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本当に火星サイズの天体が原始の地球に衝突して月が形成されたのか? 地球と月のマントル組成を比較するため“SLIM”が月面着陸へ

2023年12月18日 | 月の探査
2024年1月4日更新
JAXAは、2023年9月7日に打ち上げた小型月着陸実証機“SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)”について、2024年1月から2月の着陸予定としていました。
現状、“SLIM”の運用が順調に実施できていることを踏まえ、月面着陸についての予定が発表されたんですねー

1月19日に近月点を高度15キロまで低下させた“SLIM”は、2024年1月20日(土)の午前0:00頃(日本標準時)着陸降下を開始し、午前0:20(日本標準時)頃に月面に着陸。
また、上記のタイミングで着陸を実施しない場合、次の着陸機会は2024年2月16日ころになる予定です。

着陸に成功すれば日本初の月面着陸となり、世界でもアメリカ、旧ソ連(ロシア)、中国、インドに続く5か国目になります。

“SLIM”は精度100メートル以内のピンポイント着陸を目標としています。
月のような重力天体においては他に類を見ない高精度着陸となり、現在検討が行われている国際宇宙探査計画などにおいても成果の活用が期待されています。

“SLIM”は、2023年12月25日16:51(日本標準時)に月周回軌道投入に成功。
所定の計画通りの軌道変更を達成し、探査機の状態は正常とのことです。
今後の“SLIM”の月周回軌道。水色の線は現在の月周回軌道、緑色の線は高度約600キロの円軌道、黄色の線は高度約600キロ×150キロの楕円軌道、赤色の線は高度約600キロ×15キロの楕円軌道。(Credit: JAXA)
今後の“SLIM”の月周回軌道。水色の線は現在の月周回軌道、緑色の線は高度約600キロの円軌道、黄色の線は高度約600キロ×150キロの楕円軌道、赤色の線は高度約600キロ×15キロの楕円軌道。(Credit: JAXA)
“SLIM”の月周回軌道は、周期約6.5時間、月に最も近いところ(近月点)では高度約600キロ、月から最も遠いところ(遠月点)では高度約4,000キロで、月の北極点と南極点を結ぶ楕円軌道になります。

今後は2024年1月中旬までに遠月点を低下させ、高度約600キロの円軌道に軌道を調整。
その上で、近月点を降下し、着陸開始への準備を開始することになります。
図1.月面に着陸した“SLIM”(イメージ図)。(Credit: JAXA)
図1.月面に着陸した“SLIM”(イメージ図)。(Credit: JAXA)


ピンポイント着陸を目指す小型月着陸実証機“SLIM”

“SLIM”はH-IIAロケット47号機(H-IIA・F47)に搭載され、種子島宇宙センターを2023年9月7日8時42分11秒(日本時間)に離床。
ロケットからの分離後、予定していた地球周回軌道への探査機投入に成功し、午前9時45分に“SLIM”からの信号受信で太陽補足制御を完了していました。

その後、“SLIM”は10月1日に、地球周回軌道から離脱し、月を目指す月遷移軌道に乗ることに成功。
10月4日には、月周回軌道投入に向けて軌道を変更するために、地球を公転する月の重力を利用して軌道を変更するスイングバイを実施していました。

“SLIM”の目的は、月面の狙った場所へのピンポイント着陸技術の実証。
着陸誤差は100メートル以内を目指しています。

これまでの月面着陸機の誤差は数キロから十数キロ以上だったので、“SLIM”は驚異的な着陸精度を目指していることになります。

このピンポイント着陸技術によって実現するのが、これまでの“降りやすいところに降りる”着陸ではなく、“降りたいところに降りる”着陸への質的な転換。
月惑星の資源探査では、軌道上からリモートセンシングで資源分布を推定し、その後実際に地面を探査することになるので、その際に威力を発揮することになります。


本当に火星サイズの天体が原始の地球に衝突して月が形成されたのか

“SLIM”は1月20日の月面着陸で、月の地球側にある“神酒の海(Mare Nectaris)”の西に位置するSHIOLIクレーター付近の傾斜地に、正確にピンポイント着陸を行うための航法と、二段階式により安全なタッチダウンを行う技術を実証することになります。

