豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

映画『クロムウェル』を見た

2021年08月13日 | 映画
 
 映画『クロムウェル』を見た(原題“Cromwell”、ハピネット発売、DVD)。
 ケースに説明がないため、製作年や日本公開年は不明。“1970 Renewed 1988 Columbia Pictures Inc.”という著作権表示があるけど、1970年製作か。テーマからして日本では未公開だったのかもしれない。上映時間140分という長編。
 8月3、4日に一度見て、8月12日に再度見た。

 「アレック・ギネス&リチャード・ハリス2大名優が放つ歴史スペクタクル決定版」とケースに銘打ってある。チャールズ1世役がアレック・ギネスで、クロムウェル役がリチャード・ハリスだが、主人公のクロムウェルより、アレック・ギネスの演ずるチャールズ1世の謎めいた雰囲気が印象的だった。
 アレック・ギネスは『ドクトル・ジバゴ』でジバゴのお兄さん役を演じていた俳優で、“Sir” の称号をもつという。あの「ギネス」の一族か?

 第1回目は8月3日の夜に半分だけ見て、翌4日に残りを見た。
 予備知識は、高校時代の世界史で学んだクロムウェルおよびピューリタン革命のおぼろげな記憶と、7月に読んだ小泉徹『クロムウェル』(山川出版社)で知ったことだけだったが、小泉本で紹介されたクロムウェルの人物像に近いように役作りされているように思った。
 「神の摂理」を信じて行動する敬虔なピューリタンであるが、反カトリック、反ローマ教皇の信念もきわめて強い信仰の人、だからピューリタン信仰を守るためには国王の処刑も、アイルランド人大虐殺にも及んでしまう、というのが小泉本から得たぼくのクロムウェル像だが、この映画では観客のカトリック教徒への配慮からか、反カトリックの側面はあまり強調されていなかった。

 映画は1640年のケンブリッジから始まる。腐敗にまみれたイングランドを捨てて、家族とともにピューリタンとしての生活を送るために新天地アメリカにわたる準備をしていたクロムウェルのもとをかつての同志が訪ねてきて、議会に戻るように説得する。議会への復帰、議会と国王との対立、内戦の勃発そして議会派の勝利、国王の処刑、その後の議会との軋轢、そしてクロムウェルが護国卿(護民官)に就任するところで映画は終わる。
 信仰の人としてのクロムウェルという人物像は小泉本によって了解できたが、最初に見たときは、背景にある議会と国王の対立、議会内での議員間の対立、国王と王妃(カトリック信者)との関係など、知識不足で十分には理解できなかった。
 とくに内戦の実戦場面では誰と誰が対戦し、画面のどちらが国王派でどちらが議会派なのかすら分からなかった。

 そこで、「イギリス内戦の原因の歴史」という副題のついたホッブズ『ビヒモス』を読み終えた今日(12日)の夜、再び全編を通して見た。さすがに2回目の今回はよく理解できた。むしろ事実関係や人間関係が省略され過ぎていて(例えば議会派のアイアトンがクロムウェルの娘婿であることなどは省略されている)、話が飛んでしまってついて行けないところがあった。
 イングランド国王であるだけでなく、イギリス国教会の長でもあるチャールズ1世が、カトリックのアイルランドばかりでなくフランスとまで密約を結んで議会軍=クロムウェル軍を鎮圧しようとしたことを知って、クロムウェルは国王を大逆罪で裁判にかけることを決意し、その結果王は処刑されるのだが、このアレック・ギネス演ずるチャールズ1世が不思議な存在をもって描かれている。下の写真は、処刑前に家族(二男と娘)に別れを告げるチャールズ1世(アレック・ギネス)。

       

 軍事に長けた迫力ある国王としても、専制君主としても描かれていない。どちらかといえば軟弱な風情である。しかし最初に見たときも今回も、クロムウェルよりも、クロムウェルをはじめとする議会派との交渉、そして裁判と処刑場に至る場面などのチャールズ1世(というかアレック・ギネス)の表情ばかりが思い出される。
 公開処刑場における態度に威厳があったため、「殉教者」として庶民の評価が高まったと山川の高校教科書にまで書いてあったように記憶するが、威厳というより飄々としてちょっと旅にでも出かけるような演技であった。アレック・ギネスのメイクは、教科書などに載っていたチャールズ1世の肖像画に似ていた。
 ※ 下の写真は、宮殿前の処刑台を取り囲む民衆たち。教科書に載っていた断頭台の挿絵(当時のもの)を思い出させる。

       

 議会の主権を尊重したいと思いながら、利権をむさぼる腐敗議員の跋扈する議会に失望して、クロムウェルが議会を解散するところで映画は終わっている。タイトルバックには、どこかの会堂で眠るクロムウェルの遺体と、「我は王に非ず、ただ神のみが王である」という彼の言葉が記されたプレートが写されていた。

 2回目は、ホッブズ『ビヒモス』を読み終えてから見なおしたのだが、ホッブズがどうしてあそこまでチャールズ1世を評価し、議会派を批判するのかの一端を体感することはできた。

        

 クロムウェルについては小泉『クロムウェル』でおおむね理解していたが、チャールズ1世の評価は分からなかったので、家にあった中公ホームスクール版『世界の歴史(4)』で確認すると、チャールズ1世は「謹厳、まじめ、柔和」な人物で、立派な容貌をし威厳にみちていた、美術愛好家でもあり、王子にはよき父、王妃には忠実な夫だったが、洞察力とユーモアを欠き、来たるべき大嵐にはまったく無防御だった、とある(208頁)。
 誰の評価かは書いてないが、アレック・ギネスは、チャールズ1世をまさにそのような人物として演じ切っていたと思う。

 2021年8月12日 記


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