長々と綴ってきました山鉾巡行シリーズも今回で最終回です
これまで見て頂いたみなさん ありがとうです
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、巡行を終え町会所に戻った山鉾はすぐに片付けられます。
巡行で集めた疫神を町内にばらまかないためです。
美しかった月鉾もすでに丸裸
こちらは放下鉾。
ジャッキを使って鉾を持ち上げてはりました。
車輪を取り外しはるみたいです。
ちょっとその様子を見ていました。
「上げて~、下げて~」
外れた
こうして見ると、やっぱりデカイな~。
ちょっとマニアックな動画です (クリックして見てね!)
車を町会所に運ぶ風景
そして巡行後、清められた町に八坂の神様がおいでになります・・・
祗園祭で最も重要な神幸祭。
今年も見れませんでした
来年こそはぜひ見たいです。
南観音山のお迎えをしようと町会所に移動
待ってる間周りを見ると、何やら美味しそうなもん食べてはる~
向かいを見ると、南観音山の町会所でかき氷売ってはるやん。
行くっきゃない
南観音山の町会所の1階はおたべのお店やったんですね。
店頭では、おたべ氷やアイスキャンディーが売られてました。
私はおたべ氷を頂くことに
カップに氷を削って、あんこと白玉を入れはります。
またその上に氷をかけ、抹茶シロップをかけたら・・・
おたべ氷の出来上がり~
ちょっぴり苦めの抹茶シロップが渇いた喉を潤してくれました。
さっぱりしたところで、中に入ってるあんこと白玉が出て来てメチャうまです!
実はこれ最後の一個だったんですよ。
あとから来た人は「もうおたべ氷ないんですか~」って言ってはったし。
うまいこと食べれてラッキーでした
お店の中ではおたべが並んでたんで、お土産にと見てました。
冷やして食べる「夏おたべ」も美味しそうやなと思ってたんですが、それよりももっと気になるものが
塩おたべ
塩旋風はついにおたべにまで来たか!
味見もせず即行でお買い上げ。
「新発売」や「限定」の文字には非常に弱い
塩おたべには2つの塩が使われてるそうです。
つぶあんには沖縄産の海塩「ぬちマース塩」
こしあんにはフランス産の「ロレーヌ岩塩」
つぶあんには歯ごたえのある赤えんどうが入ってます。
塩の違いはいまいちよくわからなかったけど、こしあんの方があっさりして食べやすかったかな。
どちらも美味しゅうございました
今年の巡行では、昨年のように一ヶ所にとどまってないで、見る場所をいろいろ移動しました。
新町通を下って、今度はこんな佇まいのところで・・・
やって来たのは曳き初めでも見た岩戸山。
鉾と同じ形をしてますが、これは山なんです。曳山と呼ばれるもの。
屋根の上に真木でなく真松を立ててるので、これで鉾なのか山なのか見分けることが出来ます。
ちなみに曳山は岩戸山、北観音山、南観音山の3基。
町家の格子を外して巡行見物。
粽を投げてもらったり・・・いいなぁ~。
船首に鷁(げき)を乗せ船鉾がやって来ました~
この頃から一段と青空が広がり
私にはまさに出陣していく船に見えました
その豪華さから動く美術館と言われる月鉾
昨年の宵山では鉾に上がらしてもらい、美しいい装飾を堪能さしてもらいました。
山鉾の中で最も背が高く重たい鉾。
今年初めて山鉾の重量を測りはりましたが、やはり月鉾が一番重たく11.9tあったそうです。
その月鉾に乗ってるのが「於菟麿(おとまろ)」
品のあるお顔立ち、凛とした佇まい。
明治45年、3代目伊東久重の作だそうです。
元治の大火(1864年)で焼失し、昭和になり復興された菊水鉾
こちらの音頭取りは他の山鉾と違って、袴姿に菊葉型の団扇を持ってはります。
菊水鉾に乗ってるのが「菊丸」
身に着けてるのは能装束
菊丸、ちょっとメタボ?
こちらは放下鉾の「三光丸」
優雅な稚児舞を披露してくれます。
函谷鉾はくじ取らずで、長刀鉾の次に行きはる鉾
新町姉小路の難所では、屋根方さんの動きが活発になりましたが・・・
難なくクリア
だってあの「祭命」の人がいるんだもん
稚児人形の「嘉多丸(かたまる)」
稚児として乗る予定だった一条実良が健康上の理由で乗れなくなったため人形を使いはりました。
稚児人形を用いはったのは、函谷鉾が初めてだそうです。
ちなみに嘉多丸は実良がモデル。
見送りも素敵です
今回は巡行の人々をクローズアップしてみたいと思います
曳き手
綾傘鉾のおチビちゃん
四条傘鉾の子供たち
大人も子供も
異国の人も
みんないい顔してます
そして祭りにこめる想いを見た
楽しむ人々
さて、やっと長刀鉾がやって参りました。
先頭には山や鉾の名前の書いたこんな旗を持ってはる人がいて、山鉾を先導しはります。
旗を持ってるお兄ちゃんが結構恰好良かったり・・・(どこ見てんねん)
狭い通りなので、曳き手の人ともこんなに接近
ちょうどこの辺りはちょっと道が曲がってる魔のポイント
上手く鉾をあやつらないと家の壁にぶち当たってしまいます。
昨年はここで苦心してはって、新築中だったお家の壁を足で蹴ったりしてはって
ヒヤヒヤしたもんでしたが、今年は比較的スルリと通られてたようです。
屋根方さんが頑張る姿を期待してたんですが・・・
先頭を行く長刀鉾には唯一の生稚児さんが乗ってはるんですが、
お稚児さんは御池通で降りられるので、ここ新町通ではお稚児さんの乗ってはりません。
長刀鉾が通り過ぎて行きました
おちゃんたちも笑顔。 なんだか楽しそうやな~
↑ 長刀鉾の動画です。クリックして見て下さい!
