報道写真家から

我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか

タクシン前首相、マンC買収の意味

2007年09月11日 21時36分40秒 | ■時事・評論
イギリスで「亡命生活」をしているタクシン前首相は、7月にイギリスのプレミアリーグ所属のチーム、マンチェスター・シティ(マンC)を約200億円で買収した(株式の75%を取得)。

タクシン氏は首相時代の2004年にも、プレミアリーグのリバプールの買収に意欲をみせた。しかし、買収資金の一部を公金(宝くじの収益)で賄おうとしたため、タイ国民を呆れさせた。英国メディアも外国人によるチーム買収に批判的であり、結局話は流れた。今回のマンC買収で、またもタイ国民を呆れさせたが、英国民や英国メディアからの拒絶反応はなく、買収は成立した。

そうした中で、国際人権擁護団体は一貫して、タクシン氏によるサッカー・チーム買収に異議を唱えてきた。ニューヨークに本部を置く人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は、タクシン前首相によるマンC買収に異議を申し立て、プレミアリーグに対して再考するよう促がした。

HRWは、タクシン前首相による人権侵害を告発し続けており、「最も悪質な人権侵害者」と表現している。そのような人物を、国際的人気のあるサッカーリーグの「適格者審査」にパスさせるべきではない、と主張した。

HRWによるタクシン前首相告発の内容は以下の三つに要約される。

・2003年のタクシン政権下での「対麻薬戦争」において、始めの3カ月間で2,275人が殺害された。タクシン前首相はこの不法な殺害の指揮を取っていた。
・タイ南部での反乱抑圧にあらゆる手段を使うよう、タイ軍に命じた。
・タイのメディアに対して弾圧をおこなった。

特定の犯罪の取締りにおいて、三ヶ月間で2000人以上もの容疑者が死亡するというのは異常だ。公権力による「処刑」であったと指摘されるのも当然だろう。たとえ麻薬ビジネスにかかわったとしても、裁判を受ける権利を剥奪され、その場で処刑されていいことにはならない。しかも、その中には無実の人々も含まれているとHRWは伝えている。この残忍な「対麻薬戦争」という名の虐殺を指揮統括していたのが、タクシン前首相だ。この2000人の死の真相と責任の所在は明らかにされなければならない。アムネスティ・インターナショナルも、HRWと多くの点で意見を共有している。

プレミアリーグは世界で最も古い歴史を持ち、現在、世界で数億人(ウィキによると10億人)が視聴している人気リーグだ。そのリーグに所属するチームを所有するということは、非常に特殊な名誉であると言える。金さえ払えば誰でも買えるというものではなく、選ばれた者だけに与えられえる栄誉だ。

HRWの告発に対して、プレミアリーグは「厳格な”適格者審査”をパスしており、何の問題もない」と一顧だにしていない。「リーグの”適格者審査”の規定は、いかなる会社法の規定よりもすぐれており、イギリスのいかなる産業のそれと比べても厳格である」と。

プレミアリーグは世界の数億人に対して、タクシン前首相は「潔白」であると宣言したも同然なのだ。重大犯罪の嫌疑のかかっている人物には、あまりにも不適切な判断だと言える。有罪になるまでは無罪だが、無罪が証明されるまでは特別な栄誉は保留されるべきだ。誰も抗議しなければ、その罪を不問にしてしまう惧れさえある。HRWはそのことを危惧している。

しかし不可解なのは、イメージに敏感であるはずのスポーツ団体が、HRWの主張を一顧だにしていないことだ。世界で数億人が視聴するリーグであれば、なおさらである。本来なら「虐殺、人権侵害、言論弾圧」という重大な嫌疑がかかっている人物を参加させるはずがない。もし後に有罪になれば、リーグのイメージを著しく損なうことになる。にもかかわらず、プレミアリーグは、自信をもってタクシン前首相を迎え入れた。まるでプレミアリーグは、タクシン前首相が決して有罪にはならない、ということを知っているかのようだ。

