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【art】「写楽 幻の肉筆画」鑑賞@江戸東京博物館

2009-07-27 02:30:22 | art
'09.07.11 「写楽 幻の肉筆画」@江戸東京博物館

この日は毎月恒例の笹塚にある砂風呂Pasir Putihの日。いつも一緒に行っているbaruとFちゃんの都合が悪くなってしまい1人での入浴。早めに上がって江戸東京博物館で開催中の写楽展を見て帰ろうと思い立つ。オプションで足リフレをつけたのと、混んでなかったのに微妙に他のお客さんとタイミングが合わず、思ったより早く上がれなかった

江戸東京博物館の開館は基本17:30まで。土曜日のみ19:30まで空いている。17:30頃には着きたかったんだけど、駅の出口を間違えて遠回りしてしまって18:00過ぎ。混んでたら1時間半じゃムリかもと思ったけど空いてた。ちょっと心配になるくらい空いてる(笑) とりあえずイヤフォンガイドを借りて入場。19~20世紀初め、ジャポニズム大流行のパリやウィーンへギリシャ大使として赴任したグレゴリウス・マノスが収集した日本美術のコレクション。彼はその収集品を全て政府に寄贈、エーゲ海に浮かぶコレフ島にアジア美術館が設立された。コレフ島は難破したオデュッセウスを王女ナウシカアが助けるという「オデュッセイア」の舞台で、この王女ナウシカアがあの『風の谷のナウシカ』のナウシカのモデルなのだそう。最近のジブリ作品は・・・だけど、『風の谷のナウシカ』は大好き。このマノス・コレクションの中から2008年7月、東洲斎写楽の肉筆画が発見された! 今回はその作品を含めた特別展。浮世絵を中心に5つの章に分けて展示紹介するというもの。

【第一章 日本絵画】
この章の出品数はわずか9点。ここでの見モノは狩野克信、興信親子による「狩野探幽筆 野馬図屏風模本」 タイトルからも分かるとおり、狩野探幽の絵の写し。探幽の筆致を写し取った画力の素晴らしさもあるけれど、この絵が存在することの最大の意義は、元となった野馬図屏風が江戸城本丸にあったとされていること。探幽がこの絵を描いたのは寛文6(1666)年、65歳の時だそう。水辺に集う馬や牛を描いている。墨一色で描かれた馬の躍動感や、牛の筋肉の隆起した迫力がスゴイ。12面に及ぶ大作を親子は11日間で写したのだそう。探幽の作品は今は見る事ができないけれど、その素晴らしさは伝わった。ありがとう、お2人Good jobです この章で1番好きだったのは懐月堂派の「立美人図」 これはカッコイイ。懐月堂派は懐月堂安度を祖とする美人肉筆画の一派。どっしりと肉感的な美人を太い輪郭線で描き出す独特な作風。懐月堂安度はあの江島事件に連座、大島へ流刑となっている。一幅の掛軸だけど、そんなに大きな作品ではない。そこに描き出されているのは迫力の美女。どっしりとした質感。顔などややふてぶてしいくらい(笑) でも、そのどっしりとした佇まいはカッコイイ。袖をなびかせるような立ち姿で、袖の揺れを太くしっかりとした輪郭線で描き出している。太いけれど、その線はやわらかく繊細。そして着物の柄は細かくきちんと描かれている。大胆で繊細。これはいい! この絵葉書欲しかったのだけど無かった(涙)

【第二章 初期版画】
ここはホントに初期の版画。なので、知らない絵師が多かった。奥村政信の「遊君シリーズ」がおもしろい。「遊君 達磨一曲」は達磨が遊女の着物を着て三味線を弾いている。他にも蝦蟇を使って妖術を使う蝦蟇仙人などが遊女と遊ぶ姿が描かれていて興味深い。

【第三章 中期版画】
いわゆる浮世絵ビッグネームの作品がならぶ。個人的にも好きな絵師ばかり。大好きな鈴木春信の「母と子と猫」がかわいい。春信は浮世絵版画で初めて多色刷りを取り入れた人。この頃の浮世絵はいわゆる大首絵はまだなく、背景とともに全身を描く。なので、表情などの表現は乏しい気はするけれど、なよなよとした柳腰と涼やかな目元。とにかく春信の美人画はかわいい。この絵も母が懐に抱く猫を抱かせてくれと娘がせがむ姿がかわいらしい。娘は愛らしく母はやさしい表情。次の「見立菊慈童」の美人のキリッとした表情とは全然違う。驚いたのは続いて展示されていた鈴木春重の「朝顔」と「碁」 春信調のこの絵はなんと司馬江漢。司馬江漢といえば洋画の祖というイメージだったのだけど、初めは春信に弟子入りし浮世絵を描いていたのだそう。「雛形若菜シリーズ」で有名な磯田湖龍斎もこの時期はまだ春信タッチ。さすが春信! 役者似顔絵師と言われた勝川春章の「吉原八景 京の落雁」の弁慶はAHこと安齋肇似(笑) 八頭身美人でおなじみ鳥居清長の美人はやっぱりいい。「風俗東之錦 町屋の妻娘と小僧」の妻の留袖の黒が良く、娘の裾の折鶴柄がかわいい。「唐子遊び 碁でけんかする唐子たち」「唐子遊び 子をとろ子とろの遊びをする唐子たち」には”惶々”と朱印が押してあり、実はこれ河鍋暁斎が所有していたのだそう。子供を題材とするのは縁起がいいとされていて、特に唐子は縁起がいいと人気だったらしい。

