おんなだって、やればできる

やってやれないことはない

おやじの弁当

2009-01-30 22:37:26 | Weblog
朝から雨、ええおしめりじゃなあ!

阿波市の方から手紙が届いた。

ある人から「致知」の本を送っていただいた。

「論語」について、みんな関心をもっとんじゃなあ。

「致知」に巻頭の言葉として、
アサヒビール名誉顧問の中條高徳氏の「おやじの弁当」が寄稿されていた。

貧乏に耐えて勉学にひたむきに努める少年がいた。
彼はある日、母の作る父の弁当を間違えて持って行ってしまった。

彼曰く
「おやじの弁当は軽く、俺の弁当は重かった。
おやじの弁当箱はご飯が半分で、自分のにはいっぱい入っており、

おやじのおかずは、味噌がご飯のうえに載せてあっただけなのに
自分のにはメザシが入っていたことを、間違えて初めて知った。

両親は黙して語らず、肉体労働をしている親が
子どもの分量の半分でおかずのない弁当を持ってゆく

之を知った瞬間、子を思う親の真の愛情がわかり、
胸がつまり、涙があふれ、その弁当が食べられなかった。

その感動の涙が勉学の決意になり、両親の期待を裏切るまいと
こころに誓った」

という。

このおやじの弁当の心こそ、仏道で説く「陰徳」の妙法であり
「慎独」の実践である と結ばれていた。






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