同地点には月のマントルに由来するカンラン石が散らばっています。
“SLIM”は着陸後に搭載するマルチバンド分光カメラで、このカンラン石の組成を分析することになります。

なぜ、カンラン石を分析するのでしょうか?
それは月の起源を探るためです。
月は、ジャイアントインパクト(巨大衝突)という形成過程を経て形成されたと考えられています。

ジャイアントインパクト説によれば、45億年前に火星サイズの天体“テイア”が、作られて間もない原始の地球に衝突。
この衝突から生まれた破片が、かなり急速(おそらく数百万年強の間)に分離し、月を形成したと考えられています。

そこで、月のマントルに由来するカンラン石の組成を分析し、その結果を地球のマントルと比較することで、ジャイアントインパクト説を検証する訳です。

カンラン石は比重が大きいので、通常は地下深くに埋まっています。
地表に露出したカンラン石はクレーター付近に存在していますが、これはクレーター形成時に、衝撃で地下から掘り起こされたものと考えられています。

JAXAは、2007年に打ち上げた月周回衛星“かぐや(SELENE)”で月面のリモートセンシングを実施し、月面におけるカンラン石の分布を突き止めていました。

また、組成分析にあたっては宇宙線の影響の少ないカンラン石を用いる必要があります。
このため、宇宙線の影響をあまり受けていないカンラン石が存在するとみられる若いクレーターを探査。
その結果、着陸地点をSHIOLIクレーターに選定しています。

着陸地点はクレーター付近になるので15度程度の斜面になっています。
“SLIM”は“2段階着陸方式”と呼ばれる方法で、行きたい場所が斜面であっても、安全な着陸を実現しています。

これは、月面に対して垂直の姿勢で降下し、着陸直前に機体を斜めに傾けて半円形をした脚で一度接地してから、斜面に向かって倒れ込むように横向きに設置するという特徴的な着陸方法になります。
図2.“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
図2.“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
斜面にある着陸目標地点では、この方式が最も転倒リスクが小さく、かつシンプルで軽量な着陸脚システムになるようです。

これまでアポロ計画により月の岩石が持ち帰られてきました。
でも、残念ながらそれらの岩石は、“SLIM”で分析しようとしているマントル由来のカンラン石ではありませんでした。

“SLIM”が搭載するマルチバンド分光カメラは、望遠機能があり、まず広いところを見て岩石を選定。
狙いを定めた岩石に対してズームをかけて詳しく分析が行えるようですよ。


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月の表面に存在する微量の水、供給源は太陽風以外にもあった! 地球由来の高エネルギー電子による水生成プロセス

2023年12月04日 | 月の探査
地球の衛星“月”は、大気のない非常に乾燥した天体です。

でも、月の表面には微量の“水”(※1)が存在することが分かっていて、その主な起源は“太陽風”にあると考えられています。
今回の研究で言う“水”は、通常の水分子(H2O)だけでなく鉱物と結びついた形で存在する水酸基(OH)を含む。
ただ、太陽風が遮断される地球磁気圏の尾部を、月が通過しているときに水の蒸発が観測されていないことは、月面の水に関する大きな謎として残されていました。

今回の研究では、インド宇宙研究機関(ISRO)が打ち上げた月探査機“チャンドラヤーン1号”の観測データから、太陽風が遮断される地球磁気圏の尾部を通過中でも、月面で水が生成されていることを突き止めています。

この観測結果は、月面の水の主要な供給源に、地球由来の高エネルギー電子が加わる可能性があることを意味しているようです。
この研究は、ハワイ大学マノア校のShuai Liさんたちの研究チームが進めています。
図1.“チャンドラヤーン1号”によって観測された月の表側の物質の分布。青色が濃い場所ほど水が多いことを示している。(Credit: ISRO, NASA, JPL-Caltech, Brown Univ., USGS)
図1.“チャンドラヤーン1号”によって観測された月の表側の物質の分布。青色が濃い場所ほど水が多いことを示している。(Credit: ISRO, NASA, JPL-Caltech, Brown Univ., USGS)

