人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
しかも早すぎず、一瞬遅すぎない時に。
森信三
しかも早すぎず、一瞬遅すぎない時に。
森信三
広がる戸惑い
「鳥取県で人権救済条例がいきなり成立して、全国の人たちも驚いただろうが、それ以上に鳥取県民も驚いた。そんな感じだ」。地元有力メディア幹部はこう話す。
ユニークな「改革派」とされる片山善博県知事は、六年前に初当選した後、人権局を設置した。県独自のきめ細かな人権施策を進めてゆくためだったが、「だからといって、鳥取県が人権問題に突出して取り組んできたとは思えない」というのが、専門家の一致した見方だ。
その片山知事が条例の"仕掛け人"だ。約二年半の検討期間の後、県は人権救済条例案を昨年十二月、保守系が過半数を占める議会に提出。これに対し、ある会派が見直しを求める県弁護士会の意見を一部反映させた修正案を同月に提出した。 両案には慎重論も根強く、約十カ月の間、継続審議になったのだが、今月、急遽、議会による修正案が提出され、圧倒的多数で可決された。理由について、議会側は「〃副作用"を恐れるあまり、現実に起きている人権侵害を放置することはできない」としているが、拙速の観は否めない。
議会案といっても、内容は県(知事)案と大同小異といえる。しかし、片山知事は、条例成立へ向けて推進役を務めるどころか、まるで傍観者のようだった。「知事は条例の不備を知っていた。だから、議会側とすりあわせのための協議を重ね、〃完成品"をつくろうとしていたのだが、あれよあれよという間に条例が成立した。だから戸惑っているのではないか」。片山知事を知る地元有力者の解説だ。
どちらが侵害?
条例は、「人権侵害」として差別、虐待、セクハラ、誹謗・中傷など八項目を規定。県民は救済 や予防を、人権侵害救済推進委員会に申し立てることができるとしている。
委員会は男女五入で構成され、当事者や関係者からの事情聴取や提出を求めた資料により調査。人権侵害が認められたときは加害者に是正勧告し、従わないときは事実や氏名を公表できる。調査への協力を正当な理由なく拒んだ加害者には罰則(五万円以下の過料)が規定されている。
だが、条例は〃身内"である行政機関に甘い。委員の任命権は知事にあり、委員会は知事の.付属機関となる。また「公共の安全と秩序の維持に支障をおよぽす恐があるなど相当の理由がある」場合に調査への〃拒否権"を認めている。
こうした点について、県弁護士会は「人権侵害の対象となる行為はすべて抽象的で、認定作 業は至難の業。人権を擁護するはずの条例が、国民の基本的人権を著しく制約する懸念がある」などと厳しく批判している。
〃報道規制"
報道の自由に関し、条例は「報道または取材の自由、その他の表現の自由を最大限に尊重」としているが、誹読・中傷だけでなく、「私生活に関する事実」や「肖像その他の情報」を明らかにすることも規制対象にしている。鳥取大学の中村英樹講師は「たとえば、知事や警察など行政側の不祥事を暴こうとする報道機関に対し、行政側が条例をたてにストップをかけようとしたさい、委員会は正常に機能するのか」と指摘する。
片山知事は「問題が起きるに違いないという予断で非難されている。誠実に運用した上で、不備があれば改正していきたい」としているが、県や議会はすでに殺到する抗議や問い合わせの対応に追われている。 仕掛け人も予期せぬ形で誕生し、みなが扱いに手を焼いている格好の人権救済条例。いわば"誤算"の連鎖で生まれたこの条例は"鬼っ子"になる危険をはらんでいる