久代の日記

音楽、矯正治療のこと、日々のこと等

キンスマ。

2017-12-18 16:32:43 | 日記
山中教授が日野原先生の事をお話になっていました。医学会の神様のような人だと言われていました。東京オリンピックが見たいと言われていましたが、105歳で召されてしまいました。日野原先生が亡くなる寸前に最後の言葉を残されていきまして、それが本になって25万枚のベストセラーになっているそうです。山中教授はみんなに読んで貰いたいと言われていました。3ケの言葉を残されています。迷ったら遠くを見つめる、人の為に尽くす、前を見つめて進むと言う内容でした。聖路加国際病院を立て直す時、大分反対に合われていました。広い待合室と礼拝同があって、壁には酸素と吸引が設備されているのです。だから地下鉄サリン事件の時多くの傷ついた人々を受け入れる事が出来たのです。その日のすべての外来を中止にして、すべての職員を動員していました。640人を受け入れて治療していました。カルテがなくて、手作りのものを、患者さんの首にかけていたそうです。休みの職員も来てくれて、1200人態勢であたっていたそうです。この時日野原先生が、陣頭指揮を執っていたそうです。東京の大空襲で病院に入れなく亡くなっていった人達を見ているからこそ、広くして受け入れる人を多くしたいと言う思いが込められていて、ほんとうに大きく作っていて良かったんだと思います。聖路加国際病院見てみたいものです。日野原先生は心が広くて、人類愛に満ちた人だと思いました。赤軍派によるよど号事件でも飛行機に乗っていて、事件に合われていました。一回死んだ命だと言われていました。冥福をお祈りしています。
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