5年前の新月の日、父は69歳で他界した。
今日は命日。
父が手作りした美しい標本が今も実家に飾られている。
生前、父は蝶を採るのが恐ろしく巧かった。
1970年代のとある日曜日。
私と姉は父に連れられて、“とんがり山”と呼ばれる
絵に描いたように頂がとんがった山に登った。
姉妹おそろいの檸檬色のホットパンツに、捕虫網を携えて。
登山好きの父は急勾配をものともせずすたこら進んだが
小学生の私は、最初にはしゃいでいただけに途中で息が上がった。
頂上で頬ばった母のおにぎりは格別だった。
ふと気がつくと、父がまるで踊るように捕虫網を振りまわしていた。
その周囲には夥しい数の蝶・蝶・蝶・蝶・蝶・・・・。
群れなし乱舞する無数のオオムラサキの神々しい光景と
その渦中で嬉々として捕虫網を操る父の姿が、
今も脳裏に鮮明に焼きついている。
父はそこで捕獲した2頭を傷つけぬよう大切に持ち帰り
自宅で器用に標本に仕上げた。
胸にピンを挿された蝶は至近で観察すると、いささか残酷でグロテスクだった。
が、歳月を経た今も、色褪せたとはいえ、あの神々しいオオムラサキは健在だ。
もう少し大きくなってから「生まれ変わったら何になりたい?」と
父に尋ねたことがある。「んー…」と考え込む父に
「蝶は?」と云うと、苦笑いを浮かべて即答した。
「蝶は勘弁」
今夏、はっとするような黒い蝶に何度か遇った。
黒い蝶は、その場の時間を止めるような気がする。
同じ頃、17歳のときに読んだまま実家に置きっぱなしていた
三島由紀夫の『ラディゲの死』をふと読み返したくなり、
実家にもうないというので買い直したら、
新潮社文庫特有のオレンジ背表紙はそのままながら
表紙に新しくクロアゲハがデザインされていた。
ふと、時間が止まったような気がした。
父は何に生まれ変わるんだろうか?
黒い蝶に遇う度、ふとそんなことを思った。
今日は命日。
父が手作りした美しい標本が今も実家に飾られている。
生前、父は蝶を採るのが恐ろしく巧かった。
1970年代のとある日曜日。
私と姉は父に連れられて、“とんがり山”と呼ばれる
絵に描いたように頂がとんがった山に登った。
姉妹おそろいの檸檬色のホットパンツに、捕虫網を携えて。
登山好きの父は急勾配をものともせずすたこら進んだが
小学生の私は、最初にはしゃいでいただけに途中で息が上がった。
頂上で頬ばった母のおにぎりは格別だった。
ふと気がつくと、父がまるで踊るように捕虫網を振りまわしていた。
その周囲には夥しい数の蝶・蝶・蝶・蝶・蝶・・・・。
群れなし乱舞する無数のオオムラサキの神々しい光景と
その渦中で嬉々として捕虫網を操る父の姿が、
今も脳裏に鮮明に焼きついている。
父はそこで捕獲した2頭を傷つけぬよう大切に持ち帰り
自宅で器用に標本に仕上げた。
胸にピンを挿された蝶は至近で観察すると、いささか残酷でグロテスクだった。
が、歳月を経た今も、色褪せたとはいえ、あの神々しいオオムラサキは健在だ。
もう少し大きくなってから「生まれ変わったら何になりたい?」と
父に尋ねたことがある。「んー…」と考え込む父に
「蝶は?」と云うと、苦笑いを浮かべて即答した。
「蝶は勘弁」
今夏、はっとするような黒い蝶に何度か遇った。
黒い蝶は、その場の時間を止めるような気がする。
同じ頃、17歳のときに読んだまま実家に置きっぱなしていた
三島由紀夫の『ラディゲの死』をふと読み返したくなり、
実家にもうないというので買い直したら、
新潮社文庫特有のオレンジ背表紙はそのままながら
表紙に新しくクロアゲハがデザインされていた。
ふと、時間が止まったような気がした。
父は何に生まれ変わるんだろうか?
黒い蝶に遇う度、ふとそんなことを思った。