月の表面では現在進行形で水が生成されている

地球唯一の衛星“月”では、太陽の光が当たる部分の温度が約120度にもなります。
なので、水は蒸発する上、月には大気がほとんど無いので、その蒸発した水を保護することができず、すぐに宇宙空間へ拡散してしまいます。
このため、地球と異なり、月の表面は極度に乾燥した不毛の大地になっています。

でも、その後の探査により、月の極にある“永久影”の中に水が氷の状態で存在することが分かってきます。

月は自転軸の傾きがとても小さいので、月の極域にあるクレーターの内部には、太陽の光が決して届くことのない領域が生じています。
これを永久影といい、温度は最高でもマイナス157度ほどにしかなりません。
そこに彗星が落下するなどして水がもたらされれば、氷の状態で保存される訳です。

一方、月の表面の日当たりのいい場所でも、水分子が閉じ込められていることが分かっています。

その証拠として、太陽光が当たる場所で昇華して宇宙へと逃げた、極めて薄い水蒸気が観測されています。

逃げ出すプロセスが働きながらも、水が存在している。
このことは、月の表面では現在進行形で水が生成されていることを意味します。

太陽風に代わって水を生成するプロセス

月の表面で水が生成されるプロセスとして、これまで強く支持されてきたのは“太陽風”です。

太陽風は太陽表面から放出される電気を帯びた粒子“荷電粒子”の流れで、主な成分は陽子(水素イオン)です。

太陽風は高エネルギーなので、月面を構成する岩石に衝突すると、鉱物の中に含まれる水酸基(OH)が分離してしまいます。
この水酸基に太陽風の陽子が結合することで、水が生成されることになります。

こうした高エネルギーな荷電粒子による化学反応は、月だけでなく大気が存在しない他の天体でも起こっていると考えられています。

ただ、この生成プロセスには一部に謎があり、カギとなるのは“地磁気(地球の磁気圏)”の存在でした。

磁気は太陽風の進路を曲げる性質があるので、天体の磁気圏内部では太陽風が遮断されます。
月の磁場は極めて弱いのでほとんど無視できますが、無視することができないのが強い磁場である地磁気の存在です。

地磁気は太陽風との“押し合い”によって、まるで彗星の尾のように太陽とは反対側に長く伸びています。
月は地球の近くを公転しているので、伸びた地磁気の尾部に定期的に入り込むことになるんですねー

すると、太陽風が約99%も遮断される地磁気の中では、太陽風による水生成プロセスが停止することに。
月面の水が太陽風によって生成されているのであれば、この期間中は水が生成されず蒸発する一方になります。
なので、月面の水の量は時間と共に減少するはずです。

でも、実際の観測では、太陽風が遮断されているときにも、月面の水の量はほとんど変化していないことが分かっています。

太陽風が遮断される期間は、月の日中の約27%に渡るため、太陽風に代わって水を生成しているのは何なのかが長年の謎になっていました。

地球由来の高エネルギー電子による水生成プロセス

そこで、今回の研究では、太陽風が遮断されている期間に水を供給するプロセスの解明を目指しています。

以前、研究チームは、月の表側(地球に向いている面)に酸化鉄が予想外に豊富に含まれていることを発見。
鉄を酸化させている酸素の供給源が、地球の上層大気だということを明らかにしていました。

