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初期宇宙に見つかった“赤い渦巻銀河”は、いつ、どのように生まれたのか?

2023年01月11日 | 銀河・銀河団
地球が属する天の川銀河は渦巻構造をもつ“渦巻銀河”の仲間です。
では、この渦巻銀河は、いつ、どのように生まれ、形作られたのでしょうか?
このことについては、望遠鏡の感度や空間分解能の限界から、これまでよく分かっていませんでした。

なので、今回の研究では、NASAが2022年から運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡のデータを元に分析。
すると、80億年から100億年前の宇宙に、これまで見られなかった赤い渦巻銀河を初めて発見したんですねー

今回のパイロット調査を元に、さらに詳しく渦巻銀河形成についての分析を進めることができれば…
いまだ謎が多い銀河の成り立ちに関して、さらに新たな知見が加わりそうです。

初期の宇宙に見つけた赤い渦巻銀河

今回の研究で見つけたのは、これまで確認されていなかった特異な“赤い渦巻銀河”。
さらに、その銀河が80億年から100億年前という初期の宇宙に存在することを明らかにしています。
今回の研究を進めているのは、早稲田大学理工学術院総合研究所の次席研究員・国立天文台アルマプロジェクト特任研究員の札本 佳伸(ふだもと よしのぶ)と同大理工学術院の教授の井上 昭雄(いのうえ あきお)および同大理工学術院総合研究所の次席研究員・国立天文台アルマプロジェクト特任研究員の菅原 悠馬(すがはら ゆうま)の研究グループです。
この研究の成果は、2022年からNASAで運用が開始されたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡のデータを元にしたものとしては、国内の研究機関から初めて出版される論文になるそうです。
図1.渦巻銀河の例“M74”(出典NASA)。渦巻構造中に見える赤い領域は活発な星形成活動を行っている領域。私たちの住む地球が属する天の川銀河も、このような構造を持っていると考えられていて、近傍の宇宙には比較的数多く存在する銀河である。(Credit: 早稲田大学リリース)
図1.渦巻銀河の例“M74”(出典NASA)。渦巻構造中に見える赤い領域は活発な星形成活動を行っている領域。私たちの住む地球が属する天の川銀河も、このような構造を持っていると考えられていて、近傍の宇宙には比較的数多く存在する銀河である。(Credit: 早稲田大学リリース)

渦巻銀河はいつ、どのように生まれたのか?

エドウィン・ハッブルによる銀河の分類法“ハッブル分類”にも見られるように、現在の宇宙には楕円銀河や渦巻銀河など、見た目から分かり易い形を持った銀河が多く存在しています。

なかでも渦巻銀河は、銀河中心に“バルジ”と呼ばれる楕円体の構造を持ち、特徴的な渦巻状の腕“渦状腕(かじょうわん)”を持つ、美しい円盤銀河です。(図1)

現在の宇宙にある渦巻銀河の多くは、比較的活発な星形成活動を行っていて、私たちの住む天の川銀河もその一つになります。

このような渦巻構造を持つ銀河がいつ、どのように生まれ、どれほど過去の宇宙に存在するのでしょうか?
このことは、これまでの研究では分かっていませんでした。

特に、80億年以上前の初期宇宙では、NASAのハッブル宇宙望遠鏡などによる観測の結果から、不規則な形態を持つ銀河が多いことが知られ、渦巻銀河はほとんど発見されてきませんでした。

このことから考えられるのは、渦状腕など銀河の形が整うためには、銀河が生まれてから長い時間が必要なこと。
そう、もっと時代が下った、現在に近い時代の宇宙にしか存在しないのかもしれません。

また、近年のすばる望遠鏡による大規模な探査によって明らかになったこともあります。

それは、現在の宇宙にある渦巻銀河の98%は比較的活発な星形成活動を行っていて、星形成活動が止まってしまった“年老いた”渦巻銀河は2%程度しか存在しないことでした。
年老いた銀河は、パッシブな銀河とも呼ばれる。星形成活動がほとんどなく、その内部に存在する星は形成されてから比較的長い時間が経っているため年老いている。星形成活動に必要なガスが存在しない、赤い色を持つなどの特徴がある。
年老いた渦巻き銀河の数が少ないということは、現在の宇宙だけの特徴なのでしょうか?
それとも、過去の時代の宇宙にある銀河を見れば、現在とは異なる様子が見られるのでしょうか?
この疑問に対しては、これまでの望遠鏡の感度や空間分解能の制限から、まだ答えを得られていません。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が明らかにしてくれること

