村上原基、滋賀県安曇川の山中20年⇒麓の町の田中に一人暮らし人生

山中で20年一人暮し後71歳から麓の田舎町で暮している、断捨離し自然な生き様と山暮らし体験に基づく人生論及び写真を紹介

586.人が変わったと言うが、本当に心底変わっていない人ばかり

2024-07-29 20:56:05 | 人生
悩み・苦悩を放置せず自分で改善するか相談する良き師を持て
清く・正しく・美しく・明るく・元気・多くに挑戦・謙虚に・質素に
(国の指導者や会社社長がこういう事が出来ていて健全かつ平和でありたい)
東京工業大学⇒大阪松下電器⇒エンゼル工業⇒ローム⇒テクノ経営⇒ISOコンサルタント自営 
東京浅草(猿若町誕生⇒三筋町)⇒大阪門真⇒萱島⇒京都⇒滋賀安曇川
専門:IE・VE・無駄取改善・生産管理・環境管理・経営管理・人生・会話・田舎暮・PC
人生関係:人生勉強・会話・老後・健康管理・運動・確定申告・異文化・資産管理
趣味:大工・剪定・テニス・スケート・読書・ネット・ブログ・太極拳・卓球・水彩画・楽器
滋賀事務所:滋賀県高島市安曇川町地図
*********村上原基人生勉強会*********
**物事は起きてからではなく起きる前にやる**
人が変わったと言うが、本当に心底変わっていない人ばかり

私は24歳で東京を出て関西に来て以来、会社・住まい・暮らし方・仕事・趣味・・次々にさまざまに変わってきました。まあ普通の人の数倍変わって来たと思っています。変わるということは、まず変わるかどうかの厳しい決断が必要になりその後変わったことに順応していかないといけない、かつ変わったことを続け、それで終わりではなく更に変わることが大事になる。変わることの連鎖反応、その結果今81歳で思うことは「よくぞ積極的に変わって来た」「人間としての成長に満足」ということです。私の人生を振り返ると「変わる」こと自体そのものが大事だったという感じさえしている。逆に変わらない人は、そんな人の一生はおよそ人生とは言えないと思っている。
ところで
26年前、都会暮らしを止めて55歳からの15年間一人の山暮らしは全く初めての経験であったので最初は多くの時間を山の掃除・片付けをしていた時期があり、小さな森に分け入ってそこを綺麗にするために黙々と雑草を抜いて小道を作ったりしていたのですが、その後もそれが習慣になって雑草を採ることが私の趣味というか専門能力になり習慣化している。そういうことをやっている内に森を綺麗にするのに普通1カ月かかりそうな場所でも3日で終わるなんてことにまで進歩した。でもさすが「趣味は草採りです」と、あまり自慢げに言うことはない。今住む町も朝の散歩道路や空き地や空き家の雑草も採ってきれいに保たれていることで私は僅かに知られるようになっている。
さて雑草を抜く専門的な話は別の時にして、ここでは雑草を人間に例えての話をしたいのです。人間にとっては庭や空き地に雑草がびっしり生えてしまうのは気分が悪いし、繁殖してほしくない草花が増えてしまい、蛇や虫やシロアリが住み着くなど困った面が多い。完全な悪者ではないが今日の話では、雑草=ダメ人間の行いとしておきます。結論は雑草は刈るのではなく抜け、抜いた草はそこらへんに撒き散らす(草刈正雄)のではなく、きちんと処分せよ(草抜和隆)ということが大事で、それを今回のブログのテーマ:「変わる」ことの結び付けて後半で説明して行こうと思っています。

今日の話は、人が変わるということについてです。無論良く変わるということですが、私の周辺の多くの知人を観ていて思うことは、人はなかなか変わらないということ。付き合いの中で「この人はこういう点とこういう点を変えたら随分と良くなるのに」と思うことがしばしばある。しかもそれが私だけでなく周囲の皆が同じ意見だったりするのだが、本人は変えようとしない。その点私はプロ級に変わって来た。本人も気はついているし、自分の悪い癖は理解している。治せるならば直したいが治せないか全く治す気がないというかどちらかである。喫煙や飲酒や過食やごみ屋敷程度の些細なことでも人間は簡単にやめられないのだ
その理由は
①長年染み付いた癖である
②本人はさほど悪い癖と認識していない
③変えるには努力が必要だが到底耐えられない、面倒くさい
④変わる事の意味や価値を分かっていない
⑤変わることが苦手
⑥悪な質で、良いことを拒否する性格
⑦自分勝手、自分中心

