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月では珍しい花崗岩は35億年前に存在した火山の跡!? なぜ水もプレートテクトニクスも存在しない月で巨大な花崗岩が形成されたかは不明

2023年10月22日 | 月の探査
今回の研究では、月の裏側にある“コンプトン-ベルコヴィッチ”という放射性物質が特異的に多いことで知られる地域からのマイクロ波放射を計測し、地下に熱源が存在することを突き止めています。

この成果から分かってきたこと、それはコンプトン-ベルコヴィッチは35億年前に月の火山活動で形成されたということでした。
この研究は、惑星科学研究所(PSI)のMatthew A. Sieglerさんたちの研究チームが進めています。

花崗岩が作り出されやすい条件

地球の表面は分厚い“大陸地殻”と薄い“海洋地殻”に覆われています。

2種類の地殻は厚さだけでなく組成も異なっていて、例えば大陸地殻は主に花崗岩、海洋地殻は主に玄武岩で構成されています。

陸地に存在する花崗岩は、地上で暮らす私たちにとって最もなじみ深い火成岩の1つで、その頑丈さや美しさから建築物の基礎や外壁、墓石などに利用されています。
石材としての花崗岩(とその別名になる御影石)という名称は、学術的な意味での花崗岩を指していない場合がある。
このように身近な存在の花崗岩。
でも、地球以外の天体ではとても珍しく、逆に言えば地球では例外的に豊富な岩石と言えます。

花崗岩は地下の奥深くでマグマが固まって作られる岩石で、水には岩石が溶けるために必要な温度を下げる性質があります。

そう、マグマになる過程では水の存在が重要になるんですねー

なので、表面に海が広がり、水を地下に送り込む役割を果たすプレートテクトニクスが存在する地球は、花崗岩が作り出されやすい条件を備えた惑星と言えます。

起源が不明な花崗岩の塊

地球以外の天体に、花崗岩が一切存在しないわけではありません。

例えば、月の裏側にある幅約50キロの“コンプトン-ベルコヴィッチ”と名付けられた地域には、起源は不明ながらも花崗岩が豊富に存在することが知られています。
コンプトン-ベルコヴィッチという名称は、コンプトン・クレーターとベルコヴィッチ・クレーターの間に位置することから名付けられた。
コンプトン-ベルコヴィッチは、NASAの月探査機“ルナ・プロスペクター”によって、1998年にガンマ線量の多い地域として特定されたことで注目されるようになりました。

ガンマ線の分析から、放射線源は花崗岩に含まれる放射性元素のトリウムだと推定されています。

このため、コンプトン-ベルコヴィッチは“太古に存在した月の火山が固まった跡である”と推定。
でも、仮説を裏付ける他の証拠は、まだ見つかっていませんでした。
NASAの月探査機“ルナ・プロスペクター”で観測された北極点付近のガンマ線量。月の裏側は放射性元素が少ないが、コンプトン-ベルコヴィッチは例外的に豊富な地域の1つである。(Credit: NASA, GSFC, ASU, WUSTL & B. Jolliff)
NASAの月探査機“ルナ・プロスペクター”で観測された北極点付近のガンマ線量。月の裏側は放射性元素が少ないが、コンプトン-ベルコヴィッチは例外的に豊富な地域の1つである。(Credit: NASA, GSFC, ASU, WUSTL & B. Jolliff)
NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”で撮影されたコンプトン-ベルコヴィッチ。見た目に白っぽいことは、白っぽい岩石である花崗岩が存在すると推定する上で1つの根拠になる。(Credit: NASA)
NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”で撮影されたコンプトン-ベルコヴィッチ。見た目に白っぽいことは、白っぽい岩石である花崗岩が存在すると推定する上で1つの根拠になる。(Credit: NASA)

約35億年前に存在した月の火山の跡

今回の研究では、中国国家航天局の月探査機“嫦娥1号”と“嫦娥2号”の観測データを用いて、コンプトン-ベルコヴィッチが本当に巨大な花崗岩の塊なのかを分析しています。

