空飛ぶ自由人・2

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『タクシードライバーぐるぐる日記』

2022年08月03日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

職業ドキュメント「○○○○ ○○日記」の一つ。
シリーズ7作目にあたる。

今度の職業はタクシードライバー
筆者は家業である日用品・雑貨の卸業を継いでいたが、
50歳の時、倒産。
負債を妻に負わせない意図で離婚、
両親と息子を養うためにタクシードライバーに。
それしか選択の余地がなかったのだ。
以来、65歳で引退するまで、15年間タクシー業務に従事。
その「あるある」と哀感を綴ったのがこの本。

タクシーの運転手は身近な職業だが、
その実態はよく知らない。
いろいろ初めて知ることもあったが、
いくつか拾ってみる。

○大手タクシー会社の募集に応じ、
書類に入社希望理由の記入を求められた時、
担当者が「この仕事の他になかった、
と正直に書いてもらってかまいませんよ」
と言われて、ほっとした。

○身体検査で、担当者が一番気にしていたのは、
入れ墨の有無だったという。

○センター長との面接では、あとで聞いたのだが、
採用基準は面接態度だけで、
年齢、性別、経歴は一切関係なかった。

朝7時から深夜1時までの18時間がが1サイクル
休憩3時間が含まれるので、実働は15時間
翌日は休み。月12回勤務が標準

○車は2人の運転手で共有。

○一日の走行距離は300キロほど。

○18時間のうち、実際に客を乗せるのは、せいぜい5~7時間。

○売上の60%がドライバーの取り分
5万円の営業収入があれば、取り分は3万円。
月12回の勤務で36万円の月収。
いろいろ引かれるので、手取りはもっと減る。

○タクシードライバーは、基本的に
お客同士の会話に立ち入ってはいけない
たとえば、客同士が今入った店の店員がある歌手に似ている、
という話になる。
「みずいろの手紙」を歌った紅白歌手というから、
あべ静江だと分かるが、
お客同士の会話に割って入るわけにはいかないので、
じっと我慢する。
すると客の一人が「運転手さん、知ってる?」と訊いてきたので、
「聞くつもりでもなく自然にお客様の会話が聞こえました。
おそらくあべ静江でしょう」と言うことが出来る。

無線の早押し競争というのがある。
無線の客は中距離の客が多いので、
他より早く「了解」の合図をしたドライバーに権利が生ずる。
○「日本橋前、5分」という無線が入ると、
5分以内に到達できる車が応答する。
反応がなければ、「10分」と到着時間を延ばす。
○やがて、GPSで自社の車がどこにいるか把握できるようになると、
最寄りの車にだけ連絡が来るようになり、早押し競争は終わった。

○上野のタクシープールでは、
最後尾の車にはハザードランプがついているから、
その後ろに並ぶ。
自分き後ろに次のタクシーが来たら、その点滅を消す。
そういうルールだという。

「余っているレシートない?」と言われることがある。
そのレシートで会社に請求し、ポケットマネーにするらしい。
それを知ってから、お客から要らないと言われたレシートを取っておくようになった。
ささやかなサービス。

○高速を使った場合、その帰路の高速代は会社持ち。
ただ、営業区域内から50キロを超えた場所に行く際には、
利用者に帰りの高速料金を請求することができる。

○タクシー乗務経験のある人が他社に移ると、
「入社祝い金」を出す会社がある。
金額は20万~30万程度。
教えたり、試験を受けさせたりという手間をかけずに即戦力を得られるからだ。
その祝い金を目当てに渡り鳥のように転社を繰り返す人もいる。

タクシーチケットの金額はお客に記入してもらうのが原則。
「あとで書いておいて」と降りられると、
帰庫時に白紙チケットと金額のレシートを添えて
事務職員に代書してもらう決まり。
一度酔客が間違え、書き直してもらったところ、
帰庫時、無効扱いにされた。
自腹で納金した。

○接待した側の人から
「千葉の八千代のご自宅までお願いします」とタクシーチケットを渡された。
長距離だと喜んでいると、発車後、少し行ったところで、
「そこの都営浅草駅につけてくれればいい」と言われた。
現金で支払い、チケットをお返しした。
今日のところは電車が帰宅し、
他の用途の時、使用するつもりらしい。
(私の勤めていた団体でも、
お役人の接待でタクシーチケットを使っていた。
しかし、なかなか戻ってこないチケットがあった。
やがて、そのチケットは、京都で一日乗車で使われた。
役人はせこい。)

○ある教官がしてくれた話。
子どもの頃、父親と一緒にタクシーに乗り、
父親が「釣りはいらない」と言って、運転者に喜ばれた。
中学生の時、一人でタクシーに乗り、
ドライバーが喜ぶだろうと同じことをした。
すると、ドライバーに「ぼく、そのお金は君が働いたお金じゃないでしょう。
そういうことをするのは、働いて稼げるようになってからだよ」
と諭されたという。
教官はドライバの言葉に感銘してこの道に入ったのだという。

銀座は特別地区で、平日の午後10時から翌午前1時まで、
タクシー乗り場以外でのタクシー乗車が禁止されている。
タクシーセンターの係員による巡回が頻繁に行われていて、
みつかると、処罰される。

○タクシーセンターとは、
東京のタクシーの登録、指導、研修などを行う公益財団法人。
前は東京タクシー近代化センターと呼ばれていた。
ここに客から苦情が寄せられると、
事実確認の上、所属会社が出頭を命じられる。

○有名人にサインを求めるのは御法度。
一度、乗車した女優の大ファンで我慢できずにサインをお願いして、
クレームが入り、厳重注意された人がいた。

○ドラマに駆り出されたことがあり、
10時間待って10分の仕事。
通常の日当を得たが、普段の乗車の方が充実感があった。

○ラジオはお客様の要望があった時以外はつけてはいけない。
お客が乗っている時間の車内空間はお客のものという考えから。

○違反切符の罰金は全額ドライバーの自己負担となる。

○高速で時速100キロを越えると、警告音が鳴るが、
それは空車の時だけ。
実車時は鳴らない。

○寝てしまった酔客の最も効果的な起こし方は、
携帯電話の着信音だという。

筆者は、体調不良から退職した後、
70歳で「シルバーパス」をもらい、
バス乗り放題で、
昔タクシーで通った道を回っているのが楽しみだという。

筆者は大変真面目な常識人
自分の我欲を優先しない姿勢は、大変好感が持てた。
それでも、次のような述懐をする。

職業に貴賤なしというが、
これはあくまで理想論だろう。
きれいごとを抜きにいえば、
私はこの仕事で社会のヒエラルキーを実感した。
お客の中には上から目線でストレスのはけ口をどらいばーに向ける人もいた。
お客の理不尽な言いがかりにも反論することなく、
ぐっと我慢した。
嫌なお客が降りた後、
車内で「バカヤロー」と何度大声で怒鳴ったことだろう。