今回、研究チームが注目したのは、2022年から運用を開始したNASAのジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が、世界に向けて初公開したデータ。
特に、これまでの観測ではとらえていなかった特異な銀河“赤い渦巻銀河”でした。

これらの“赤い渦巻銀河”は、すでにハッブル宇宙望遠鏡や赤外線天文衛星“スピッツァー”による観測でも検出はされていました。
でも、空間分解能や感度の制限から、その詳細な形態や性質については知られていなかったんですねー

今回、スピッツァーより10倍の空間分解能、50倍の高感度を持つジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の革新的な性能により、その詳細な形態が初めて明らかになりました。(図2)
図2.この研究で詳細を調査した“赤い渦巻銀河”の代表例“RS13”と“RS14”の画像。上段がこれまでの赤外線天文衛星“スピッツァー”による観測データ(約4ミクロンの赤外線単波長データを使用)。下段が今回ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によって同じ銀河に対して得られたデータ(約1ミクロンから4ミクロンの赤外線波長データを用いて作られた疑似画像)。ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の極めて優れた分解能と感度によって“RS13”と“RS14”ともに渦巻き構造を持っていることが初めて明らかになり、さらに“赤い渦巻銀河”というこれまで知られていなかった銀河種族の存在が明らかになった。(Credit: 早稲田大学リリース)
図2.この研究で詳細を調査した“赤い渦巻銀河”の代表例“RS13”と“RS14”の画像。上段がこれまでの赤外線天文衛星“スピッツァー”による観測データ(約4ミクロンの赤外線単波長データを使用)。下段が今回ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡によって同じ銀河に対して得られたデータ(約1ミクロンから4ミクロンの赤外線波長データを用いて作られた疑似画像)。ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の極めて優れた分解能と感度によって“RS13”と“RS14”ともに渦巻き構造を持っていることが初めて明らかになり、さらに“赤い渦巻銀河”というこれまで知られていなかった銀河種族の存在が明らかになった。(Credit: 早稲田大学リリース)
今回の研究は、この“赤い渦巻銀河”がどのような性質をも持つのかを調べるパイロット調査。
最も赤い色を持つ2つの銀河“RS13”と“RS14”について、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡から得られた測光データや分光データを元に分析を実施しています。

すると、これらの“赤い渦巻銀河”が、80億年から100億年程度過去の、初期宇宙に存在する銀河であることが分かります。
さらに、“RS14”は星形成を行っていない、“年老いた”銀河であることも明らかになりました。

年老いた渦巻き銀河は、現在の宇宙では極めて珍しいもの。
なんですが、今回のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の初期観測データという、ほんの小さな領域の観測から発見されています。

このことが示唆しているのは、年老いた渦巻き銀河が遠方宇宙ではこれまで考えられてきたよりも多く存在する可能性でした。

一方で、初期宇宙に存在する赤い渦巻銀河や年老いた渦巻銀河は、どのようにして形成されてきたのか、といった疑問が新たに生じる結果になりました。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が初めて公開した画像の中に見られた特徴的な銀河“赤い渦巻銀河”について、パイロット調査が行われました。

これにより、初期宇宙においても渦巻銀河は多数存在し、またその中には年老いた渦巻き銀河といった、近傍宇宙では極めて珍しい銀河も存在することが初めて示されました。

これらの発見から、渦巻銀河形成の歴史や、ひいては宇宙の歴史全体の中で銀河の形態がどのように変化してきたのかについての研究に、新たな視点を与えることができたのかもしれません。

今後、さらに多数の赤い渦巻銀河について調査を行い、過去の宇宙に存在する渦巻銀河や年老いた渦巻銀河に対する研究を進めていけば、いまだ謎多き銀河の成り立ちに関して、新たな知見を加えることができるはずです。


