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[五輪招致] 対トルコ戦、猪瀬66歳 足(くち)がもつれて自らオウンゴール(日本大失点)

2013-05-01 | Weblog

 

 

「がっかり」「勉強不足」 猪瀬知事発言で都に苦情殺到

5月1日

 2020年五輪招致をめぐり、東京都の猪瀬直樹知事がライバル都市のイスタンブール(トルコ)を念頭に「イスラム諸国はけんかばかりしている」などと発言し、謝罪した問題で、都に苦情の電話やメールが相次いでいる。

 都スポーツ振興局によると、4月29日から1日夕方までに寄せられた意見は184件。「がっかりした」「知事は勉強不足」「自覚が足りない」と猪瀬知事を批判する内容が大半で、「五輪招致よりもトルコとの友好を大切にして」といった声もあった。

 一方で、「これからは言動に気をつけて頑張ってほしい」と、五輪招致活動を続ける猪瀬知事を励ます内容の声も数件あったという。

 内訳は電話が78件、メールは106件。同局あてに寄せられるメールは普段月50~60件程度だといい、担当者は「極めて多い数字」という。ある都幹部は「知事がこうした声を重く受け止めてくれれば」と話した。

 国際オリンピック委員会(IOC)の五輪招致での行動規範は、他都市の批判や比較をしないよう定めており、知事の発言が規範に抵触する可能性が指摘されていた。猪瀬知事は30日に発言を撤回。1日未明、自らのツイッターで「今回の件で誰が味方か敵か、よくわかったのは収穫でした」とつぶやいた。


 

五輪招致「東京負け」の書き込み 知事失言でトルコのサイト

5月1日

 【カイロ共同】東京都の猪瀬直樹知事が2020年夏季五輪招致をめぐりライバルのイスタンブール(トルコ)を批判した問題で、トルコのメディアは4月30日、知事が発言を撤回して謝罪したことを一斉に報じた。

 新聞社のウェブサイトなどのコメント欄には「これで東京は負けだ」などの書き込みが相次いだ。トルコ政府や五輪当局の反応は伝えられていない。

 テレビ局NTVのサイトには「東京都知事がこれだけトルコ人をいじめたら、イスタンブールのチャンスは大きい」「これで東京は負けるだろう」と、失言によりイスタンブールが有利になると期待する声が多く寄せられた。

 

参考

東京五輪招致…今の日本に必要なの

招致委員会が報道用に作成した資料には東京開催のメリットが列挙されている。「巨大マーケットの創出」「日本の国際的な地位向上」「オリンピック・パラリンピックの力で被災地を支援」「全競技の参加はスポーツ振興を促進」「東京の次世代都市化を加速」

国内向けとはいえ、被災地支援をはじめ、オリンピックを手段としてとらえていることに違和感を覚える。日本選手の活躍は喜ばしいことだが、感動は残念ながら一過性のものだ。招致は社会の閉塞(へいそく)感を打破する一大チャンスとしているが、背負わせるものがあまりにも大き過ぎないか。約3兆円とされる経済効果についても大会前に建設工事などの需要が生まれるものの、近年の厳しい経済環境の中では限定的に過ぎないことをロンドン五輪が証明している。


 「復興って、いったい何ですか。俺にはわかんねえ」。福島第1原発事故でゴーストタウンと化した福島県南相馬市小高区で、初老の男性がつぶやいた。2020年夏季五輪の開催を目指す東京都などが「復興五輪」と招致をアピールするが、「復興」の2文字は福島の現実とかけ離れて躍る。

 「放射能の問題があっから、埼玉に避難した娘や孫に戻ってくれとは言えない。町の男たちも原発の仕事がなくなったし、農業も厳しいから多くは帰って来れまい。何もかも元には戻らないんだ。東京の復興五輪? なんですか、それは? 本当に復興って何を意味するんだか、教えてほしいよ」

 こう語るのは昨年4月に小高区中心部の立ち入り禁止が解除された直後から、元の駅前商店街で理容店を再開した加藤直さん(63)。といっても、町に人の姿はほとんどない。原発から20キロ圏内にあり、日中は滞在可能だが宿泊などが禁止されている避難指示解除準備区域だからだ。

 町内には東日本大震災直後の姿をとどめた倒壊家屋が生々しく残る。震災前、同区の人口は1万2842人だったが、今は県内で3分の2、県外で3分の1が避難生活を送る。

 加藤さんは区外の仮設住宅から通って日中だけ店を開く。客は家の様子を見に来る人らが1日に1〜2人。「そりゃあ商売にはならない。補償金で食いつないでいる。でも、町にちょっと戻ってきて、立ち寄れる場所が必要だと思ってやっているのさ」

