空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

短編集『嘘つき姫』

2024年06月21日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

不思議な世界観を持つ短編集。

筆者の坂崎かおるさん(女性)は、
WEB小説や公募小説賞の界隈ではすでに知る人ぞ知る存在だそうだ。
2020年、「大学以来久しぶりに小説を書いた」という
短編「リモート」で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞し、
そこからの4年間で10を超える文学賞での受賞・入賞を果たした。
アンソロジーに収録されたことはあるが、
本書は、初の単著となる、「待望」の短編集だという。

「ニューヨークの魔女」

処刑用電気椅子が導入された19世紀末のアメリカで、
死ねない魔女が電気椅子ショーに臨む。

「ファーサイド」

テレビ番組で「世界の終わりまであと7日になりました」
という終末カレンダーの決まり文句が流れる、
核戦争間際の世界(キューバ危機間近)の1962年。
Dという人間のような奴隷生物、
中でも「デニー」と呼ばれる存在との関わりを描く。
日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト・日本SF作家クラブ賞受賞

「リトル・アーカイブス」

戦地で、二足歩行の戦闘ロボットをかばって
銃弾を受けて死んだ一等兵を巡り
様々な証言や心情が語られていく。
人間が無機物(機械)に抱く感情を探る。

「リモート」

全身不随の少年・サトルの代わりに、
リモートで学校に通うロボット「サトル」。
サトルの父親は詐欺罪で逮捕される。
実はサトルは既に死んでいたのに、
障害児福祉手当を違法に受給していからだ。
倉庫に置かれていたロボットのサトルは、
級友に電源を切るように頼む。
「肉体と精神、どちらが優れているか」という疑問を残して。

第1回かぐやSFコンテストで審査員特別賞を受賞

「私のつまと、私のはは」

子供が欲しかった女性の同性カップル、理子と知由里(ちゆり)が
子育て体験キットを育てることになる。
本体は大きな大福がいくつかくっついたような格好なのだが、
附属ARメガネをかけると、幼児に見える。
ミルクを飲み、排尿便カートリッジも内蔵しており、
糞便の処理も出来る。
その扱いを巡って理子と知由里の間でずれが生ずる。
理子は「これは機械だ」としか想えないが、
知由里は、母親のようになる。
そして、二人は別れるが・・・

「あーちゃんはかあいそうでかあいい」

おさななじみのあーちゃんと
歯科医院で再会し、担当になる。
抜けた歯をめぐる不思議な話。

「電信柱より」

電信柱を切る仕事に従事しているリサが
一本の電信柱に恋をする。
上からの命令で切らなければならないのだが、切れない。
そこで、電信柱の脇に住む住人に、
敷地を広げて電信柱を個人のものにしてくれないかと頼む。
それは無理だと断ったが、
住人は、別な方法で電信柱が生き延びる方法を取る。
その結果、リサは・・・

第3回百合文芸小説コンテスト・SFマガジン賞の受賞作

「嘘つき姫」

ドイツに侵略された頃のフランスが舞台。
ドイツ軍から逃げる途中、マリーとエマは出会う。
やがてマリーの母は行方不明になり、
マリーはある事情でドイツ軍に保護される。
それから時を経た東ドイツ。
西側から来た報道陣のうちの一人の女性が
マリーに接触してきて、手紙を見せる・・・
「嘘」がつなぐ真実が明らかになる。
第4回百合文芸小説コンテスト大賞受賞作

「日出子の爪」

学校のベランダで育てていた鉢の一つに
サキちゃんが爪を埋め、
そこから指のようなものが生えて来る。
日出子とサキの秘密にトオルくんが参加するようになり、
クラス全員で爪を埋めるが・・・

想像力が物語世界を生むという点で、
作者は稀有な才能の持ち主だと分かる。
冷戦下のアメリカ、第2次大戦中のフランス、
西ソマリア、19世紀のニャーヨークなど
描く世界も多彩。
まだ粗削りだが、
間違いなく、将来、芥川賞の候補になるだろう。