簡単に一口で言えば ”やる気が全然ない” のである
「俺、変ったよ」と簡単に言う人が多いが、本人がそう言うほど変わっていない。「あたかも変わったように装って」いるが全然変わっていない

よく軽々しく「貴方最近変ったわね」などと言われたが、実は髪の毛や顔の化粧や衣服の好みが変わった程度の事が多い。そんなの変わったとは言えないどころか、むしろ嘘誤魔化し(詐欺)に過ぎない。本人は「やった」と言うが、周辺の人は「ぜんぜん変わってない」という具合

「変った」ということは周囲の大多数の人間から「すごい、よくぞ変わった」と認められないような場合は本当に変わったとは言えないのだが、本人は「変わった」と信じ切っている。皆さんの周囲の街や組織の中で、「あの人はすごく変わった」なんて言う立派な人を見受けますか?
変るということもまあ5段階くらいに分かれる
✕レベル0.変わったというがむしろ悪くなって行く(最悪)
Xレベル1.あまり関係ない些細な事しか変わってない(ごまかし)
Xレベル2.ほんの一部分しか変わっていない(全部はやらない)▢
△レベル3.一見変わっているが完ぺきではない(完全ではない)
ロレベル4.変わってはいるが、それでおしまい
〇レベル5.変わったことを表に出さず更に変わろうと努力を続ける

あまり変われない人の特徴は、意外かもしれないが、強い人・元気な人・明るい人でもどこか大雑把で反省はあまりせず、前進する気がなく、大事なことが抜け落ちている人「そんな小ぽけな事、どーでもいいじゃん」みたいな”変わることが全くない人”。”変わらない人=頑固=自分勝手=いい加減=自分を観ない”私のもっとも苦手な人の一人である。職場の同僚や上司や先輩にも、そんな人がいませんか?
まあ0~3はよくあるパターンで、こんな人はある意味どうでもいいと言うかまあどうやっても変わらないダメな人。問題は実は4の人なのだ。こういう人は変わったことを自慢するが、時々元の悪い状態に戻ったりする。”変わる”ということは私の経験で言うと自慢する事ではなく、むしろ他人に知られなくても黙々と地道にやる性格でない人は長続きしないし、やった行為の奥深さがなくなってしまう。まあ一応変わってはいるのですが、それが頭のてっ辺から足先まで身体全体に完璧に染み着いていないのです。「変わった変わった」と大騒ぎする奴に碌な奴はいない、騒ぐほどシッカリ変ってはいないものなのです。
例えば、オリンピックで金メダルを取ったといって大騒ぎで喜ぶ選手は私としてはあまり感心しない。むしろ銅メダルでも負けてもオリンピックの本来の目的を黙々とやる人格的に優れた選手のほうを称賛したい。人から称賛されることを追求する人やお金儲けの手段にしている人は私にとっては話にならない類の人なのだ、そんな人を目標にしたり、尊敬なんかしてはならない。例えばイチロー選手や大谷選手がいかに素晴らしい成績を上げても大金持ちでも、私にとっては、単なる野球の美味い普通のおっさんとしてしか認識していないし格別尊敬もしていない私は競技スポーツを勝ち負けを気にして真剣に観ることはない
喫煙に例えるとたしかに「禁煙した」でも時々酒を飲んで盛り上がったときなどに、つい「1本くれる」なんてことで喫煙してしまう。いかにも変っているようで定着や進歩がない。まあタバコならまだよいが麻薬や厄介なものの場合は深刻だ
ダイエットもそうだ、ダイエットで20%も減量したがある時に油断してリバウンドして前より太ってしまう。ちなみに私も喫煙は当初は「1本くれる」タイプだったがも
 ・変わったことを続けること
 ・それで終わりでなく更に引き続き変わること
 なのだ変わったらそれで御終いではない
更に更に大事なことは
  自分がやったとか自分は偉い・素晴らしいと思わないことだ


例えば私は長い都会暮らしを捨て、山暮らしや田舎暮らしを始めたが、こんなことは普通の都会人はあまりやらない
私の歯はかなり健全な状態だが、私のやっているきちんとした歯磨きのやり方や間食しないなどという事をごく普通にやっている人も少ない、だからそういう多くの高齢者が入れ歯だ
私が、あれこれ変わって来て今も続けていることを多くの老人の場合は変われていないのだ。歯磨きの例でもどこか欠陥があるが、「それでよい」と思い込み続けている人が大半だ


