、、、という歌詞で始まる アルバムCURE JAZZのなかの
ジョビンの曲、ルイーザ。
この曲はこのアルバムの企画とプロデュースをした
楽理の講師でもある音楽家、菊地成孔氏自身によって
(確か今年の3月くらいに)映画美学校の
楽曲分析でも取り上げられた。
初めて聴いたのに一度聴いたら忘れられない曲だった。
発売前に視聴したときLuizaはUAとのデュエットになっていたので、
菊地さんのソロボーカルで始まるとは思わなかった。
Degustation a jazzで初めて彼のヴォーカルを聴いた時と同じく
とても艶のある、中性的な声をしていた。
(初めて聴いた時女性のジャズボーカリストだと思った)
映画美学校の授業でオリジナルのLuizaを初めて聴いた時、
ジョビンのヴォーカルは囁き諦め、哭いているような
静かな悲痛と生命力の美しさに溢れた複雑な曲で、
ポルトガル語がわからなかったけれど、ただ
ロマンティックな恋の歌ではないような気がした。
これまでのアルバムでは大抵の対訳は
大和田俊之氏がやっているけれど(今回も殆どされています)
今回は幾つか菊地さん自らが対訳をしていたり
詩や曲もオリジナルのものも多く
これまで聴いたジャズの作品とは
ひと味違うものになっているようにも感じられた。
時には影のようにUAのヴォーカルを引き立てたり、
緻密で骨太のSAXの演奏表現が魅力的。
ソロアルバムとはまた違って
UAという存在と魅力と表現力によって触発され
菊地さんの表現も増幅し拡張して改めて可能になるようなことも
あるのだろうな、と感じた。コラボレーションの妙。
本場の黒人ジャズ歌手の表現力とは異質でも、
日本人に在るブルーと黒っぽいリズム感や
ビートを聴き手に感じさせる事においては
きっと今居る人気のある歌い手ではUAの表現が最も
優れているのだろうと思う。
菊池さんはインタビューの中で彼女の歌唱の魅力について
「歌に殉じている」という表現をしていたのは印象的。
実際、このアルバムも市場で(ジャズを聴かない人々の間でも)
話題になっているようだ。こんなにコアな
アプローチの曲ばかり入ってるのに…。
ご本人も書かれていたけれど
自分のソロのような気もしてくる、というだけあって
仕掛けや企画は菊地さんなのだろうけれど
そういうことを越えて菊地成孔とUAという
二人のアーティストの魅力は時に寄り添い
決して溶け合う事も無く平行線を辿りながら
互いを求め追いかけ合う
美しく独立したフーガのフレーズの様な表現のごとく
展開されていてセクシーな様相を醸し出している。
アルバムの中で菊地さんによって
UAの母性的な魅力にも触れられていたのも印象的だった。
「ルイーザ」という娘さんに捧げた曲とも言われている
強い愛と悲哀、美しさを称えた曲の
詞の内容を知りたいと思っていたのだけど
(かつて日本語に対訳された事があったのだろうか?)
それを知りたい気持ちがアルバムを買った原動力にも
なったくらい、菊地さんがこのアントニオカルロスジョビンの
隠れた名曲に光を当てた心意気も、私は買いました!
