報道写真家から

我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか

(10)カンボジアの地雷 余話

2005年02月14日 18時52分56秒 | ●カンボジアの地雷
 カンボジアの屋台などで食事をしていると、松葉杖をついた人や手作りのボロボロの義足をした人が近づいてくることがある。観光客へ、いくばくかの施しを求めにくるのだが、実は、カンボジアの地雷被害者への義足の供給率は、ICRC(国際赤十字協会)等の努力によって、ほぼ100%に達しているのだ。いや、だからといって、彼らが観光客を欺いているとは、思わないで欲しい。そのくらいのささやかな生きる工夫は許されたい。カンボジアでは健常者でさえ仕事がないのだから。

 公式な資料では、カンボジアの失業率は「不明」「データなし」となっている。それが最も的確な表記だろう。中には数字を挙げているものもあるが、その数字は見事にばらばらだ。30%から2.8%まで。カンボジアの失業率が2.8%というのはどうかと思うのだが、しかし、その数字が事実を反映していないと言うこともできない。絶対的なデータ調査の方法などはないのだから。たとえば、仕事のない人が仕方なく屋台を営んでいる行為を「失業」と見るか、「就業」と見るかは調査者次第となる。しかし、データなど取りようがない状態「不明」というのが、カンボジアの現状を最もよく表していると思う。

 カンボジアについては、地雷以外について調べたことはなかったのだが、今回カンボジアの状況について少し調べてみて、気になることを発見した。土地問題だ。

 法的な土地の登記をしているカンボジアの農民は、全体の10%しかいないらしい。そして農民の土地が、権力者や資本家によって大規模に騙し取られているという報告がある。土地を詐取された農民は、小作農となるか、都市に流れるしかない。いずれにしろ、ぎりぎりの生活しかできず、カンボジアの貧富の差を急速に拡大しているという。

 戦争、紛争が終わっても、それだけでは決して平和とは言えない。国民が安寧に暮らせなければ何の意味もない。たいていの場合、戦争や紛争の終結は、貧困や飢餓という新たな攻撃の始まりを意味している。カンボジアでは、権力者や資本家が、農民の土地を騙し取り、農民を貧困の縁へと追いやっている。カンボジアの人口の約7割が農民だ。貧困は戦争と同じく国民生活を大規模に破壊する。戦争や紛争の終結後、国民が経済的な安定を遂げた例を、僕はほとんど知らない。

 貧困の根本的な解決の手段のひとつは、土地所有なのだが、なぜか国際機関はこの問題には決して手をつけない。国際機関は、大土地所有を野放しにし、貧富の差の拡大を促進しているようにしか見えない。僕には、国際機関は本質的な世界の貧困の解決を望んでいるとは思えないのだ。

 国際的なコンセンサスとして「貧困撲滅」が叫ばれているが、国際機関のしていることは、実際にはまったく正反対の「貧困の加速化」にしか見えない。世界規模の貧困の撲滅とは、すなわち世界の富裕層の没落を意味するからだ。