もし、本当にコンプトン-ベルコヴィッチが花崗岩の豊富な地域だとすると、トリウムなどの放射性物質が崩壊することで熱が発生します。
発生した熱は地下深部から宇宙空間にマイクロ波の形で逃げていくので、マイクロ波の強度から地下の熱源分布を推定できるはずです。

“嫦娥1号”と“嫦娥2号”には、月を周回する探査機として初めてマイクロ波測定器が搭載されていたので、このような研究が可能になりました。

熱放射の特徴をとらえることができる3~37GHzのマイクロ波の強度を分析した結果、コンプトン-ベルコヴィッチは月の裏側における高地の平均値と比べて、マイクロ波の強度が約20倍も高い値になる、1平方メートル当たり180mWの熱流束が計測されました。
コンプトン-ベルコヴィッチはマイクロ波の放射量が多いことかが今回明らかにされた。これは地下に熱源が存在することの強い証拠になる。(Credit: Siegler, et.al.)
コンプトン-ベルコヴィッチはマイクロ波の放射量が多いことかが今回明らかにされた。これは地下に熱源が存在することの強い証拠になる。(Credit: Siegler, et.al.)
この結果は、コンプトン-ベルコヴィッチの地下には確実に熱源が存在していて、それは放射性物質を豊富に含んだ巨大な花崗岩である可能性が高いことを示していました。

研究チームが考えているのは、コンプトン-ベルコヴィッチは約35億年前に存在した月の火山が固まったことによって形成されたということ。

ただ、今回の研究はコンプトン-ベルコヴィッチにまつわる数多くの謎の1つを解決したにすぎません。

水もプレートテクトニクスも存在しない月で、これほど巨大な花崗岩の塊が形成されるには、地球よりも極端なマグマ生成環境が必要になるはずです。

たとえば、他の地域とは異なりコンプトン-ベルコヴィッチには水が豊富に存在していたのでしょうか?
あるいは、温度が非常に高かったなどの特別な条件が整っていたのかもしれません。

この謎の解決に必要なのはさらに研究を進めること。
そのための研究は、コンプトン-ベルコヴィッチに留まらず、月全体がどのように形成・進化していったのかを理解することに繋がるはずです。


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月への高精度ピンポイント着陸と二段階式タッチダウンを目指す“SLIM”がクリティカル運用期間を終了! 月へ向かう準備を開始しますよ

2023年09月20日 | 月の探査
9月7日に打ち上げられた小型月着陸実証機“SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)”の“クリティカル運用期間”終了をJAXAが発表しました。

“SLIM”はH-IIAロケット47号機(H-IIA・F47)に搭載され、種子島宇宙センターを2023年9月7日8時42分11秒(日本時間)に離床。
ロケットからの分離後、予定していた軌道への探査機投入に成功し、午前9時45分に“SLIM”からの信号受信で太陽補足制御を完了していました。

ロケットからの探査機分離後、探査機の維持に必要となる太陽電池パネルによる電力発生、地上との通信、姿勢制御などの機能が健全に動作することが“SLIM”から受信したテレメトリにより確認。
さらに、軌道制御に必要となる推進系などの機能も健全に動作することが確認できたので、クリティカル運用期間は終了することになりました。

今後は、約20日程度をかけて搭載機器の機能確認を実施しつつ、所定のタイミングで月遷移軌道への軌道制御を行うための準備期間“地球周回運用期間”へ移行することになります。

9月15日午後1時の時点で“SLIM”の軌道は目標との誤差が非常に小さく、予定していた微調整は必要ないようです。

地球周回軌道から離脱し月遷移軌道へ

JAXAは“SLIM”を地球周回軌道から離脱させ、月を目指す月遷移軌道に乗せることに成功。
“SLIM”は正常な状にあるそうです。

地球周回軌道から離脱させる軌道変換指令は、10月1日午前2時40分ごろ送出され、南大西洋の上空約660キロの地点で“SLIM”のメインエンジンを約39秒間噴射。
予定通りの軌道変換を確認したことで“月遷移フェーズ”への移行を完了しています。

