報道写真家から

我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか

タリバーンのアフガニスタン(3)

2005年01月04日 10時36分37秒 | ●タリバンのアフガン
『 タリバンは訳が分からない狂信的集団のように言われますが、我々がアフガン国内に入ってみると全然違う。恐怖政治も言論統制もしていない』  (ペシャワール会・中村哲氏発言より)

──前線──

「タリバーンの取材許可は取らなくていいのか?」
 前線に向かう車の中で、通訳のサレザイ氏に訊いた。
「現地で、取る」と彼は答えた。ちょっと不安がよぎった。そういうものは、どう考えても事前に取っておくべきものだ。彼が、タリバーンと太いパイプでもあるならいざ知らず。それどころか、彼はタリバーンを極度に避け続けていた。
 彼は外交官としての教育と訓練を旧ソビエトで受けていた。つまりソビエト支配時代の傀儡政権の国家公務員だった。タリバーン政権になってからも、そのまま同じ職場で働いているが、少々肩身の狭い環境にある。彼が必要以上に、タリバーンを避けるのはそういう事情があるようだ。
 しかし、逆に考えれば、タリバーンはけっして排他的狂信的な集団ではないとも言える。

 前線のチャリカールまで、北へ一直線の道が続いていた。
 途中、タリバーン軍の小規模な陣地がいくつか点在していた。陣地での検問は問題なくクリアーできた。順調に北へと走った。平坦な地形で、はるかかなたまでよく見渡せた。
 あと数キロで前線というあたりで、前方に小さな爆発が見えた。道路わきに車を止めて様子をみた。さらに数度、爆発がおこった。
 前方から、一台の乗用車がやってきて、我々のところで停車した。数人のタリバーンの兵士が乗っていた。タリバーンは車から降りてきて、通訳のサレザイ氏に、なにかどなった。ちょっとまずい。
「”こんなところで何をしている。すぐにうせろ”と言っています」
 とサレザイ氏は言った。タリバーンの剣幕に交渉の余地はなかった。
 車に乗る前に、前方の風景を撮った。荒野の一本道で、何の変哲もない風景だが、去る前に一枚くらいは「前線」を撮っておこうと思った。シャッターを切った瞬間、タリバーンの兵士が銃を構えて、僕に突進してきた。目が怒りで燃え上がっていた。ものすごい勢いだった。車のドアがちょうど盾になったおかげで、兵士の突進を防いだ。僕は両手を高く上げて、腰から車に滑りこんだ。サレザイ氏もドライバーも、車に飛び込んだ。
 ドライバーが車をUターンさせたとき、前方300メートルくらいの地点で、大爆発が起こった。砲弾かロケット弾か?かなり巨大な爆発だった。撮りたいと思ったが、ここでシャッターを切ったら、今度こそ本当に、ただではすまないかもしれない。タリバーンはマスード軍(北部同盟)の攻撃に、退却してきたのだ。かなり殺気立っていた。撮影はあきらめた。
 しかし、なんのかんのと言っても、やはり目の前で起こっていることは撮りたいというのがカメラマンの本能だ。いまでも、少し悔しい写真だったと思っている。しかし、一か八かで写真を撮るものではない。

 カブールへもどる途中のタリバーンの陣地で、兵士を乗せるよう命令された。若い兵士三人がタクシーに乗り込んできた。後部座席に男が4人。しかもカメラバッグに彼らの武器もあるので、かなり窮屈だった。三人の若い兵士は、しばらくして居眠りをはじめた。かなり疲れているようだった。前線での生活が長かったのかもしれない。三人とも精悍な顔つきで、瞳は透き通るように澄んでいた。
 次の、タリバーンの陣地で止まったとき、陣地の兵士と車内の三人の兵士が口論をはじめた。陣地の兵士は、三人を車から降ろそうとした。三人は、激しく怒り抵抗した。数分間、激しい口論が続いたが、陣地のタリバーンはあきらめ、我々の車を通した。
 その次の陣地でも、また同じことが起こった。若い三人を車から引き摺り出そうとした。しかし、三人も激しく怒鳴り、車から降りようとはしなかった。陣地のタリバーンはサレザイ氏にも、何か激しく怒鳴っていた。サレザイ氏も必死で何かを説明していた。
 タリバーンの兵士に車を囲まれ、外と内とでどなり合いが続いた。いったい何がどうなっているのか、僕にはさっぱりわからない。ただ、誰も僕には関心がなかったようだ。僕だけが、窮屈な姿勢でポツンと放って置かれた。何のためにここまで来たのか。陣地のタリバーンは怒り狂っていたが、なぜか今回も最終的に車は通された。

「いったいどういうことなんだ?」
 と僕はサレザイ氏に訊いた。
「この三人は、休暇で国もとへ帰るところなのさ」
 つまり、彼らに休暇が許された直後、マスード軍の攻撃がはじまったということだ。戦闘がはじまったのに、前線を離れるとはどういうことか、と陣地のタリバーンは怒ったようだ。もっともな話だ。しかし、三人の若い兵士にしてみれば、正式に休暇が許されのだ。いまさら戻れるか、といったところだろうか。普通なら、敵前逃亡にあたるかもしれない。それでも、タリバーンは腕ずくで引き摺り下ろそうとはしなかった。

 サレザイ氏は、全員撃ち殺されると本気で思ったらしい。僕は、言葉が分からない分、冷静に状況を観察していた。陣地のタリバーンはかなり怒り狂ってはいたが、撃つほどの殺気はなかった。
 それよりも僕は、うんざりしていた。180ドルもの大金を使って、ここへ何をしに来たのか・・・。たった一枚、何の変哲もない風景を撮っただけではないか。そして、この大騒ぎだ。

 この日、僕は180ドルもの大金を使って、若いタリバーンの兵士三人を、前線からバスターミナルへと無事に送りとどけた。僕が、前線へ行かなかったら、当然彼ら三人は前線から出られなかっただろう。そういう意味では、価値のある180ドルだったのかもしれない。