 小高区の前途は険しい。南相馬市は除染とともに地域のインフラ復旧を進め、住民が戻れるようにする考えだ。だが、除染の有効性には議論がある。復旧工事では、例えば水道工事で掘り返した土が汚染されており、運び先を見つけるのが難しい。環境を整えても、放射能を完全には除去できず不安は残る。加藤さんは「住めるようになったら、茨城県の弟の家に避難している89歳の母親だけは呼び戻す。『小高で死にたい』とずっと言っている。どこの家でも同じじゃないですか。年寄りだけの町になるのが『復興』だとしても、それはそれで仕方のないことさ」と目に涙を浮かべながら語った。

 同区で被災し、地元の復旧事業に携わる公務員の中年男性は、疎遠になった妻子との関係を嘆いた。妻子は福島市内で避難生活を送り、男性は1人で南相馬市内の仮設住宅に暮らす。最近、週末も妻子の元へあまり帰らない。

「もうここへ帰るつもりがないみたいです。妻が年ごろの娘への放射能の影響を心配するのはわかる。だが、本当にそれだけか。便利な都会生活に慣れてしまったのではないか。私は家族が一緒に古里で住めるようにと頑張っているのに……」

 「復興なんて言葉は、こっちの人間にはぐさっとくることがあるんだよ」と、南相馬市原町区で飲食店を営む佐藤ひろ美さん(69)は話す。「町に戻らない人と残った人、補償金が多かった人とそうでない人……。原発事故後は、人間関係がぐちゃぐちゃだ。家族の中でもいろいろある。五輪なんかで復興をうたうのは無神経ではないですか」


 

 五輪招致の詳細計画「立候補ファイル」で猪瀬直樹都知事は「開催できるなら、復興した日本を全世界に示せる」とするが、福島第1原発の廃炉には40年かかるとされる。

 未来を見通せない中、復興のあり方を巡って大混乱に陥っているのが井戸川克隆町長が今月23日に辞職を表明した福島県双葉町だ。町長は「放射能の影響下に住むことは拒むべきだ」とし、除染で出る土や廃棄物を保管する中間貯蔵施設の建設など国の諸方針に反対してきた。これに対し、原発直近の近隣他市町村と同程度には国と協調した方が復興に有利などと考える側からの批判があった。昨年12月、町議会は町長不信任案を可決。対抗して、井戸川町長は町議会を解散した。

 今月21日、町役場機能を置く埼玉県加須市で町民へ町政を報告する集会があった。東京都内に避難中の原中良博さん(70)が発言を求め、悲痛な叫びを発した。「争いはやめ力を合わせましょう。みんなで心を合わせていかないと、双葉だけが取り残されてしまいます」。約150人が詰めかけた会場からは「そうだ」と賛同の声が飛び、盛んな拍手がわいた。体調不良で入院し集会を欠席した井戸川町長に代わり井上一芳副町長が応じた。「原発事故で町民の心までばらばらにされました。目をつむると双葉のあの青い海、緑の山が誰にも見えるはずです。本当は町民の心は一つです」。言葉は参加者の胸を打ち、会場は静まり返った。

 その2日後だった。井戸川町長が辞職を表明し、記者会見で「町長を続ければ、信念を曲げ、妥協しなければならなくなると感じた」と語った。混迷し続ける町政に、原中さんは「こんなことでは本当にダメだ。国が進める復興は双葉そっちのけでも平気なんだから」と嘆いた。

「東京に電力を送るために福島に原発が造られたのですよ。それが爆発して双葉町の人々が困難に陥ったのです。混乱の背景には、復興にかかる費用をどうするかという問題があります。五輪に使うお金は、被災地のために使うべきではないでしょうか」。1万4586人が当時の東京電力幹部ら計33人を業務上過失致死傷容疑などで告訴・告発した「福島原発告訴団」団長の武藤類子さん(59)はそう憤った。


  「復興という言葉がくせものなのです。復興の名の下に、さまざまなことが隠蔽(いんぺい)されていく」と武藤さんは続けた。原発からは今も大気中に大量の放射線が放出され、野ざらしの使用済み燃料プールや汚染水への対処など深刻な問題が山積している。「何が『収束』ですか。それに続く『復興』の掛け声の中で、福島の現状を憂う声は『まだそんなことを言っているのか』という目で見られるようになりました。被災地に『復興』を押し付けないでほしい」

 「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の佐藤幸子さん(54)は「復興五輪」の掛け声を懸念する。「『復興に頑張っている』とのイメージが広がり、福島の苦しみは終わったと思う人がいる。時間とともに困難は増している面がある。復興五輪なんてのんきな言葉には心の底から腹が立ちます」

 阪神大震災の後も「復興」という大きな言葉が人々を圧迫した。慎重に用いなければならない言葉である。五輪開催は震災や原発事故とは別問題だ。「復興五輪」の看板を掲げるのは、やめた方がいいのではないか。