小説『人狩人』

2024年06月17日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

「ひとかりうど」と読む。
長崎尚志による警察小説。

郊外の森林公園で散歩中の犬が
尖った凶器(後でボウガンと判明)で殺された死体を掘り起こす。
その捜査に従事していた神奈川県警捜査第一課の桃井小百合は、
県警本部に呼び出され、
迷宮入り事件を専門に捜査する特命中隊の
赤堂栄一郎警部補と組むように指示される。
赤堂は“神の手”と呼ばれ、検挙率は群を抜いていたが、
金まわりが良く、
闇の勢力とつながりのある汚職刑事の疑いがかけられていた。
桃井はそのお目付け役として配置されたのだ。

過去の類似事件を調べる中、
赤堂はその才能を発揮し、
過去の事件の推理から、
複数の遺体が埋められている場所を発見する。
遺体の身元を洗うと、
凶悪事件の犯人ばかりで、
どうやら、闇の仕置人集団が存在するようなのだ。

この本筋の話に並行して、
かつて妹を強姦惨殺された男・黒川の
出所した犯人たちへの復讐殺人
ホテル・キンブルでの潜伏生活が描かれる。
ホテルの名前は、
アメリカの連続ドラマ「逃亡者」の主人公、
リチャード・キンブルから取られ、
逃亡者をかくまう目的で運営されていた。

更に、過去にさかのぼり、
突然母を失った少年が、
反社勢力と互角に闘う弁護士の祖父に養われ、
母が殺された真相をつきとめようとする姿が描かれる。
この少年が後の誰であるかは、
小説の3分の1あたりで明らかになる。

話は、GHQ支配の置き土産や
神奈川県で起きていた神隠し事件へと
謎はどんどん広がり、
3つのストーリーが一本に織り合わさった時・・・

というわけで、闇の深さ、広がりは大きいが、
途中で、戦後から続く
狂気の人狩り集団の結社に辿り着くという、
常識ライン点を通過し、
現実味を損なう結果となった。

「戦後からいままで、
国家にとっての危険分子や逃亡中の犯罪者、
娼婦などをひそかに誘拐して、
ハンティングでもするように
人を処刑している秘密結社があります。
彼らを一網打尽にしたいんですが」
と、黒川はおとりになる。
そして、米軍払い下げ地の中で
そのハンティングが行われる。
だったら、死体の隠し場所も払い下げ地の中にしたらよかっただろうに。

まして、最後にあんな人物が突然登場とは。

失踪者捜索の間に、
別々な人物が同一人物だと判明したり、
その関係者の裏切りなど、
面白いところもあったのだが・・・

ホテル・キンブルの潜伏生活での
ホテルの対応も興味深い。
あんなホテルがあるとは知らなかった。(あるはずないか)             
少年が警官を志した時、
祖父がこう助言する。

「ふまじめで隙があって悪に寛容で、
人を舐めてる感じだが、
じつは仕事ができるみたいなキャラクター」

赤堂はそういう設定だ。

 


小説『互換性の王子』

2024年06月13日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

準大手飲料メーカー「シガビオ」の御曹司で、
近く取締役就任、更には社長後継者と目されていた、
志賀成功(なりとし) が
何者かによって別荘の地下室に監禁されてしまう。

という衝撃的内容で始まる、
「犯人に告ぐ」の雫井脩介による企業小説。

地下室には、十分な食糧が備蓄されており、
テレビも監視カメラもあり、
冷蔵庫、電子レンジも設置されており、
長期滞在が可能、
監禁が計画的になされたことが伺える。
スマホもなく、外部との連絡は一切取れず、
監禁は半年の長きにわたった。

ようやく鍵が開けられ、
会社に戻ってみると、
社内の状況は一変していた。
監禁当初、父である社長の志賀英雄のもとに
成功からの辞表が提出されており、
「職責の重圧に耐えかねて逃げ出した世間知らずの御曹司」
という評価が定着していた。
その上、成功の事業部長のポストには、
突如現れた異母兄・実行(さねゆき) が就任していた。

志賀英雄は競合メーカー「東京タクト」の社長の娘と結婚して
実行を授かるが、離婚し会社も辞め、
自分の会社「シガビオ」を設立。
再婚し次男・成功を授かる。
実行は東京タクトから追い出され、
「シガビオ」の研究所にいたが、
成功が行方不明になったことから、
「第2の御曹司」として本社に呼ばれ、
成功の後に就任して、辣腕をふるっていた。