この研究結果を踏まえると、地球から月へと流れ込む物質が、太陽風が遮断されている期間の水の生成にも関与している可能性は十分にありました。

研究では、月探査機“チャンドラヤーン1号”の観測データを分析。
これにより、月が地球磁気圏を出入りしているときの月面の水の量の変化を調べています。

“チャンドラヤーン1号”には、“月面鉱物マッピング装置”と呼ばれるリモートセンシング装置が搭載されていて、月面に存在する水を高い感度で検出することができます。

このデータの分析の結果、研究チームが見つけたのは、月面の水の量の変化と地磁気の尾部の出入りに関係性があることでした。

まず、月が地磁気圏内に入るときと出るときに、月面の水の量は増加していました。
研究チームでは、地磁気の境界近く(磁気圏シース)では、磁気と太陽風の相互作用によって、月面に届く高エネルギーの太陽風が増加し、水の生成量が一時的に増加すると考えていたので、これは予測通りの結果と言えました。
図2.地磁気の構造。今回の研究により、地磁気によって形成されたプラズマシート(Plasma Sheet)に含まれる高エネルギーの電子が、月面の水の供給源である可能性が示された。(Credit: NASA, Aaron Kaase)
図2.地磁気の構造。今回の研究により、地磁気によって形成されたプラズマシート(Plasma Sheet)に含まれる高エネルギーの電子が、月面の水の供給源である可能性が示された。(Credit: NASA, Aaron Kaase)
でも、驚くことに、地磁気圏内にいるときにも、月面の水の量がほとんど変化しいないことが確認されました。
このことは、地磁気圏内でも太陽風に匹敵する水生成プロセスが働いていることを示していました。

そこで、研究チームでは、地球を取り巻くプラズマシートに含まれる高エネルギーの電子が、太陽風の陽子と同様に鉱物を分解して水を生成する役割を果たしているのではないかと推定。
プラズマシートは、地磁気によって閉じ込められた荷電粒子で構成されていて、その中には高エネルギーの電子が豊富に含まれています。

このことが正しい場合、地磁気とプラズマシートの新たな役割が解明されたことになります。

今回の研究では、地球由来の電子が月面の水の生成に関わっているという、これまで知られていなかった地球と月の新たな相互作用を発見した可能性があります。

月面の水は将来の有人月探査ミッションにおいて、貴重な水の供給源になる可能性があります。
このため、水の生成過程の詳細を知ることは、効率的な水の取り出し方を考える上で重要なことになります。

この仮説が正しいかどうかを確かめるために、研究チームでは新たな月探査機による観測を提案しています。

地磁気の出入りとプラズマや水の量をより詳細に確かめることができれば、月面の水生成プロセスがさらに詳しく理解できるはずです。


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月の氷は予想より少なめ!? クレーターの永久影が思っていたより若かったので初期にもたらされた水の氷は埋蔵されていないようです

2023年12月01日 | 月の探査
月の南極にあるシャクルトン・クレーターとその周辺。NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”に搭載されている光学観測装置“LROC”で取得した月面の画像と、韓国航空宇宙研究院(KARI)の月探査機“タヌリ(KPLO)”に搭載されているNASAの観測装置“ShadowCam”で取得したシャクルトン・クレーター内部の画像を組み合わせて作成。(Credit: Mosaic created by LROC (Lunar Reconnaissance Orbiter) and ShadowCam teams with images provided by NASA/KARI/ASU))
月の南極にあるシャクルトン・クレーターとその周辺。NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”に搭載されている光学観測装置“LROC”で取得した月面の画像と、韓国航空宇宙研究院(KARI)の月探査機“タヌリ(KPLO)”に搭載されているNASAの観測装置“ShadowCam”で取得したシャクルトン・クレーター内部の画像を組み合わせて作成。(Credit: Mosaic created by LROC (Lunar Reconnaissance Orbiter) and ShadowCam teams with images provided by NASA/KARI/ASU))
画像は、月の南極にあるシャクルトン・クレーター(Shackleton、直径約21キロ)とその周辺の様子。
NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”に搭載されている光学観測装置“LROC”で取得した月面の画像と、韓国航空宇宙研究院(KARI)の月探査機“タヌリ(KPLO)”に搭載されているNASAの観測装置“ShadowCam”で取得したシャクルトン・クレーター内部の画像を組み合わせて作成されています。

NASAによると、“ShadowCam”の高感度は“LROC”に比べて200倍も高く、シャクルトン・クレーター内部のような地形をとらえるのに適しているそうです。

一方、太陽光に照らされる領域は“ShadowCam”でとらえるには眩しすぎるので、“LROC”で取得した画像と組み合わせることで、明暗双方の地形の特徴を包括した地図画像を作成できます。

