村上原基、滋賀県安曇川の山中20年⇒麓の町の田中に一人暮らし人生

山中で20年一人暮し後71歳から麓の田舎町で暮している、断捨離し自然な生き様と山暮らし体験に基づく人生論及び写真を紹介

87.誰とも楽しく有意義に付合うことの大切さ

2007-06-25 10:16:18 | 人生
世の中、随分良くなっているはずだが、その逆に、人間関係はますます良くなっていない。むしろ親子・上司と部下・先生と生徒・夫婦人間関係は右肩下がりで急速に悪化しているように思えてなりません。
かく言う私も、小さい頃から会社に在籍している頃は一貫して人付き合いが極めて下手でした。「人間関係は難しい・人間関係で悩む」ことが多かったように思います。
しかし53歳で会社を辞め、奥さんを病気で亡くし、癌の手術をし、子供も独立し、コンサルタントになって、会社さんを訪問し指導や支援を重ねるうちに、不思議と人間関係がうまくなっていきました。なぜ人一倍下手だった自分が大きく変わったのか、未だに良くわかりません。まあ私だけの特殊な原因があるのでしょう。
最近の私の人間関係の状況は、

①誰とでも話すようになった
②子供も、女性も、年寄りも、初対面の人も、偉い人も誰とでも楽しく話せる
③驚くことに「村上さんと話すとホっとする・楽しい」という人さえ出現し出した
④村上さんとは、ついつい話がはずむ、長くなってしまうという人も現れてきた
⑤私自身も人と付き合うことが非常に楽になった
⑥相手も壁を置かず、気さくに付き合ってくれるようになった
⑦自分自身も常時明るくなった
⑧苦手・嫌いなタイプがなくなった
⑨付合い下手な人や話下手な人ともかなり話せるようになった
⑩自分も相手の方も互いに目を見あって、会話に埋没し楽しめるようになった
⑪人様との付き合いにオドオドせず、余裕ができてきた
⑫どんな偉い人や多数の人の前でも相手の目を見て余裕をもって話せる

まあ人と付き合いが多いほうでもなく、特定の友達なんかも少ないのですが、全国各地の不特定多数の人と付き合えるようになったことは、むしろ楽ですし、巾が広がったように思います。まあコンサルタントですから当然いろいろな人と付き合うことになるのですが、それが幸いしたのかもしれません。毎日のように初対面の人と付き合い、すぐに打ち解けることが求められるからでしょうか。今は「皆・誰ともすぐに付き合う」という傾向になってきました。

まあそこで話下手・口下手・人間恐怖症の私がそのように変身した理由を考えてみました。正しいかどうか、役立つかどうかは保証の限りではありませんが。まあ一つづつ積み上げるしかありません。明日から良くなるというようなものではないことは確かです。一口で言えば、その人の人間性・人格の向上への普段の努力・精進とでも言うべきものでしょうか?人間性も低く・人格がない者は他人との付き合いもうまく行かないで、国会議員の先生のように、しょちゅう喧嘩ざたになるのです。「与党と野党は喧嘩するものだ」とでも思っているのでしょう。怖い顔してお互いに非難しあっていますね。あんなんではうまく行くはずがないですよ。指導者が他人を尊敬せず、喧嘩しあっているのですから。まあああいうテレビ中継は百害あって一利なしですね。

①笑顔(笑えよ、笑うのはタダだぞ)
②明るい
③相手の話を聞く
④相手にいろいろ身近な質問をする
⑤身近な話題から入る
⑥とりあえず何でも良いから、話しかける
⑦相手の嫌がることは話さない
⑧相手を認める、自分はやや控えめに
⑨相手の良いところを見る、相手を賞賛する
⑩相手の目を見る、相手の心を読む
⑪仕事や深刻な話はできるだけ避ける
⑫同じ話であっても、面白く話す、テンポも大事
⑬関西流のボケとツッコミのスタイルで話す
⑭話に抑揚をつける、緩急をつける
⑮話を途切れさせない、黙らない、長い間をあけない
⑯話す訓練、ものを書く訓練、
⑰声はどちらかというと大きく
⑱新しい話題(同じ話を繰り返さない)
⑲自慢話はほどほどに、自分だけをひけらかさない
⑳自分の主張は控えめに
21良い礼儀・マナー・身奇麗に
22けちけちしない
23おおらか、謙虚、素直
24相手に与えるものを持つ、相手の役に立つ
25自分が日常、楽しく生き生き暮らしている
26冒険的な暮らしを自らしている
27人が知らない知識や情報を溜めておく
28誠実・相手に配慮し・暖かい
29苦労人であり、苦労話や成功談もできる
30相手の話にやや大袈裟に感動したり感激する
31広い知識と見識

