AWA@TELL まいにち

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報告書報告書報告書

2017年02月15日 | 日本語教育
さて、今年度も報告書に追い立てまくる時期。

これのおかげで、毎年どれだけ疲弊するか。

昨年度までは、あっちとこっちとそっちに同じ事業の報告書をそれぞれ違う文字数で提出するというようなことが続いたのですが、今年度はどうだろう。

今のところ、その連絡はないから、いいのかな、とドキドキ。それでも、A4で5枚程度の報告書の内容を100字にまとめろというのは来た。


これだけ追い立てまくると、もうやりたくない、と思っちゃうんだよなあ。

中間報告であったり、指定された学会での発表を義務付けられたりして、本来しなければならないと思うことに時間がかけられない。


今の時期も、実際は学校現場を回って様子をうかがって来年度の活動に活かしたり、ボランティアで頑張っている学生さんに個人面談のような形で話を聞いたりする貴重な時期なんだけど、まあ、できないだろうなあ、これまでと一緒で。


かかわっている教員が多ければ手分けもできるんだけど、それもできず。

書きたくない、と思っている今だからだろうけど、なんか、毎年、生産的なことをしてないよなあと思っちゃう。


この仕事が、大学として本当に重要な仕事だというなら、人をもっと付けてほしいし、報告書はともかく、もっと現場に向き合った活動を支える予算がほしい。

この仕事が、国として本当に重要な仕事だというなら、報告書やら学会発表やらに追い立てるんじゃなくて、もっと現場から出てきた意見で活動内容を決めさせてほしい。

最初に「これこれをやる」といわれてスタートしたプロジェクトだからとは思いつつも、そのプロジェクトに参画する前に、何の相談ももらえていなかっただけに、なかなか前向きになれません。


今のこのプロジェクトにかかわるようになってから、もちろん、学内のほかの仕事もあるのですが、ボランティアに行っている学生さんと話をすることが全くなくなってしまい、現場の先生方とお話をすることもなくなりました。
以前は、ボランティア学生さんの半数は顔と名前が一致していたのに、今は全くダメ。

これがこのプロジェクトの結果かと思うと、恐ろしくなります。

教員養成で学ぶ学生さんたちが、学校現場でどんなことを感じ、考えているのか、現場の先生方が何に困って、何を解決したいと考えていらっしゃるのか、表面的な付き合いでは社交辞令以上のものは聞き出せません。

私がこのプロジェクトを続けていくときに土台にするものが、その社交辞令で出てきた意見だとなると、近いうちに、必要とされない事業になってしまうでしょう。


そんなことを思いつつ、報告書の原稿を目の前に愚痴ってみました。


この国の10年後、20年後のため、

この国に暮らす人たちの10年後、20年後のため、

そんなたいそうなことを思っていないと、乗り越えられそうにないです。

今年、そしてプロジェクト最終年度の来年は。



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