そして喜多川歌麿。歌麿大好き。歌麿の美人はホントに色っぽくて美しくて、そしてかわいい。「錦織歌麿形新模様 浴衣」は没骨という輪郭を描かない手法で刷られたもの。この技法は女性の浴衣に使われていて、何とも涼やか。そして、歌麿といえば美人大首絵ということで、様々な恋愛タイプを描いたシリーズ物の1枚「歌撰恋之部 深く忍恋」 これは美しい! 背景は紅雲母刷で刷られていて、ほんのりと紅くキラキラしている。キセルを吸いながら右下に首を傾げた女性の顔が美しい。小さな受け口をわずかに開け、煙を吐き出すような仕草だけれど、物思う彼女の表情からすると、出るのは深いため息のようにも思える。キリリとした目元と黒々とした眉毛は、まだ若い娘だと思われる。きっと恋に夢中なのでしょう。襟元と着物の紫が効いている。この美しさとキリッとしたなまめかしさは、さすが歌麿という感じ。でも今回、この絵で感動したのは高く結い上げた髪のその生え際! NHKの番組で新たに発見された版木を元に、現代の版画家が再現するのを見たけれど、一番苦労していたのがこの生え際。普段何気なく見ていたけれど、版画なのだから髪の毛1本分の線を彫り出しているわけで、この1本を彫り出すには4回刃を入れないといけない。それが1cmの中に何十と入っているのだそう。それを知って見ると感慨もひとしお。額を囲む生え際、うなじ、櫛を刺した部分の表現。これは素晴らしい! と、同時にやっぱり知識って必要なんだと実感。知らなければ単純に美しいだけで終わってしまうけれど、絵の持つ意味や施されている技巧を知っていれば、また違った見方が出来る。名前も知らない江戸の彫師の技術の高さを思うと、ホントにカッコイイ!

生え際の美しさでは一楽亭栄水「美人合浄瑠璃鏡 おそめ久松」のおそめも素晴らしかった。この章に写楽もある。「二代市川門之助の伊達与作」「初代市川男女蔵の奴一平」が並んで展示されている。いわゆる役者大首絵。この2人の役者は親子だそうで、男女蔵はこの時14歳。主人の金を守る奴一平を演じているけれど、細い腕や幼さの残る顔は弱々しい印象。この2点の背景は雲母刷りだと思われる。以前、別の展覧会で雲母刷りは高価なので新人だった写楽が、初めから雲母を使えたのは異例のことだったことを知った。質素倹約令にともない財産の半分を没収された版元蔦屋重三郎が起死回生を賭けたのが写楽だったと、テレビで紹介されていた。それだけ期待されていたことの証なのでしょう。"本日の1枚"は個人的には歌麿の「歌撰恋之部 深く忍恋」だけど、やっぱり今回はこれでしょうってことで、東洲斎写楽「四代目松本幸四郎の加古川本蔵と松本米三郎の小浪」 こちらについては、後ほどゆっくり(笑)

【第四章 摺物・絵本】
空いていたので1点1点じっくり見てしまったため、意外に時間がなくなってしまったので、この章はやや流し気味。次の章には葛飾北斎があるのですから(笑) ここで良かったのは鈴木春信の「絵本青楼美人合」と、葛飾北斎「東都名所一覧」「東海道五十三次 絵本駅路鈴」 北斎の本はいい。

【第五章 後期版画】
ここでの見モノは葛飾北斎。他にちょっと気に入ったのは菊川栄山「風流夕涼三美人」と柳川重信「大阪新町ねりものシリーズ」 「風流夕涼三美人」は多分、芸者遊びをするお店。芸者もしくは遊女が3人外の縁側に出て休んでいる。障子の向こうで盛り上がる人々。ちょっとうんざりしたような3人。その倦怠感と、酸いも甘いも噛みしめたような3人の佇まいがカッコイイ。「大阪新町ねりものシリーズ」の"ねりもの"っていうのは遊女が仮装してねり歩くものらしく、ここではすべて男装。「大阪新町ねりもの 水茎の神 かいでやもも鶴」のもも鶴というのは菅原道真を象徴しているそうで、絵の遊女は束帯(正装)姿。黒の着物の透かし彫りがいい。白の袴にも透かし彫り。男装の麗人というけれど、女性が男装することの色っぽさってある気がする。当時の人も同じように感じていたんだろうか。浮世絵ビッグネーム歌川広重の作品は今回1点のみ。「魚づくし あわび・さよりに桃」がいい。あわびはまるで岩のような質感で、さよりは繊細に描かれている。色が美しい。桃は実ではなく花。青中心の絵の中に花の赤が効いている。葛飾北斎といえば「富嶽三十六景シリーズ」 ここでは3点が展示されている。特に有名な「凱風快晴」通称赤富士も展示されている。これは何度も見ているけれど、やっぱりいい。富士山を赤で表現する斬新さもさることながら、空のベロ藍と呼ばれた青のぼかしが素晴らしい。