まあ以上、あれもこれも大変のようですが、人とうまくつきあい自分も相手も楽しくなることは大そう素晴らしいことです。
例えば、国会の答弁なんかは非難のしあい、あんな会話をテレビでやらないようにして欲しいものです。一国を導く人が相手のあら捜しで無駄に税金と時間を浪費している様は、軽蔑すべき何物でもありません。国会答弁がお互いに相手を敬い・きちんちしたマナーで楽しく、結果も有意義になれば、この国は良くなるでしょう。喧嘩ごしで他人と付き合うことは最低・最悪なんですが、国会議員の先生達があんなひどい状況では、日本の将来は全く期待できません。もっと和気あいあい、力を抜いて、楽しい・有意義な答弁が行われるような議員さんであって欲しいものです。
まあ無理ですね、人格がない・未熟者・片輪者・ゴロツキの一種ですから。
人間付き合いの基本ができていません。選挙の時だけ、選挙カーから「よろぴく御願いします」「握手してションマゲ」「頭ペコペコチャン」しか脳がない人ばかり、ああー情けない。人と人があい和して付き合うことからしか素晴らしいものは生まれません。これだけは断言しておきます。

聖徳太子曰く
「和をもって尊しとなす」
●憲法十七条
一曰。以和為貴。無忤為宗。人皆有黨。亦少達者。是以或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦。諧於論事。則事理自通。何事不成。
(調和する事を貴い目標とし、道理に逆らわない事を主義としなさい。人には皆仲間がいますが、道理に通じている人は少ないものです。ですから天子や父に従わない者があり、すぐに隣り里へ立ち去ってしまうのです。しかし、天子が調和して臣下の仲が良ければ、事を議論することで調和するのです。それで事の道理は自然にゆきわたるのです。何事も出来ないというようなものはありません。)
聖徳太子様の言われるように、私も日本以外の隣の里(国)に逃げ出したい心境です。

http://www.meico.org/p11.html
聖徳太子に学ぶ管理術

どんな人とも楽しく付き合える=その人の人格が確立したことを意味する
(どんな人ともギクシャクし喧嘩ゴシ=その人の人格が確立していない・不完全であることを意味する)
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86.多くの人と同じ道を歩むべきか違う道を敢えて選択すべきか

2007-06-07 05:54:27 | 人生
人間はオギャーと生まれてから、親に育てられ親の思うままに大きくなる。そして社会に出ると社会のしきたりや習慣に従うことになる。そうしないとうまく生きていけないし、つらい目にばかり遭うことになるのです。会社の仕事においても、お客様の満足を考え・上司や先輩の覚えをめでたくし・同僚や部下ともうまくやって行くことが必要です。金儲けするため、なんとか生きていくためには、世の中の意向や動きに自分を合わせていくことを余儀なくされるのです。
まあそんなことでよくぞ息が詰まらないと関心するのですが、そういう社会や競争に耐えられず、フリーターとかニートや自殺・鬱病など社会から脱落し、狭い殻に篭って自分だけの生き方をしてしまう人も多いのです。その結果、社会と自分のギャップに悩まされ続ける人が増加するのです。病気の時の発熱のように、ある意味、当然で健全なことかもしれません。
社会のとおりにやっても何か納得できないし、そうかといって反社会的にやっても、つらくなるのではないでしょうか?
どちらかを選択し、どちらにウエイトを置くしかないので、完璧な社会埋没も反社会もないのでしょうし極端になったり、柔軟性を失うと良い結果は得られませんが、どちらにウエイトを置くかということを各自考えるべき時代なんだと思います。

私の場合は、どちらかというと今のような状況下では、反社会的立場が必要になってきているような気がしています。一昔前、日本が右肩上がりの時代は、社会迎合で良かったように思いますが、現在は社会にあまり迎合していると、かえって、とんでもないことになっていくように思います。個人の主体性を強く持つべき時代がやってきたというほうが正しいでしょうか?

極論かもしれませんが、最近及び今後は、社会や他人がやることと逆のことをやったほうが適切なような感じがしています。昔、糸川教授が言っておられた「逆転の発想の時代到来」でしょうかね?どうやら社会が肥大化し、身動きできない状態になっているし、益々なっていくような昨今のように思います。
平和・環境・教育・暮らし・人間関係・経済・福祉・・・・何をとっても信頼をおけない、むしろひどい仕打ちを受けるような気配が強くします。
「もう放っておいてくれ」「自分のことは自分でやる」みたいな感じがします。政治も役所も諸外国も自分にとって味方であるより、どんどん痛みを押し付けてくるような時代になっていくような感じがしています。裏をかえせば、世の中がどんどん異常になって、是正が利かなくなっている時代になっていくことを暗示しているんでしょう。豊かで・便利で・平和な時代を享受していて、いかにも良さそうに見えますが、実態は、環境も経済も福祉も教育も家庭も社会秩序も望ましくないどころか日々確実に悪化し、改善の見通しが見えません。