企業の信用のため、成功の監禁事件は警察沙汰には出来ず、
成功は一介の営業部員として再出発。
製品の取引先獲得戦線の外回りに放り込まれる。
やがて、新商品開発のチームに加わり、
実行と共にプロジェクトを兄弟で担うが・・・

飲料業界の市場競争の熾烈さがよく分かる。
ライバル会社のラクトと新製品の発売時期が重なってしまい、
工場の不具合で製品が間に合わなくなり、
発売時期を延期したり、
イメージキャラクターの女優をタクトに奪われたり、
タクトに情報を流しているスパイがいる、
というサスペンスも盛り込まれる。
また、創業社長の2代目育成の悩みも伺える。
とにかく読んでて面白い

結末は穏当な落としどころで、
そういう人物配材であったかと納得。
それにしても、英雄社長の深慮遠謀は過剰ではないか。

恋のさや当てもあり、
女性陣も華やかなので、
WOWOWあたりでドラマ化されるのではないか。

ただ、主人公の名前が「成功」と「実行」と
普通名詞と同じなので、まぎらわしい。
タイトルにある「互換性」とは、
他のもの、特に他の機械部品と交換できることで、
二人の兄弟のどちらかを後継者に交換出来ることを示すのだろうが、
もっと良い題名はなかったものか

 


小説『異人たちとの夏』

2024年06月06日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

シナリオライターの原田英雄は鬱々とした気分で仕事をしていた。
最近離婚をして、家も資産も息子も取られ、
仕事場にしていたマンションの一室に引っ越してきた。
夜中にマンションがひっそりと静かなことに気づく。
事務所として使用されている部屋が多いため、
夜になると、住民がどうやら、自分ともう一室だけらしい。
その一室に住む一人住まいの女性・ケイが原田を訪ねてきて、
やがて、深い関係になっていく。

プロデューサーの間宮からは、
別れた奥さんと付き合いたいなどという断りを受けた。
それも鬱の気分の一因だ。

一方、生れた町の浅草を訪ねた原田は、
演芸場で父とそっくりな男に出会う。
親しげに話しかけてきた男は
当たり前のように住いに誘い、
行ってみると、亡くなった母と同じ顔立ちの女がいた。
父と母は原田が12歳の時、交通事故で命を落としている。
その後、原田は親戚をたらい回しされた。
両親に似た男女だと思っていたら、
やがて、その男女がまぎれもない原田の父母だと分かる。
原田は48歳。
父は亡くなった歳の39歳、母は35歳。
奇妙な年齢関係のまま、
父とキャッチボールをしたり、
母手作りのアイスクリームを食べたり、
両親を失ってから一度も泣いたことはなく、
強がって生きてきた原田は子どものように甘え、
親子団らんの日々が繰り返され、
原田は安らぎを覚える。

しかし、原田の体に異変が起こる。
会った人が一様に、憔悴した姿に驚く。
原田自身には、鏡を見ても、その衰弱は見えない。
そして、ケイは、もうあの家に行かないで、と懇願する・・・

という、怪談譚。
離婚した四十男の孤独と人生の喪失感、
それを救う両親の幽霊。
そして、もし一人の「異人」との出会い。
日本人の根源にある異界への渇望を反映したような物語だ。

山田太一と言えば、
倉本聰、向田邦子と並ぶ、
昭和のシナリオライター御三家
「岸辺のアルバム」「男たちの旅路」「想い出づくり。」
「早春スケッチブック」「ふぞろいの林檎たち」など、
ヒット作が多く、
常に次回作が期待されたライター。
芸術選奨文部大臣賞、向田邦子賞、菊池寛賞
など、受賞歴も華麗で、
この小説でも山本周五郎賞を受け、
映画化・舞台化もされた。
英語だけでなく、フランス語やドイツ語、タイ語など10以上の言語に翻訳されている。
私は山田太一ファンでありながら、
この作品には縁がなく、
1987年の出版時、1988年の映画化時も触れておらず、
最近、イギリスで再映画化されたのを契機に
配信で映画を観、小説を読んだ。
ただ、英国映画は同性愛という
今はやりの勝手な改変がされていると聞き、
観るのをやめた。

本書は、いかにもシナリオ作家が書いた小説、という感じ。
小説を読む醍醐味は少ない。
物語の作り方は完璧なので、
映画化の際、脚色者(市川森一)は仕事が楽だったろうが、
その年の日本アカデミー賞で脚本賞を受賞。
監督は大林宣彦
風間杜夫の主演で、両親は片岡鶴太郎秋吉久美子が演じた。
ケイは名取裕子、間宮は永島敏行

