空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

連作短編集『砂嵐に星屑』

2022年08月19日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

一穂ミチによる連作短編書き下ろし。
関西のテレビ局を舞台に
様々な人間模様を描く。
「砂嵐」は、放送終了後の画面、
「星屑」は、その中に光る人々ということか。
砂嵐の中でも星の切片は輝く。

四季をめぐる、4篇の短編から成る。

<春>資料室の幽霊

社内不倫により東京の局に飛ばされた女性アナウンサーが
不倫相手の病死を契機に、大阪の局に帰って来る。
旬を過ぎた40代独身女性アナウンサーの鬱屈。
新人アナウンサーとの軋轢。
そんな時、亡くなった不倫相手の幽霊が、
夜な夜な資料室に現れるという噂が・・・

女性がいると華やかになるから、
というだけの理由で、
財界の重鎮と呼ばれる面々や、
省庁のお偉いさんとの会食に同行を命じられることもあった。
苦痛でしかない時間だったのに、
三十五を過ぎたあたりでばったりとお誘いが途絶え、
愕然としたことにまたショックだった。
わたしはていのいい無料のホステスにされ、
そして賞味期限が切れたから呼ばれなくなった。

まさに、テレビ局における女性アナの立場がよく分かる。

演者が多いほどカメラワークにバリエーションが生まれるし、
中高年男性が四人も五人もいるよりも華やかなのは確かだ。
でも、いつまでも盛りのまま咲き続けることはできない。
実をつけない花、実を求められもしない花が萎れた時、
花瓶から引っこ抜かれた後の生き方はテレビには映らない。

自分で企画として、
おひとりさまとか、シングルマザーの苦悩とか、
いかにも「女性目録」が生きそうなネタでいくつか考え、
これどうでしょう、と打診してみると、
年下の女性デスクから言われる。

アリバイづくりみたいな仕事はやらなくていいんですよ。


<夏>泥舟のモラトリアム

同期の早期退職に悩む50代の報道デスク。
娘とは2カ月も口をきいていない。
地震が起こり、電車が止まり、タクシーも行列。
そこで、局まで5時間かけて歩くことになる。
その途中、目に触れるものから、
自分の人生の来し方について想いを辿る。

父は下町の定食屋。
「自営業なんかやるもんちゃうぞ」が口癖。
息子には勤め人を薦めた。

父の希望どおり勤め人になった時、
もうあれこれ悩まなくていいと安堵したのに、
今頃になって周囲が次々と「自分探し」めいたことを始めるものだから、
巣穴から放り出されたねずみのようにきょろきょろしてしまう。
ここを出てやりたいことも、
ここにしがみついてやりたいことも別になかった。
それは今に始まった話じゃないのに、
自分が空っぽなつまらない人間だと
改めて突きつけられた気がする。

そして、行き着くのは、この想い。

俺の人生、この先ひとつもえことなんかないんやろな。

歩きながら、こんなことも思う。

ああもうやる気をなくした。
全部やめたろか。
俺ひとりおらんでも仕事は回る。
別に必要とされてへんねんから。
年だけとった中間管理職など組織にとって贅肉に等しい。
自覚と才覚と矜持のあるやつらは
しがみつかずに自らを切り離す。

ポスターに書いてある言葉にはっとする。

「どれだけの人がやりたいこともできずに死んでいくのだろう」

しかし、すぐに、こう思う。

どれだけの人がやりたいこともわからず死んでいくのだろう。

近く退職したいと打ち明けられた同期から、
主人公は意外な励ましを受ける。
人を出し抜いて結果出そうとしたり、
手ぇ抜いて楽しようとしたり、
そういうずるさと無縁だった、と。

「どんな組織にも、お前みたいな人間が絶対に必要なんや」

どんな職種の中間管理職にも共通の悩みを描いて秀逸だった。
   

<秋>嵐のランデブー

好きになった男がゲイで、
望みはゼロなのに、同居しているタイムキーパーの鬱屈。
ルームシェアする時の約束。
会社の人には内緒、
互いの個室には立ち入り禁止。

ゲイの同居人に対する記述。

由朗はレインボーカラーを身につけてパレードに参加しないし、
カミングアウトもしない。
権利と平等を求めて戦わない。
アプリで相手を探さないし、
ゲイバーにもサウナにも行かない。
そういうゲイも当たり前にいる。

触れることの出来ない男に対しての復讐からか、
男の憧れている同僚と寝たりする。

タイムキーパーが女性なのは、
副調整室で男の怒号が交差する中、
時間経過のカウントだけはちゃっと通らなければならないので、
女性の声がいいのだという。
なるほど。

主人公には、人に言えない過去がある。
それが最後のくだりで明らかになる。

           
<冬>眠れぬ夜のあなた

ADとしての適正も向上心もゼロの非正規社員。
初めて任された番組は、
アラサーの腹話術漫才の男の人生探求だった。
元商社員だという男の才覚がうらやましい。
ある日、阪神淡路大震災にかかわる男の秘密に触れてしまうが・・・

主人公は同居した女に計画的に去られ、気づくのは、
相手の住所も勤め先も何も知らなかったこと。
電話もLINEもブロックされてしまえば、
連絡の取りようがないのだという。

男の秘密を知った主人公が
それをカメラの前で話してくれ、
と迫ると、男が腹話術の人形に託して回答する場面がなかなかいい。
ちょっと胸が熱くなった。


華やかなテレビ界だが、
それぞれの世代に、それぞれの悩みや壁がある。
今の生き方はいいのか、このまま仕事を続けていいのか。
それはどの職種の人も同じだろう。
そのつらさに触れて、身につまされる。
もがきながらも、自分なりの回答を見つけていく。

巻末にのQRで読めるの初版特典オマケがついている。