の地球表層は原始生命に過酷な環境だった! 初期地球マントルの大酸化イベントを超高圧実験で再現して分かったこと

2023年05月18日 | 宇宙 space
今回の研究では、巨大天体衝突によって生じる、深いマグマオーシャン中で生成する3価鉄の量を決める実験を実施。
実験では、地球マントルと同等の試料を超高圧で融解させています。

これにより、巨大天体衝突によって生じる深いマグマオーシャン中で生成される3価鉄の量を決めることに成功しています。

この結果により、地質記録から示唆されている、40億年前より以前(冥王代)の非常に酸化的な上部マントルを定量的に説明することができました。
冥王代は地球誕生から約40億年前までの約5億年間を指す。この時期に大気や海洋が形成され、生命が誕生したと考えられている。また、この時期に形成年代を示す岩石をはじめとした地質記録はほとんど存在しない。
また、当時の火山ガス組成は二酸化炭素や二酸化硫黄が主体で、原始生命にとって非常に過酷な表層環境を形成していたことが示唆されました。

今後、地質記録により提案された、マントル大酸化の詳細な検証が期待されます。
この研究を進めているのは、愛媛大学地球深部ダイナミック研究センターの桑原秀治助教授と入船徹男教授、海洋研究開発機構(JAMSTEC)高知コア研究所の中田亮一主任研究員、JAMSTECの門屋辰太郎Young Reserch Fellow、岡山大学惑星物質研究所の茅野極教授の研究チームです。

惑星大気は火山から供給されたガスによって形成される

約46億年前に地球が形成されて以降、生命は遅くとも約39億年前には誕生していたことが当時の堆積岩から示唆されています。

でも、生命誕生当時、またはそれ以前の地球表層環境については、地質記録が乏しいので理解がなかなか進んでいませんでした。

地球をはじめとした惑星大気は、火山から供給されたガスによって形成されたと考えられています。

ただ、火山ガスの組成は上部マントルの物質がどれだけ酸化していたかで大きく異なってくるんですねー

生命誕生前の地球上部マントルは、どのような酸化状態にあったのか?
このことを明らかにすることは、生命誕生の謎を解明するうえで重要な手掛かりを提供してくれることになります。
酸化状態とは、酸化の度合いを表し、化学結合した原子が電子を損失し、電荷がプラスになるほど酸化していることを意味する。酸化鉄の場合、O2-1個と結合する2価鉄(Fe2+)とO2-1.5個と結合する3価鉄(Fe3+)という電子状態の異なる2種類が存在する。

酸化の原因は惑星形成末期の巨大天体衝突

数少ない地質記録からは、地球上部のマントルの一部が約44億年前にはすでに現在と同程度か、それ以上に酸化されていたことが示唆されています。

では、こうした酸化は何によって引き起こされたのでしょうか?

酸化の原因として最近提案された説に、惑星形成末期の巨大天体衝突によって生成されたマグマオーシャン(マグマの海)があります。
惑星形成期には、原始惑星やそれよりも小さい月や火星サイズの微惑星と呼ばれる岩石天体が多く存在していた。それら微惑星による巨大天体衝突や二酸化炭素に富む分厚い大気の温室効果によって、惑星表層は全体的にマグマの海(マグマオーシャン)で覆われていたと考えられている。
このマグマオーシャン中で2価鉄イオン(Fe2+)の電荷不均化反応が起こり、3価鉄イオン(Fe3+)が生成されることでマントル全体が酸化するという説です。

でも、この反応を研究する先行実験では、地球のマントルと大きく組成が異なる試料を用いていたんですねー

さらに、実際の巨大天体衝突で生じたであろうマグマオーシャンと比べると低い圧力条件で実験が行われていて、それら低圧での実験結果をより高圧へ伸ばした予想値も、圧力20万気圧以上では理論予測と大きく異なるという問題がありました。

