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火星探査連続21回失敗
それにしても、火星には何かあるのだろうか?11月9日に打ち上げた、ロシアの火星探査機がまたエンジントラブルが発生して予定の軌道を外れてしまった。何と21回連続の失敗になりそうだ。多くの探査機が火星に向けて送り出されたが、ミッションの成功率は30%前後でしかないという。
火星の衛星フォボスから表土やバクテリアなどのサンプルを採取するロシアの火星探査機「フォボス・グルント」が中国初の火星探査機「蛍火1号」とともにモスクワ時間11月9日未明、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地からロシアのロケットで打ち上げられたが、予定の軌道に乗れない状態となった。
ロケットから火星探査機などを切り離した後、異常が発生したという。今後修復できるかどうかは不明。ロシアや中国の通信社が報じた。11月9日の新華社電は、ロシア当局者が「われわれにとって苦難に満ちた夜だ」と語り、打ち上げ失敗の可能性を示唆したと報じた。
ロシアはソ連時代の1988年、探査機を火星周回軌道に投入したが、フォボスの探査に失敗。1996年には打ち上げに失敗し、今回が1991年のソ連崩壊後初の火星への飛行となる。
その間、日本の「はやぶさ」が昨年、小惑星探ふぉ査を行うなどロシアは日米欧に水をあけられ、宇宙大国の威信をかけての打ち上げとなった。
フォボス・グルントは来年9月、火星周回軌道に到達。2013年2~3月にフォボスに着陸しサンプルを最大200グラム採取し、2014年8月にサンプル入りカプセルを地球に届ける計画だった。
火星周回軌道に到達した際には蛍火1号を分離。同機は着陸せずに火星の大気や地形を観測する。フォボス・グルントが歴代惑星探査機の中で最も重い13トン超なのに対し、蛍火1号は約115キロ。(毎日新聞 2011年11月9日)
火星の呪い
火星探査の失敗は、何もロシアだけではない。これまで、火星に向かった全ての探査機のうち、およそ3分の2が任務完了後に、あるいは開始前に何らかのトラブルを起こしている。日本が打ち上げた唯一の探査機「のぞみ」も有用な火星の探査を行うことはできなかった。欧州が打ち上げた周回機マーズ・エクスプレスは成功を収めたものの、着陸機ビーグル2は失敗に終わった。比較的成功率の高いアメリカの火星探査機でも19機もうち5機が故障を起こしている。
これらの失敗は、明確な原因が不明なまま失敗したり通信を絶ったものも多い。研究者の中には、冗談半分に地球・火星間の「バミューダ・トライアングル」とか、火星探査機を食い物として生きる「大いなる宇宙の悪霊」などに言及するものもいるほどであり、この現象は「火星の呪い」としても広く知られている。
それにしてもロシアの21回連続の失敗はすごい。Wikipediaによると次のような記録がある。
1.命名無し - 1960年10月10日
2.命名無し - 1960年10月14日
3.命名無し - 1962年10月24日打ち上げ、地球軌道上で爆発。
4.命名無し - 1962年11月4日
5.命名無し - 1969年3月27日
6.命名無し - 1969年4月2日
7.コスモ419号 - 1971年5月10日
8.ゾンド計画
9.ゾンド2号 - 1964年11月30日打ち上げ、火星に向かうが通信途絶。
10.マルス計画 (Mars)
11.マルス1号 - 1962年11月1日打ち上げ、火星へ向かうが通信途絶。1963年6月19日に火星から 19万3000 kmを通過と推定。
12.マルス2号 - 1971年5月19日打ち上げ、11月27日にマリナー9号に次いで火星周回軌道に入る。着陸機を投下するが墜落。しかし火星に到達した最初の人工物となった。
13.マルス3号 - 1971年5月28日打ち上げ、12月2日に火星周回軌道に入る。着陸機を投下して初めて着陸に成功。しかし砂嵐が起こっており、着陸後20秒で通信途絶した。
14.マルス4号 - 1973年7月21日打ち上げ、火星周回軌道投入に失敗し、1974年2月1日に火星から 2200 kmを通過。