これまでの観測結果や研究成果をもとに、月の極域のクレーター内に生じた永久影には水の氷が埋蔵されていると考えられています。

その月面の水は、月に衝突した小惑星や彗星によって運ばれたり、火山活動によって月の内部から放出されたりした他に、主に陽子(水素の原子核、水素イオン)からなる太陽風が月面に吹き付けられることで、継続的に生成されているとも考えられています。

水は人間の生存に欠かせない物質ですが、それだけではありません。
電気分解をすれば呼吸用の酸素やロケットエンジン用の推進剤も供給できるので、月の永久影に埋蔵されているとみられる水の氷は注目されているんですねー

なので、NASAの月面探査計画“アルテミス(Artemis)”で最初に有人月面探査が行われる“アルテミス3”ミッション(2025年実施予定)でも、着陸地点の候補地はシャクルトン・クレーター付近に集中しています。
アルテミス3ミッションにおける13か所の着陸候補地(水色)を示した図。(Credit: NASA)
アルテミス3ミッションにおける13か所の着陸候補地(水色)を示した図。(Credit: NASA)
将来の有人月面探査ミッションや恒久的な月面基地では、月で採掘した水が使われることになるかもしれません。
でも、月の永久影に埋蔵されている水の氷の量は、多く見積もられ過ぎている可能性もあるようです。

月には古代の水の氷は埋蔵されていない

今回の研究では、月の自転軸の傾きと公転軌道の傾斜角が、どのように変化してきたのかをシミュレーションで分析。
その結果、永久影の大半は今から22億年以内に生じていて、どんなに古くても34億年以内だとする研究成果を発表しています。
この研究は、アメリカ惑星科学研究所(PSI)のNorbert Schoerghoferさんとサウスウエスト研究所(SwRI)のRaluca Rufuさんが進め、研究成果をまとめた論文はScience Advancesに掲載されています。
月では、その歴史の初期に彗星の衝突や火山活動などが活発に起きていたものの、永久影が34億年前以降に生じ始めたのだとすれば、古い時代にもたらされた水は揮発してしまい、永久影には残っていないことになります。
今回の分析結果をもとに月の南極域における永久影の年齢を示した図(現在の地形で計算)。赤は33億年前、緑は21億年前、青は最近になってから永久影が生じ始めたと推定されている。(Credit: Courtesy of Schörghofer/Rufu)
今回の分析結果をもとに月の南極域における永久影の年齢を示した図(現在の地形で計算)。赤は33億年前、緑は21億年前、青は最近になってから永久影が生じ始めたと推定されている。(Credit: Courtesy of Schörghofer/Rufu)
例えば、NASAは2009年の“ルナー・リコネサンス・オービター”打ち上げに相乗りする形で“エルクロス(LCROSS)”という実験を実施しています。

この実験は、月の南極近くにあるカベウス・クレーター(Cabeus、直径約100キロ)に、“ルナー・リコネサンス・オービター”の打ち上げに使われたロケットの一部(セントール上段、重量約2トン)を衝突させ、舞い上がった物質を観測するもの。
このときに得られたデータは、月に水が存在することを示す証拠となりました。

ただ、分析によれば、カベウス・クレーターに永久影が生じ始めたのは、今から約9億年ほど前…
なので、“エルクロス”で検出された水は、月の歴史全体からすれば比較的最近に蓄積されたものになります。

永久影の平均年齢は最大でも約18億年。
永久影の年齢は、月の極地に埋蔵される可能性がある水の氷の量を左右します。
そう、月には古代の水の氷は埋蔵されていないことになるんですねー

月で水を探す今後の有人または無人の探査ミッションを計画する上で、永久影における水の氷の量に関する情報は、特に重要なものとなります。

2024年には、表面下の物質を採取するためのドリルを搭載したNASAの無人月探査車“バイパー(VIPER)”が打ち上げられて、永久影を探査することになっています。
月に埋蔵されている水の氷に関する今後の探査結果が気になりますね。


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月が形成されたのは、これまでの推定より約4000万年も古い年代だった。アポロ17号で採取された月の石を分析して分かったこと

2023年11月24日 | 月の探査
地球唯一の衛星“月”は、いつ形成されたのでしょうか?