7月17日 山鉾巡行の日
今年も昨年と同じ新町通で見るつもりでいたので、
のんびり構えてたらまた出遅れてしまいました
洗濯もん干してるばやいじゃない。
四条新町に着くともう山や鉾は出られてたので、そのまま北上。
昨年のポイントへと目指し歩きました
しか~し、姉小路通からはすでに人がいっぱい
警官の方も新町御池はもう通れないので、南に下ってくださいとのこと。
新町御池が見るポイントだって「ちゃ!」でもよく言ってはったからな~。
仕方なく戻り、空いてる場所に潜り込みました。
私が見たポイントはこの辺り
昨年よりだいぶ下ったとこだけど、あの魔ポイントに近いとこだったんですよ。
ここなら屋根方さんの活躍を見れると期待してたんですけどね。
暑さに耐えながら待つ、待つ
俄かにあたりが騒がしくなり、やっと来はる。
先頭の長刀鉾や!と、カメラと録画の用意をして待ってると・・・
あれ?山が来た。
「孟宗山や」
今年の山一番の孟宗山です
孟宗が病気の母のために雪の中で筍を掘り当てた姿を表し、
別名「筍山」をも呼ばれています。
山一番は先頭の長刀鉾の次に行くため、どの山が一番になるのか毎年注目されますね。
このポイントの悲しいとこは、山は自分の町に帰るため、
姉小路通で曲がってしまいはるんですよね
次に来はった油天神山も・・・
保昌山はまっすぐ来てくれました
平井保昌が後に妻となる和泉式部のために、紫宸殿の紅梅を折り
盗み去る姿を表しています。
そのため古くは「花盗人山」と呼ばれてたとか。
あんましええ言われ方やないや~ん。
ちなみにこちらのご利益は縁結びと盗難除けです
実は今年の粽は保昌山の粽を買いました
いろんな縁が結ばれたらいいな~なんて。
故事にちなんだ梅が付いててちょっと可愛いでしょ
(↑ロックなおっちゃん、木村英輝さんの「270匹の時空を舞う鯉」)
16日 山鉾町をぶらぶら歩き、会所めぐりもして来ました。
宵山の期間、山鉾町の町会所では、山鉾に乗せる御神体や懸装品が飾られ、
その貴重な美術装飾を見せてもらうことが出来ます。
私の好きな鯉山の町会所。
行列が出来てたんで、今年は断念
中の様子は昨年の町会所めぐりを見て下さい→こちら
フクロウの見送の放下鉾
町会所の2階に上がらしてもらいました。
会所2階から土蔵に渡される渡り廊下。
この古い形が残るのは放下鉾だけだそうです。
土蔵では明日の巡行の準備
かつては巡行に参加していたが、大火や戦乱で焼失し、今も復興されてない
「休み山」と言われる山鉾が3基あります。
そのうちの一基が「大船鉾」
先祭の出陣の船「船鉾」に対して、凱旋の船として後祭の最後に巡行していたそうです。
船形の木組や車輪は焼けてしまったそうですが、
御神体や神面、懸装品は町内の方が守られ今に伝えておられます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今年も祗園祭手帳を持って、今年こそは完了と思いましたが、
まだまだ「完」になりませんでした
護摩焚きに時間を使ってしまったので、屏風祭も見ないまま。
かまきりのおみくじも、杉本家の拝観もしたかったな~。
でもこれはまた来年の楽しみにとっておきます
昨年の屏風祭は→こちら
7月16日 午後2時を過ぎたころ
法螺貝の音とともに山伏が役行者山にやって来ました。
修験道の開祖・役行者をご神体の一つとして祀る役行者山の前で
護摩焚きが行われます。
「手に持ちたる錫杖は?」
町会所の前で山伏問答が行われたあと、
四方に矢が放たれます
中心は土の色を表す黄色の矢で
刀や斧でも清められ
火が入れられ、護摩焚きが始まります。
燻り出してきたと思ったら
一面煙に包まれ、あたりは騒然となります
ゴホッ ゴホッ ゴホッ
あちこちで咳き込む声が・・・
一瞬風向きが変わり、向かい側の方に煙が直撃
僧侶が祈願し護摩木が投げ入れられます
次々と護摩木がくべられ
炎が立ちのぼるなか
読経が響きわたります
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
初めて見る役行者山の護摩焚き。
炎天下の下、煙と炎の暑さでな状態でしたが、
宵山に行われる興味深い行事の一つを見れて良かったです
ちなみに役行者山といえば、宵山の16日に限り柏屋光貞さんで販売される「行者餅」
文化3年(1806年)、京の都に疫病が流行した時、当時の柏屋の店主が大峰山で修行中に
夢のお告げで作った餅を役行者山に供え知人に配ったところ、
そのお下がりを食べた人達は疫病から免れ無病息災の霊菓と喜ばれたそう。
その故事により「行者餅」と名付けられ、祗園祭の宵山に販売されるようになったそうです。
これは昨年頂いたものです。こちらで→ ☆