報道写真家から

我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか

タイ・マジック

2007年01月25日 00時21分10秒 | ■時事・評論
昨年9月、タイの政変によって、首相の座を追われたタクシン・シナワット氏が日本を訪れている。日本のメディアとのインタビューで、タクシン前首相は、タイの「民主主義」を早期に回復しなければならないと発言している。

「クーデター」というのはとても便利な言葉だ。
非合法、政治的未成熟、思慮の欠如、暴力など、ネガティブな印象を与える。こうした用語は、時として事実の検証や分析の過程をないがしろにして、イメージだけを植えつける効果を持つ。
たとえば、
「タイでクーデター、軍が全権掌握 憲法停止、戒厳令布告」
「タイ・クーデター、民主化の後退を懸念 ASEAN各国」
「米政府、タイのクーデターに”失望”」
という見出しが新聞やニュースサイトに氾濫すれば、たいていの人はタイで非常に悪いことが起こったという印象を受ける。

すでに、「タイ」と「クーデター」という言葉の組み合わせは、暫定政権に対する批判的要素を含んでいるように感じるので、ここでは「政変」と表記する。
政変:政治上の変動。特に、政権の急激な交替や統治体制内の大がかりな変化。
クーデター [coup d'tat]:既存の政治体制を構成する一部の勢力が、権力の全面的掌握または権力の拡大のために、非合法的に武力を行使すること。国家権力が一つの階級から他の階級に移行する革命とは区別される。



昨年のタイの政変に際して気になるのは、やはりアメリカ政府の反応だ。
スノー大統領報道官は政変の当日、「クーデターには失望した」と発言している。ケーシー国務省副報道官も「タイの民主主義の後退だ」と発言。アメリカ政府のこうした発言は、アメリカの国益が損なわれたか、損なわれつつあることを意味している。たいていの場合、こうした表現は当該国に対する婉曲的な恫喝だ。また、各国政府、メディアに向けたメッセージでもある。アメリカ政府の意向を「正しく」理解し、協力することを求めている。
アメリカにとってタイの政変はどんな不都合があったのか。

タイ暫定政府は、12月18日に資本規制策を発表した。
その内容は、海外から流入する為替取引などの資金は、その30%を一年間タイ国内に保留しなければならない、というものだ。ただし、貿易などの実需は除外している。
為替取引などの資金は、出入りが激しく長くは国内に留まらない。また、ほんの少しの不安要素や単なる風評でも、すぐに引き揚げてしまう。実体経済にはあまり貢献しないマネーだ。資本規制策は、タイに流入するそうした資本の一部を、強制的にタイにとどめようという措置だ。
資本規制発表は、まさに「不安要素」となり、タイの株価が暴落した。メディアでは「タイ暫定政府と中央銀行の政策運営能力を疑う」という論調が体勢を占めた。

年が明けた1月9日には、暫定政府は「外国企業」の定義を改訂した。
タイの外国人事業法では、外国人の持ち株比率が50%を超えることは認められていない。しかし実際は、タイ人名義の優先株を発行して表面上の持ち株比率を下げて、事実上は外国人が経営権を握るという手法が慣例化していた。今後は、そうした手法は使えなくなる。日米欧豪で組織するタイ外国商工会議所連合は、この措置に反対を表明。
外国人事業法改正の発表の際も、タイの株価は下落した。
※優先株とは、配当に対して優先権をもつ反面、経営参加権が与えられていない株式のこと。

1月17日、タイ中央銀行は、株価の下落などを受けて、資本規制をいくぶん緩和する方針を明らかにした。しかし、緩和は長期資金に対してだけ適用され、1年以内の短期資金の規制はひきつづき行われる。投機目的の短期資金は、あくまで制限する方針なのである。


タイ暫定政府が外国資本と外国企業の規制を次々と行う背景には、1997年にアジアを襲った通貨危機・経済危機での強烈な教訓があるように思う。そしてそこに今回の政変の目的もあるのではないか。

1997年7月、タイバーツが突然暴落した。その原因は外国の投機筋にバーツが狙い打たれたからだ。タイ政府に打つ手はなく、1ドル25バーツだったレートが、数週間で1ドル59バーツまで下落した。そして、タイにはじまった通貨危機は、アジアに波及し、ついにアジア全体の経済危機を招いてしまった。半世紀かけて成長してきたアジアの産業の大部分が甚大な被害を受けた。倒産と失業、食料や燃料の高騰などによって、多くの人々の生活が貧困の縁に追いやられた。
そして、経済危機に乗じて介入してきたIMF(国際通貨基金)は、タイ、インドネシア、韓国に対して、負債を抱えた現地企業を外国に売り払うよう要求した。アジアの多くの企業が外国資本に買い叩かれた。