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銀河団内には星が生まれにくい場所がある? 70億年前から存在している銀河団の奇妙な銀河分布

2023年01月07日 | 銀河・銀河団
すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラで撮られた、70億年前までの宇宙に存在する5000個を超える銀河団。
このデータを統計的に調べてみると、成長をやめてしまった銀河が、銀河団内の特定の方向に偏って分布していることが明らかになったんですねー

このことは、銀河団の内部で銀河の成長を止めるメカニズムが、非等方的に働いている可能性を示すもの。
銀河の形成過程の新たな一面をとらえた成果といえます。
図1.今回の研究に用いた銀河団の一例。銀河団に属する銀河のうち、星形成をしている銀河を青い円で、星形成をやめた銀河をオレンジの円で示している。印が付いていない天体は、この銀河団とは無関係の銀河や星になる。ピンクと水色の影で示された領域は、それぞれ銀河団の中心銀河の長軸に「揃った方向」と「垂直な方向」を表している。右上の画像は銀河団の中心部を拡大したもの。この例のように中心銀河は基本的に楕円に近い形をしていて、楕円の伸びた方向を長軸としている。個々の銀河団の観測から銀河分布の偏りを検出するのは難しいが、今回の研究では5000個以上の銀河団の高品質な撮像データを解析することで、成長している銀河と成長をやめた銀河の分布の偏りを検出している。(Credit: 東京大学)
図1.今回の研究に用いた銀河団の一例。銀河団に属する銀河のうち、星形成をしている銀河を青い円で、星形成をやめた銀河をオレンジの円で示している。印が付いていない天体は、この銀河団とは無関係の銀河や星になる。ピンクと水色の影で示された領域は、それぞれ銀河団の中心銀河の長軸に「揃った方向」と「垂直な方向」を表している。右上の画像は銀河団の中心部を拡大したもの。この例のように中心銀河は基本的に楕円に近い形をしていて、楕円の伸びた方向を長軸としている。個々の銀河団の観測から銀河分布の偏りを検出するのは難しいが、今回の研究では5000個以上の銀河団の高品質な撮像データを解析することで、成長している銀河と成長をやめた銀河の分布の偏りを検出している。(Credit: 東京大学)


銀河の星形成活動

数千個もの星々の集まりである銀河は、ガスを材料にして星を作り出す星形成活動を通じて成長します。

ただ、観測される銀河の星形成の様子は活発なものから、ほとんど停止しているものまで色々…
なので、どのような条件下で星形成が促進あるいは抑制されるかを調べることは、銀河の成長過程を理解する上で重要なことになります。

さらに、銀河の中には、単独で存在するものもあれば、群れて集まっているものもあります。

銀河の群れの中でも、数百から数千の銀河からなる大規模集団は“銀河団”と呼ばれています。
銀河団は300万光年もの広がりがあり、“銀河団ガス”と呼ばれる数千万度から数億度の高温ガスで満たされています。

面白いことに、単独で存在する銀河の多くは星形成をしていますが、銀河団に属する銀河の多くは星形成をやめているんですねー

これは、銀河と銀河団ガスが密に集まっているという、銀河団特有の環境に起因するものだと考えられています。

たとえば銀河団ガスの風圧や、近くを通過するほかの銀河の重力が、銀河の内部から星の材料であるガスを剥ぎ取ってしまうことが知られています。
その結果として、銀河の星形成、つまり成長が止まると考えられています。


成長をやめた銀河の偏った分布

銀河団に着目したこれまでの研究の多くは、銀河団に属する銀河の性質は等方的だとしています。
つまり、銀河団中心から見てどの方向を調べても、銀河の性質は同じであるという仮定の下で行われてきました。

ところが、近年の研究で指摘されているのは、成長をやめた銀河の分布が、銀河団内の特定の方向に偏っている可能性があることです。

多くの銀河団の中心部には巨大な銀河(中心銀河)が1つありますが、成長をやめた銀河は中心銀河の長軸方向に高い頻度で存在しているようです。

このことは、銀河団の中で銀河の星形成をやめる作用が、中心銀河と揃った方向(長軸方向)では強く、それに垂直な方向では弱く働くためだと解釈されています。

このような示唆が得られたのは、現在の宇宙に限られた研究や、少数の銀河団のサンプルの観測からです。
なので、この偏りが宇宙の幅広い年代で普遍的なものなのか? また、どの銀河団でも見られる一般的な傾向なのか? については分かっていませんでした。