今後は必要に応じて軌道を修正し、10月4日午後に1回目の月とのスイングバイを実施する予定です。

推進剤の消費量が少ない軌道の採用

10月4日“SLIM”は、月周回軌道投入に向けて軌道を変更するために、地球を公転する月の重力を利用して軌道を変更するスイングバイを実施。
月の高度5000キロ付近を通過しています。

月スイングバイの約45分前には、航法カメラで撮影した月の画像が公開されています。
月スイングバイの45分ほど前に“SLIM”の航法カメラで撮影された月。データが圧縮されているので画質は荒くなっている。“SLIM”のX(旧Twitter)公式アカウントのポストから引用。(Credit: JAXA)
月スイングバイの45分ほど前に“SLIM”の航法カメラで撮影された月。データが圧縮されているので画質は荒くなっている。“SLIM”のX(旧Twitter)公式アカウントのポストから引用。(Credit: JAXA)
探査機が惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式があります。

この飛行方式の特徴は、燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行えることにあります。
積極的に軌道や速度を変更する場合を“スイングバイ”、観測に重点が置かれる場合を“フライバイ”と言い、使い分けています。

“SLIM”のミッションでは、着陸機自身のエンジンと限られた推進剤で月へ向かうためスイングバイを実施。
飛行時間が長くなる代わりに推進剤の消費量が少ない軌道を採用しています。

そのため、月スイングバイを終えた“SLIM”は、月や地球から一旦大きく離れるような軌道を飛行した後で、月周回軌道に入ることになります。

“SLIM”は打ち上げから3~4か月後に月周回軌道へ到着し、月を約1か月間周回した後で、日本初となる月着陸を実施する予定です。
“SLIM”の打ち上げから月周回軌道到達までの飛行経路を示した図。2023年10月4日の自転では“③月スイングバイによる軌道変更”まで完了したことになる。(Credit: JAXA)
“SLIM”の打ち上げから月周回軌道到達までの飛行経路を示した図。2023年10月4日の自転では“③月スイングバイによる軌道変更”まで完了したことになる。(Credit: JAXA)

“降りやすいところに降りる”から“降りたいところに降りる”着陸への質的転換

“SLIM”は、将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術と、小型で軽量な探査機システムの実現を目指す月面探査機です。

目指しているのは、これまでの“降りやすいところに降りる”着陸ではなく、“降りたいところに降りる”着陸への質的な転換。
これを実現することで、月よりもリソース制約の厳しい惑星への着陸も、現実のものになっていくはずです。

昨今、対象になる天体についての知見が増え、探査すべき内容が今までよりも具体的になっているので、探査対象の付近への高精度着陸が必要になっています。

さらに、将来の太陽系科学探査で必要になるのが、より高性能な観測装置の搭載。
その時のために探査機システムを軽量化し、その分を観測装置にリソース配分ができるよう、探査機の軽量化は欠かせないんですねー

“SLIM”では、ピンポイント着陸技術と、小型で軽量な探査機システムの実現を目標とし、将来の月惑星探査に貢献することを目指しています。

月の地球側にある“神酒の海(Mare Nectaris)”の西に位置するSHIOLIクレーター付近の傾斜地に、正確にピンポイント着陸を行うための航法と、二段階式により安全なタッチダウンを行う技術を実証することになります。

なお、“SLIM”には“LEV(Lunar Excursion Vehicle)”と呼ばれる2機の小型ローバーも搭載されます。

中央大学、東京農工大学、和歌山大学などが開発に参加した“LEV-1”は、月面でジャンプして移動することや、地球との直接通信を目指しています。

一方の“LEV-2”は、タカラトミー、ソニーグループ、同志社大学が開発に参加した小型ローバー、“SORA-Q”の愛称でも知られています。
野球ボールほどの大きさの球体が月面に着地した後に変形し、“クロール走行”と“バタフライ走行”という、2つの走行モードで月面を走行する予定です。

