Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

LA BOHEME (Sun Mtn, Jan 13, 2008)

2008-01-13 | メト以外のオペラ
オペラにのめりこむようになって一番変化したこと、それはカラオケに行く回数かもしれません。

学生時代には、バイト先の社長さんがそれこそカラオケ狂いだったこともあり、
”今日も、これ、行く?”とマイクを持つ手振りをすれば、
ほとんど断ることなくお供をさせていただいたために、
それこそ週一から週二ペースで、社長お気に入りの地元のスナックを貸切状態にして、
九時頃スタートして、夜中の一時、二時まで歌いまくったものでした。

しかし、オペラを聴くようになってからというもの、
1)ごく近い年齢のごく親しい友人と行く場合
2)仕事上の接待など、断りきれない場合
以外は一切行きません。

それは、オペラで魂にふれる歌を知り、そして歌手の人たちがそのような歌を歌うために
どのような精進と努力を積んでいるかを知るにつけ、
カラオケで、自分で歌うのはもちろんのこと(←下手くそ)、
人の歌を聴くのも(←上手い人であっても)なんだか違和感を感じるようになってしまったのです。
週一でカラオケに通った過去を持つ私ですから、
歌を歌う楽しさ、というのはわかるのですが、人に聴いて頂く、という部分がひっかかるのだと思います。
こればっかりは、理屈でなく、ただそう感じるようになってしまったので、しようがありません。

ただ、1の場合は、もはや懐メロの域に達している我々の青春時代の歌(邦楽、洋楽ともに)
を思い出しつつなごむ、というまったく別の次元の楽しみがあるので、許容範囲。

このような考えを持つうえに、オペラの最高の楽しみと喜びは、
”心に響く究極・至福の公演に出あうこと(ブログのプロフィール欄参照)”にあり、と断言しているくらいなので、
それを可能にする最高の才能と努力と精進が出会う場所を求めるのは自然のなりゆきであり、
そして、NYに居たらば、メトがまさにその場所であることに異議を唱える方はいないことでしょう。

NYにはメトの他にもオペラを上演している組織はシティ・オペラをはじめいくつかありますし、
彼らの公演の中には感動的なものも、すぐれたものもあるでしょう。
しかし、それを言い始めると、プロ、アマふくめ、すべてのオペラ公演に通わざるを得なくなります。
私のモットーには、”限られた時間と財力でいかに究極の公演に出会うか”という
しばりもありますので、
確率の問題として、私はメトに通い続ける。
これが、私がNYではメト以外のオペラにほとんど行かない理由です。

そんなメト・オンリーの私に、先週末、連れが、言い出した。
”ちょっと理由があって、アマート・オペラに行きたいんだけど。”

アマート・オペラ、、、、

今年60周年を迎える(ということは、1948年創立!)、
アマート夫妻によって運営され続けて来たオペラハウスで、
(ただし、奥様のサリーさんは2000年に他界されたので、現在はアンソニーさんが切り盛りしている。)
ロウアー・イースト・サイドのバワリー通り沿いにあります。
本当かどうかは知らないけれど、歌い手さんの中には、お金を払って歌わせてもらう人もいるとか、、。
と、そういう話を聞くと、なんだかカラオケのイメージがダブって、
つい気分もげんなりしてしまうのですが、しかし、オペラはオペラ!と気を取り直して演目しらべ。
13日に『ラ・ボエーム』の最終公演日があって、その後の公演は『ドン・パスクワーレ』か。。
って、『ドン・パスクワーレ』なんて歌える歌手、連れてこれるの!?
(ちなみに、一昨年のシーズンのメトの『ドン・パスクワーレ』は、
ネトレプコとフローレスのコンビで、それはそれは楽しい舞台でした。)

このアマート・オペラのオペラハウスの雰囲気からしても、
話の筋、演目の長さ(短め!)からいっても、『ラ・ボエーム』がいいだろう、ということで、
演目は『ラ・ボエーム』に決定。

