10月25日 編集手帳
いただいたはがきを読み返している。
〈最近は台(せり)詞(ふ)憶(おぼ)えの日々で一人ぶつぶつ云(い)っていました。
人間同士しゃべったのは久し振りと云った感じでした〉
その数日前、
随筆家の関容子さんと3人で会食した。
はがきは律義な礼状である。
文面もそうだが、
物静かで誠実な語り口が印象に残っている。
俳優の平幹二朗さんが82歳で亡くなった。
どの顔でおっしゃる、
と言いたいところだが、
若い頃は外見に引け目を感じていたという。
「美貌では俳優座養成所1期上の仲代達矢にかなわない。
個性ある顔で売りたくても2期下に田中邦衛がいて…」
声の弱い六代目尾上菊五郎がセリフ回しを工夫したように、
引け目は芸を磨くという。
魂をこめた役作りや朗々たるセリフ術は、
根拠のない劣等感から生まれたのかも知れない。
小欄には往年のテレビドラマ『君は海を見たか』の名演技が忘れがたいが、
ファンの胸には大河ドラマから西洋古典劇まで、
各人各様の平幹二朗がいることだろう。
自宅の風呂場で倒れていたという。
「一人で過ごす時間が好きですね」。
そう語っていたのを思い出す。
美しき孤影の人である。