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空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

小説『とりどりみどり』

2025年05月18日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

直木賞作家・西條奈加の江戸時代の市井もの。

日本橋の大きな廻船問屋・飛鷹屋(ひだかや)の
末弟・鷺之介(11歳)は、
3人の姉たちに振り回されて疲れ果て、
早く嫁に行って片付いてくれないかと願っていた。
ところが、嫁に行ったはずの長女が出戻って来て、
3人にお喋りや買い物、芝居、物見遊山に付き合わされ、
自由奔放な姉達に翻弄されてばかりで、
心休まることがない。

男・女・女・女・男の家族構成。
実直な長兄の鵜之介、
3人姉妹のお瀬己(せき)、お日和(ひわ)、お喜路(きじ)、
そして末弟の鷺之介。
みんな母親が違う
当主の鳶右衛門(とびえもん)は、
一代で身代を作った大人物だが、
買い付けに全国を回り、
年に1、2回しか戻って来ない。
5人の子どもは、正妻のお七が育て、
鷺之介が小さい時、亡くなっていた。
3人の姉は気性が激しく、
一筋縄ではいかない。
その対比が面白い。

7つの話で成り立っている。

①長姉が嫁ぎ先で母の形見を盗まれたことで、怒り、出戻って来る。
②鷺之介は、芝居小屋で初めて友達と言える存在を得るが、
 その友は、封印切りを目撃したと疑われ、命を狙われる。
③鷺之介は箍(たが)回しを小僧の根津松から教えてもらうが、
 根津松は実は・・・
④三姉のお喜路が戯作者を目指し、弟子入りした相手は・・・
⑤気に入った手ぬぐいを大枚は叩いて買ったが、
 買戻しを求められ・・
⑥育ての親の墓前に残された櫛。
⑦それにより、鷺之介の出自が判明する。

3人の姉たちが吐くが面白い。
母・お七の秘密が明かされる最後のくだりは、
ちょっと人間の奥深い煩悩を感じさせる。
全体的には、ユーモアあふれる楽しい読み物。

母親のお七が死ぬ前に3人の娘に残したのが、
螺鈿蒔絵の櫛で、
それぞれ鳥の絵柄がほどこされている。
父親、長兄、末弟を含め、鳥にちなんでいる。
題名の「とりどりみどり」は、
「よりどりみどり」から来ているが、
飛鷹屋の家族が全員鳥に縁があることから来ている。

よりどりみどり・・・多くの中からかってに選び取ること。
          「選り取り」と、
          見渡して多くの中からいいものを選び                                      取ること「見取り」の意。                                         

余談だが、五反田に鶏々味鳥(とりどりみどり)という
鳥料理の居酒屋がある。


小説『さいわい住むと人のいう』

2025年05月14日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

地域福祉課に異動になった青年・青葉が紹介されたのは、
大きな屋敷に住む80歳の老女・香坂桐子だった。
桐子は元教師で顔が広く、
教育から身を引いてからも町の人から頼りにされており、
妹の百合子と二人だけで暮らしている。
老姉妹は、なぜこんな豪邸に二人だけで住んでいたのか?
その2週間後、
桐子と百合子が亡くなってしまう。
二人とも病死で、事件性はないようだが・・・

冒頭は2024年だが、
章が進むにつれて、
2004年、1984年、1964年と20年ずつさかのぼり
夫のDVから逃れて来た母子が桐子の尽力で救われる話、
中学教師だった桐子が百合子と一緒に住む家を
建てるための努力の話、
戦災孤児だった桐子と百合子が
親戚をたらい回しにされ、
引き取られた7番目の家庭での
ある出来事を巡る話、
そして、再び2024年に戻り、
二人の一日差の死亡へと導かれる。

時代をさかのぼってストーリーが展開するのは、
既に沢山の作品があるが、
話が進むにつれて、
桐子と百合子を取り巻く状況が次第に明らかになって来る
という意味で必然の手法だ。
戦争孤児だった二人が、
いつか自分たちだけの居場所(家)を手に入れて、
二人で幸せになろうと誓う。
特に、桐子の運命を百合子が引き受けるあたりは哀切だ。

デビュー作「つぎはぐ、さんかく」でポプラ社新人賞を受賞した
菰野江名(こもの・えな)の作品。
まだ2作目とは思えない、
よくできた人間ドラマ
たった二人だけの家族である桐子と百合子の姉妹。
正反対の道を選び、背中合わせに生きていく。
二人の置かれた状況と
それを打破しようとする努力。
そして、いさかいと和解。
桐子の卒業した大学に出かけて
サンドイッチを食べる場面で泣きそうになった。
作者が高齢の方と思わされるほど、
老女の気持ち、環境が身につまされた。
菰野江名は1993年生まれの32歳
若いのにこれだけの作品を書けるのだから、
期待できそうだ。

久々にページをめくる手が止まらなかった。
本屋大賞にノミネートされなかったのが不思議。

タイトルは、カール・ブッセの詩「山のあなた」の一節。

山のあなたの空遠く
「幸」(さいわい) 住むと人のいふ。
噫(ああ)、われひとゝ尋(と)めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。

山の向こうに幸せがあるというので、
探しに行ってみたけれど、
見つけることができずに、
涙ぐんで帰ってきた。
山のもっとずっと向こうに幸せはあるんだよ、と人は言う。

探し求めても、幸せは見つからない。
身近なところに潜んでいるささやかな幸せに、
感謝できることが幸せ。 

                            