変わるということを分かって戴きましたか?
変わって、変わることが身についてくると何にでも対処できる、自信がついてくる、活力が湧いてくる、人生が分かって来る、健康で明るくなる、迷いが減って来る・・・・

山暮らし以降私も村上原基人生勉強会を立ち上げブログを書き続けてきたがその結果自分が本物に変わるように追い込まれることになった。そういう経過を通じて変わることも単なるchangeではないなということが少しは分かって来て、ますます人生の到達点は遠ざかっていくのを実感している。変わろうとして努力してもなかなか難しいのだが、変わろうとしない人は、俗にいう「死ななきゃ治らない」のであり=生きている本物の価値がない人で一生を終えることになります。
以上の考え方は禅でもそのようなことが言われているように思います。

高齢化して気になるのは病気だが、なかなか病院に行って検査や診察をしない人というのがいるが、これがまた「変わらない人」のもう一つの特徴なのだ。こういう人はいくら検査を進めても絶対に病院に行かないのだ。「怖いのだ」そしてアドバイスする人を毛嫌いするのも特徴なのだ。これが夫婦だと「うるさい、黙ってろ」で喧嘩になってしまうのだ。

高齢になって「もうあまりジタバタしないでゆったり老後を暮らす」なんて言う人が多いが、これは大きな間違いだと思う。生まれて必死に勉学を続け、社会に出て更にいろいろ経験し、専門能力を磨き、苦しみや悩みを潜り抜け、成功や失敗も積みあげてきた、いよいよ老後となれば人間の完成のために貴重な時間を費やさないでどうするのだ、一体何のためにこの世に生まれてきたと言うのだ?
65歳以降日々人間として反省したり、更に人間完成のためのチャレンジをしたり、人間としてあるべき本来の姿に仕上げていくべきではなかろうか?「もう変わる必要はない。あとは余生をゆったり好きな事をして暮らせばよい」なんてのは実にもったいない。例えば若い時は日本一の剣豪だった宮本武蔵は、老後は180度生き方を変えて人間らしく暮らしつつ寺の奥にある「霊厳洞」に籠って「五輪書」を書きあげた。
  老後に変わらなくていつ変わるというのだ

「衆生本来仏なり」…人は本来仏なのだから、生きているうちに立派な仏のような人間になりなさい・・・そのために自己を徹底して捨てきって、本来の仏性に近づく生き方をしないさい
死んで仏になるのは、すなわち”仏にならずに死んだ”、”餓鬼のまま死んだ”という意味で人間として最低なんですよ。老後にこそ過去を反省し大きく変わりましょう

私は50歳くらいから大工を趣味にして来た、81歳の今も何がしかの大工作業は続けている。LIXILの「店舗用引戸のキット5.3万円」(2枚アルミ引き戸180×180㎝)を庭の土間の入り口にやっと一人で組上げた「よくやった」
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585.山と田舎に26年住み続けた私が都会嫌いになった

2024-07-20 20:15:14 | 暮らし
悩み・苦悩を放置せず自分で改善するか相談する良き師を持て
清く・正しく・美しく・明るく・元気・多くに挑戦・謙虚に・質素に
(国の指導者や会社社長がこういう事が出来ていて健全かつ平和でありたい)
東京工業大学⇒大阪松下電器⇒エンゼル工業⇒ローム⇒テクノ経営⇒ISOコンサルタント自営 
東京浅草(猿若町誕生⇒三筋町)⇒大阪門真⇒萱島⇒京都⇒滋賀安曇川
専門:IE・VE・無駄取改善・生産管理・環境管理・経営管理・人生・会話・田舎暮・PC
人生関係:人生勉強・会話・老後・健康管理・運動・確定申告・異文化・資産管理
趣味:大工・剪定・テニス・スケート・読書・ネット・ブログ・太極拳・卓球・水彩画・楽器
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**物事は起きてからではなく起きる前にやる**
山と田舎に26年住み続けた私が都会嫌いになった