そのため、現実的なマントル組成の試料を用いた、さらなる高圧下での実験的検証が必要とされていました。
(左)巨大天体衝突のイメージ図、(右)2価鉄(Fe2+)の不均化反応によるマグマオーシャン酸化メカニズムの概要。2価鉄の不均化反応で生成した金属鉄がマグマオーシャンから取り除かれ、3価鉄(Fe3+)の割合が増加し、マントルが酸化する。(Credit: 木下真一郎)
(左)巨大天体衝突のイメージ図、(右)2価鉄(Fe2+)の不均化反応によるマグマオーシャン酸化メカニズムの概要。2価鉄の不均化反応で生成した金属鉄がマグマオーシャンから取り除かれ、3価鉄(Fe3+)の割合が増加し、マントルが酸化する。(Credit: 木下真一郎)

マグマオーシャンを再現する実験

今回、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターを中心とするチームが試みたのは、深さ約660~800キロに相当する下部マントル圧力条件におけるマグマオーシャンを再現する実験でした。
地球マントルは、最も多く含まれる鉱物の種類に対応して、上部マントル(深さ約60~410キロ)、マントル遷移層(410~660キロ)、下部マントル(660~2900キロ)の3つの領域に区分される。
そして、大型高圧発生装置と超高温実験に適した密閉容器を組み合わせ、先行実験よりも現実的なマントル組成と考えられるカンラン岩組成の試料を金属鉄と共に溶融させることに成功。
カンラン岩は上部マントルの主要な岩石であり、その主要鉱物であるカンラン石の化学組成は(Mg, Fe)2SiO4で表される。マントル遷移層では、同じ化学組成をもつが結晶構造が異なるワズレアイトやリングウッダイトに変化し、下部マントルではブリッジマナイト(Mg, Fe)SiO3とフェロペリクレース(Mg, Fe)Oに変化する。
さらに、数十μmサイズの微小領域における酸化鉄の化学結合状態を分析することのできる大型放射光施設SPring-8のビームラインBL27SUにて、実験回収試料の2価鉄と3価鉄の量を決定することにも成功しています。
大型放射光施設SPring-8は、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、細く強力な電磁波のこと。
実験結果が示していたのは、下部マントル条件下では、これまでの予想以上に3価鉄が2価鉄の電荷不均反応により生成されること。
これにより、深いマグマオーシャンが形成されると、現在の地球よりも酸化的な表層環境が形成されることが明らかになります。
鉄の不均化反応では、2価鉄が電子状態の異なる2種類の鉄(Fe3+と金属鉄Fe0)に分かれる。
金属鉄共存化におけるマグマ中の酸化鉄に占める3価鉄の割合の変化。下部マントル圧力条件(23万気圧以上)では、2価鉄の電化不均化反応の効率が非常に高くなる。(Credit: 愛媛大学リリース)
金属鉄共存化におけるマグマ中の酸化鉄に占める3価鉄の割合の変化。下部マントル圧力条件(23万気圧以上)では、2価鉄の電化不均化反応の効率が非常に高くなる。(Credit: 愛媛大学リリース)
今回の研究結果は、地質記録から示唆されている冥王代(地球誕生から40億年前までの約5億年間)の記録と一致していて、地球表層が全球的に非常に酸化的であったことを示しました。

また、当時の地球大気が二酸化炭素や二酸化硫黄から構成されていた可能性が高いことも示唆されました。

こうした大気では、生命が利用可能なアミノ酸などの有機分子の生成率はとても低く、原始生命にとっては非常に過酷な環境であったと想像されます。

一方で、現在の上部マントルの3価鉄の量は、今回の研究で予想される冥王代の上部マントルの値よりも一桁低いものでした。

このことについては、その後に降着したであろう金属鉄に富む小天体によって、上部マントルの酸化状態が還元されたとする新しい仮説につながっています。

今後、地質学的な検証により、地球の上部マントルの酸化状態や大気組成の変遷に関する理解が進むことが期待されています。
還元反応では酸化鉄が還元剤(例えば金属鉄など)から電子を受け取り酸素量が減少する。