15.マルス5号 - 1973年7月25日打ち上げ、1974年2月12日に火星周回軌道に入るが、直後に通信途絶した。
16.マルス6号 - 1973年8月5日打ち上げ、1974年3月12日に火星周回軌道に入る。着陸機の軟着陸に成功したが1秒で通信途絶。
17.マルス7号 - 1973年8月9日打ち上げ、6号より早く1974年3月9日に火星に到達したが周回軌道投入に失敗。接近時に着陸機を投下したが、到達できなかった。
フォボス計画 (Phobos)
18.フォボス1号 - 1988年7月7日打ち上げ、火星に向かうが9月2日に通信途絶。
19.フォボス2号 - 1988年7月12日打ち上げ、1989年1月29日に火星周回軌道に入る。火星の太陽面の反対から酸素が流出していることを発見したが、衛星フォボスの調査はならず、3月27日に通信途絶。
20.マルス96 - 1996年11月16日打ち上げ失敗。
21.フォボス・グルント (Phobos-Grunt) - 2011年、中国の蛍火1号と共に打ち上げ後エンジントラブル。
火星探査もうすぐ8年「マーズ・ローバー」
一方、予想以上に活動を続けているのが、米国のマーズ・ローバー、オポチュニティ (Opportunity)である。オポチュニティはアメリカ航空宇宙局 (NASA) の火星探査車で、マーズ・エクスプロレーション・ローバープログラムで使用された2台の探査車のうちの2号機である。
2004年1月25日午前5時5分 (UTC) に、火星のメリディアニ平原に無事着陸した。このちょうど3週間前には1号機のスピリットが平原の反対側に着陸していた。これらの探査車の名前は、NASAが主催した学生のエッセイコンテストで最優秀賞を取った9歳の女の子の案によるものである。
探査車は、NASAが想定した耐用期間の10倍以上が過ぎた2011年 11月現在も性能を維持したまま活動を続け、火星の地質学的な分析を行っている。一週間ごとの活動の状況は、NASAのジェット推進研究所のウェブサイトで見ることができる。
当初は、オポチュニティの活動は90Sol(火星日)間が予定されていたが、何度も延長が繰り返され、2006年11月17日をもって、1,000火星日に達した。オポチュニティは最初に火星に着地した時、たまたま平坦な場所ではなくクレーターの中に着陸したが、土壌や岩石のサンプルの調査、風景の撮影などを行うことができた。この時のサンプルの分析結果より火星の表面に赤鉄鉱が存在することが明らかになり、過去に水が存在していたという仮説が生まれた。
この調査を行った後、オポチュニティはエンデュランスというクレーターを目指して走行し、2004年の6月から12月までここで再び調査を行った。自らの耐熱装甲が捨てられた場所の近くで隕石を発見し、この隕石はヒート・シールド・ロックという名前で知られるようになった。
2005年の4月末から6月始めにかけて、オポチュニティは走行困難な砂丘に突入し、いくつかの車輪が砂に埋まってしまった。6週間以上に渡って、地球上で実験を繰り返し、機能を失わずに脱出するための策が検討された。数センチレベルの緻密な作戦によって、オポチュニティは何とか脱出に成功し、走行を続けることができた。
オポチュニティは2005年10月から2006年3月まで、南方のビクトリア・クレーターを目指したが、その途上でエレバスという大きくて浅いクレーターに立ち寄った。この間に、アーム部分にいくつかの機械的な問題を抱えた。
2006年の9月末、オポチュニティはビクトリア・クレーターの外縁部に達し、外縁に沿って時計回りに探査を続けた後、2007年9月から2008年8月末まで、クレーターの内部を調査した。2008年9月には、オポチュニティがビクトリア・クレーターを出入りする際にできたわだちの写真が公開された。(Wikipedia)
参考HP Wikipedia マーズ・エクスプロレーション・ローバー 火星探査機
図解 火星探検―火星人から生命探査まで | |
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恐るべき旅路 ―火星探査機「のぞみ」のたどった12年― | |
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