般若心経

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2016-10-20 | Weblog
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柿は隔年結果といわれる果物で一年おきに豊作不作を繰り返します。今年我が家の柿は裏年です。

「春に散る」


 少し前のことになりますが、朝日新聞の連載小説 沢木耕太郎「春に散る」が終了しました。
505回にわたる連載でした。
『アメリカの国道一号線のマイアミからキーウエストに向かう車線を一台のタクシーが走っている。ヒスパニック系と思われるタクシーの運転手は、後部座席の東洋系の顔だちの初老の男にスペイン語なまりの強い英語で訊ねた。「あんたは金持ちかい?」』が書き出しです。
GoogleEarthで見てみると、この国道一号線はアメリカ東海岸を南北に走る幹線で、その南端はフロリダ半島先端から島伝いにアメリカ本土では最南端の島にあるキーウェストまで続いている220kmの海上道路です。主人公 元プロボクサーの広岡仁一は、アメリカを去るにあたり世界ボクシング界を席捲したキューバに最も近いキーウェストを訪ねることから物語は始ます。
 その後、日本に帰国した広岡を中心に昔のボクシング仲間 藤原、佐瀬、星の4人、ジムの現会長真田令子、不動産屋の事務員土井佳菜子、プロボクサーを目指していた若者黒木翔吾。
できればそうありたいと思う私の願望もあったかもしれません、毎日の展開を楽しみにしていました。

 朝日デジタル(2015年12月23日)のコピーをとっていました。
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春に散る:259

 橋を渡るあいだ、藤原は何も言葉を発しなかった。さまざまな思いが生まれては消えているのだろう。そっとしておこう、と広岡は思った。
 やがて白い家に着いた。
 車を降りた藤原は、初めてここを訪れたときの広岡と同じように前の道路に立ち、家を見上げてつぶやいた。
「凄(すご)い家だな……」
 そして、広岡と佳菜子のあとに続いて家の中に入った。
 玄関ホールから扉を開けて一階の居間兼食堂の広間に入り、神代楡(じんだいにれ)でできた長い木のテーブルを見ると藤原が声を上げた。
「おおっ!」
 その声には驚きと懐かしさとがないまぜになっているようだった。
 藤原が興味深そうに家の中を見てまわりはじめた。一階の、開け放たれている和室と洋室を眺め、さらにキッチンや洗面所ものぞいた。そして、広岡と佳菜子が立っているところに戻ると訊(たず)ねるように言った。
「ここで俺が暮らしてもいいのか」
「当たり前だ。おまえが来るので捜した家だ」
「ありがとう」

 いつもぞんざいな言葉づかいをする藤原からそのような丁寧な礼の言葉が出てきたことに、佳菜子がちらっと驚きの表情を浮かべたのが広岡に見てとれた。
 広岡たちが四十年以上前にジムの二階で合宿生活を始めたとき、会長の真田が言ったことがあった。
「この合宿所に規則を作るつもりはありません。ただ挨拶(あいさつ)だけは互いにしっかりしてください」
 そして続けて口をついて出てきたのが、まるで入学したばかりの小学生に対して言うような台詞(せりふ)だったことに驚かされた。
「おはよう、おやすみ。いただきます、ごちそうさま。行ってきます、ただいま。ありがとう、ごめんなさい。この八つの言葉が言えれば、集団生活は円滑にいきます。これだけは常に口にしてください」
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 「おはよう、おやすみ。・・・・・」
 五十年以上前のことですが、私が就職して初めて現場に配属になったときの所長の話と同じでした。そのときの所長の年齢はとっくに過ぎてしまいましたが、今でも毎年新入社員のニュースを聞くつどに思い出します。
「おはよう、おやすみ。・・・・・」は素直な心がなくては口にすぐ出てきません。またこの言葉は心を素直にする言葉です、と教わりました。

 先日、室戸市の遍路宿「蔵」に泊まったとき、お遍路の挨拶のことが話題になり、そのときふと所長のこととこの「春に散る」を思い出しました。