そもそも、『冒険』って何? ……というのが、この所私の頭を占めている疑問です。
ロビンソン・クルーソー、十五少年漂流記にガリバー旅行記、トム・ソーヤーにハックル・ベリ・フィン、ロスト・ワールドに宝島……かつて胸をときめかせた憧れの世界がそこにはあったはず。
だけどボウケンジャーは、なんか、違う。
これまでの戦隊シリーズは、基本的には『悪と戦う』物語でした。
(個人的に、タイムはちょっと違うと思うんですが、それはまた別の話なので置いといて)
相手が絶対悪ならば、それを倒す者は相対的に正義となる。それは極めて分かりやすく、単純な構図。
しかしボウケンジャーでは、その構図を敢えて捨てて、『冒険する』『宝探しする』という新しい構図を打ち立てた。ついでに敵も、何せ敵を倒す事それ自体が目的ではないので、色んな敵組織が週代わりで出るようにしてみた。
それは新しくて面白い試みだった……はずなんですが。
最近疑問に思うのは、『悪を倒す』正義に代わる、『冒険すること』の意義とか価値とか魅力とか、そういうものを作り手はちゃんと分かってるのか? ということ。
これは私自身、ちょっとした身内の遊びで『冒険』をテーマにお話を作ったから余計に思うことなんですが、本質的に『冒険』って、『正義』とは明らかにベクトルが違うと思うんですよ。
それは、『知りたい』という本能的な欲求。未だ誰も行ったことのない未知の領域を開拓する喜び。同時に人は未知の領域には恐怖を感じる、しかし敢えてそこへ飛び込むというスリル。
基本的には個人のエゴであり、本能に忠実に従った結果だと思うのです。
しかし同時に、その本能こそが人間を進化させ、発展させて来た。
(これを考えるとき、いつも新井素子の『ネプチューン』を思い出します。「宇宙へ行きたい」という未来の記憶が、原生生物を人間にまで進化させるという壮大なお話)
でも、ボウケンジャー見てても、そういう冒険への熱い思いが感じられない。
特に赤や黒は、本来そういうことを語るためのキャラのはずなのに、今迄の『正義』のヒーローの感覚をひきずってる感じでどうもピンと来ない訳です。
今回の黒の話にしても、姐さん的に『萌え』な話ではあっても、『燃え』ではないと感じました。
本来、赤への反発はあっても、同じ『冒険』への想いという点では通じ合っている……というのが黒なんじゃないかなと思うんですが。
なのにその『冒険への思い』の部分をそもそも作り手がよく分かってないために、よく分からないままに仲間との信頼とかそういう話になってしまってるような。
そもそも、何が彼らを仲間として結び付けているのか? という所をちゃんと描いてくれないと、燃えたくても燃えられないんですが……。
先週の、地図とコンパス持ってんの? というのはそういう意味です。
***
とは言え、次回はサージェス財団の黒い部分が見えるかも知れないので、そこにちょっと期待を寄せてみたりはしています。
……うん。どう考えても黒い組織ですよね(その割に、一見フレンドリーに見せてる所がなんか恐いんですが)。それが狙ってやっていることなら、面白くなって来るのかな、と思うんですが……どうなんでしょう。
***
あともひとつ。『冒険』ってからにはやっぱ野外サバイバルは必須じゃないですか? と力いっぱい抗議したい私はこれでも元ガールスカウト。
そりゃね、毎回野外ロケは厳しいとは思いますよ。
無理にそれをやって予算とスケジュールを破綻させた某響鬼の轍を踏むくらいなら、ある程度の割切りは必要かと思います。
……だけどやっぱり現状見てると、あんまりじゃないですか?
あの便利そうなサバイバルツールの数々は一体何のためにあるの?
ロビンソン・クルーソー、十五少年漂流記にガリバー旅行記、トム・ソーヤーにハックル・ベリ・フィン、ロスト・ワールドに宝島……かつて胸をときめかせた憧れの世界がそこにはあったはず。
だけどボウケンジャーは、なんか、違う。
これまでの戦隊シリーズは、基本的には『悪と戦う』物語でした。
(個人的に、タイムはちょっと違うと思うんですが、それはまた別の話なので置いといて)
相手が絶対悪ならば、それを倒す者は相対的に正義となる。それは極めて分かりやすく、単純な構図。
しかしボウケンジャーでは、その構図を敢えて捨てて、『冒険する』『宝探しする』という新しい構図を打ち立てた。ついでに敵も、何せ敵を倒す事それ自体が目的ではないので、色んな敵組織が週代わりで出るようにしてみた。
それは新しくて面白い試みだった……はずなんですが。
最近疑問に思うのは、『悪を倒す』正義に代わる、『冒険すること』の意義とか価値とか魅力とか、そういうものを作り手はちゃんと分かってるのか? ということ。
これは私自身、ちょっとした身内の遊びで『冒険』をテーマにお話を作ったから余計に思うことなんですが、本質的に『冒険』って、『正義』とは明らかにベクトルが違うと思うんですよ。
それは、『知りたい』という本能的な欲求。未だ誰も行ったことのない未知の領域を開拓する喜び。同時に人は未知の領域には恐怖を感じる、しかし敢えてそこへ飛び込むというスリル。
基本的には個人のエゴであり、本能に忠実に従った結果だと思うのです。
しかし同時に、その本能こそが人間を進化させ、発展させて来た。
(これを考えるとき、いつも新井素子の『ネプチューン』を思い出します。「宇宙へ行きたい」という未来の記憶が、原生生物を人間にまで進化させるという壮大なお話)
でも、ボウケンジャー見てても、そういう冒険への熱い思いが感じられない。
特に赤や黒は、本来そういうことを語るためのキャラのはずなのに、今迄の『正義』のヒーローの感覚をひきずってる感じでどうもピンと来ない訳です。
今回の黒の話にしても、姐さん的に『萌え』な話ではあっても、『燃え』ではないと感じました。
本来、赤への反発はあっても、同じ『冒険』への想いという点では通じ合っている……というのが黒なんじゃないかなと思うんですが。
なのにその『冒険への思い』の部分をそもそも作り手がよく分かってないために、よく分からないままに仲間との信頼とかそういう話になってしまってるような。
そもそも、何が彼らを仲間として結び付けているのか? という所をちゃんと描いてくれないと、燃えたくても燃えられないんですが……。
先週の、地図とコンパス持ってんの? というのはそういう意味です。
***
とは言え、次回はサージェス財団の黒い部分が見えるかも知れないので、そこにちょっと期待を寄せてみたりはしています。
……うん。どう考えても黒い組織ですよね(その割に、一見フレンドリーに見せてる所がなんか恐いんですが)。それが狙ってやっていることなら、面白くなって来るのかな、と思うんですが……どうなんでしょう。
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あともひとつ。『冒険』ってからにはやっぱ野外サバイバルは必須じゃないですか? と力いっぱい抗議したい私はこれでも元ガールスカウト。
そりゃね、毎回野外ロケは厳しいとは思いますよ。
無理にそれをやって予算とスケジュールを破綻させた某響鬼の轍を踏むくらいなら、ある程度の割切りは必要かと思います。
……だけどやっぱり現状見てると、あんまりじゃないですか?
あの便利そうなサバイバルツールの数々は一体何のためにあるの?
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