そもそもタクシン前首相を取り巻く状況は、一スポーツ団体の判断のレベルを超えているように思う。それをいとも簡単に結論を下したということは、別なところからお墨付きを得ているとしか思えない。もっと高度な政治的レベルで、すでに判断は下されており、プレミアリーグはその判断に従っただけなのだろう。適格者審査も形だけのものだったに違いない。

タクシン前首相は失脚直後から、世界のメディアによって、「軍事政権と戦う、民主主義の擁護者」として扱われている。プレミアリーグ同様、世界のメディアにとっても、何をどう報じるべきかは、あらかじめ別のレベルで決定されている。世界の主要メディアが、判で押したように同じ報道しかしないのはそのためだ。独自の判断はメディアには与えられていない。

たとえば世界のメディアは、ベネズエラのチャベス大統領や東ティモールのマリ・アルカテリ前首相、そしてタイ暫定政府は民主主義を踏みにじる「悪」としてしか描かない。逆に、チャベスを攻撃するRCTV(ベネズエラのTV局)やマリ・アルカテリを引き摺り下ろしたシャナナ・グスマン(現東ティモール首相)、そしてタクシン前首相は民主主義のために戦う「善」としてしか描かない。そこから逸脱した報道など見たことがない。

要するに先進国の利益に忠実な代表者は国際社会で厚遇され、国民の利益を少しでも守ろうとした代表者は徹底的に攻撃される。そういうことだ。

象徴的な事例は、スハルト元インドネシア大統領だろう。彼は、1998年までの30年間インドネシアの元首として君臨していた。その間に彼が築いた資産は推定1兆8千億円。ファミリー全体では8兆円とも。そのスハルト氏はいま何をしているだろうか。彼は被告の身だ。ただし、高齢と病気を理由に公判は停止されている。30年間君臨した大富豪のスハルト元大統領は、なぜ被告席にいるのだろうか。汚職や不正蓄財といった罪状は茶番だ。

スハルト元大統領は、先進国の忠実な利益代表者だった。だからこそ30年間も君臨できた。しかし、アジア通貨危機の最中の1998年に暴動が発生すると、何の策もとらずたったの一週間であっさりと辞任した。

1997年にはじまったアジア通貨経済危機に際して、スハルト大統領はIMFの融資を受け容れた。しかし、ワシントンやIMFが強要する理不尽な経済政策の履行を突っぱねた。大規模暴動が発生したのはその数ヵ月後だ。この暴動はワシントンとIMFからの「返礼」であった。そのことを悟り、スハルトは辞任した。辞任しなければおそらく命はなかっただろう。もともと国民からは愛想をつかされおり、そうなっても誰も気にしなかったに違いない。

先進国の利益代表者であり続ける限りにおいて、絶対的地位を保障される。しかし、たとえ30年間忠実であったとしても、一度でも逆らえば、一瞬にして被告の身に落ちる。スハルト元大統領は見せしめであり、裏切りの罪は死ぬまで許されないだろう。

スハルト元大統領の長期政権に比べると、タクシン前首相の在任期間はほんの5年ほどだ。したがって、その貢献度はたいして大きくはなかったはずだ。にもかかわらずタクシン前首相は、国際社会の最も目立つ位置で厚遇されている。アンチ軍政の象徴として、世界の数億人にアピールすることの効果が期待されているのだ。

逆に言えば、現在タイで進行していることは、先進国の利益を侵害する重大事件だということだ。タイ一国の利権はそれほど大きくはないだろう。しかし、アジア全体となると話は違う。もしタイが外国企業や外国資本を大幅に規制すれば、通貨危機以前のような経済成長をするだろう。そうなれば、他のアジア諸国にも外資規制が伝播するだろう。

通貨危機以前のアジアは、外資と関係なく成長し続けていた。「タイガー・エコノミー」「世界経済の成長センター」などと絶賛されていた。そこに外資が割り込んで、アジア経済を破壊し、乗っ取ったのだ。もともとアジアには外資など必要なかった。