さっそく、オペラハウスに電話してチケットを手配。
クレジット・カードの番号を電話で伝えて、チケットは当日引取りということにしたのですが、
この電話をとったおじさんが、かなりやばい。
最初に、”来週日曜日マチネのラ・ボエームを二枚、一番いい席でお願いします”と言うと、
”明日のラ・ボエームね?で、何枚?”
・・・・。
”明日じゃなくって、来週の日曜で、二枚です。”
”そうそう、来週の日曜だった、来週の日曜。で、何枚?”
と、こんな調子で、ちーっとも話がすすまない。

それでも、やっと座席の指定の段階までたどりつく。
”一番いい席がいいんですが”と重ねていうと、
”いい席っていってもね、教室くらいの大きさだからね。どこからでもよく見えるけどね。
おっと!でも、バルコニー席の一番前列が空いてるよ。ここがいいね!”
ということなので、そのバルコニー席の最前列を指定。
”席番AAの5と6、しっかりメモってね。”というので、
”あんたもね!”と思いながら、AAの5と6、としっかり手元のメモに明記。
さっきまで、まるで志村けんがコントで演じるおばあちゃんを相手に話しているのかと
錯覚させるおとぼけぶりをかましていたおじさんが、
こちらのクレジットカード番号をメモる段階になると、なんだか急にてきぱきとしだした。
なんなんだ?

さて、そんなかみ合わない予約の電話から一週間。いよいよ公演の当日になりました。

開演20分前。オペラハウスの、というか、普通のビルをオペラハウスに改造したものですが、
(NYにお住まいの方は、普通のタウンハウス一軒分の幅を想像ください。)
周りにはお客さんの姿が。



今日の演目、『ラ・ボエーム』のポスターが掲げられています。



一番お客さんの到着の激しい時間に着いてしまったようで、
一人きりで全てをさばかなければいけない受付の女性はかなりテンパってます。
名前で探してもお取り置きされているチケットが見あたらない様子。
どんどん現れるお客さんのもぎりもしないといけないため、”ちょっとそこで待っていてください”
と言われたまま、ずっと立ちっぱなしでどんどん時間が過ぎていく。
もう一人、やはり私たちと同様に電話でチケットを手配した女の子も同じ目に遭い、
三人で立ちぼうけ。
やっと別のおじさんが現れて、私の座席番号を見ると、”おかしいなー、5番と6番は連番じゃないんだよねー。
奇数同士が連番だから、5番と7番っていうならわかるんだけど。”
”いや、そんなの知りませんよ。電話で5と6って言われたんですから。”と言うと、
じゃ、とりあえず、、、と、バルコニーの5番と7番に案内され、いざ座席にお尻が着こうとしたその瞬間、
またしても、いきなりさっきのおじさんが舞い戻ってきて、”ちょっとその座席待ったー!”と言う。
”その席は他の人のものかも知れない”といわれ、またしても入り口に戻された。
”なんだよー、この手際の悪さはー!”(しかも、立たされている場所がめちゃくちゃ寒い)と、
連れと例の女の子と私の三人でいらいらが最高潮に達しているところに、
おじさんが私に言い放った。
”君のチケット、名前でも番号でも見当たらないんだよねー。
だけど、覚えてるんだよ、確か、僕が電話の応対したよね。そうだよね?”

・・・。
そんなの知らないってば!!!
大体、あなたとも初対面なら、何人予約の係の人がいるかも知らないんですけど、こっちは。

でも。
このとんちんかんぶりは、確かに、あなたかもしれない。
というか、あなたに違いない!
そして、あんただな。でたらめな5番と6番なんて数字を寄こしたのは!!