そこで、今回の研究で用いられたのは、5000個を超える大量の銀河団のデータ。
このデータは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“Hyper Suprime-Cam(ハイパーシュプリーム・カム)”による大規模探査“Hyper Suprime-Cam すばる戦略枠プログラム”によって、撮像されたものでした。
この銀河団データを対象に、星形成をやめた銀河の割合が中心銀河の向きに対して、どのように変化するのかを調べています。(図1)
今回の研究を進めているのは、東京大学の安藤誠大学院生を中心とするチームです。
その結果、中心銀河の長軸に沿った方向では星形成をやめた銀河の割合が高く、それと垂直な方向では低くなっているが確かめられました。(図2)

さらに、この偏りがおよそ70億年前までの銀河団で検出されたいたので、時代によらず普遍的なものであることも分かっています。


銀河の偏った分布はどのようにして生じたのか

今回検出された偏りは数パーセント程度の小さなもの。
すばる望遠鏡による高品質かつ、大規模な銀河団サンプルを統計的に分析することで、初めて検出が可能になったことでした。
図2.今回の研究で検出された成長をやめた銀河の偏り(左)と、そのイメージ図(右)。左図は約60億年前の宇宙での解析結果で、成長をやめた銀河の割合(白丸)を中心銀河の長軸からの方向ごとに示している。黒色の太線は分布傾向を表す線になる。ピンク色の影で示された「中心銀河の長軸に揃った方向」では、水色の影で示された「中心銀河の長軸に垂直な方向」と比べて、成長をやめた銀河の割合が高くなっている。(Credit: 東京大学)
図2.今回の研究で検出された成長をやめた銀河の偏り(左)と、そのイメージ図(右)。左図は約60億年前の宇宙での解析結果で、成長をやめた銀河の割合(白丸)を中心銀河の長軸からの方向ごとに示している。黒色の太線は分布傾向を表す線になる。ピンク色の影で示された「中心銀河の長軸に揃った方向」では、水色の影で示された「中心銀河の長軸に垂直な方向」と比べて、成長をやめた銀河の割合が高くなっている。(Credit: 東京大学)
それでは、この偏りはどのように生じたのでしょうか?

一般に、「重い銀河」や「密な場所にある銀河」には、成長をやめたものが多いことが知られています。

そこで、考えられるのは以下の可能性。
1.重い銀河が中心銀河の長軸方向により多く存在している。
2.中心銀河の長軸方向では銀河がより密に集まっている。

あるいは、以下の可能性があるのかもしれません。
3.銀河団の外で成長をやめた銀河が、中心銀河の長軸方向に沿った運動で銀河団内部へ移動してきている。

でも、今回検出された銀河の偏りを様々な角度から検証してみると、1や2では検出された偏りの大きさを説明できないこと、また銀河団の外では成長をやめた銀河の分布に大きな偏りがなく、3の可能性も低いことが分かりました。

どうやら、上記の説明では不十分なようです…
では、観測された偏りをうまく説明することはできるのでしょうか?

実は、今回の結果をうまく説明できる説が、シミュレーションを用いた先行研究で提案されているんですねー
この説には、ほぼすべての銀河の中心部に存在するとされる、巨大ブラックホールの存在が関わっています。

銀河団の中心銀河が持つ巨大ブラックホールは、銀河団ガスを吹き飛ばすほどのエネルギーを放出します。
この時、中心銀河の長軸に垂直な方向のガスを集中的に吹き飛ばすので、その方向にある銀河団ガスが銀河に及ぼす風圧は相対的に弱くなります。
結果として、中心銀河の向きに応じて銀河の成長の止まりやすさが変わことになる っという説です。

今回の研究結果は、基本的にこの説と整合しています。

このことは、銀河団における銀河の成長を考える上で、中心銀河の巨大ブラックホールの活動性や、銀河と銀河団ガスとの相互作用が、いつの時代も極めて重要であることを示唆しています。

