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アゲハチョウの味覚遺伝子
昆虫の味覚はどこにあるだろう?ハチやアリでは触覚にある。チョウやガやハエでは第一肢の先端にに味覚器がある。
アゲハチョウは、ミカンの葉を前脚で叩く「ドラミング」で小さな傷を作り、その部分の味を感じて葉がミカンであることを確認して産卵する。我が家のミカンの木にはこの夏、次から次へとアゲハが産卵し、幼虫がほとんどの葉を食べ尽くしてしまった。ミカンを守るよい方法はないだろうか?
今回、JT生命誌研究館(大阪府高槻市)と九州大などの研究チームが、アゲハチョウのメスが前足の「感覚毛」を使って、幼虫が食べられる植物を選別して、産卵する仕組みを解明した。害虫が農作物に産卵しないよう改良する方法を開発する手がかりにつながると期待される。11月15日付の英科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」電子版で発表した。
アゲハチョウのうち、例えばナミアゲハのメスは、ミカン科の植物の葉に産卵する。その際、「感覚毛」で幼虫が食べられる植物を特定するが、これまで未解明だった、こうした仕組みをつかさどる遺伝子を見つけた。
シネフリンに反応、産卵
同館の尾崎克久研究員(分子生物学)によると、「感覚毛」の根元にある神経細胞では約1万種類もの遺伝子が働いている。このうち植物に含まれる成分を感じ取るとみられる遺伝子を特定。別の細胞で働かせてみたところ、ミカン科植物に含まれる酸味成分「シネフリン」と触れると、細胞内に変化が生じるのが見つかった。
今度はシネフリンを塗った人工葉を準備し、そこにナミアゲハを放したところ、約7割のメスが産卵。一方、この遺伝子の機能を失わせたメスは約2割しか産まなかった。こうした実験結果から、メスがこの遺伝子の働きでシネフリンを見分け、その情報が脳に伝わることで産卵を促すと結論づけた。
ナミアゲハ以外にも同様の手法で産卵したり、食べたりする植物を選別する昆虫は多く、こうした能力を担う遺伝子や反応する植物の成分もそれぞれ異なると見られている。尾崎研究員は「同じ方法で、他の昆虫でもこうした遺伝子を見付けていけば、遺伝子操作で農作物に産卵したり食べたりしないようにできるかもしれない」と話している。(毎日新聞 2011年11月16日)
味覚の場所「ふ節」を特定
ナミアゲハの味覚感覚子は、メス前脚の先端のふ節の毛のように並んでいる。味覚受容体は、味覚感覚子の中の味覚神経細胞の表面にある。アゲハチョウのメス成虫の産卵行動は、飛ぶことから始まる。主に視覚情報を頼りに葉にとまり、葉を前脚でたたく。これを「ドラミング」と呼ぶ。前脚ふ節には化学感覚子があって、葉の表面に存在する化合物を感じ取り、その組み合わせによって植物種を識別し、適切と判断すると卵を産む。その後その場を飛び去り、一連の作業を繰り返すのである。ナミアゲハについては、主な食草であるミカン科植物から、化合物10種が「産卵刺激物質」として同定されており、これらを混合すると生葉と同程度に産卵行動を誘発する。
一方、化合物を識別する受容体の研究は、私たちの研究開始時にはまったく行われていなかった。ショウジョウバエの味覚感覚子では、感覚子内部へ数個の味覚ニューロンが軸索を伸ばしていること、その細胞膜中に7回膜貫通型タンパク質(7TMP: 7 transmembrane protein)である味覚受容体が存在することが知られており、化合物を認識しているとされている。
チョウの前脚ふ節にある感覚子は、ショウジョウバエの味覚感覚子と同様の構造を持っているので、アゲハチョウのふ節感覚子でも、7TMP味覚受容体が働いていると予想できる。これが食草の認識と産卵行動に重要な役割を持っているだろうと考え、ナミアゲハの味覚受容体遺伝子の探索と機能解析に取り組んだ。
発見した味覚受容体遺伝子が、チョウの体のどこで働いているか遺伝子を増幅して調べた。電気泳動のシグナルは、メス前脚ふ節にだけ検出された(左1列目のバンド)。比較に用いたリボソーム蛋白質遺伝子は全部の器官にみられるので、味覚受容体遺伝子がメスの前脚ふ節でだけ働いていることが確認できた。
