スピンオフ銭明日編集長

モットーは"年を重ねる毎に幸せになる"銭明日編集長の日記

弥生雑感'19

2019年03月31日 | Weblog
真冬に逆戻りの雪降りの寒い年度末を迎えている、北国の春はまだ先のようだ。こういう日は外出も、愛犬の散歩も控えて終日自室に引き篭もる。

月末の地元紙の一面に"引き篭もり"の記事が掲載されていた。記事によれば県内で1600人超の引き篭もり者、多いのは40代〜50代で44%を占め男が70%とあった。働き盛りの年齢層が多く、高齢者が少なかったのは意外だったが?

自分も友人が多い方だったが、最近はこっちから問いかけなければ連絡して来ない、癪に触るから連絡待ちをしていれば、益々遠退き次第に友人の関係も薄れてしまう。一方趣味が共通する夫婦なら、行動も共にするのだろうが、こういう夫婦はそんなに多いとは思えない。

この年代はこの世から居なくなるのも女より男が多く、友人が欠けると元気も欠ける。そんなことを思えば、加齢と共に男は"引き篭もり"の条件が次第に備わってくる。
(幸福度が1位はフィンランド)

年金も満足に支払えないから、健康な内は働いてくれと政府は舵を切った。然し後期高齢者になっても働かなければならない🇯🇵の幸福度はどうなのだろう・・・
=おわり=




アイデンティテイ

2019年03月26日 | Weblog
自分が歩いて来た人生は褒められたものでもないが、24日にこんなことがあった。
奥州江刺岩谷堂で「花柳流千和会舞踊会」が盛会裏に行われた。この会は4年前に他界した実姉が50年前に故郷に活力を入れようと始め、現在も続いている会である。

姉が初代創始者で、姉の娘が二代目、その娘の娘が三代目と続いている。会が50年も続いているのには、自分の存在もあると自負している。

何故なら姉の娘の旦那は自分の親友であり、自分が紹介したようなものであるから、その縁がこうして50年も続いて来た訳で、この縁を結んだ自分はアイデンティティに値するものだろう。

(=自分の価値感と解釈した)

会の締めにこの会を主催した三代目、花柳優和沙とその旦那、花柳寿美衛さんの共演する常磐津「京人形」の舞を見ることが出来た。地方では滅多に見ることが出来ないメジャーな素晴らしい舞踊文化に酔いしれることが出来且つ偉大な姉を偲んだ
=おわり=


卒業式

2019年03月17日 | Weblog
卒業シーズンがピーク。孫が通う小学校の卒業式も昨日行われた。
見学しようと思ったが、ジジィの身では何となく足が向かない。この孫娘は就学前からダンス(ヒップホップ)が好きになり、スタジオで習っていて今も頑張っている。
その所為なのか、骨格がしっかりして来て、スポーツは得意で選手にも選ばれて来た、特に走る競技は得意なようだ。

娘夫婦も正装して式典に出掛けて行った、子育ては親育てにも繋がるもので、6年間の思い出を振り返りながら、ここまで育ってくれてありがとうと感謝したことだろう。


自分の場合は、子育ては母親任せで、男親はひたすら外で稼ぐ、そんな"猛烈人間"が男の生きザマの時代であったから、家庭は寝に帰るようなものであった。

暮らしぶりが良くなり、家庭のあり方も変わって来たのだろう、男女平等の社会構造になり働く女性が多くなっている。女の自立は未婚者を産み、少子高齢化社会構造になっている。
LGBTを認めたとて人口は増えないだろうに、この世も末だナ〜
=おわり=

震災から8年

2019年03月11日 | Weblog
平成11年3月は、東日本大地震に襲われ嫌という程、テレビラジオ新聞等でこの世の地獄を目にした。とても立ち直れないのではと思っていたが、8年経ったなら復興が形になって来た、 然し被災された方々の傷が癒えるのは果たしていつになるのだろうかと思うと、安易に言葉が見つからない。今日現在の震災関連死と行方不明者は合わして 22,131人。

あの日の2時頃に自分も陸前高田に居たのだが、震災発生30分前に帰路についた為難を逃れる。人の運不運はちょっとしたところで真逆に変わることを体験した。

陸前高田だけは、震災前〜震災〜現在迄、ほぼ毎月見て来た。中心地の街づくりは、津波に負けない街になって、今盛んに建築が行われている。以前は何処からも日本百景の名勝松原が見えていたが、今は盛り土した街からは松原に変わり高防波堤が見えるだけで海を遮る。

何よりにも増して人命が大事なのだが、どうしても震災前の美しい松原海岸が目に浮かぶ。愛する家族を失って生き続けるのは苦しいものだろう、生きていれば努力次第で想い出は幾らでも積み重ねられるが、居なくなった相手では想い出は過去しかない。

しっかり生きなければ、もっともっと生きたかっただろう、震災犠牲者の方々に叱られそうだ。
=おわり=