この疑問の答えは、太陽系の中で起きた大衝突の答えにも迫ることになります。

今回の研究では、アポロ計画で採取された月の石に含まれている鉱物“ジルコン”を分析。
これにより、月の表面が固まった時期は遅くても44億6000万年前であると算出しています。

この数値は、これまでの研究よりさらに4000万年古く、太陽系の形成から1億1000万年後の時代になるそうです。
この研究は、フィールド自然史博物館のJennika Greerさんたちの研究チームが進めています。

月が形成される原因となった巨大衝突

夜空でもひときわ目立つ巨大な天体“月”は、地球唯一の衛星です。

太陽系全体を見渡しても月は5番目に大きな衛星で、周回している惑星との直径比・質量比は太陽系で最大になります。

月と同程度の大きさの他の衛星は、地球よりずっと大きな惑星を周回していることを考えると、月がどのように地球の衛星として誕生したのかは大きな謎といえます。

長年の研究により、月が形成される原因として最も有力な仮説がジャイアントインパクト(巨大衝突)説になります。

この説によれば、45億年前に火星サイズの天体“テイア”が、作られて間もない原始の地球に衝突。
この衝突から生まれた破片が、かなり急速(おそらく数百万年強の間)に分離し、地球と月を形成したと考えられています。

大きい方は地球になり、大気と海のある地質学的に活発な惑星になるのにちょうどよい大きさと環境へと進化。
小さい方が月になるのですが、こちらには地球のような特性を保持するのに十分な質量はありませんでした。

現状では、このジャイアントインパクト説が月の誕生の様子や地質学的証拠に最も一致しています。

月が形成された年代

月の存在は地球に潮汐力を作用させ、潮の満ち引きや自転周期に変化を与えています。
このため、地球の歴史を調べる上で、月の形成年代を正確に知ることは欠かせません。

また、初期の太陽系では“後期重爆撃期”という天体衝突の増加があったことが知られています。
この後期とは、星間物質の衝突による惑星の誕生・成長の時期を前期とし、惑星形成後の衝突を示したもの。
月が形成された後の出来事だと考えられています。

後期重爆撃期では、地球に最初の海が誕生し始めたころ(約38億年前)に、多くの彗星や小惑星が地球へ降り注ぐように衝突しています。

こうした集中的な衝突は、木星や土星のような巨大ガス惑星の軌道が移動して、それらの重力の影響を受けて軌道が変わった小天体の一群が、太陽系の内側に飛び込んできたことが原因と考えられています。

後期重爆撃期では、月や地球・水星・金星・火星といった惑星が多くの天体衝突を受けています。
地球にも小惑星が衝突したとされているのですが、地殻変動が原因でそのほとんどが発見されていません。
なので、後期重爆撃期を含む月の形成過程を知ることは、月以外の天体の歴史を知る手掛かりにもなります。

