村上原基、滋賀県安曇川の山中20年⇒麓の町の田中に一人暮らし人生

山中で20年一人暮し後71歳から麓の田舎町で暮している、断捨離し自然な生き様と山暮らし体験に基づく人生論及び写真を紹介

第81号 村上和隆の人生塾「一言」  幸福を外に求めない・物に求めない・楽に求めない・・・・

2010-02-18 07:40:33 | 人生
村上和隆 
   12~3月:京都市伏見区深草出羽屋敷町23ファミール伏見B905
   4~11月:滋賀県高島市安曇川町長尾字上塚野1189-10
   電話:090-6750-7889 メール:meico_murakami@mail.goo.ne.jp
台東区立育英小学校⇒台東中学校⇒都立白鴎高校⇒東工大⇒大阪松下電器⇒京都エンゼル工業⇒ローム⇒テクノ経営⇒関西ISOシニアコンサルタントネットワーク創業
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81.幸福を外に求めない・物に求めない・楽に求めない・・・・
                                  2009年2月吉日 村上和隆
平和で豊かで便利な日本でも、不満や欲望には際限がない
① 美味しいものが食べたい
② 楽がしたい
③ きれいになりたい
④ あちこち旅行がしたい
⑤ 立派な家に住みたい
⑥ 自動車が欲しい
⑦ 美人と結婚したい
⑧ お金がもっと欲しい
⑨ 新しい服が欲しい
⑩ 楽しい人と友人になりたい
⑪ 立派な家具が欲しい
⑫ いつまでも若くいたい
まあ世界には、その日の食べ物にも困る悲惨な暮らしをしている人々も多いというのに、これだけ恵まれた日本でもむしろ不満や欲望は増すばかり
一体、人生をどう考えているのだろうか?

際限なく欲望を満たすのが人生の目的でもあるかのようですね
例えば美味しいものを食べたとします、でも「あー幸福」と思うかもしれませんが、そんなのは一瞬です
永続しないのです、というより、むしろそういう幸福を味わったことが更なる新たな欲望の追求に結びつくのです
「もう一度食べたい」「ずーっと美味しいものを食べ続けたい」「もっと美味しいものを食べたい」・・・・

私は、60歳の頃から、こういうことを、真剣に抑制し捨て去るようにしてきました。
そうすると、当初は確かに禁断症状のようなものでそれがストレスになるようなこともありましたが、
やがて、むしろ爽快というか、贅沢を求めなくても平然としていられるようになってきました

最近では、むしろ無意識のうちに、質素を求める気分のほうがより強くなってきたような気がしています
そして質素な生き方は、いろいろな面で自分を向上させたり、経済的にも楽になったり、世の中のお役にたつことを実感するようになってきました。
一膳の飯でも美味しいと感じる、一汁一菜の粗末な食事でも美味しいと思う

今日も健康で元気でうれしい
平和な暮らしができてうれしい
皆当たり前ではないのです、何もないということでも実にありがたいことなんです

平凡や普通であるという幸せに感謝したいものだ

私の体験によると、贅沢をしない効果は次のようなものですかね、それは予想外に大きく、素晴らしいものですよ
① ストレスが減る
② 健康になる
③ 経済的に余裕になる
④ 時々贅沢なことをすると、非常に幸福を実感する
⑤ なにを食べても何をしても美味しい・楽しい
⑥ ガツガツしなくなる
⑦ 不幸を感じることが少なくなる
⑧ 忍耐力や我慢することが平気になる
⑨ 資源の節約になる
⑩ 地球環境にやさしくなる
⑪ 以前に比べて、物事の本質が見えてくる
⑫ どんどん自由な境地に近づいていく
キツネが落ちるというか、悪霊が落ちるというか、見せ掛けの・マボロシの幸せから解き放たれるというかそういう心境ですかね?

まあ麻薬患者のことを考えて戴くと、こういうことが理解して戴けるかもしれませんね
贅沢や欲望を満たすために貪欲になる人は大げさに言えば、麻薬患者のようなものです
麻薬が幸せだと勘違いする、麻薬が切れるのが怖い、麻薬を吸っていればかろうじて幸せを感じられる・・・ということですかね

浦島太郎の話ではありませんが、亀を助けたばかりに、竜宮城につれていかれます、そこで美しい乙姫様や鯛や平目の踊りを見、美味しいものを食べて
楽しい数日が経ち、それに飽きて戻ってみれば、なんと年寄りになっていたという話ですが、乙姫様が言うように玉手箱を開けなければよかったものが、開けたばっかりに老人になった自分に気づくことになるのです
浦島太郎の話を良い爺さんの話と思っている人が多いのですが、一見良い爺さんが陥りやすい過ちを諭しているのですねー
これは現代人にも通じるのですね、高度成長によって亀を助けて、竜宮城に行き、豊かで便利な暮らしをしていて、よせばよいのに更に開けてはならない玉手箱をあけたために、今はすっかりお爺さんの惨めな日本になっていたということです

麻薬患者にとって、麻薬を止めるなんてことは、考えられないこと、極めてつらいことなんですね
しかし、どうでしよう、私のように少しでもやめていくと、「なーんだ、止めたほうがいいじゃないの」ということがわかってくるのですね

でも止めるということが、こんな簡単なことが、実は、最大の難関なんですね
止めること、そうすればそこに大きな幸せがあると、何度も言っても聞く耳を持たないのです、
耳を持っていても、心や身体が伴って行かないのであります

仏教や禅で「捨てよ」「無」「空」とか言いますが、修行中の見習い僧でも、簡単なようでなかなかできないことのようです
禅修業をしようというような素養のある人でさえ、そんなものですから、いわんや凡人には難しいのでありましょう

① 外に求めるのではなく内に求める
② 物に求めるのではなく、心に求める
③ 贅を求めるのではなく、素を求める
④ 取るに求めるのではなく、捨てるに求める
⑤ もっとに求めるのではなく、もうに求める
⑥ 量に求めるのではなく、質に求める
⑦ 欲に求めるのではなく、足に求める
⑧ 大を求めるのではなく、小を求める
⑨ 多を求めるのではなく、少を求める
⑩ 華美を求めるのではなく、清楚を求める
⑪ 勝ちを求めるのではなく、負けを求める
⑫ 得ることを求めるのではなく、与えることを求める

幸福というものを外に求めてはいけないのですが、まだ未熟なんですねー、ついつい外に外にと、物に物にと求め続けるのであります
そうして永遠に外や物にと求め続け、何の成長もないまま、幸せを実感することなく一生不平不満の中にいき続けるのであります

何事も、ほどほど・控えめ・節度・質素・・・が肝心のようです、それが幸せや健康の元なんですね
うつ病なんてのは言わば「贅沢病」なのかもしれませんから、原点に戻って、質素でほどほどに生きれば直ると思いますよ

自分がやらずに誰がやる
今すぐやらずに、いつやるのか
変わることを他人に要求する当の本人が全く変わらない、だから物事は良くならない

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