“LEV-1”と“LEV-2”は、“SLIM”から着陸直前に分離され、月面到達後は画像の取得と、地球へのデータ送信を連携して行う予定です。


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衝突地点は着陸予定地点から約400キロもずれていた… ロシアの月探査機“ルナ25号”の衝突現場をNASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”が撮影

2023年09月02日 | 月の探査
2023年8月21日に、月の南極に位置するボグスラフスキー・クレーター(直径約95キロ)北部への着陸を目指していたロシアの月探査機“ルナ25号”。

ロシアの宇宙機関ロスコスモスによると、“ルナ25号”を月面着陸前の軌道に遷移させるためのエンジン噴射が実施されたのが、日本時間2023年8月19日20時10分のことでした。
エンジン噴射は飛行計画に従って実施されましたが、日本時間8月19日20時57分に通信が途絶してしまいます。

予備解析の結果、実行されたエンジン噴射のパラメータの値が計算上の値から逸脱していたために予定外の軌道に遷移してしまい、“ルナ25号”は月面に衝突して失われたと見られています。

その“ルナ25号”の衝突現場と見られる場所を、NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”がとらえたんですねー
NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”が2020年6月27日と2023年8月24日に撮影した2枚の画像を比較したもの。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Arizona State University)
NASAの月探査機“ルナー・リコネサンス・オービター”が2020年6月27日と2023年8月24日に撮影した2枚の画像を比較したもの。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Arizona State University)
ロスコスモスは8月21日に“ルナ25号”が衝突したと推定される地点を発表していました。
その発表された衝突地点周辺を“ルナー・リコネサンス・オービター”が撮影したわけです。

今回撮影された画像を、2022年6月に撮影された画像と比較してみると、確かに新しい小さなクレーターが映っていました。

その新しいクレーターは直径約10キロで、月の南緯57.865度、東経61.360度に位置しています。

“ルナ25号”の着陸予定地点は南緯69.545度、東経43.544度なので、約400キロも手前にズレたことになりますね。
衝突によってできたと見られる小クレーターの拡大画像。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Arizona State University)
衝突によってできたと見られる小クレーターの拡大画像。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Arizona State University)



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着陸は“降りやすいところに降りる”から“降りたいところに降りる”へ! “SLIM”が挑む月への高精度ピンポイント着陸と二段階式タッチダウン

2023年08月28日 | 月の探査
JAXAの小型月着陸実証機“SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)”は、2023年9月7日(木)午前8時42分11秒に種子島宇宙センターから打ち上げられることになっています。

X線分光撮像衛星“XRISM”と小型月着陸実証機“SLIM”は、H-IIAロケット47号機(H-IIA・F47)により、種子島宇宙センターから2023年9月7日8時42分11秒(日本時間)に打ち上げられました。
ロケットは計画通り飛行し、“XRISM”は打ち上げから約14分09秒後、“SLIM”は約47分33秒後にロケットから正常に分離されたことが確認されました。


その名称からも分かるように“SLIM”の目的地は月面です。

これまで、月面への到着に成功している着陸機(ランダー)はいくつかあります。
でも、着陸場所に、ここまでこだわっているランダーは他にありませんでした。

“SLIM”は、将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術を研究・実証する計画なんですねー
月面上空を航行する“SLIM”(イメージ図)。(Credit: JAXA)
月面上空を航行する“SLIM”(イメージ図)。(Credit: JAXA)

“降りやすいところに降りる”着陸から“降りたいところに降りる”着陸へ

これまで、惑星表面や月面への着陸は、地上からの軌道決定に依存していました。

ランダーの姿勢や天体表面までの距離は、ランダーに搭載された慣性航法装置(加速度計やレーダー)の測定値から把握し、機体を制御して着陸させていました。

この方法でも着陸を成功させるには十分なんですが、ランダーが目的の場所に正確に着陸するのには限界もありました。

着陸精度は数キロメートルから10数キロメートルにもなり、もしそこが荒れた地形や傾斜した場所だと機体が転倒するリスクもあります。
そう、機体を危険にさらすような地形や物体が無い、広くて平たんな地形に着陸するような計画が必要でした。