山田太一は、2017年1月に脳出血を患い、
執筆が難しくなって、
「もう脚本家として原稿が書ける状態ではありませんが、
後悔はしていません。
これが僕の限界なんです」
と告白している。
2019年春頃から、
マスコミ関係者と連絡が取れなくなり、
2023年11月29日、
老衰のため神奈川県川崎市の施設で死去。
89歳だった。

その足跡は、テレビの歴史の中に刻まれている。

 


小説『三鬼』

2024年06月01日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

江戸は神田にある袋物屋の三島屋の黒白の間で、
主人の姪のおちかが
語り手たちから
怪異談を聞くという、
「三島屋変調百物語」シリーズの4冊目。
2015年6月1日から翌年6月30日まで
日本経済新聞朝刊に連載されたものを単行本化、その後、文庫化。
第19話から第22話までが収録されている。

「迷いの旅籠」

中原街道の先の小森村から来た、13歳のおつぎによって語られる、
村の「行灯祭り」に関わる話。
江戸にいるお殿様の赤子が亡くなったために、
行灯祭りが禁止されてしまった。
その代わりに旅の絵師によって、妙案が出される。
名主の隠居が住んでいた離れ家を行灯にしつらえて、
小森神社に住む「あかり様」を起こそうというのだ。
順調に進むが、そこには、絵師の企みがあり、
離れ家は、死者の世界への入口が開け、
ご隠居やおつぎの兄の愛したおなつや様々な亡者がやってきて、
この「死者の旅籠」に泊まっていくようになった・・・

「食客ひだる神」

仕出し料理を出す「だるま屋」の主人によって語られる怪異談。
だるま屋は稼ぎ時のひと夏、商売を休んでしまう。
そのわけを主人は語る。
実家の葬儀の帰り道、
主人は「ひだる神」を拾ってしまう。
ひだり神は「餓鬼」とも言い、
山道や野道で行き倒れて死んだ者の霊。
主人は江戸までひだる神を連れ帰ってしまい、
その結果、商売は繁盛するのだが、
やがて、家に怪異が起こり・・・

「三鬼」

とりつぶしにあった藩の江戸家老だった人物によって語られる怪異談。
家老の若い頃、不祥事があり、
そのみせしめのために、山奥の村を管理する山番士にさせられ、
洞ケ森村へと赴任する。
相棒も不祥事の経験者で、
二人の年季は三年。
その間耐えれば、元の役職に戻れるという。
しかし、前任者の
一人は行方不明となり、
一人は気が狂った。
そして、言った
「洞ケ森村には、鬼がいる」と。
やがて、二人もその謎の存在に気づくようになる・・・

「おくらさま」

黒白の間を訪れて過去を語ったのは、
心は十四歳のままの老婆。
その口から語られたのは、
実家の香具屋・美仙屋の蔵に住む、
「おくらさま」という、守り神のことだった。
しかし、ある時、大火から逃れた代償に、
三人娘の中の娘・菊が、
おくらさまの身代わりとなって、姿を消してしまう。
やがて、美仙屋だけが火事となって、焼けてしまうが・・・
語った老婆は、忽然と消えてしまい、
本当に来たのか判然としない。
おちかは、従兄の寅次郎と貸本屋の若旦那・勘一の力を借りて、
美仙屋の存在を突き止めて・・・

新たな登場人物、寅次郎勘一が加わり、
おちかが密かに思慕する青野利一郎は仕官先を得て、
江戸を去る。
おちかにも、三島屋の奥に潜んでいることから抜け出す示唆が与えられる。
「おくらさまになってはいけない。その時が来たら歩みだすんだ」
百物語の流れが大きく変貌することが予感される第4作である。

読んで感心するのは、
宮部みゆきの豊富な物語世界。
どうやって、こんな話を次々生み出し、枯渇しないのか。
誰かスタッフでもいるのではないか、
と考えてしまうほど、
どの物語も精緻で豊かで、面白い。
人間の心理に根ざす恐ろしい話なのに、
全篇を貫く、暖かさ
これが宮部みゆきの持つ世界だ。