今回の研究では、すばる望遠鏡の大規模で高品質な観測データのおかげで、銀河団の中で銀河の成長を止めるメカニズムの新たな面と、その普遍性が明らかになりました。

ただ、その直接的な証拠となるブラックホールの活動性や、銀河団ガスの偏在を検出したわけではありません。

これらは、今後X線や電波の観測によって、明らかになると期待されています。
今回検出された、成長をやめた銀河の偏りの原因を解明することで、銀河団における銀河の成長史に迫ることができるといいですね。


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金やプラチナなど貴金属の元素を含む星は、100億年以上前に天の川銀河の元になった小さい銀河で生まれていた

2022年12月09日 | 銀河・銀河団
宇宙が誕生した138億年前
そして、その数億年後から形成されてきたと考えられている天の川銀河。
でも、誕生から形成の過程は謎に満ちていて、今でも解明されていないことがたくさんあるんですねー

今回の研究では、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイⅡ”を用いて、天の川銀河ができる様子を世界最高解像度でシミュレーションすることに成功。
その結果、金や、プラチナなど鉄より重い貴金属の元素を多く含む星は、100億年以上前、天の川銀河の元になった小さい銀河で形成されたことを明らかにしています。

また、本シミュレーションで形成された星の元素量、運動は天の川銀河の星の観測と一致。
今後、国立天文台のすばる望遠鏡などでの観測が進むと、貴金属に富んだ星を指標として、長年の謎であった100億年以上前の天の川銀河形成史を辿れるようになるようです。
今回の研究で行われた天の川銀河形成シミュレーションによる星とガスの分布。黄色で描かれているのが星、水色で描かれた粒子がガスを表す。(Credit: 平居悠)
今回の研究で行われた天の川銀河形成シミュレーションによる星とガスの分布。黄色で描かれているのが星、水色で描かれた粒子がガスを表す。(Credit: 平居悠)

星の元素組成には銀河の歴史が刻まれている

私たちが暮らす地球、そして太陽系を含む大きな星の集まりが天の川銀河です。

その天の川銀河は、どのように形成されたのでしょうか?
このことを明らかにすることは、天文学における長年の課題になっています。

私たちの身の回りのほとんどの元素は星の中で合成されていますが、その星の元素組成から、天の川銀河の形成を理解する手掛かりを得ることができます。

星がその一生を終える際、元素はその星の周辺に撒き散らされ、次世代の星に引き継がれていきます。

つまり、星の元素組成には、その星が形成されるまでの銀河の歴史が刻まれていることになります。

鉄より重い貴金属元素に富んだ星

国立天文台のすばる望遠鏡などの観測から、天の川銀河には鉄より重い元素(金やプラチナなどの貴金属)と、鉄との比が太陽の5倍以上の星がいくつもあることが確認されています。
すばる望遠鏡は、国立天文台がハワイのマウナケア山頂で運用する口径8.2メートルの光学赤外線望遠鏡。今回の研究では、すばる望遠鏡に搭載された高分散分光器(HDS : High Dispersion Spectrograph)によって観測された恒星の分光データを用いている。
さらに、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”は、これらの星の多くは太陽とは異なる軌道を持つことを明らかにしてくれました。
“ガイア”は、ヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する位置天文衛星。可視光線の波長帯で観測を行い、10憶個以上の天の川銀河の恒星の位置と速度を三角測量の原理に基づいて測定する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡。測定精度は10マイクロ秒角(1度の1/60の1/60の1/10マンの角度)であり、これは地球から月面の1円玉を数えられる精度。
こうした特徴は、鉄より重い元素に富んだ星々が、天の川銀河の形成史を強く反映して形成された可能性を示唆しています。

でも、これらの星が銀河の歴史の中で、いつ、どのように形成されたのかは明らかになっていませんでした。

そこで、今回の研究では、天の川銀河が形成される様子を138億年前の宇宙誕生から現在までシミュレーション。
国立天文台が運用する天文学専用スーパーコンピュータ“アテルイⅡ”が用いられました。