味覚受容体(7TMP)
味覚受容体遺伝子は、発現量が極端に少ないため、他の生物でもタンパク質の機能が解明されているものはまだ少ない。しかも昆虫の化学受容体遺伝子は、遺伝子間の塩基・アミノ酸配列の類似性が極端に低いので、他の生物の受容体遺伝子を手がかりにはできない難点がある。
そこで、メス成虫ふ節で発現する遺伝子群を片っ端から調べることにした。メス成虫ふ節のcDNAライブラリーをつくり、約1万個の配列を決定してアミノ酸配列を推定した。その中で7回膜貫通領域を含む配列を持つものをコンピュータ上で探し、候補遺伝子を絞り込んだ。
そしてついに味覚受容体候補の7TMP遺伝子を1つ見つけることができた。得られた7TMPは、メス成虫のふ節で発現していることはわかったが、7TMPには神経伝達など化学受容以外の働きを持つものもたくさんあるので、本当に食草の認識に関わる味覚受容体かどうかを確認しなければならなかった。
そこで「カルシウムイメージング法」を用いた。まず味覚細胞ではない培養昆虫細胞でナミアゲハ味覚受容体候補7TMPと発光クラゲから見つかったイクオリン(aequorin)という発光タンパク質を発現させる。その細胞を化合物で刺激したとき7TMPが応答すると発光タンパク質がカルシウムに反応して光るという仕組みである。
私たちが得た7TMPは、産卵刺激物質の中のシネフリンを与えた時だけ発光した(図4)。一か八かの実験だったが、2年間大量の遺伝子を調べる実験を許されたおかげで、産卵刺激物質シネフリンを認識するナミアゲハの味覚受容体遺伝子を手にすることができた。
RNA干渉(RNAi)で味覚を阻害
遺伝子のはたらきを調べるには、その遺伝子のメッセンジャーRNAの発現を阻害する二本鎖RNA(dsRNA)を生体に導入するRNA干渉(RNAi)がよく使われる。鱗翅目昆虫では、dsRNAの注射によって遺伝子の発現量を抑えることはできるが、その効果が持続せず、この方法は難しいとされてきた。
しかし私たちは、ナミアゲハ7TMPの発現量がピークになる前にdsRNAを導入し、発現レベルが低い状態にすれば、阻害効果がでるのではないかと考えた。そこで成虫だけでなく蛹からもふ節を取り出し、日を追って7TMPの発現量を調べてみると、羽化前日の蛹で発現量がピークとなることがわかった。
そこで、羽化日を0日として-1, -3, -5, -7, -9日の蛹にdsRNAを注射で導入し、羽化直後の発現量を調べてみた結果、蛹化後の早い時期にdsRNAを注射するほどこの遺伝子の発現を効果的に抑制できる事がわかった。
しかし、蛹化後早い時期は体が柔らかく、注射によるダメージが大きいので、蛹の死亡率がやや高まる。十分な遺伝子発現抑制効果は得られ、蛹の死亡率は低い時期として、羽化5日前が最良と考え、以後のRNAi実験では、羽化5日前の蛹にdsRNAを注射した。
シネフリンに未反応、産卵せず
次に、RNAi法を用いて7TMP遺伝子の発現を阻害したチョウの前脚を用い、電気生理学的解析を行った。感覚子にある神経細胞(ニューロン)が認識する化合物で感覚子を刺激すると、中枢系へ送られる電圧が変化(神経発火)するという事実を利用した。
シネフリン受容体であるナミアゲハ7TMPの発現をRNAiで抑制すれば、シネフリンによる刺激で観察される神経発火が減少するはずである。実際にRNAi処理を施したアゲハチョウ(RNAiチョウ)の前脚では、シネフリンによる刺激に対してだけ神経細胞の応答が有意に減少した。
正常なチョウは、葉にとまるとドラミングの直後に腹部を曲げて、プラスチックの葉に卵を産みつけて、飛び去る行動を繰り返す。一方、RNAiを受けたチョウは、飛翔・プラスチックの葉への着地・ドラミングまでは正常なチョウと同様であるが、その後ドラミングを長時間行うが、卵を産まずにいったん飛び去る。しかし、気になるのか、戻ってきてまたしつこくドラミングするが、結局産卵しないで飛び去る様子が観察された。
参考HP JT生命誌研究館 アゲハチョウの味覚受容体
アゲハチョウ (科学のアルバム) | |
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