結局、我々は最後まで散々立って待たされたあげく、平土間の後方の簡易座席、
メトだと、私が絶対座らないあたりの座席に無理やり着席されたのでした。

オペラハウスは、建物のベイスメント(地下)からおそらく3階までをぶち抜いた作りになっていて、
地下が平土間、二階がバルコニー席になっています。
きちんとオケピットもあって、その上(一階あたりか?)がちょうど舞台になっています。
舞台の幅は先ほどふれたとおり、普通のタウンハウスの横幅分マイナス緞帳がかかっている幅ですから、非常に狭い。
8畳のお部屋分くらいしか、自由に歌手が動き回るスペースはありません。

私たちが座っている座席のすぐ後ろには、お茶とおやつのコーナーがあって、
上演中ずっとコーヒーの香りが。
右隣すぐに、この平土間席の入り口があるため、空気の出入りが激しく、
暖房が効き始めるまで、異様に寒い。

一幕、ロドルフォたちが、貧乏生活をして、寒さに凍えているシーンも、リアルです。
なぜなら、実際、こっちも座席で凍えているから。
だって、観客みんな、外に居るときと全く同じ格好で震えながら座っているんです。
コートも何もかも身につけたまま、、、。

歌手については、レベルが珠玉混合。
お金を払って歌わせてもらっているという噂もなるほどと思わせるような、歌詞を棒読み、のレベルの人(ショナール役)から、
きちんと歌詞と音符は追っているものの声のスケールがプロのレベルでやって行くには厳しい人(マルチェロ役)、
そして、おや?かなりいい人がいるではないですか?と思わせる人(コリーネ役)、
はたまた、正しい指導とトレーニングを受けていれば、オペラの世界でやっていけるかもしれないのに、
と残念に思わせるくらいのレベルの人(ミミとロドルフォ)と本当にいろいろ。

あらゆる役の人のレベルがその役なりに高く、安心して見ていられるメトと違って、
アンサンブルの場面で、一人が音を外してぶち壊し!というパターンが多い。

それから、オケは当然フルのオケではなく、ピアノ中心の伴奏に、ホルン、トランペット、
オーボエ、くらいの超小編成オケなのですが、
(おそらくアンソニーさんが、このオケ用にスコアをアレンジしていると思われる。)
こちらも、歌がなかなか聴かせている!と思いきや、
あいの手で入った金管がぱぷーっ!と、素っ頓狂な音を立てたりして、
え?と驚かされます。

そんな感じで、音楽の面ではメトと比べようというのが無理な話なのですが、
しかし、一幕、ニ幕、と、聴きすすめているうちに、なんともいとおしい気分になってくるのです。
例えば、純粋に音楽的なことをいえば、多分ピアノの伴奏だけの方が、
あらも少なくてすむでしょう。
でもあえて、金管やら木管やらを入れる心意気。
一生懸命に演奏する奏者に、わざわざピアノ譜を使うだけでなく、自分の手をかけて、
金管と木管のアレンジを加えたアンソニーさんの心。

それを言えば、セットも。
私の小学校の学芸会で使った体育館の舞台の方がまだ大きかったと思わせる狭苦しい舞台に、
ぎっしりと組まれたセット。もちろん、メトのあの洗練された大道具には叶わないけれど、
各シーンのエッセンスが本当に上手く込められていて、これは、本当にオペラを好きな人でないと
組めないセットだな、と思わされる。
色使いなんかもなかなか巧み。

セットにしても、演出にしても、思いっきりメトのゼッフィレッリ版『ラ・ボエーム』
(今シーズンライブ・インHDで上映予定の『ラ・ボエーム』も、そのゼッフィレッリ版です。)
から失敬させていただいた!という箇所があるのですが、
それにしたって、”いいものはいい。頂いて何が悪い!”という心意気すら感じる。

そう、このオペラハウスでは、アンソニーさんをはじめとする、
このオペラハウスに関わる人の、尋常ならざるオペラへの愛を感じるのです。

それから、面白いな、と感じたのは、薄いオケと部分的に貧弱な歌唱のせいで、
よりプッチーニの音楽を直に感じれること。
特に、”冷たい手を”から”私の名はミミ”へのシークエンスは、
つい、オペラヘッドにとっては歌手の技量勝負の場面になってしまっていて、
メトなんかで聴くときには、”さあ、今日のテノールとソプラノはどんな歌を聴かせてくれるか?”
とそればっかりに集中してしまいがちですが、
歌手の力技以前に、まずは素晴らしい音楽が根底にあり、そしてそれにそっと寄り添うような歌詞があって、
もともと素晴らしい場面なんだな、ということを再確認できたのが、目からうろこ、でした。
厚いオケも何もなくっても、あの、”冷たい手を”が始まる導入部分のメロディーが響くと、
一瞬にして、ロドルフォとミミの二人が目の前の明かりが消えた部屋の中で語り合っていて、
そこはパリで、自分がNYのアマート・オペラにいるという事実を忘れてしまいそうになりました。