でも、対象になる天体についての知見が増え、探査すべき内容が今までよりも具体的になってくると、探査対象の付近への高精度着陸のニーズが高まっていくことに。
これまでの“降りやすいところに降りる”着陸ではなく、“降りたいところに降りる”着陸への質的な転換が必要になるんですねー

月の探査だと、日本の“かぐや”やアメリカの“ルナー・リコネサンス・オービター”、インドの“チャンドラヤーン”といった月周回衛星によって、高分解能の観測データが数多く得られています。
そのため、月の科学探査や資源探査の関心は、“月面のどこか”から“特定のクレーターの隣のあの岩石”に考えがシフトしてきています。

そこで、SLIMミッション開発の原動力になったのは、より高い精度で降りたい場所へ、そこがより危険であっても着陸できる能力の必要性でした。
JAXAの月周回衛星“かぐや(SELENE)”がとらえた画像。(Credit: JAXA)
JAXAの月周回衛星“かぐや(SELENE)”がとらえた画像。(Credit: JAXA)

放出物が散らばるクレーターを囲む斜面への着陸

SLIMは、月の地球側にある“神酒の海(Mare Nectaris)”の西に位置するSHIOLIクレーター付近の傾斜地に、正確にピンポイント着陸を行うための航法と、二段階式により安全なタッチダウンを行う技術を実証することになります。

SHIOLIは比較的新しく形成されたと考えられているクレーターです。
月周回衛星“かぐや”の観測データから、このクレーターで見られる放出物には月深部のマントルに由来すると考えられるカンラン石が多く含まれることが示唆されています。

こういった鉱物を詳しく調べれば、月の内部構造や月そのものの形成に関する情報を得られるかもしれません。

でも、クレーター放出物が散らばる場所というのはクレーターを囲む斜面…
このような場所は、着陸するのが難しくなるので通常は避けられてしまいます。

これまでの技術では、調査したい物体にランダーが十分に接近しても着陸を行うのは困難を極め、たとえ接近できたとしても地形のせいで機体が転倒するリスクもありました。

こういった制約を打ち破るため、“SLIM”では平均斜度6~7度の地形において誤差100メートル以内の着陸精度を実現しています。
小型月着陸実証機“SLIM”のミッション概要動画。(Credit: JAXA)
小型月着陸実証機“SLIM”のミッション概要動画。(Credit: JAXA)

高い精度のピンポイント着陸

“SLIM”のピンポイント着陸の精度のカギを握っているのは、探査機の“スマートな目”にあります。
これは、画像照合によって月面の上空で機体の正確な位置を把握し、自立誘導制御により着陸地点までナビゲートするものです。

“SLIM”に搭載されるコンピュータには、月周回衛星“かぐや”と“ルナー・リコネサンス・オービター”が記録した地図(着陸地点周辺)が搭載されています。

“SLIM”は上空にいる間に搭載されたカメラで月面を撮影。
撮影した画僧からクレーターを検出して、クレーターのくぼ地模様と搭載した地図のクレーター位置情報を照合し、探査機の位置を精度良く知ることができます。

ただ、月の重力は絶えず探査機を引っ張り続けていて、ほんの少しでも遅れると“SLIM”は着陸地点を見失ってしまうか墜落してしまう可能性があります。

そう、このプロセスには極めて高速な処理が求められることになります。
なので、画像照合のアルゴリズムは、撮像コマンドから結果の出力までを5秒以内で完了するそうです。

“SLIM”が現在位置を正確に把握したら、搭載されたジャイロセンサーを利用して加速度を測定し、“スタートラッカー”と“太陽センサー”といった光学センサーによって探査機の姿勢を把握し、レーダーで月面までの距離を測定します。