都会と田舎はいろいろな面で違う。55歳から26年も滋賀県の湖西地方の山や田舎で住み続けて来た私は結果的に現在は「都会嫌い」なっている。今や京都ですら住み続けることに我慢できない自分がいる。その理由をあまり深く論理的にきちんと考察したことはない。
定期的に京都の家に帰って泊まるが、何しろ一晩明けて翌日になると早く田舎の家に帰りたくなる。だけど冷静に考えてみると、格別にその理由になるものは何もないのだ。まあ、ただそれだけのこと、それが事実だというだけのことである。26年も自然と向き合ってきた私には、すでに豊かさや便利さや物欲なんて今やどうでもよく、あまり感心もない、つまらんことに過ぎない。最近ここ15年くらいは「京都の家に帰る」ではなく「京都に行く」と表現を使ってしまう私なのだ。
都会ばかりに住んでいる人は逆で田舎に数日いると都会が恋しくなるらしい。その理由はごく単純なことで、物や便利さに溢れた町に戻りたいという子供じみた事に過ぎない。便利さや豊かさは短期間に急速に進み過ぎ、そういうものを「あって当前、便利で当然」単純に当り前に受け入れて暮し続けていると、人間は本来持つ根本的な資質やするどい感覚や判断力の適格さを失ない、介護施設にいる高齢者のように、無力で、ただただ生かされているだけの主体性の薄い存在になってしまうのだ。
都会好きな人の脳は、都会脳とか物脳とか便利脳とか楽脳とかにすっかり変化してしまっている。そういう都会人の単純な気持ちは誰にも理解出来るが、私が田舎に帰りたくなる理由は未だによく分からない。とにかく私は自然で自由でゆったりとした田舎の家へ帰りたくなるだけなのだ。京都には25年近く住んできたが、京都の家は15年前からすでに帰りたい家ではなくなっている。
その答えは、大雑把で恐縮だが、およそこんなことだろうか。都会の豊かさや便利さの中に戻ると頭がついていけなくなる最近の私なのだが、それは私が高齢化したこともあるが、理由がそれだけではないのは明らかだ。以前都会に住んでいた私の脳は、今、田舎脳・山脳・自然脳に変化してしまったのだ、というよりも元々の原始的な古来の人間の脳・より自然な人間の脳に戻ったのだと考えている。
自然との会話というか私が再び自然と付き合えるようになったのだろう。禅僧が山奥で修業する理由の一つかもしれない。都会の人は豊かさや便利さにどんどん犯されて脳が戻れなくなるほど不自然な脳へと洗脳されてしまった、はっきり言わせてもらえば、脳が劣化したのだと思う。だから急速な技術革新や生産革新や情報革新による劣化脳を回復するには私のように長く山や田舎に暮らし続けないといけないのかもしれない。でも都会暮らしを続ける都会人は自分たちの脳が劣化しているとは全然考えもしない
・・・・・更なる分析はまたゆっくり考えて後日・・・・・
ところで
あまり専門家ではないので脳について難しい事は分からないが、脳というのは覚えたこと・決めたことを忠実に繰り返し指令する。この歳で卓球を始めて繰り返し球を打つことで上達することを知って卓球が単なる身体の運動ではなく脳の働きが身体そのもの以上に大きく寄与していることを実感している。
アメリカ人が子供でも英語を喋れるのに日本人は学校で10年学んでも喋れない。その理由はアメリカ人は幼少時からいち早く英語脳が作られ始め、そこが急速に成長するが、他方、日本人はコテコテの日本語脳なので英語脳にはなかなかなり難くなっている。もし英語脳をあらたに作りたいのであれば、アメリカに住むことしかない。アメリカで一日中英語を喋る生活を数年すれば、今度は日本語脳が衰え出し、英語脳に置き換わる。但し日本語脳は奥のほうに存在するので日本語を喋ろうとすれば喋れるのである。
※余談
話は脱線するが幼少時から何か始めると英語や日本語同様に誰でもかなりレベル高くマスターできるらしい。まだ幼少時の空っぽの頭に〇〇脳を形成してしまえば、その発達はジェット機並みに早いとうことだ。例えばピアノ演奏とか卓球なんかの例でもそういうことが実証されている。小学生でもあることを一生懸命にやった子供は大人の私達でも太刀打ちできません。出来るだけ早くやれば、それはいち早く脳に頑健な指定席を確保してしまう。『幼少時に大人以上にやらせる』ところが多くの人が子供の幼少時をだらだらと無為に過ごさせてしまう。『多くの大人の絵が下手な理由は幼少時から描く習慣がなかったから』子供は何となく遊ばせておけばよいは大間違いなのだ幼い時ほど早く楽にレベルの高い習得が可能なのだ。例えば卓球などは3歳から始めた子供には基本的に勝てないのだ余談終わり

