goo blog サービス終了のお知らせ 

言葉による音楽的な日々のスケッチ

作曲講座受講日記と、言葉による音楽的日々のスケッチを記録

卒業

2005-10-03 16:05:27 | 映画美学校音楽美学講座:初等科
好きで履いてる二足のわらじが脱げそう。

どちらもピークを迎えていてハードな週を過ごしてた。
先日やっと菊地さん出題の高等科の試験を提出完了。

難しさのあまり驚愕し発熱する。回答に偉く時間がかかった。
とてもその場ですぐに回答出来る代物ではない。
たまたま最初から高等科を希望してきた
果敢な人が居てその人が同じ試験を受けていた場面に私も
卒業制作のため、居合わせた。けれどその人は
10分も立たないうちに高等科に入れないと実感した模様で
書き込みのないままギブアップしていた、恐るべし難問。
(でもそんな方は初等科から始めて正解です)

多分、クラシックなどをやっていて或る程度自信があって
来たんだろうと思う、私も多少の自負心があって
去年初等科の試験を受けたけど数秒で撃沈し現在に至る。

たしかに去年初等科に入るときの試験も難しかった、
クラシックをちょっと齧ったくらいの私には
知らない語彙もたくさんあった。
クラシックを多少やると音楽の全てを
知ったような気になるのは権威主義的な
日本のクラシック教師の教育のせいかも。
私の二人のクラシックのピアノ教師は
独特な日本的クラシック界の因習に収まりきれず
そこからはみ出しちゃったマイノリティとも言える、
なのでちょっと魅力的な人たちなのである。

音楽の世界はまだまだ未知のことが多い、
当たり前だけど全く一筋縄じゃない。

私にとっては今回の試験も1年間学習して、やっと何とか
回答にこぎつける事が出来る、という状況で
このことは一朝一夕で頭に入る事ではないということも
いま実感としてとてもよくわかる。
蓄積された既知の知識をベースに、そこにプラスして
少しずつ積み上げるように理解出来たことなのだった。
この幾分の難問をソラで回答出来るくらいなら
むしろ楽理を学びにくる必要はないでしょう。

ただ出題されている事がどんなものなのか
多少推測したり、たとえ間違えたとしても
今こうして回答出来るということを
過去の状態から遡って思考してみると
この楽理の門を私は叩いて、
とりあえず今くぐったんだな、と実感する、、、
そしてやっとスタート地点に立ったのだ。
試験の結果はまだわからない。
講師菊地氏の採点と判断によって
実力不足で高等科へ進学出来ない可能性もある。

正直難しくて1年間私は何をやっていたの!?と
理解不足を痛感してちょっとヘコむ。
演奏で或る水準まで行く事もかなり難しいけど
作曲や編曲の道も更に険しい。
少なくともこの卒業制作に関しては
どんなに体力や時間を割いても不思議に
イヤにはならず(時々逃避行したくなる時はあるけど…)
結局事に向かっている。途中試験でテンションやら
スケールやらが夢に出てきてうなされそうになっても
やはりもっと知りたい、もっと理解したい、と
紐解きたく思う気持ちは更に強くなる。

試験問題に悶々としていた時
これってまるで恋愛感情みたい、と考えていた。

かなわぬ恋愛。完全な片思い。
理解出来なくて切ない、
いや、理解出来ないんじゃなくて
敢えて完全には理解したくないと思う部分もあって
常に憧れて、対象と距離を置いて
神秘的にしておきたいかんじ。
その状態はちょっと辛くて切ない。
まさにサブドミナント、、、

ちょっと大人になればこうして人工的な
恋愛感情のしくみを知ってしまうものだけど
対象が音楽でよかったと思う、、、いや、良くない?
(笑)確かに私は音楽を好きで愛していて
しかも現時点ではまだ独りよがりの状態。

私が好きな音楽を作る人たち、もしくは
奏でる人たちには一方的片思いじゃなくて
音楽のほうにも愛されているイメージがある


さて、現実問題として試験を提出して
とりあえず一安心、そして次の難関は、卒業制作、
私は数少ない未提出者のうちの最後の一人、、、

ここのところ2、3週間仕事の後に
美学校で作業をしていて
(会社が学校から歩いて1分のところで幸い)
時々は終電近くまでやる事もあって
あんまり若くないので体力的にはしんどいけど、
苦にならないので不思議。
しかし気持ちに対して体が多少悲鳴をあげている模様。

徐々に色彩や輪郭を帯びてくる曲に接するのは
まるで飽きる事がない。多少体調が悪くても苦にならないのは、
律動や、水平に運動する音符がふとした瞬間に奏でる
垂直の運動が耳に残るような
つまり意図的に作ったコードとメロディーと

逆に意図的でない所に生まれる、たとえば
倍音の残像ハーモニーが奏でる煌めく星が偏在する
無限宇宙的音楽美、という風に
「魅力的なメロディー」というのは
必然的に存在している気がする。
で、それは決まりきったものでもなく
自己完結型の独りよがりで自閉的なものでもない。

例えばそれはどの国の、どんな人の心も
捉える事が出来るような普遍的でありながら
魅力的なメロディー。
作曲者を知らないのに、誰もが知っているような、

だから私が好きな曲は(アレンジによる部分も大きいけれど)
どの部分からちょん切ったとしても
美しいハーモニーを感じられるように
どこから切ってもポッキン金太郎飴状態なもの(笑)

そんな風に名作となる音楽というのは
もしかすると作為だけじゃなく(それもなくてはならないが)

必然と偶然の両方のエネルギーが働いて
生まれるものなのではないかと思う

さて。
卒業制作のリミットは延ばしに延ばして頂き
(まるで予備校の先生のような
皆の頼れるアニキ富樫君に感謝&感謝)

とうとう金曜日いっぱい。
現状は残念ながらまだ曲に対する明確な自信はない

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。