こうしたセンサー類を駆使して探査機の位置や向き、速度を把握すれば、目標の着陸地点に向かって“SLIM”自身が自律的に軌道を修正することができます。

二段階式の安全なタッチダウン

“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
“SLIM”は、月周回軌道を離れてからは、月面に対して垂直の姿勢で降下。着陸直前に機体を斜めに傾けて横向きに設置するという特徴的な着陸方法を採用している。(Credit: JAXA)
ただ、たとえ高精度で目標の着陸地点に到達しても、その後探査機が平たんな地を見つけるために、移動が必要になるようでは意味がありません。

“SLIM”は“2段階着陸方式”と呼ばれる方法で、行きたい場所が傾斜地であっても、安全な着陸を実現しています。

“SLIM”は着陸地点の上空50メートルになると、搭載レーダーからより正確な測定ができる光学式距離計“レーザーレンジファインダー”に切り替えて高度を測定。
そして、着陸シーケンスの最終段階に近づくと、“SLIM”は垂直に姿勢を変更して月面を撮影し、岩などの危険な障害物の有無に応じて水平位置の微調整を行います。

着陸地点の3メートル上空まで来るとメインスラスターをカットオフし、補助スラスターにより機体の姿勢をコントロールすることになります。
“SLIM”の3DモデルはSLIMウェブサイト内でダウンロードが可能。(Credit: JAXA)
“SLIM”の3DモデルはSLIMウェブサイト内でダウンロードが可能。(Credit: JAXA)
“SLIM”が備えているのは、3Dプリンタで造形したアルミニウムの金属格子からなる5つの半円形をした脚。
これにより、着陸時の運動エネルギーを自らがつぶれることで消費し衝撃を吸収します。

“SLIM”の上部には2つの前補助脚、機体中段に2つのデッキ脚があり、さらに下部に1つの主脚があります。
月面に垂直に姿勢変更して降下する際、最初に月面に触れるのはこの主脚になります。

第2段階で機体は前方に傾き、やがて前補助脚が接地すると機体は月面で安定。
中段のデッキ脚は通常の着陸では月面に接地することはなく、この脚は何かあって機体が回転してしまった時などに横転を止める役割を持ちます。

傾斜地である着陸目標地点では、この方式が最も転倒リスクが小さく、かつシンプルで軽量な着陸脚システムになるようです。

着陸直前の“SLIM”は、2つの小型プローブ“LEV”を放出します。
この2つのプローブのミッションは、着陸地点周辺の状況を記録することと、月面における自立機能の工学実証です。

一方で“SLIM”本体は、月面に無事に着陸するとクレーター放出物の組成を調べるため、分光カメラを用いて周辺を観測します。
“SLIM”を着陸させてみたくなったら、JAXA宇宙教育センターによるゲームスタイルの教材“SLIM : THE PINPOINT MOON LANDING GAME”で“SLIM”を操縦してみよう!(Credit: JAXA)
“SLIM”を着陸させてみたくなったら、JAXA宇宙教育センターによるゲームスタイルの教材“SLIM : THE PINPOINT MOON LANDING GAME”で“SLIM”を操縦してみよう!(Credit: JAXA)
“ピンポイント着陸”という言葉は、小惑星リュウグウに“はやぶさ2”がきわめて正確なタッチダウンを行った際にも使われた表現です。

ただ、月とリュウグウでの重力条件の違いにより、求められる技術も大きく異なってくるんですねー

リュウグウの重力は、地球の重力の約8万分の1と極めて小さいので、ゆっくりと着陸降下の運用ができました。
いざとなれば、やり直しも可能で、事前のリハーサルなどもできます。

一方で月は、地球の約6分の1とはいえ大きな重力があるので、絶えず月に引っ張られている状態です。
絶えずエンジン(スラスター)噴射が必要で、着陸へのトライはやり直しのきかない一発勝負になります。