その結果、明らかになったのは、鉄より重い貴金属元素に富んだ星の多くは、100億年以上前、天の川銀河の元になった小さい銀河で形成されたことでした。

天の川銀河の元になった小さい銀河

今回の研究では、世界最高解像度の天の川銀河シミュレーションを実施することに成功しています。

このシミュレーションでは、宇宙初期の密度のムラからダークマターとガスが重力によって集まり、その中で星が形成されていく様子を計算しました。
“ダークマター”は、銀河の性質を説明するために考案された仮設上の物質で、宇宙の全質量・エネルギーの約27%を占めていると考えられている。銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光を放射しない物質の重力効果に求めたのが“ダークマター説”の始まり。
この計算は、研究チームが独自に開発した数値計算コードと“アテルイⅡ”を用いることで、これまでより10倍程度高い解像度を実現。
これにより、これまで分解できなかった天の川銀河の元になった小さい銀河を空間的に分解し、その中で星が生まれる様子を探ることができるようになりました。
今回の研究のテストシミュレーションの映像(100分の1の解像度で計算したもの)。黄色く輝くのが星、淡く雲のように広がって描かれているものがガスを表す。シミュレーション:斎藤貴之(神戸大学/東京工業大学 ELSI)、可視化: 武田隆顕(VASA Entertainment Co. Ltd.)。(Credit: 斎藤貴之、武田隆顕)

シミュレーションでは、鉄よりも重い元素に富んだ星が「いつ・どこで・どのように」形成されたのかを解析しています。

星が形成された時期を調べて分かったのは、鉄より重い元素に富んだ9割以上の星が、宇宙誕生から40億年以内に形成されたこと(図2)。
シミュレーションでは、これらの星々の多くは、まだ形成途中の小さい銀河で誕生していました。

こうした小さい銀河では、ガスの量が少ないので、一度の貴金属合成現象でも銀河全体の鉄よりも重い元素の割合が高くなります。

そのような環境で星が生まれると、その星に引き継がれる鉄よりも重い元素の量も高くなるわけです。
図2:シミュレーションから得られた鉄の量と星が生まれた時刻の関係。赤点が鉄より重い元素に富んだ星。黄色、緑色、青色のカラーグラデーションは全ての星。(Credit: Hirai et al.)
図2:シミュレーションから得られた鉄の量と星が生まれた時刻の関係。赤点が鉄より重い元素に富んだ星。黄色、緑色、青色のカラーグラデーションは全ての星。(Credit: Hirai et al.)

100億年以上前の天の川銀河形成史

さらに、すばる望遠鏡などで観測した天の川銀河の星の貴金属量と、シミュレーションで予測された貴金属元素のひとつであるユーロピウム(Eu)の量を比較。
すると、よく似た分布をしていることが示されました(図3)。

この結果は、天の川銀河に見られる鉄よりも重い元素に富む星の多くは、100億歳以上の年齢を持ち、宇宙初期の天の川銀河の形成史を今に伝える星々であることを意味しています。

今回の研究では、2017年に重力波が検出された連星中性子星合体から放出される貴金属量を仮定することで、天の川銀河の鉄よりも重い元素量を図3のように矛盾なく説明できています。
図3:ユーロピウムと鉄の比の分布。オレンジ色、青色はそれぞれ天の川銀河の観測とシミュレーションによる結果。鉄よりも重い元素の代表例として観測例の多いユーロピウムで比較。(Credit: Hirai et al.)
図3:ユーロピウムと鉄の比の分布。オレンジ色、青色はそれぞれ天の川銀河の観測とシミュレーションによる結果。鉄よりも重い元素の代表例として観測例の多いユーロピウムで比較。(Credit: Hirai et al.)