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ブラックホール同士の合体で光は放たれる? すばる望遠鏡とカナリア大望遠鏡の連携による重力波天体の探索

2023年05月15日 | 宇宙 space
今回の研究では、北半球にある2つの大型望遠鏡を用いて、ブラックホール同士の合体による重力波事象をこれまでにない深さで追観測し、その電磁放射強度に制限を与えています。

この制限を与えるにあたってカギになったのが、すばる望遠鏡の広視野探査能力とカナリア大望遠鏡の柔軟な分光観測の連携でした。

今後も両望遠鏡の連携で重力波事象の追観測を重ねることによって、「ブラックホール同士の合体で光が放たれるか?」という謎が解明されることが期待されています。
この研究を進めているのは、国立天文台とスペインカナリア天体物理研究所の研究者を中心とする国際研究チームです。
今回の研究のイメージ図。ブラックホール連星合体からの電磁波放射を探査するという挑戦的な試みは、すばる望遠鏡の広視野深探査観測とカナリア大望遠鏡の柔軟な分光観測という、二つの大型望遠鏡のそれぞれの長所を組み合わせることで初めて実現したもの。(Credit: Gabriel Pérez, IAC)
今回の研究のイメージ図。ブラックホール連星合体からの電磁波放射を探査するという挑戦的な試みは、すばる望遠鏡の広視野深探査観測とカナリア大望遠鏡の柔軟な分光観測という、二つの大型望遠鏡のそれぞれの長所を組み合わせることで初めて実現したもの。(Credit: Gabriel Pérez, IAC)

重力波事象と関連付けられる電磁波放射

2015年に重力波望遠鏡により初めて重力波が直接検出されてから、重力波天文学が研究者たちの注目を集めています。
一般相対性理論によると、中性子星のような高密度な天体の周りでは時空(時間と空間)が歪んでいる。このような高密度な天体が運動することで、歪みが波として宇宙空間に伝播する。これを重力波という。
2017年の中性子星同士の合体による重力波事象“GW170817”では、光学望遠鏡による追観測で、対応する電磁波放射が始めて有意に検出されました。
“GW170817”は電磁波放射現象キロノバを伴い、すばる望遠鏡に搭載されたHSCや多天体近赤外撮像分光装置“MOIRCS(Multi-object Infrared Camera and Spectrograph)”を用いた観測で、中性子星連星合体においてrプロセス元素合成が起こっていることが分かっている(ハワイ観測所2017年10月16日観測成果)。
でも、この例を除くと、重力波事象と明確に関連付けられる電磁波放射は、まだ見つかっていないんですねー

このような電磁波放射を検出するのは難しく、重力波検出の後、いかに素早く高感度の追観測を光学望遠鏡で行うかが重要な課題になっています。

重力波望遠鏡では、中性子連星合体からの重力波のみならず、ブラックホール同士や、ブラックホールと中性子星の合体による重力波も検出されます。

特に、2つのブラックホール(ブラックホール連星)が合体して放射される重力波は、重力波望遠鏡による検出の実に9割を占めています。

電磁波で直接観測できないブラックホール同士の合体

ブラックホールは、その強力な重力による束縛から光(電磁波)も逃げ出せない天体として有名です。

なので、電磁波で直接観測できないブラックホール同士の合体“ブラックホール連星合体”が、電磁波を放射するとは通常では考えられません。

でも、2019年に検出されたブラックホール連星合体からの重力波事象“GW190521”では、電磁波対応天体の候補を検出したとの報告があり、電磁波を放射する複数のメカニズムが理論的に提案されています。

そのため、様々な波長の電磁波で追観測を行い、本当にブラックホール連星合体から電磁波が放射されるのか? 放射されるとするとどのぐらいの明るさなのか? この2点の解明が求められています。

現在、ブラックホール連星合体の理論モデルについては議論中です。
ただ、様々な可能性を検討するうえでも、望遠鏡観測による明るさの測定は不可欠といえるんですねー

強い重力波事象“GW200224”