もしタイが外資規制に成功し経済成長すると、アジア諸国は次々と外資規制をするかもしれない。先進国の企業や金融資本にとっては恐怖のドミノ倒しだ。先例を作ることは命取りなのだ。なんとしてでもタイの試みを叩き潰そうとする。

ただし、スハルト政権に対するような、強引な手段はタイでは使えない。スハルト政権は国民から疎まれていたので、手っ取り早い手段が使えた。しかし、タイの暫定政府は国王から承認されている。国王の判断を批判するタイ国民はいない。したがって、暫定政府に対する攻撃は遠回りな持久戦を展開するしかない。その中でも、バーツ高は大きな効果を発揮し、暫定政府の支持率は確実に低下している。

こうした流れのなかで、反軍政の象徴であるタクシン前首相には、破格の特別待遇が与えられた。マンCの買収は、広告塔としての役目だけでなく、忠誠心への褒美であり、あらゆる犯罪行為に対する免罪符でもある。





HRW concerned about Thaksin’s ownership in Premier League Team,
Manchester City
http://hrw.org/english/docs/2007/07/31/thaila16544.htm
Amnesty International
Thailand: Memorandum on Human Rights Concerns
http://web.amnesty.org/library/index/engasa390132004
A fit and proper Premiership? BBC Sport
http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/football/teams/m/man_city/6918718.stm
権利擁護団体、タクシン前首相の対麻薬政策を批判
http://www.janjan.jp/world/0708/0708221146/1.php
タイ首相のリバプールの株取得で英のファン猛反発
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200405121130193
英国サッカーチーム買収資金の出所調査
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=3231
新しい考え + 新しい行動 = 新時代の汚職
http://homepage3.nifty.com/jean/Papers/Old/2404_06/240511-20.html
米団体、「タクシン氏はマンCのオーナーに不適切」
http://72.14.235.104/search?q=cache:4LVAwSaOm7kJ:news.goo.ne.jp/article/reuters/sports/JAPAN-271746.html+%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%80%80%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%84%E3%80%80%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%83%E3%83%81&hl=ja&ct=clnk&cd=3
タイ資産調査委、タクシン前首相ら一族の銀行口座を凍結
http://www.nikkei.co.jp/news/past/honbun.cfm?i=AT2M1101O%2011062007&g=G1&d=20070611


「麻薬撲滅戦争 - より厳しく」
http://homepage3.nifty.com/jean/Papers/Old/2301_03/230301-10.html
麻薬戦争による死亡者に関する調査特別委員会を設置
http://thaina.seesaa.net/article/51418960.html
タイ検察タクシン前首相を起訴
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/asia/58243/
タイ前首相夫妻に2件目の逮捕状、証取法違反容疑
http://www.newsclip.be/news/2007903_015082.html
タイ:人権弁護士「失踪」とタクシンのつながり
http://www.janjan.jp/world/0611/0611164829/1.php
資金洗浄容疑でタクシン前首相を告発か 2007/08/31
http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=3253
タクシン夫人の土地疑惑でプリディヤトンを被告側証人として請求
http://fps01.plala.or.jp/~searevie/new_page_2.htm#


タクシンの言論弾圧
http://www7.plala.or.jp/seareview/newpage24genron.html
タイ報道界が首相に「全面戦争」布告 言論の自由守ると挑戦状
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200510291120406
タイ新聞各紙、言論の弾圧に反発(2005 07 22)
http://www.janjan.jp/world/0507/0507280115/1.php
タイで辛口のトーク番組を突然打ち切り 地元メディアは猛反発
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200510031434301


RCTVとベネズエラにおける言論の自由
http://agrotous.seesaa.net/article/44475747.html
クーデターに加担 問われるメディア 放送免許更新めぐり論争
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-02-07/2007020706_01_0.html