着陸の成功には、このたった一度のチャンスを活かす必要があります。

このこともあり、SLIMプロジェクトチームの櫛木賢一サブマネージャーは最終降下シーケンスを「減速を始めて着陸までの約20分間の運用は、息もできない痺れる様な、魔の20分」と表現しています。

この表現は、NASAがかつて火星探査車“キュリオシティ”の火星着陸について「7 minutes of terror(直訳で“恐怖の7分間”)」と表現したことを思い起こさせます。

“SLIM”は、高精度の月面着陸における初の実証機になることを期待されています。
さらに、この技術実証が様々な天体への探査計画にも革命をもたらし、後続のミッションに広く適用されていくことを、SLIMチームは願っているそうです。

“SLIM”は将来の太陽系科学探査を見据えて、リソース制約の厳しい惑星への着陸や、より高性能な観測装置搭載のための軽量化の実現を目指しています。

これを実現することで、月よりもリソース制約の厳しい惑星への着陸も、現実のものになっていくはずですよ。


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ロシアが47年ぶりに月探査機を打ち上げ! “ルナ25号”は月周回軌道投入され月面着陸は8月21日の予定

2023年08月20日 | 月の探査
ロシアの国営宇宙企業ロスコスモス(Roscosmos)の発表(日本時間8月20日)
“ルナ25号”で問題が発生! 探査機は月面に衝突したかも…

発表によると、無人の月探査機“ルナ25号”で問題が発生し、探査機は失われたようです。

2023年8月21日に月面着陸が実施される予定だった“ルナ25号”。
ロスコスモスによると、“ルナ25号”を月面着陸前の軌道に遷移させるためのエンジン噴射が実施されたのが、日本時間2023年8月19日20時10分のこと。
エンジン噴射は飛行計画に従って実施されましたが、日本時間8月19日20時57分に通信が途絶してしまいます。

予備解析の結果、実行されたエンジン噴射のパラメータの値が計算上の値から逸脱していたために予定外の軌道に遷移してしまい、“ルナ25号”は月面に衝突して失われたと見られています。

一部のメディアや識者は、噴射時間が長すぎた可能性に言及。
原因を解明するため、特別委員会による調査が行われるということです。



8月11日に打ち上げられたロシアの無人月探査機“ルナ25号”が月周回軌道への投入に成功したそうです。
ロシアの月探査機打ち上げはソ連時代以来47年ぶりのこと。
23日頃に月の南極付近に着陸する予定です。
月探査機“ルナ25号”を搭載したソユーズ2.1bロケットの打ち上げ(ロスコスモスのライブ配信から引用)。(Credit: Roscosmos)
月探査機“ルナ25号”を搭載したソユーズ2.1bロケットの打ち上げ(ロスコスモスのライブ配信から引用)。(Credit: Roscosmos)

47年ぶりの無人月探査機打ち上げ

日本時間の8月11日8時10分、ロシアの無人月探査機“ルナ25号(Luna 25)”を載せた“ソユーズ2.1b”ロケットが、ロシアのボストチヌイ宇宙基地から打ち上げられました。