私が東京から関西に移り住んで、関西弁を喋ってすでに60年近くになるが私の脳にはすでに関西弁脳が形成されている。だから今では東京弁はだんだん喋れなくなっているということで、こういう私の経験から脳とはそんなものだということが理解できる。異文化体験とか変わるということは新たな脳を形成することになるのだろう、だからいろいろな趣味を持ち、様々な環境や人付き合いや経験をすることが大事なのだ。私のように高齢になってから大工や水彩画や卓球や太極拳を始めたことは脳の活性化に役立っていると信じている。

 我が家の前の空き地です。のんびり花や野菜が茂っています。こんな自然の姿が家の前に普通にあるのです。田舎は過疎で限界集落だなどと言って、田舎を安易に否定するのは大間違い都会が最高という思い違いは怖い、不自然な環境は「栄えるものはいつか確実に滅ぶのである」いつか深刻なダメージを受けることになる。自然は必ずそういうことを人間に厳しく教えて来る時期があるのである。
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584.円安・物高の今の日本において失礼ながら馬鹿な人とは

2024-07-03 21:26:10 | 経済
悩み・苦悩を放置せず自分で改善するか相談する良き師を持て
清く・正しく・美しく・明るく・元気・多くに挑戦・謙虚に・質素に
(国の指導者や会社社長がこういう事が出来ていて健全かつ平和でありたい)
東京工業大学⇒大阪松下電器⇒エンゼル工業⇒ローム⇒テクノ経営⇒ISOコンサルタント自営 
東京浅草(猿若町誕生⇒三筋町)⇒大阪門真⇒萱島⇒京都⇒滋賀安曇川
専門:IE・VE・無駄取改善・生産管理・環境管理・経営管理・人生・会話・田舎暮・PC
人生関係:人生勉強・会話・老後・健康管理・運動・確定申告・異文化・資産管理
趣味:大工・剪定・テニス・スケート・読書・ネット・ブログ・太極拳・卓球・水彩画・楽器
滋賀事務所:滋賀県高島市安曇川町地図
*********村上原基人生勉強会*********
**物事は起きてからではなく起きる前にやる**
今の日本においてどんどん儲かる人(損しない人)と どんどん損する人は(大してお金持ちでもないのに)
簡単に一口で言えば、 まあ失礼ながら馬鹿な人
『一体なんのためにそんなことやっているの?』
無駄は貧乏神、無駄を切れ、自分の弱さも切れ

