植物園「 槐松亭 」

バラと蘭とその他もろもろの植物に囲まれ、メダカと野鳥と甲斐犬すみれと暮らす

春の祭りも自治会もまっぴらごめん

2023年03月26日 | 雑感
昨日は、当地区の春祭り、あいにくの冷たい雨ながら、おらが大臣「タロサン」が駆け付けてきたので、平塚の南地区で地元一の神社「三島神社」では、SPの警護で大変だったそうであります。なにせ当地は昔からの漁師町、気が荒く少々の事では動じない町の気質であります。警護のお兄さんの脇を、お御輿の台やらなんやらの細工のため、若い衆がチェーンソーを片手に通り過ぎ、市外県外から応援に来る「刺青」あり、締め込み姿の担ぎ屋さん(協力会)もお構いなしに闊歩するというシュールな有様であった、と倅が申しておりました(笑)

安倍さんの一件以来、そうした警護が相当厳重になったと聞きます。太郎さんは、国務大臣なので何かあったら大変な騒ぎになるでしょう。下手すると総理大臣?みたいな話が無きにしも非ずですから。

そんな春のお祭、当然夏祭りほどには盛り上がりません。ワタシも一応は神社の評議員という事にはなっておりますが、自治会長が忙しいから、とこのところほとんど顔を出しておりません。子供の頃から祭りが大好きな次男だけは雨の中駆け付けて子供神輿の世話をし、古くから歌い継がれた「須賀甚句」をうなるのが楽しみなようです。この甚句は、民謡などの師範級だった彼の祖母が得意としていて、80歳半ばまでスピーカーをぶら下げて練り、甚句を唄って、当地のお祭りでもちょっとした名物であったのです。

「セエ~、須賀の名代は」と入り、担ぎ手が威勢の良く「アーイヨー」と合いの手を入れます。その後は「西に駿河の富士の山、東に湘南江の島で」と続くのです。これはいくつかのバリエーションがあって、下ネタがかった替え歌もあるので教育上宜しくありません。おばあさんは正当な歌詞でしたが、その承継者を自認するわが息子三兄弟ともに、エロ歌化するので、親としてはなんとも面目ないのであります。

そんな中、午前中は自治会の理事が全員交代するので、その引継ぎを行いました。ワタシにとっての任期であるこの2年は大変不愉快な思いをすることも多く、嫌な人・動かない人・文句ばかり言う人・ちっとも出てこない人・自分勝手な人、そんな人の集団の中にあってえらい苦労を強いられたのです。

あと数回の会合やイベントが終われば一応お役免除となりますが、ともかく前の川を渡るしかないので、最後に近づくその一歩を終えたのであります。当然ながら春祭りと両方出るわけもありません。冷たい雨で風邪でも引いたらバカみたいであります。

さすがに家内もワタシの苦労やぼやき、そして体調不良を見かねていたのか、自分では顔を出すことも無いのに「引継ぎが終わって」ほっとした、と申しておりました。

もはや、すべてのセレモニーを待つ必要もなく、自分の失われた日常を取り戻したい、穏やかで篆刻などの創作・芸術に近い世界に触れられる心境にならないと願うばかりでありました。

そして3週間以上遠ざかっていた篆刻を再開しました。あれほど好きで楽しく、毎日3本くらい彫っていたのです。
昨日と今朝にかけて一つ彫りました。3カ所ほど思い切りミスっていますが、稀代のテクニシャン「徐三庚 」先生の摸刻であります。しばらく彫っていないので出来栄えは二の次、その世界に戻るためのちょっとした肩慣らし・儀式であります。


コメント (2)
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◯◯もおだてられると・・・

2023年03月26日 | 植物
お天気が悪く、気分もすぐれず体も動かせない、といった状況でも、自治会などの仕事が待ってはくれません。年度代わり、自分の自治会長退任にもあたるので、総会やら引き継ぎやら漏れがあってはいかんとか、落ち着かず「嫌な感じ」が体を付き纏う、といった按配でありました。

医者からも、静養と処方された服薬をすすめられて、たいした病気でもないのに、すっかり病人気分であります。すでにして、あれほど楽しくて毎日彫っていた篆刻にも3週間触れずにいます。

WBCもサッカーキリンチャレンジカップも男女のフィギュアスケートも楽しく観戦出来て、気持ちが晴れてくれるといいのですが、なんとなく冴えないのであります。そんな中で探し物片付け仕事もちょいちょいあって本当に落ち着かず、早く4月になって欲しいと願うばかりであります。

そして、昨日ちょっとふれた「けんすけさん」から励ましのコメントを頂戴しました。人に褒められるのは滅多になく、けなされる、やっかまれる、と言ったことも多いのです。正直お尻がこそばゆくなるほどのお言葉であったのですが、「芸術家」でも「篆刻家」でもない自分でも、いくらかの創作活動を続けてきたことに気づき、満更間違ってばかりの半生でもないか、と安堵し大変うれしかったのであります。

片づけものをして出てきたのが十年以上前に書いた水彩画でした。褒められて調子に乗って、ちょっとだけご披露します。だいぶ書いたのですが、欲しい方には構わず差し上げていたのであまり残っておりません(´;ω;`)。
印にせよ絵にせよ、欲しいと言ってもらえるだけシアワセでありますな。

よく旅行していた沖縄の風景
「中村家」
焼失した在りし日の首里城
守礼門
その他にも
ざっとした絵ばかりですが、勤務していた金融機関から出向した中小メーカーから、うまくなじめず戻されて、鬱々としながら自宅待機していた日々に描いたものがほとんどであります。どことなく哀愁と言うか悲しさを漂わせています。
絵は好きで、中学高校と美術部に在籍しておりました。その後は皆さんと同じく生活の為に、趣味などは忘れ去って仕事に追いまくられてきました。

さて、60歳過ぎてから書道と篆刻に宗旨替えしましたが、このところすっかりさぼり気味なのです。とにもかくにも日常を取り戻し創作活動に専念いたしたいと強く念じるところであります。
コメント (4)
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