ピカソの絵画の実物を拝観したことは無いが、彼の作品は幾つか知っている。
中でも、「ゲルニカ」は特に有名である。
昨晩、テレビを点けると、その「ゲルニカ」を取り上げていた。
ロシアのウクライナ侵攻とも重なり、つい、引き込まれて最後まで観た。
【ゲルニカ】
スペインの独裁者フランコ将軍が、ドイツのヒトラーに頼んでゲルニカ地方を空爆。
その時の現地ゲルニカの惨状を描いたものとされる。
恐怖と困惑する人々や動物が、手足がバラバラだったり、目や鼻の位置がイビツだったり、
それが奇妙な構成で、白黒の抽象画として描かれている。
私には、プーチンのロシア帝国拡大を目指す無謀な攻撃で、
ウクライナのブチャの虐殺やマリウポリの廃墟と化した市街などと重なって観えた。
ピカソはフランコ将軍の独裁を嫌い、故国スペインを捨て生涯を米国で過ごした。
「ゲルニカ」もピカソの意向で、ニューヨークにとどまった。
「ゲルニカ」がスペインのマドリードへ戻ったのは、
フランコ将軍が死んで、スペインが民主化されてからであった。
ブログはパソコンを開く度に覗いていますよ。
ここ2月近く家内の強度のギツクリ腰のため家事全般を担当していたので、コメントを書く余裕が持てませんでした。
県議選は投票率は低いでしたね。私は投票は皆勤賞です。
昔の気象観測の話、三隣亡の由来、英国女王在位70年でのビールの話、ピカソの話など興味深く読みました。
気象観測の話しは、海上保安庁時代の失敗談です。
卒業後、最初は第七管区の職場へ配属されました。
技術吏員(臨時雇い)として採用され、任官まで待てず、いずれ再就職をと考えていました。
2年ぐらい経った頃、電電公社が社員募集をしていることを知り、長崎無線へ入社したのです。
ところで、奥様のギックリ腰は大変ですね。
何とか早い回復を祈りつつ、お見舞い申し上げます。