ジャイアントインパクト説を検証する上での重要な課題の1つは、月が形成された年代です。

衝突のエネルギーは高いので、形成直後の月は表面全体がマグマで覆われた“マグマオーシャン”状態にあったと考えられています。

月の表面が冷えて固まるスピードは、かなり速かったと考えられているので、月の石を調べればその形成年代が分かります。

これまで、その年代は今から44億1700万年前(±600万年)より以前だと考えられていました。

アポロ17号で採取された月の石を分析する

今回の研究では、アポロ17号で採取された月の石(標本番号72215)に含まれる鉱物“ジルコン”を分析し、月の形成年代を調べています。

月はジャイアントインパクトの段階で一度溶けているので、ジルコンが固まって結晶となった年代は、月のマグマオーシャンが固化した年代とみなすことができます。

ジルコンは化学的・物理的に強い物質なので、数十億年もの時間変化の中で変質せず、長期の年代を調べることができます。

また、数十億年という時間を測ることができるウランを含んでいる一方で、年代測定の邪魔になる鉛が結晶成長時にほとんど含まれないことも、ジルコンを使う利点になります。

さらに、これらの利点を生かし多くの研究で年代測定の指標として使用されているので、ノウハウの蓄積もあります。
ウランは時間をかけて鉛へと崩壊するため、ウランと鉛の比率を調べることで鉱物が結晶化した年代を推定することができる。でも、結晶化時に無関係の鉛が鉱物に入り込んでいると、年代測定結果を狂わせる恐れがある。ジルコンは化学的に鉛をほとんど含まない形で結晶化するので、ウランによる年代測定がしやすい鉱物と言える。
一方、このような研究では年代が異なることも珍しくありません。
なので、正確な年代を突き止めるには、結晶の場所ごとの年代を細かく調べる必要があります。
図1.実験装置に月の石を挿入するJennika Greerさん。(Credit: Dieter Isheim, (Northwestern University))
図1.実験装置に月の石を挿入するJennika Greerさん。(Credit: Dieter Isheim, (Northwestern University))

太陽系の形成から1億1000万年後に月は形成された

この研究では、極めて小さなジルコン結晶の年代を特定するため、“アトムプローブトモグラフィー”を使用して分析を行っています。

ジルコンの年代測定では、含まれている鉛の量を調べる必要があります。
そこで、研究チームでは、イオンビームで結晶表面を削り出して新鮮な表面が露出した後、紫外線パルスレーザーで表面の原子を蒸発させ、その中に含まれる鉛の量と分布を調べています。
図2.分析されたジルコン結晶の一例。丸い穴はイオンビームで削られた跡。今回の研究では、穴の表面をパルスレーザーで蒸発させ、鉛がどのくらい含まれているのかを調べることで年代測定が行われた。(Credit: Jennika Greer)
図2.分析されたジルコン結晶の一例。丸い穴はイオンビームで削られた跡。今回の研究では、穴の表面をパルスレーザーで蒸発させ、鉛がどのくらい含まれているのかを調べることで年代測定が行われた。(Credit: Jennika Greer)
分析の結果分かったのは、ジルコンに含まれた鉛が、ウランから崩壊して生じたもののみであること。
これにより、鉛の量がそのまま年代測定に利用できることが分かりました。

もし、ウランの崩壊とは無関係な鉛が含まれている場合、それは小さな塊として存在するので、場所ごとに鉛濃度の濃淡が生じるはずです。
今回の分析では、鉛は均一に分布していたので、元々含まれているという可能性を排除することができました。

いくつかのジルコン結晶の年代測定結果を照らし合わせた結果、月の形成年代は遅くとも44億6000万年前(±3100万年)と、これまでの分析より約4000万年も古い年代であることが明らかになりました。

これは、太陽系の形成から1億1000万年後の時代。
別の研究も合わせると、月が形成されたのは、今から45億1000万年前から44億6000万年前の間のどこかだと考えられます。

今回の研究では、最も古い年齢の月の石を通じて、月の形成年代を絞り込むことができました。
この研究成果は、その後の月や地球で生じた潮汐の影響や微惑星の衝突を解析する上でも重要なものになります。


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ジャイアント・インパクトは月の温度を数百度上げる程度だった!? 月の半径変化史や火山活動史を数値モデルで再現して分かったこと

2023年11月10日 | 月の探査
これまでの数値シミュレーションでは、実際に過去に起きた月の大きさの変化(半径変化)や、火山活動との整合性が取れていませんでした。

今回の研究では、新たに構築した月内部の“2次元円環モデル”で初めて整合性をとることに成功。

この成果は、東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 広域システム科学系の于賢洋大学院生、小河正基准教授(研究当時)、愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センターの亀山真典教授たちの共同研究チームによるもの。
詳細は、惑星科学の全般を扱う学術誌“Journal of Geophysical Research: Planets”に掲載されています。

過去に起きた月の膨張と火山活動

月は誕生してから膨張を続け、約38億年前にピークに達し、その後に収縮したことが明らかにされています(半径変化史)。

また、この膨張のピークの頃の月は、“月の海”における火山活動が活発だった時期でもあり、その後15億年~20億年程度、この火山活動は継続したことが示されています(火山活動史)。

それでは、初期の頃の月内部の温度や物質は、どのような状態だったのでしょうか?
その状態から、どのような進化を経て現在のような姿になったのでしょうか?