小説『定食屋「雑」』

2025年05月10日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

三上沙也加は、突然、夫の健太郎から離婚を切り出される。
真面目でしっかり者の沙也加だが、
いつも清く正しく美しく、なところが、
夫を息苦しくさせていたようだ。
たとえば、潔癖症な沙也加は、
食事をしながらアルコールを嗜む事を良しと思っていなかったが、
夫健太郎は酒を好む。
健太郎は、家に帰る前に定食屋で食事し、
酒を呑むのが楽しみになり、
家での食事を避けるようになる。
やがて、健太郎は離婚届けを残して、
会社近くのウィークリーマンションに引っ越してしまう。

離婚話に納得できない沙也加は、
もしや定食屋に女でも、と浮気を疑って、
健太郎が寄るという定食屋を偵察してみる。
しかし、商店街の中にある定食屋「雑」(ざつ)にいたのは、
背の低い老女だった。
そして、出される料理は、
何の変哲もない、家族的な手料理ばかり。
店員募集の貼り紙を見た沙也加は、
応募し、派遣の事務仕事の合間に、
アルバイトで不定期に働くことになる。

というわけで、
一軒の定食屋の女店主「ぞうさん」と
アルバイトの沙也加との
定食の献立をめぐる人間模様を描くのが、この作品。

6つの話から成り立ち、
コロッケ、トンカツ、から揚げ、
ハムカツ、カレー、握り飯
と表題が付き、
その料理を巡って話が進展する。

ぞうさんの視点、沙也加の視点、
それに70代の常連客・高津の視点から描かれる。
やがて、この店が雑色(ぞうしき)という
元日活映画のカメラマンが始めた店で、
今の女店主のみさえは二代目
初代のぞうさんとは親戚で雑色姓、
それで呼び名の「ぞうさん」も引き継いだことなどが分かる。
第2話の「トンカツ」で、
みさえの若い頃の話、
どうして上京し、
親戚の店に入り、
店を引き継いだかが明らかになる。

また、沙也加の離婚話の進展、
高津の娘一家との同居生活の顛末なども描かれる。

コロナ禍で、定食屋の経営が苦しくなり、
閉店と再開の話も綴る。

原田ひ香らしい、
普通の人間の普通の生活の物語。
その視点は暖かく、
読み心地はすこぶるいい。

ただ、沙也加が働いていることを知らずに、
夫の健太郎が店にやって来て驚く、
という描写が全くないのは不思議。
いくら引っ越したといっても
少々不自然ではないか。

料理に対する蘊蓄が沢山出て来るが、
おいしそうで、楽しい。

 


小説『姥玉みっつ』

2025年05月06日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

「心淋し川」(2021)で直木賞を受賞した西條奈加の作品。

名主の書役と言う職を得て
老後は歌など詠みながら
静かに過ごそうと思ってたお麓(ろく)。
その平穏な暮らしはわずか一年で終わりを迎えた。
長屋に50年来の幼馴染みが引っ越して来たのだ。
能天気なお菅(すげ)と、派手好きなお修(しゅう)。
二人の幼馴染みは毎日お麓を訪ねてきては、
どうでもいい話をしゃべり散らす。
果ては朝食は一緒に取ろうという。
何が悲しくて婆三人がつるまなくてはいけないのか。
お麓はこの先、二人とうまくやっていけるのか。
クセ強の二人に振り回されるお麓は、
安穏に暮らすはずの余生はどうなってしまうのか不安がつのる。

ある日、お菅が行き倒れの母子を見つけて連れて来る。
母親は亡くなり、口をきけない女の子が残った。
身よりを聞いても、答えられない。
名前も言えない少女に
とりあえず、お萩という名をつけて、
三人はそれぞれの得意分野を教えながら面倒みていくことになり、
知らぬ間に、孫のように愛情を持ち始める。
しかし、お萩は、どこか上品で、
いいところのお嬢さん風なのが気になる。
あることをきっかけに、
お萩が何者かが分かり、
三人は悪者と対決することになるが・・・

「女性の老後」という現代的なテーマを
江戸を舞台に、三人の婆さんたちの日常を
その周りで起こる悲喜劇として、
コミカルに描く。

歌の師匠の、子ども時代の祖父との会話。

「悲しいか、小一郎。
 その悲しみは、いま、
 おまえだけのものだ。
 世の何人にも、察してはもらえぬ」
そして、その気持ちを歌にするよう勧める。

「姥玉(うばたま)のかしましき声
 東風(こち)に乗せ
 夜着返す子の 夢に届けむ」
が題名の由来。


小説『浅草寺子屋よろず暦』

2025年05月02日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

浅草寺境内の正顕院で寺子屋を開いている大滝信吾。
実家は兄が継ぎ、350石で御前奉行をつとめているが、
信吾は深川芸者を母とする妾腹の弟。
そこで、家を出て、正顕院の住職光勝の世話で
子どもたちを相手に寺子屋をやっている。
その子どもたちのいろいろな問題を描く。
たとえば、父が博打をして借金を抱えている源吉、
博打場の用心棒をする父を案じる太一郎、
妾の子として苦しむおゆう、
突然得意先を失った棒手振り魚屋の息子三太、
その過程で、裏家業元締の
狸穴の閑右衛門との関わり。
更に、正顕院の住職光勝も元は武士で
敵討ちとして狙われている。
兄からは家を継がないかという話が来たり、
長屋の立ち退きや兄の食材調達にも支障が出る。
最後のくだりて、意外な人脈が発揮される。

ただ、訳ありの武士が市井の寺子屋を営む、
という話には既視感があり、新味はない。
が、下町の人々が生き生きと描かれる上、
四季折々の風景描写は、砂原浩太朗らしく、
読むのに心地よい。

角川春樹事務所の読書情報誌「ランティエ」に
2023年9月号から24年7月号に隔月連載したものを
一冊にまとめた。