ロドルフォ役を歌ったインカルナートは、歌い方が粗野ですが、
良い指導を受ければ、非常に面白い素材を持っていると思わせるテノール。
”冷たい手を”のハイCは失敗してしまいましたが、連れも私も思うには、
その周りの音を聴くに、リラックスして、正しい体の使い方をもって歌えば、
彼の声なら必ずや出せるはずです。

一方、ミミ役を歌ったカイトリーは、一幕で少し声があたたまっていない、
息が浅いような響きだったのが気になりましたが、
ニ幕の後半あたりから、どんどんみずみずしい声になっていって、


(ニ幕、カフェ・モミュスのセット)

第三幕の、ムゼッタ&マルチェロの二人と畳み掛けるように歌うロドルフォとの四重唱(Addio dolce svegliare)
での歌唱はなかなか聴きごたえがありました。


(三幕、アンフェール門のセット)。

前後しますが、ニ幕、カフェ・モミュスのシーンでは、
いきなり私たちの右隣の扉が開いて、パリの人々に扮した出演者が登場。
ムゼッタが、”きゃーはっはっは!”と言って、同じくこの扉から現れるシーンでは、
私の連れが耳の鼓膜を破られるかと思ったくらい、ムゼッタ役を歌ったCrouseの声が大きかった。
しかし、彼女の声は、少しオペラ的でないというのか、
あまりに地声に近い発声がやや私には気になりました。
特に上でふれた四重唱では、カイトリーの発声がものすごく綺麗だったので、余計に。
ミミ、ロドルフォが大変美しい歌を聴かせている舞台の反対側で、
ムゼッタとマルチェロが吠える。これも、アマート・オペラならではかもしれません。

一幕と二幕の後の休憩時間(ちなみに、休憩は3回。各幕後。)には、
ニ幕で、パリの子供たちの役の一人として舞台に立っていた女の子が、
運営費を集めるため、ラッフルのチケットを売りに来ます。
チケットを買って、最後の休憩で当選番号が発表され、
当選すると、アマート・オペラ特製のTシャツがもらえる仕組み。
ほしい。なので、二人揃ってチケットを購入。
この女の子が本当にかわいくって、写真を撮らせてもらいました。
どういういきさつでアマート・オペラに関わっているのかわかりませんが、
お休みの日にこうしてオペラの公演に参加してくれる子供たち、
オペラヘッドとしては本当に抱きしめて、お礼を言いたい!!



さて、そうするうちに、扉のところに現れた予約係のおじさん。
”あんたのチケット、あったよ!”
見せられた封筒には、スペルが間違った私の名前が。。
”やっぱり、バルコニー席だったよ。だけど、その席ね、他の人がもう座っちゃったから。
でも、こっちの方がいい席だから、絶対。”

開演前、0.5秒だけ座ったあのバルコニー席最前列は、間違いなく、このクソ寒い、平土間後方席よりはよかった。
しかも、一番良い席下さい、ってお願いして、バルコニー席をくれたのはあなたでしょうが!!!
いい加減なことをいうのもたいがいにしてほしい。
そんなにこの平土間がいい席なら、今から私たちの席に座ったという幸運な人たちに、
もっといい席が平土間にあるからと、連れてきてごらん!と言いたくなった。