今日本も世界も地球も山登りに例えると

・麓は快晴、天気予報も快晴
・さあ元気で登ろう
・まあ五合目までは順調そのものだ
・今後も頂上を目指して、どんどん登ろう
・しかし六合目くらいでやや曇り始めた
・でも天気予報は快晴だから一次的なもんだ
・しかし七合目で急激に曇り、パラパラ雨まで降り出した
・ここでも「天気予報は快晴だ、すぐに快方に向かうさ」
・八合目、いよいよ雨は本降り、快晴どころじゃない
・引き返すべきか
・しかし頂上はもうすぐだし、ここまで登ってきたのに今更下山なんて無しだぜ
・雨は土砂降り、風も吹く・視界も不良、もう引き返すに引き返せない
・このまま山小屋までたどり着くしかない

今の時代はこういう時代ですが、登山のリーダーの言うまま従うか
それとも一人下山するか

なんです。

私は反体制主義でも、反社会分子でもなくごく普通の市民です。しかし世の中は、節度なく、いいはいいはでやりたい放題やり続け、世界中の無能な指導者達に巧妙に騙されて従わされているのは事実です。
もうこれ以上、指導者に期待するのは、徳川が崩壊した時、徳川将軍に頼ることは無意味だったことのように思われてしかたありません。
今の時代・今後の時代において、私は下山を選択します。「すみませんが、皆さんはどうぞこのままお登り下さい、私は下山します」「ついて行くべき正等な理由も見いだせませんし、もう限界で、これ以上ついていく行くこともできません」。
徳川の江戸幕府時代で言えばそろそろ江戸幕府崩壊すべき時期ですかね?徳川は崩壊し明治維新を迎えたのですが、現代においては維新などというものはありえないのです。そう考えると徳川幕府の打倒・明治維新というのはすごい所業だったのですね。当時の日本人の偉大さ・崇高さには、ただただ感嘆するばかりです。今の時代にはそんなバイタリテイーや誠意というものは全くないですね。
八合目で土砂降りであっても、天気予報は快晴なんだからと、頂上を目指すのです。多くの人は、世界中の勝手気ままなリーダー達に騙され続けていくのですが、さあ貴方はどうしますか?

ところで、今BRICSなどと新興国家の台頭が脚光浴びていますが、どうもBRICS現象は、皮肉にも世界や地球崩壊を早めることに大きく貢献しそうな状況です。一頃”バブル崩壊”なるものが大騒ぎになった時期がありましたが、BRICSは、”地球崩壊”になりかけているのです。局地戦争よりもっと恐ろしい事態が急速に進展しているのです。そんな時代には、もう「社会に合わせる」は通用しないと思いませんか?
かの有名なデタラメ中国の崩壊が北京オリンピック間近い時点で秒読みになっているのご存知ですか?中国というのはご存知かもしれませんが、出鱈目・やりたい放題を絵に描いたような国ですし、他のBRICSも中国に似たり寄ったりの可能性が大いにあるのです。そのBRICSなる異常現象をいいわいいわで、目先の個人的利益のために、日本国民も後押しし助長しているんですよ。中国・インド・ブラジル・ロシア・南アは、ある意味で、新たな巨大公害及び巨大な混乱や紛争の火種を世界中にばら撒いているのです。
最近数年、新年の年頭所感http://www.meico.org/p18.htmlでも申し上げていますとおり体力の弱い会社や個人は、少なくとも中国から早く身を引きましょうね。すでに多くの会社が中国から工場を移転しているという話を聞きます。今年秋までにある日、ある朝、とんでもない衝撃が世界中を走るかもしれませんね。ある日突然、世界同時大不況になる可能性もそろそろ真剣に視野に入れておくべきですよ。もう社会や指導者というのは信頼も信用も依存もできる代物ではない時代に突入しているんです。アメリカのブッシュが最悪の見本ですが、世界を指導していくアメリカがあんなお粗末なこと・取返しのつかないこと・ベトナム戦争の二の舞みたいなことをやるのですが信じられませんね。北朝鮮の金正日よりもっと性質が悪いですよね。ブッシュはあれだけ多くの人を殺し・不幸に陥れ続けているのに平気なんですから。アメリカ国民も黙って認めているのですから恐ろしいですよね。
私達は、国・世界・地球が個人にとてつもない裏切りをしかねない社会や時代を覚悟して生きねばならないようです。
ある日当然・・・・・・・、お覚悟めされ・・・年頭所感http://www.meico.org/p18.html
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