今回の研究成果は、鉄よりも重い元素に富んだ星々の起源を、世界最高解像度の天の川銀河形成シミュレーションで明らかにできたことです。

この成果により、鉄よりも重い元素に富んだ星々を指標として、これまで謎であった100億年以上前の天の川銀河形成史を探ることが可能になりました。

これにより期待されるのが、宇宙全体から私たちを形作る元素のスケールまで、分野の垣根を超えた研究が展開されること。

こうした研究が、「私たちはどこから来たのか?」という問いへの手掛かりを与えてくれるのかもしれません。

今後は、理化学研究所のスーパーコンピュータ“富岳”によるシミュレーションや、すばる望遠鏡などによる観測を駆使して、138億年に渡る天の川銀河形成史解明に挑むそうです。


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ビッグバンから20億年後の初期宇宙で形成されつつある原始銀河団を観測

2022年11月24日 | 銀河・銀河団
ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測により、115億光年彼方のクエーサーのすぐ近くに少なくとも3つの銀河が存在することが分かりました。
ハッブル宇宙望遠鏡のアーカイブデータからは、さらに多くの銀河が存在する可能性が示唆されているので、測していたのは原始銀河団が形成されつつある現場のようです。

この時代の原始銀河団は見つけるのが難しく、ごくわずかしか知られていません。
なので、高密度な環境で銀河がどのように成長するのかを、理解するための手掛かりになると考えられています。

初期の宇宙に存在するクエーサー

ヘルクレス座の方向にある“SDSS J165202.64+17285.3”は私たちから115億光年の距離を隔てた、ビッグバンから20億年程度の初期宇宙に存在するクエーサーです。

クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込むことで生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体で、あらゆる波長の電磁波を発しています。
遠方にあるにもかかわらず明るく見えるんですねー

ただ、“SDSS J165202.64+17285.3”は遠方にあるので、赤方偏移によって非常に“赤い”クエーサーになっています。
膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移の度合いを用いて算出されている。
赤外線でも明るくなっている“SDSS J165202.64+17285.3”は、赤外線宇宙望遠鏡であるジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で観測するのに向いている天体と言えました。

銀河団が形成されつつある現場

今回の研究では、ドイツ・ハイデルベルグ大学のチームが、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光器“NIRSpec”を用いて、“SDSS J165202.64+17285.3”とその周辺の分光観測を実施。

光のドップラー効果によって、私たちの方へ動いている物質からの光は波長が短く(青く)なり、遠ざかっている物質の光は波長が長く(赤く)なります。

これにより、分光観測によって“SDSS J165202.64+17285.3”の母銀河周辺におけるガスの動きを調べることができました。
(左)ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した“SDSS J165202.64+17285.3”周辺。(右)ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した“SDSS J165202.64+17285.3”近傍のガスの分布。赤は私たちから遠ざかる方向、青は私たちに近づく方向に動く成分を示している。(Credit: NASA、ESA、CSA、STScI、D. Wylezalek (Heidelberg Univ.), A. Vayner and N. Zakamska (Johns Hopkins Univ.) and the Q-3D Team)
(左)ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した“SDSS J165202.64+17285.3”周辺。(右)ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した“SDSS J165202.64+17285.3”近傍のガスの分布。赤は私たちから遠ざかる方向、青は私たちに近づく方向に動く成分を示している。(Credit: NASA、ESA、CSA、STScI、D. Wylezalek (Heidelberg Univ.), A. Vayner and N. Zakamska (Johns Hopkins Univ.) and the Q-3D Team)
ガスの動きから分かったのは、“SDSS J165202.64+17285.3”の周りには母銀河に加えて、少なくとも3つの銀河が漂っていること。
ハッブル宇宙望遠鏡のアーカイブデータからは、さらに多くの銀河が存在する可能性が示唆されています。銀河間の距離は近く、互いに重力で影響を及ぼし合っているようです。

研究チームでは、この結果を銀河団が形成されつつある現場を観測したものと解釈しています。

この時代の原始銀河団は、見つけるのが難しく、ビッグバン以降、形成するのに十分な時間を与えられたものは少ないので、ごくわずかしか知られていません。

なので、今回の発見は、高密度な環境で銀河がどのように成長するのかを、理解するための手掛かりになると考えられています。

115億年前という初期宇宙で、“SDSS J165202.64+17285.3”のように数多くの銀河が生まれているのは、極めて異例なことと言えます。

大量の暗黒物質が重力によって、物質をつなぎとめていると考えられています。

でも、ただの暗黒物質の密集部では、この状況を再現できないので、2つの巨大な暗黒物質の塊がここで衝突している可能性もあるようです。


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星の材料の流出を防いでくれるシールドがあるから、大小マゼラン雲では活発な星形成が続いている

