近頃、エンターテインメント小説に、愛国心をくすぐる作品が目立つ。なぜ、読者の心をつかむのか。
安倍晋三首相も「面白い」と太鼓判を押す今年の本屋大賞受賞作、百田尚樹「海賊とよばれた男」は「日本人の誇りを失うな」と訴えかけ130万部超のベストセラーに。
エンタメ小説の新人賞、江戸川乱歩賞は今年、最終候補5作のうち2作が太平洋戦争末期の日本軍を素材にしたミステリーだった。同賞事務局である講談社の担当者は「偶然、重なっただけだと思う」という。
優れたエンタメ小説を選ぶ山本周五郎賞。先月の選考会で、受賞を逃した山田宗樹「百年法」について選考委員の石田衣良さんは「右傾エンタメのパターンを踏んでいて残念」と講評した。同作の舞台は不老不死が実現した世界。ゆがんだ社会を立て直すためリーダーは国のために犠牲になった先人らをたたえる。
「右傾エンタメ」とは石田さんの造語。「君たちは国のために何ができるのか、と主張するエンタメが増えているような気がします」。百田さんの2006年のデビュー作「永遠の0(ゼロ)」から気になっていたという。同じ年、安倍首相の「美しい国へ」がベストセラーになった。
「永遠の0」は、特攻で命を落とした祖父の人生を26歳の青年が追う物語。特攻隊の男たちの迷いや弱さに焦点をあてて、読者の支持を得た。ネットに読者が寄せたコメントは、命を落とした人々への尊敬と同情にあふれている。石田さんは「かわいそうというセンチメントだけで読まれているが、同時に加害についても考えないといけないと思う。読者の心のあり方がゆったりと右傾化しているのでは」。
「永遠の0」がいわば骨太な愛国エンタメなら、現代の日本の自衛隊をラブコメで描く作品も人気だ。
有川浩(ひろ)「空飛ぶ広報室」は航空自衛隊の広報官が主人公。20万部を超えて、今春の連続ドラマも話題になった。福田和代「碧空(あおぞら)のカノン」も航空自衛隊の音楽隊の物語。どちらも恋愛を織り交ぜた、爽やかな小説だ。東京・八重洲ブックセンターの文芸担当者は「お仕事小説」として読んだ。「愛国心を強調するものではないと思う。愛国ものが売れているという実感もない」
著者にも特段、愛国ものという意識はないようだ。有川さんは今年1月に直木賞候補になった際、「お仕事ものとして楽しく書けた」。百田さんも「海賊とよばれた男」について、「かつて戦争で焼け野原になった国を立て直したすごい日本人がいた。そのことを知ってもらわなければ、という使命感で書いた」として、「元気のない日本を励ましたい」と強調する。
「愛国エンタメ」ともいえるくくりが定着してきたとはいえないが、00年前後に福井晴敏「亡国のイージス」「終戦のローレライ」が登場して以降、エンタメ小説にそんな流れが生じているという見方はある。
小説には時代の空気が溶け込む。グローバル化でデフレが進み、雇用不安や所得格差が広がるなか、愛国が多くの読者の共感を喚起しているのだろうか。
文芸評論家の池上冬樹さんは「現状に不満を持っている人が多い今の日本で、くすぶっている感情をすくい取るような小説が売れるのは当然です」という。
「ナショナリズムを強く肯定する作品は、これからますます増えていくのではないか」