このタイの通貨危機を招いた根本的な原因は、アメリカの要求した金融市場の自由化、規制撤廃にあった。金融の自由化によって流入した外国資本によって、確かにタイ経済は成長した。しかし、バーツが投機筋に狙い打たれて暴落すると、こうした外国資本は波が返すようにタイから逃げ去ってしまった。そのため通貨危機は、大規模な経済危機にまで拡大していった。あのとき外国資本がタイに踏みとどまっていれば、経済危機の被害はそれほど大きくはならなかったと分析されている。
なぜ、タイから外国資本があっという間に消えたかというと、それらのほとんどが短期資金だったからだ。短期資金は、利益をもたらしそうなところを見つけるとじゃんじゃんやってくるが、その反面、単なるうわさにでも過剰反応して逃げるほど臆病な資本でもある。そのような不確かな外国の資本に国家の経済成長を頼っているとしたら、それは国家の安全保障に関わる。97年の通貨・経済危機は、そういう教訓をタイに与えた。

長期資金は良くて、短期資金は悪い、というわけではない。しかし、流入してくるのが臆病な短期資金ばかりでは、いつまた通貨危機が発生するかもしれない。どうしてもアジア諸国の通貨は弱い。巨大な投機筋に狙われたら、防衛はほぼ不可能だ。短期資金を規制するという暫定政府の政策は、理にかなっている。

タイ暫定政府は、この脆弱なアジアの通貨を防衛するために、「共通通貨バスケット」制度の導入も検討していると発表した。これは、計算上の「共通通貨」を作り、それに各国の通貨を連動させるというものだ。変動相場制と比べて安定性・危機対策の点でメリットがあるとされている。

さて、こうした一連の、暫定政府による政策を概観すれば、これらがタイの経済や産業、通貨を外国資本や外国企業から防衛するための政策であることがわかる。
メディアは株価の下落を受けて「タイ暫定政府と中央銀行の政策運営能力を疑う」などと報じるが、まったくのお門違いである。

政変で失脚したタクシン前首相は、市場の自由化と外国資本の積極的な導入でタイ経済を急成長させた。97年の通貨・経済危機で大ダメージを受けたタイ経済を復活させた手腕は見事だと言える。しかし、タクシン政権の押し進めた外国資本による急激な経済成長の終着点は、結局、タイ経済と産業のさらなる外国による占領だろう。今回の政変はそれを一気に止めた、と考えることができる。

「政変」という形で権力が移行し、暫定政権は国際的非難を浴び続けているが、そんなことはすべて最初から計算済みなのではないかと思える。政変という形をとったのは、小国が敵に回すには、相手はとてつもなく巨大だったからだろう。通常の手続きではとても太刀打ちできないと考えたのではないだろうか。中東で15万の部隊を展開し、60万もの人々を殺戮するような連中なのだから。

巨大な相手の眼を眩ますには、豪快なマジックが必要だったのだ。
タイの民主主義は決して後退などしていない。




タイでクーデター、軍が全権掌握 憲法停止、戒厳令布告http://www.asahi.com/special/060921/TKY200609200141.html
タイ・クーデター、民主化の後退を懸念 ASEAN各国http://www.asahi.com/special/060921/TKY200609200410.html
米政府、タイのクーデターに「失望」
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20060921AT2M2100W21092006.html
タイ政府「資本規制は妥当」 メディア、外資は政策能力に疑問符
http://www.newsclip.be/news/20061223_008621.html
タイ政府、「外国企業」の定義見直し 相次ぐ規制強化
http://www.asahi.com/international/update/0109/021.html
「新たな通貨制度が必要」 バーツ高騰でタイ中央銀総裁
http://www.asahi.com/business/update/0106/006.html
タイ、「不自由」に格下げ 米人権団体報告
http://www.newsclip.be/news/2007118_009179.html
「帰国し和解に協力したい」 タイ前首相、現政権語る
http://www.asahi.com/international/update/0123/011.html
タクシン氏に聞く 暗殺の恐れ、今は帰らず
http://www.sankei.co.jp/kokusai/world/070124/wld070124001.htm
「タイ、”不自由”に格下げ 米人権団体報告」
http://www.newsclip.be/news/2007118_009179.html

2007新年

2007年01月01日 03時15分08秒 | 報道写真家から



年がかわる数時間前に、タイ在住の友人から、日本のテレビでタイのニュースをしていないか見て欲しいと電話があった。
いそいでチャンネルを変えると、「バンコクで連続爆発」というニュースが流れていた。
戦勝記念塔やショッピングモールなど6ヶ所で、ゴミ箱などに爆弾が仕掛けられていたようだ。
この時期にバンコクで爆弾が炸裂するとは、予想もしていなかった。
友人は、タイの地方に出ていて、海外よりも情報が入りにくいため僕に電話してきたのだった。

タイ警察は、海外のグループやタイ南部のイスラム教徒の犯行ではないと判断している。
これは明らかに、タイの臨時政府に対する示唆行為だが、昨年9月のタイの政変に際して「民主主義の危機だ」と強い懸念を表明していたのは、どこの誰だったろうか。
彼らは、ベネズエラのチャベス大統領に対しても「民主主義への脅威だ」と表現している。
彼らが民主主義の擁護を口にするとき、必ず不穏当なことが発生する。

チャベス大統領は民主主義への脅威ではないし、タイの政変も民主主義の危機ではない。
しかし、どこかの誰かにとっては、チャベスやタイの臨時政府はとても都合が悪いということだ。