2022年11月18日 | 銀河・銀河団
天の川銀河には、周囲を公転している“衛星銀河”が50個以上見つかっています。
その衛星銀河に含まれている大小マゼラン雲の周りに、銀河コロナと呼ばれる高温ガスが見つかったんですねー
どうやら、この構造が星の材料の流出を防いでくれているので、大小マゼラン雲では今も星の形成が続いているようです。

活発な星形成を続ける銀河

かつては小さな棒渦巻銀河だったと考えられている大マゼラン雲と小マゼラン雲。
現在では、天の川銀河に引き込まれて形が大きく崩れ、両銀河が通った後にはガスの尾が残されています。

このような過去を経た大小マゼラン雲では、星の材料になるガスが流出していてもおかしくありません。

でも、どちらの銀河でも活発な星形成が続いていて、天文学者たちは頭をひねっています。

今回、アメリカ・コロラド大学の研究チームが突き止めたのは、大小マゼラン雲を繭(まゆ)のように包む高温のガスの存在でした。
この高温のガスが星の材料を保持し、今でも活発な星の形成を続けることが出来ているようです。

このガスは直接観測ができないほど薄いもの。
でも、特定の波長を吸収する性質があり、奥の天体からの光を観測することで見つけることが出来ました。
今回の研究手法の概念図。大小マゼラン雲の背後に存在するクエーサー(右下)の光が、太陽系(中央上)の私たちに届くまでの間に、特定の波長の紫外線がマゼラン雲の銀河コロナに吸収される。天の川銀河にもコロナがあるが、マゼラン雲のコロナは大小マゼラン雲に近い部分ほど紫外線を多く吸収するので、存在が確認できる。(Credit: STScI, Leah Hustak)
今回の研究手法の概念図。大小マゼラン雲の背後に存在するクエーサー(右下)の光が、太陽系(中央上)の私たちに届くまでの間に、特定の波長の紫外線がマゼラン雲の銀河コロナに吸収される。天の川銀河にもコロナがあるが、マゼラン雲のコロナは大小マゼラン雲に近い部分ほど紫外線を多く吸収するので、存在が確認できる。(Credit: STScI, Leah Hustak)

銀河を包むプラズマ化した高温のガス

今回見つかったような、銀河を包むプラズマ化した高温のガスは“銀河コロナ”と呼ばれ、天の川銀河でも見つかっています。

その成因については、何十億年も前にガスが集まって銀河を形成したときの残りだという説もあります。

“銀河コロナ”は質量が小さい矮小銀河でも検出されているので、大小マゼラン雲にも存在する可能性は以前から指摘されていました。

そこで、研究チームはNASAのハッブル宇宙望遠鏡と遠紫外線分光衛星“FUSE”の観測データから28個のクエーサーの紫外線スペクトルを調査。
選ばれたクエーサーは、見かけ上は大小マゼラン雲の近くにありますが、実際には遥か遠方にある天体でした。
クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込むことで生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体。遠方にあるにもかかわらず明るく見える。
その光が私たちへ届くまでの間に、プラズマ化している炭素、酸素、ケイ素などに特定の波長が吸収されていることが紫外線スペクトルから分かりました。
スペクトルは光の波長ごとの強度分布。個々の元素は決まった波長の光を吸収する性質があるので、その波長での光の強度が弱まり吸収線として観測される。このスペクトルに見られる吸収線を調べることで、元素の種類を直接特定することができる。
さらに、判明したのは大マゼラン雲に見かけ上近いほど吸収量は多く、それだけプラズマが濃いこと。
このことから、研究チームでは大小マゼラン雲を中心とした高温ガスのコロナが実在すると結論付けています。

ただ、コロナのガスは薄く、そこに無いも同然なんですねー
それだけ薄いガスが、どうして大小マゼラン雲を守るシールドになれるのでしょうか?

何かが銀河に入り込もうとするなら、最初にこの物質“銀河コロナ”を通過しなければならないので、それが衝撃を吸収する役目を果たします。

また、コロナは最初に引きずり出される物質でもあります。
このコロナのごく一部を代償にすることで、銀河の内部で星の材料になるガスは守られているようですよ。


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