これらを理解するには、月内部の歴史を数値計算で再現することが有効な手段になります。
観測によって示された月の半径変化・火山活動史。マグマの噴出頻度データは、Whitten & Head (2015), Icarusより引用されたもの。(出所:東大Webサイト)
観測によって示された月の半径変化・火山活動史。マグマの噴出頻度データは、Whitten & Head (2015), Icarusより引用されたもの。(出所:東大Webサイト)
ただ、これまでの数値シミュレーションでは、これらの観測事実(変形変化史と火山活動史)を同時に示すことができていなかったんですねー

古典的な月内部進化モデルでは、約45億年前の月は内部が冷たく、その後放射性元素の発熱により温められていて、月の初期膨張や火山活動の歴史は自然に説明できると思われていました。

でも、そのような低温の初期状態は、現在の月形成過程として広く支持されているジャイアント・インパクト説(月形成の原因となった巨大衝突)や、そこから予想されているマントル・オーバーターン(マントルの層構造の反転現象)と整合的でないという大きな課題がありました。

ジャイアント・インパクト説では、形成直後の月内部は高温であり大部分が溶けていたと考えられています。
でも、このような状態から出発した場合、初期の半径膨張を説明することができませんでした。

同様に初期の火山活動史についても、最初の数億年間はあまり活発でなかったことを説明できていません。

ジャイアント・インパクトは月の温度を数百度上げた程度だった

今回の研究では、火成活動(マグマの生成・移動の効果)をマントル対流モデルに反映させた月内部の2次元円環モデルを新たに構築。
これにより、半径変化史や火山活動史を整合的に示すことができるのかを調べています。

その結果、約45億年前の月内部の大部分が固体だった場合、マグマが深部で生成され、その後上昇することで火山活動が活発化するこや、マグマの生成に伴う体積膨張によって、月全体の半径膨張が引き起こされることが判明しました。
約37億年前の月内部の温度、マグマ量(上)とマントル組成(下)。(出所:東大Webサイト)
約37億年前の月内部の温度、マグマ量(上)とマントル組成(下)。(出所:東大Webサイト)
月の深部で生成したマグマの大部分は部分溶融し、地球のマントルで見られるプルームのようなものとして月表面に向かって上昇することで、火山活動や半径膨張を引き起こします。

その後、マグマの冷却に伴う固化により半径は収縮し、部分溶融したプルームの上昇も鈍化。
このようなプルームの上昇は、その後数十億年間継続することが分かっています。

そして、数値計算による月内部の歴史は、観測事実で示されているような火山活動史や半径変化史と整合的であることが確認されました。
月内部進化の概略図。(出所:東大Webサイト)
月内部進化の概略図。(出所:東大Webサイト)
数値計算で描かれた月初期の状態は、月の形成過程と進化過程を結び付ける上で意義深いことになります。

例えば、今回の研究で示された計算開始時の温度分布は、ジャイアント・インパクト後の月深部は大部分が溶けてしまうほど高温であったという説よりも、むしろ衝突前から数百度温度が上がった程度に留まるという説を支持している可能性があります。

今回の研究によって、火山活動史や半径変化史を説明することはできました。
でも、月の表側・裏側で地殻の厚さが異なる二分性、月の磁場を生み出すコア・ダイナモなど、いくつかの月の特徴的な性質は、2次元の数値モデルで説明するには困難なものになるそうです。

そのため、今回のモデルを発展させ、3次元球殻を用いたより一層現実的な形状での月進化モデリングが必要なようです。
数値計算による月内部の変化。この画像中の[1]~[5]の時代は、画像の[1]~[5]に対応する。(出所:東大Webサイト)
数値計算による月内部の変化。この画像中の[1]~[5]の時代は、画像の[1]~[5]に対応する。(出所:東大Webサイト)
数値計算によって示された月の半径変化。画像中の[1]~[5]の時代は、画像4の[1]~[5]に対応する。(出所:東大Webサイト)
数値計算によって示された月の半径変化。画像中の[1]~[5]の時代は、画像4の[1]~[5]に対応する。(出所:東大Webサイト)


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