1.母テルと祖母シゲ
20年前に亡くなった母テルの出生に関わることが知りたくて、令和4(2023)年に試みた。テルは母シゲと人生の殆どを共に歩んだ様なのであり、シゲのルーツを探すことから始めた。尚、当データは自分の推測以外、関係する市役所から取り寄せたものを参考に抜粋したものである。
2.シゲの生い立ち
シゲは、岩手県江刺郡福岡村(現在は岩手県北上市口内町)字金成100で明治18(1885)年、鈴木又蔵・トメの長女として生まれた。同じ両親の妹にミサオ、異母姉妹にチヨミ、キセミ等が居た。
シゲは明治39(1906)年、20才頃まで出生地に居住していたのだろう?、然し推測の域で証は無い。
3.テルの生い立ち
テルは大正5(1916)年3月30日に宮城県栗原郡富野村城生野(現在は栗原市築館城生野)字要害28番地に於いて生まれた。届出は何故か大正7(1918)年12月31日と戸籍簿にはあり、母はシゲ、父の名前は空欄である。
4.テルの父親のこと
シゲが出生地を離れた明治39(1906)年〜テルが生まれた大正5(1916)年の10年間のことは調べようがなく不明。
推測するに、シゲは何らかの縁で岩手県江刺郡福岡村(現在岩手北上市)から宮城県栗原郡(現在宮城栗原市)に移り住み、テルを産み授かったのだろうが、生前テルから聞いたのは、父親は隆道(宮城県栗原郡照明寺和尚、墓は寺族として同寺に現存)と言う方であり、幼いテルを可愛がって育てたのだが、暑い夏に頭が割れる様に痛いとなり若くして急死した。
その後照明寺も火災に遭い、過去帳等の書類も類焼してしまった(現住職の松森弘隆氏談)、よって、てるの父親隆道に関わる証もなし。
2023年に栗原築館市役所に問い合わせたが、本籍地が分からないのでは調査不能との返答あり。
=つづく=