「Luiza」
詞/曲 アントニオ・カルロスジョビン
対訳:国安真奈
UA&菊地成孔 「CURE JAZZ」より
下町通り 抜かれた剣
夜空に浮かぶ黄色い大きなブイ
月のなんと丸いこと
月のなんと揺れて見えること
青空の青が
ゆっくりと広がる
ゆっくりとした沈黙の中
星を山ほど抱えた吟遊詩人がゆく
さあ 僕の歌を聴いてくれ
ルイーザを忘れるための歌を
僕は ただの情けない素人
君の恋する 愛の教え子
ねえ君 起きてよ
この雪の下にこそ 心があるんだ
ルイーザおいでよ
手をつなごう
君の望みは僕の望みだ
僕に魔除けのおまじないをしておくれ
キスをおくれ
燃えるバラの花をおくれ
キスをおくれ
陽の光をおくれ
君の髪に映る
ダイアモンドのような光が七色に輝ける時
僕がルイーザのためにだけとっておいた
幾千もの愛が輝く
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ジョビンの曲、ルイーザ。
この曲はこのアルバムの企画とプロデュースをした
楽理の講師でもある音楽家、菊地成孔氏自身によって
(確か今年の3月くらいに)映画美学校の
楽曲分析でも取り上げられた。
初めて聴いたのに一度聴いたら忘れられない曲だった。
発売前に視聴したときLuizaはUAとのデュエットになっていたので、
菊地さんのソロボーカルで始まるとは思わなかった。
Degustation a jazzで初めて彼のヴォーカルを聴いた時と同じく
とても艶のある、中性的な声をしていた。
(初めて聴いた時女性のジャズボーカリストだと思った)
映画美学校の授業でオリジナルのLuizaを初めて聴いた時、
ジョビンのヴォーカルは囁き諦め、哭いているような
静かな悲痛と生命力の美しさに溢れた複雑な曲で、
ポルトガル語がわからなかったけれど、ただ
ロマンティックな恋の歌ではないような気がした。
これまでのアルバムでは大抵の対訳は
大和田俊之氏がやっているけれど(今回も殆どされています)
今回は幾つか菊地さん自らが対訳をしていたり
詩や曲もオリジナルのものも多く
これまで聴いたジャズの作品とは
ひと味違うものになっているようにも感じられた。
時には影のようにUAのヴォーカルを引き立てたり、
緻密で骨太のSAXの演奏表現が魅力的。
ソロアルバムとはまた違って
UAという存在と魅力と表現力によって触発され
菊地さんの表現も増幅し拡張して改めて可能になるようなことも
あるのだろうな、と感じた。コラボレーションの妙。
本場の黒人ジャズ歌手の表現力とは異質でも、
日本人に在るブルーと黒っぽいリズム感や
ビートを聴き手に感じさせる事においては
きっと今居る人気のある歌い手ではUAの表現が最も
優れているのだろうと思う。
菊池さんはインタビューの中で彼女の歌唱の魅力について
「歌に殉じている」という表現をしていたのは印象的。
実際、このアルバムも市場で(ジャズを聴かない人々の間でも)
話題になっているようだ。こんなにコアな
アプローチの曲ばかり入ってるのに…。
ご本人も書かれていたけれど
自分のソロのような気もしてくる、というだけあって
仕掛けや企画は菊地さんなのだろうけれど
そういうことを越えて菊地成孔とUAという
二人のアーティストの魅力は時に寄り添い
決して溶け合う事も無く平行線を辿りながら
互いを求め追いかけ合う
美しく独立したフーガのフレーズの様な表現のごとく
展開されていてセクシーな様相を醸し出している。
アルバムの中で菊地さんによって
UAの母性的な魅力にも触れられていたのも印象的だった。
「ルイーザ」という娘さんに捧げた曲とも言われている
強い愛と悲哀、美しさを称えた曲の
詞の内容を知りたいと思っていたのだけど
(かつて日本語に対訳された事があったのだろうか?)
それを知りたい気持ちがアルバムを買った原動力にも
なったくらい、菊地さんがこのアントニオカルロスジョビンの
隠れた名曲に光を当てた心意気も、私は買いました!
「Luiza」
詞/曲 アントニオ・カルロスジョビン
対訳:国安真奈
UA&菊地成孔 「CURE JAZZ」より
下町通り 抜かれた剣
夜空に浮かぶ黄色い大きなブイ
月のなんと丸いこと
月のなんと揺れて見えること
青空の青が
ゆっくりと広がる
ゆっくりとした沈黙の中
星を山ほど抱えた吟遊詩人がゆく
さあ 僕の歌を聴いてくれ
ルイーザを忘れるための歌を
僕は ただの情けない素人
君の恋する 愛の教え子
ねえ君 起きてよ
この雪の下にこそ 心があるんだ
ルイーザおいでよ
手をつなごう
君の望みは僕の望みだ
僕に魔除けのおまじないをしておくれ
キスをおくれ
燃えるバラの花をおくれ
キスをおくれ
陽の光をおくれ
君の髪に映る
ダイアモンドのような光が七色に輝ける時
僕がルイーザのためにだけとっておいた
幾千もの愛が輝く
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