4月27日付 読売新聞編集手帳
森鴎外は臨終の昏睡(こんすい)に陥る前、
最後につぶやいたと伝えられる。
「ばかばかしい」。
井上靖は見守る家族に最後の言葉を残している。
「臨終とはこういうことだ。しっかり見ておきなさい」。
話術家の徳川夢声は死の床で、夫人に呼びかけたという。
「おい、いい夫婦だったなあ」。
鴎外の虚無、靖の達観、夢声の情愛…それぞれに味わい深い。
共通するのは自分もしくは、
自分が残していく家族に最後のまなざしを向けていることだろう。
それが普通に違いない。
おのが命の消尽を見つめながら、
顔も名前も知らない他人に寄り添うことができる人はそういないはずである。
〈私も一生懸命、病気と闘ってきましたが、
もしかすると負けてしまうかもしれません。
そのときは必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。
それが私の務めと思っています〉。
乳がんのために55歳で逝ったキャンディーズの「スーちゃん」、
田中好子さんの告別式で、
生前に録音されたという“最後の肉声”が流れた。
テレビの前で聴き入った方は多かろう。
感動した、
では少し足りない。
打ちのめされた、
そんな心境である。