①株式を買わない人、買わなかった人
 円を資産に変えておかないと目減りする
②金・プラチナなどを買わない人、買わなかった人
 円を資産に変えておかないと目減りする
③銀行預金やタンス預金ばかりしている人
 お金をほったらかしにして円の価値が半減した
④どこに行くのも自家用自動車を乗り回している人
 歩く・バイク・自転車・相乗りで・電車バスで
⑤物珍しさだけで海外旅行をする人
 物見遊山は何も生まない、ネット動画で十分
⑥贅沢する、ペットを飼う、グルメを食べたがる人・・
 15歳未満の子どもよりペットの数のほうが多い
⑦高額な家を変動金利ローンで買ってそれを支払っている人
 そろそろ金利は上がって来るが、利子は大きいよ
⑧老人なのに用もないのに都会に住んでいる人
 都会に老人は要らない、老人に都会は要らない
⑨大谷翔平や阪神タイガース等のスポーツの勝敗で一喜一憂する人
 他人の事はどうでもいい、自分自身をもっと観よ/磨け
⑩馬鹿な子供を大金かけて大学に進学させようとしている人
 日本の優良企業株を買うほうがずーっと良い
⑪筋トレやったり、必死に鍛えて、必死に頑張っている人
 やり過ぎは害が大きい、他にやる重要な事はないのか?
⑫株式や金や円などが上がってから、遅ればせ買い始める人
 資産や株式などは早く買う(good timing)のがポイント
⑬やたらエアコンをつけまくる人
 まず断熱など基本的なことを200%やるべし
⑭洪水や土石流や大地震で被災する危険地域に住み続ける人
 (崖下・低地・川のそば・盛り土・過密都市・海岸ベリ)
⑮家の狭い庭に木を沢山植える人
 庭は広く自由に使うもの、木は邪魔で面倒臭い
⑯高齢になっているのに全く健康に努力しない人
 間違いなく衰え・大病し・寝たきりになる
⑰夏に汗かいてキンキンに冷えたビールをガブ飲みする人
 意志の弱い人で、いわゆる「ダメ人間」
⑱超一流でもないプロスポーツ選手
 ただつらいだけ、適当な時期に引退を
⑲戦争をする国家元首とその取り巻き連中
 自国民も被害者だし誰も喜んではいない
⑳詐欺に簡単に引っかかる人
 全財産持って行かれますよ
㉑歯磨きしても間食する人
 こんな人が多い、もし間食するなら、間食後も歯を磨け
㉓太陽光をやたらに部屋に入れたり、天井を高くする人
 そんな無駄な事だ、今はLED電球があるじゃないか
㉔家をあまり断熱しない人
 クーラーかけるより、まず外から熱を入れないこと
㉕二階家で屋根を重い瓦のままにしている人
 まず100%倒壊するし、被災後の修繕も困難だ
㉖安易に犯罪を犯す人
 やがて確実に地獄に落ちる
㉗あーだの、こーだのと頑固な人
 頑固な人が最も厄介者、死ななきゃ治らん
㉘あれは嫌、これは嫌と、面倒くさがりな人
 何とか理由をつけてやらない人は衰退あるのみ
㉙自分ではやらず、大工や散髪や修理を当り前に業者に依頼したり新聞購読をしている人
 自力でやれば安いし、自分自身ですぐに出来る
㉚家を買わずに借りる人
 探せば安い家はある。私の家は350万円庭付き152㎡
31強盗などの侵入に予防や警報装置を家や庭に全くつけてない人
 多くの事件を観ていると予防や対処の基本ができてない
32派手好きな人、目立ちたがり屋さん
 全く目立とうと思わないのに目立ってしまう人になれ
33冠婚葬祭や墓などにお金をかける人
 これは単に過去の悪い風習に過ぎない
34情報収集分析力がない人
 調査分析力のない人・しない人は致命的
35パチンコや競馬競輪などで時間を潰す人
 お金も減るし健康にも悪いし人生を捨てている
36本当に必要なものにお金を使わない・出し惜しむ人
 必要でないものにはお金を浪費するのだが
37ダメな相手をダメと見抜けず、友人や伴侶にしている人
 友人や伴侶は見かけではない、きちんと選べ
38新興宗教や有名人にかぶれ、全財産をつぎ込む人
 妄信したり、好きとか尊敬とかを安易にすべきではない
39趣味も狭く、技能・技術専門も少ない人
 少なくとも10種類くらいの趣味や特技を持て
40転居・転社・転職・転暮らし・転性格・転生き方 しない人
 世間が狭く、経験不足の、頼りない、ひ弱な者になる
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 貴方は愚か組(バカ)か それとも 賢い組(利口)か?
 もう遅いのかもしれないが・・・・
 「物価高で商売が低調だ」なんて零す経営者はもう諦めるべきだ、多分頑張るだけ無駄だ。勘違いしてはいけない日本の物価は世界中でかなり低い。だから外国人が日本で買い物するんだ。「物価が安いのだ」
  ◆清く、正しく、美しく  生きよう
ところで円安というが、5年前、1ドルが100~110円だったものが今は161円になっているが、円安は一時的な要因もあるので、これも早ければ年末~来年初には、また円高になり120~130円には戻って来るはずである。そういうことも忘れてはならない。今度は今までと逆の事が起きるのである。今からはそういう事態に事前に備えることが大事になるのである。いうなれば今の円安の状況は日本にとっては非常に良い状況で、また円高に戻ると必しも「よかったね」とはならないのである。
 ↑ 5年間のドル円推移 以下のグラフは円の値動きと同じ動き

 ↑ 5年間の日経平均株価推移

 ↑ 5年間の金価格推移

 ↑ 5年間のプラチナ価格推移
日経平均株価は一月に33,288円 3月22日40,888円4月19日37,068円といったん調整が入ったが今日7月2日は40,066円4万円を回復し7月3日は40,580円に7月4日は40,913円。この株価の上昇は日本の企業の体質が良くなり業績が良い事や配当の増加やアメリカの好景気やNISAの影響などもあるが、目下の大きな要因の一つが円安である。今外人観光客が日本観光に来ていることからも分かるように、日本の物や不動産などは外人にはかなり割安になっていることもある。日本人の感覚はそれとは逆なのだから株も買わないので、儲けられない
金価格を観るともっとわかりやすい5年前の約2倍になっている。プラチナも金ほどではないが約2倍になっている。となれば株価も2倍近くになってもおかしくないし、現実にすでに2倍になっている。
元々日本の株価は安すぎたので今の4万円の水準は高いとは言えない本来は5~6万円くらいになっても全くおかしくはない。もし株価が調整する局面でもあればまだ買ってない人は是非買っておいて欲しいものだ。投資信託でよい
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