アマート・オペラ。オペラハウスと公演自体は非常に味があってチャーミングなのだから、
この、テキトーな予約係はどうにかしたほうがいい。

さて、気をとりなおして。
この時点で、108席(107席説もあるが、劇場の資料には108席とあった。)満席で始まったこの公演、ほとんど途中で帰るお客さんなし。
もちろん、マナーも素晴らしく、掛け声もプロフェッショナル。
だめなものには温かく拍手、素晴らしいものには、Bravo, Brava, Braviといった言葉が
ばんばんとびまくります。
公演する側もする側なら、客も客。本当にみんなオペラが好きでたまらない!というのが痛いくらい伝わってきます。

四幕開始前に、舞台に上がってきた男性、これがアンソニー・アマート氏。
もう本当に素敵なおじいちゃまなのです。
オペラへの愛が昂じて、オペラハウスを建設、演出も自力なら、
自分で指揮までして(そうそう、オケの指揮はアマート氏です。)
オケのためにスコアのアレンジもし、若手や芽の出ないオペラ歌手にチャンスを与える、という、
これぞ、オペラヘッドのお手本、大、大、大先輩ともいうお方。
しかも、何か、この方のまわりにはものすごく温かい気が流れているのです。



このオペラハウスと舞台に流れるなんともいえない魅力は、
この方の力とパーソナリティに負うところが多いのではないかな、と思いました。
これからの公演についての説明と、ラッフルの抽選があり(例の写真の女の子がアシスタント)、
残念ながら我々はTシャツを逃しましたが、アマート氏とお会いできて大満足なのでした。

第四幕

もうこの幕に至る頃には、私はすっかりこの公演に心を奪われていて、
ミミとロドルフォが語りあうあたりから泣いてしまいました。
この小さな舞台空間、歌手との至近距離、といったことが原因の一つかも知れませんが、
舞台に立つ歌手との一体感がものすごく強くて、まるで、自分も彼らと同じアパートにいるような気分になる。
これは、メトのような大劇場では、よっぽどエモーショナルな演奏や歌唱でない限り、
経験するのが難しいものだと思いました。
お芝居なんかも、決して洗練されていないのですが、
しかし、あまりに歌手の方が一生懸命でこちらも引きずり込まれてしまいます。

気がつけば、メトで『ラ・ボエーム』を観たどのときよりも号泣してしまっていました。

人の心を動かすには、何も完璧である必要はない。
これは、私の連れが言った言葉ですが、大変興味深い事実だな、と思いました。

このアマート・オペラの公演を通して、私は二つの発見がありました。

1. 好き、という気持ちが突き詰められると、技術は完璧でなくても、
とても魅力的なものが生まれる。

2. しかし、だからこそ、そこに完璧な技術がのったものはより賛嘆の対象となる。

決して一級でない歌、頻発するオケの失敗、しょぼく見える寸前のセット、
これらの欠点を、独自の魅力へと昇華させたアマート・オペラ。
世界一級の歌、それを支えるオケの演奏、これ以上望めない贅沢なセット、
完璧さと贅沢さの追求という形でオペラ界を支えているメト。

タイプは違えど、どちらもその原動力は、すさまじいまでのオペラへの愛情。
深く深く尊敬してしまいます。
アマート・オペラをカラオケとだぶらせるなんて、失礼千万だった!
オケピットから、観客に見られずに舞台上の緞帳の向こうにまわれるような気のきいた階段を設置するスペースがないため、
舞台前に設置された小さな階段を、終演後、観客からまきあがった拍手を背にかけのぼるアマート氏。
緞帳のこちら側から向こう側へ消えたと思ったら、ずっとそこにいたような澄ました表情で、
キャストと手をとりあって挨拶。

最後までBravoなお方でした。究極のオペラヘッドに万歳!!

Cristina Keightley (Mimi)
Nick Incarnato (Rodolfo)
Claudia Crouse(Musetta)
James Wordsworth (Marcello)
Joseph Keckler (Colline)
Daniel Rothstein (Schaunard)
Dominique Rosoff (Benoit)

Conductor: Anthony Amato
Production: Anthony Amato

Amato Opera
ORCH

***プッチーニ ラ・ボエーム Puccini La Boheme アマート・オペラ Amato Opera***