“ルナ25号”は、上段ロケットのフレガートMによって予定通り月に向かう軌道へ投入。
その後、月周回軌道に投入するためのエンジン噴射を日本時間の2023年8月16日17時57分に開始。
エンジン噴射は2回行われていて、軌道修正用のエンジンを243秒間、着陸用のエンジンを76秒間噴射したそうです。
“ルナ25号”に搭載されているカメラで2023年8月13日に撮影された地球(左)と月(右)。地球から約31万キロ離れた位置で撮影。(Credit: IKI RAN)
“ルナ25号”に搭載されているカメラで2023年8月13日に撮影された地球(左)と月(右)。地球から約31万キロ離れた位置で撮影。(Credit: IKI RAN)
現在、月周回軌道に入った“ルナ25号”の状態は正常で、通信も安定しています。
ロシアによる月探査機の打ち上げは、ソ連時代の無人月探査機“ルナ24号”以来47年ぶりになるそうです。
月探査機“ルナ25号”を搭載したソユーズ2.1bロケットの打ち上げライブ配信アーカイブ。(Credit: Roscosmos)
探査機は月を周回する高度100キロの円軌道を3日間飛行した後に、高度19キロ×100キロの楕円軌道に移行し、さらに5~7日間飛行を続けます。
“ルナ25号”が初めて撮影した月面の写真(月の裏側にあるゼーマン・クレーター)。(Credit: Roscosmos)
“ルナ25号”が初めて撮影した月面の写真(月の裏側にあるゼーマン・クレーター)。(Credit: Roscosmos)
そして8月21日、月の南極に位置するボグスラフスキー・クレーター(直径約95キロ)の北部(何位69.545度、東経43.544度)に着陸。
予備の着陸地点としては、マンチヌス・クレーターの南西(何位68.773度、東経21.21度)が設定されています。
“ルナ25号”の着陸目標地点を示した図。主目標地点はボグスラフスキー・クレーターの北部(緑色の点)で、予備の目標地点が2か所(赤色の点と白色の点)設定されている。(Credit: Roscosmos)
“ルナ25号”の着陸目標地点を示した図。主目標地点はボグスラフスキー・クレーターの北部(緑色の点)で、予備の目標地点が2か所(赤色の点と白色の点)設定されている。(Credit: Roscosmos)
着陸後の“ルナ25号”が予定しているのは、1年間にわたって月面の探査を実施すること(探査機には質量分析計やカメラなどが搭載されている)。
着陸機に備え付けられた長さ1.6メートルのロボットアームで細かい砂(レゴリス)を採取して組成を調べるほか、月の極圏上空にあるプラズマやチリを測定します。
“ルナ25号”に搭載されているカメラで2023年8月15日に撮影された機体の一部。左上にはロボットアームのバケットが写っている。(Credit: IKI RAN)
“ルナ25号”に搭載されているカメラで2023年8月15日に撮影された機体の一部。左上にはロボットアームのバケットが写っている。(Credit: IKI RAN)
打ち上げ準備中に撮影されたロシアの月探査機“ルナ25号”。(Credit: Roscosmos)
打ち上げ準備中に撮影されたロシアの月探査機“ルナ25号”。(Credit: Roscosmos)

再び脚光を浴びる月面探査

実は、月の南極域は、太陽光が届かないクレーター内の永久影に水の氷が埋蔵されていて、注目の領域になっているんですねー

“ルナ25号”と同じ頃(8月23日)には、7月14日に打ち上げられたインド宇宙研究機関(ISRO)の無人月探査機“チャンドラヤーン3号”の着陸機も、月の南極付近(南緯70度)への着陸を予定しています。

また、NASAの有人月面探査計画“アルテミス”でも、2025年に打ち上げの“アルテミスIII”で宇宙飛行士を月面に送る際の着陸地点候補をすべて月面の南極付近に設定しています。

人類が初めて月面着陸を果たしてから50年以上が経過した今、月面探査が再び脚光を浴びています。

月を巡っては、資源開発をはじめ、月周回有人拠点“ゲートウェイ(Gateway)”や月面の有人探査拠点の建設、さらに月を足掛かりとした有人火星探査など、世界各国による探査やそれに関わる技術開発が活発で、今後もその勢いは増していきそうです。

JAXAも、8月26日に小型月着陸実証機“SLIM(スリム)”の打ち上げを予定しています。

“SLIM”の目的は、科学的に興味深い“着陸したい場所”への高精度着陸を実現するためのピンポイントで着陸する技術の実証。
接地直前に機体を斜めに傾け横向きに接地するという特徴的な方法を採用することで、これまでの垂直に接地する方法では着陸が難しかった斜面への着陸に挑みます。
これにより得られる知見は将来の月惑星探査に役立てられるようです。


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