2020年2月24日のこと、アメリカの重力波望遠鏡“LIGO(ライゴ)”とヨーロッパの重力波望遠鏡“Virgo(バーゴ)”は、ブラックホール連星合体からの重力波事象“GW200224_222234(以下GW200224)”を検出しました。

一般に、重力波望遠鏡の“視力”は悪く、人間の視力に変換すると約0.0008…
その到来方向は、典型的には「満月2000個分(500平方度)の範囲のどこかから来た」としか言えないレベルでした。

でも、“GW200224”は重力波が強かったので、その到来方向が約50平方度に限定されていたんですねー

そこで、国立天文台の大神隆幸研究員(当時)とスペインカナリア天体物理研究所のホセファ・ベセラ・ゴンザレス研究員を中心とする研究チームは、すばる望遠鏡とカナリア大望遠鏡を用いて追観測を実施しています。

研究チームは、重力波検出のわずか12時間後には撮像観測を行い、急激な光度変化を起こした天体(突発天体)がその方向にあるかを探査。
観測には、広い天域で暗い天体を探査することが得意な、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“ハイパー・シュプリーム・カム(Hyper Suprime-Cam:HSC)”が用いられています。
“HSC(Hyper Suprime-Cam:ハイパー・シュプリーム・カム)”は、すばる望遠鏡に搭載されている超広視野主焦点カメラ。満月9個分の広さの天域を一度に撮影でき、独自に開発した116個のCCD素子により計8億7000万画素を持つ。まさに巨大な超広視野デジタルカメラといえる。
この観測でカバーしていたのは到来方向の91%。
ブラックホール連星合体による重力波事象に対して、その到来方向の大部分をカバーする観測としては、これまでで最も深い観測になりました。
重力波望遠鏡による観測で得られた“GW200224_222234”の到来方向(白い線、確率90%)とすばる望遠鏡HSCが観測した領域(赤色)。赤丸はHSCの視野の大きさ(満月9個分に相当)、黄丸は満月1個分の大きさを表している。コップ座、からす座、おとめ座、しし座にまたがる広い範囲から“GW200224”は到来している。(Credit: 国立天文台/冨永/PanSTARRS)
重力波望遠鏡による観測で得られた“GW200224_222234”の到来方向(白い線、確率90%)とすばる望遠鏡HSCが観測した領域(赤色)。赤丸はHSCの視野の大きさ(満月9個分に相当)、黄丸は満月1個分の大きさを表している。コップ座、からす座、おとめ座、しし座にまたがる広い範囲から“GW200224”は到来している。(Credit: 国立天文台/冨永/PanSTARRS)

電磁波放射現象の多様性

研究チームは、見つけた突発天体の光度変動を精査し、カナリア大望遠鏡の分光器“OSIRIS”により突発天体が属する銀河の分光観測を行うことで、その銀河までの距離を決定。
最終的に“GW20024”に対応する可能性のある天体を、19天体同定しています。

ただ、この19天体から“GW20024”との関連が強く示唆される単体は見つからず…

対応天体がないとすると、2019年のブラックホール連星合体“GW190521”で報告された電磁波放射と同じ現象は、“GW20024”には付随していなかったことになります。

この結果が示しているのは、ブラックホール連星合体からの電磁波放射現象の多様性の一つなのかもしれません。

今後もブラックホール連星合体からの重力波の追観測を続けていけば、その多様性を明らかになるはずです。

2023年5月から重力波望遠鏡を用いた観測は、“LIGO”、“Virgo”に日本の“KAGRA(かぐら)”を加えた計4台で再開されます。
“LIGO”は、アメリカのルイジアナ州リビングストンのリビングストン観測所、ワシントン州リッチランド近郊のハンフォード・サイドのハンフォード観測所の2か所の重力波観測施設を一対として運用している。
性能が向上したこれらの重力波望遠鏡で、さらに多くの重力波事象が検出されると期待されているんですねー

多様な重力波天体の素性を明らかにするために、研究チームはすばる望遠鏡とカナリア大望遠鏡を用いた追観測を続けていくようですよ。


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