今回初めて見た「百物語シリーズ」 その中に懐かしい1枚を発見! 母方の祖父が持っていた古い画集。その中にあった「百物語 さらやしき」 番町皿屋敷を描いたと思われるこの絵は、井戸の中から女性のろくろ首がうねりながら出ている。老婆のようにも見える恨めしそうな顔の口元からは、煙のようなものが吐き出されている。こちらに流し目をするその表情と、首の部分が全て何枚もの皿になっていて、そこに長い髪の毛が絡みつく様が、まるで蛇のうろこを思わせる。子供の頃、この絵を見てすごく怖かった。怖いくせに何故かまた見たくなって、何度も見ては怖がっていた覚えがある。あれは北斎だったんだ。初めて知った。そして、自分の浮世絵好きのルーツはこの祖父だったのだと実感。生まれる前に亡くなってしまったので、一度も会えなかったのがとても残念。子供心に惹きつけられたのは、単に怖いもの見たさだったのではなく、やっぱり絵の持つ力なんだと改めて思う。今見ても十分怖い。

さて、長々書いてきたけれど、いよいよ"本日の1枚"東洲斎写楽「四代目松本幸四郎の加古川本蔵と松本米三郎の小浪」 この絵、正に世紀の発見なのです。写楽の肉筆はほとんど見つかっていないというだけでなく、この絵が描かれた時期が重要。謎の絵師写楽は寛政6~7(1794~95)年わずか10ヶ月間活躍し、1795年1月忽然と姿を消したとされている。でも、この絵はその4ヶ月後に描かれた。歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の1場面を描いたこの作品は、四代目松本幸四郎の着物の"本"の紋から、1795年5月に木挽町にあった河原崎座で上演されたものだと分かるのだそう。これにより写楽は浮世絵を描かなくなった後も、肉筆画であれば注文に応じる事があったのではないかと推測できるとのことで、まだ肉筆画が発見される可能性が出てきたのだ。描かれているのは今ではほとんど演じられることのなくなった場面。大星由良之助(大石内蔵助)の長男大星力弥(大石主税)の許婚小浪と、その父加古川本蔵の姿を描いたもので、元は扇であったものを保存のためはずしたものらしい。この時、松本幸四郎は59歳で晩年の姿だそう。その口元や額、眉間に深く刻まれた皺に年齢が感じられる。その鋭い眼光や固く結ばれた口元に四代目の渾身の演技が感じられる。小浪を演じる松本米三郎はこの時22歳。四代目が育てた女形だそうで、こちらは若々しい印象。やや猫背なのは米三郎の特徴なのかな? しかし、写楽は女形は女形として描く。決して女性として描かない感じが写楽らしいなと思う。

何故、この作品が写楽の肉筆であると分かったかというえば、写楽というのは実はそんなに器用な絵師ではなく、同じ役者を描く際にはついワンパターンになってしまうらしい。別の作品に描かれた四代目の特徴と一致するそうで、その比較がパネルで展示されている。確かにほとんど変わらない(笑) 浮世絵というのは実は総合芸術。絵師ばかりがもてはやされているけれど、彫師や摺師の技術もあって素晴らしい作品となっている。今回、写楽の肉筆画を見て改めて実感。この作品がどんな条件、状況で描かれたものなのか分からないけれど、2人の役者の表情や構図などさすが写楽と思うものの、良く見ると写楽あまり上手くない。四代目の扇を持つ指などの線はボヨボヨしてしまっている。少し曲げた小指などは不自然な曲がり方で枝豆のよう(笑) ということは、写楽のボヨボヨの線を彫師が修正していたのだということが分かる。これはなかなか興味深かった。写楽の素晴らしさだけでなく、総合芸術としての浮世絵を再認識できたのはすごく良かった。そういう意味でもこれは"本日の1枚"だし、"世紀の発見"なのだと思った。

浮世絵などの1点1点の状態は、以前同じ江戸東京博物館で見た「ボストン美術館展」にはかなわないかも。でも、やっぱり写楽発見はすごいことだと思う。どれだけスゴイ作品なんだと期待大で行くと、意外な小ささに拍子抜けしてしまうかもしれない。でも、やっぱりこれは見ておくべきなんだと思う。


★「写楽 幻の肉筆画」@江戸東京博物館:2009年7月4日~9月6日

「写楽 幻の肉筆画」(江戸東京博物館HP)



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