言の葉綴り

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「失われた時を求めて」の世界③

2016-08-06 12:17:44 | 言の葉綴り
言の葉11の③「失われた時を求めて」の世界③

日経新聞 2013.3.31(日)朝刊
美の美 より抜粋

抜粋その1
マルセル・プルーストは「失われた時を求めて」の中で実に約250人もの画家の名前に言及している。作家が関心を寄せた古今の絵画は、この長大な小説を支える美学の基盤を成しているのだ。

「この世で最も美しい絵」。17世紀オランダの運河の町を描いたフェルメールの「デルフトの眺望」を、プルーストは賛美してやまなかった。小説の中でもこの絵は格別に劇的な場面に登場する。第5編「囚われの女」で、主人公の「私」が敬愛する作家ベルゴッドの死が描写されるくだり。芸術の永遠性とひとりの人間の命のはかなさが対比され、強い印象を残す場面だ。

尿毒症に苦しんでいたこの作家は「デルフトの眺望」を見るために体調不良をおして展覧会に足を運ぶ。そしてめまいを覚えながら絵の前にやってきたとき、こうつぶやいてその場にくずおれる。「こんなふうに書かなくちゃいけなかったんだ。(略)この小さな黄色い壁のように絵具をいくつも積み上げて、文章そのものを価値あるものにしなければいけなかったんだ」(鈴木道彦訳)

「小さな黄色い壁」とは何か。それを確かめるためにオランダのデン・ハーグに飛んだ。(略)デン・ハーグ市美術館の展示室で絵と向き合って、息をのんだ。
陽光と陰影の緻密きわまりない描写は図版で見る通りだが、実物を目の当たりにして驚くのは、画面に満ちた空間の透明感と裏腹にこってりと塗られた絵の具の質感だ。木やレンガや土や水そのものの手触りを得て、カンバスの上に定着している。
「絵の具が呼吸しているでしょう。プルーストがこの絵に恋した理由が、あなたにもおわかりになるはず」。主任学芸員のクウェンティン・プヴェロー氏に声をかけられ、我に返った。

「小さな黄色い壁」は画面右、2本の尖塔がある建物の左で輝いている部分。陶器の肌のような質感を得るのに画家はどれほどの時間を費やしたのだろう。「制作期間は不明ですが、相当な時間と労力がかかっているのは間違いない。『小説もこう書くべきだ』というベルゴッドの言葉は、まさにプルーストがこの絵に感じたことだったのでしょう」とプヴェロー氏。

プルーストの文体は、見たものや感じたことの印象を、何か別のイメージを借りながらきらびやかに表現していく隠喩に特徴がある。色彩豊かな言葉を繊細に紡いでいく手つきは、画家が丹念に絵の具を塗り重ねていくのに似ている。







抜粋その2
主人公を芸術の世界に導くもうひとりの人物としてエルスチールという画家が登場する。第2編「花咲く乙女たちのかげに」で、この画家の「カルクチュイ港」という絵が何ページにもわたって描写される一節は、プルーストらしい隠喩のオンパレードだ。海と港町が入り組んだ情景を説明するのに、海を町に見立て、町を海にたとえる変幻自在な語り口。あえて惑乱を誘うような記述を辛抱強く追っていくと、読む者の心にやがて蜃気楼のようにイメージが立ちあがってくる。

研究者たちはこの蜃気楼の正体、つまり絵のモデルを特定しようと腐心してきた。今では19世紀英国の画家J・W・ターナーの絵と目されている。「しかしターナーの特定の作品が『カルクチュイ港』のモデルになっているわけではありません。様々な絵の要素が屏風のように複雑に採り入れられています」。慶大講師の真屋和子氏はそう説明する。たとえば「ジュデッカ運河から見たヴェネツィア」。海と陸の境界線はあいまいで、教会は海上に浮かんでいるように見える。すべてが溶け合ったこの絵を私たちが美しいと感じるのはなぜなのか。

画面に描かれたものを「これは海、これは陸」と区別してとらえるのは人間の知性の働きだ。だが知性では美にたどりつけないとプルーストは考えた。「だから彼は、目に見えるものを知性的に語るのではなく、隠喩を使って印象を再現しようとしたのです」と真屋氏。難解といわれるプルーストの文体は、捉えがたいあえかな印象を伝えるためにどうしても必要だった。それはターナーの作品に触発されたのだというのが真屋氏の見方だ。

「失われた時を求めて」の冒頭が夢うつつの状態にある「私」を描いていたことを思い出してほしい。そこで表現されていたのは、眠りのほとりとりで知性が退き、感覚が目覚めてくる瞬間の光景だった。作家の美学と哲学がそこで予告されているのである。









抜粋その3
小説の終わり近く、プルーストの幻視が展開する印象的な場面が出てくる。第7編「見出された時」で、空襲下のパリを主人公の「私」が描写するくだり。夜の闇をサーチライトが切り裂き、戦闘機が空を舞う様子を見た主人公は、16世紀スペインの画家エル・グレコの「オルガス伯爵の埋葬」を思い起こす。この絵では、有徳の領主のなきがらを聖人らが墓に下ろす地上の光景と、キリストや天使が浮遊する天上界がひとつの画面に対置されている。天空で光と色彩が激しく渦巻く様を飛行機の乱舞と爆発の閃光に見立てることで、恩寵を描いた荘厳な画面がまがまがしいイメージに反転する。

鮮烈な言葉で見えない世界を描き出すのがこの作家の本領だ。「事物の隠された魂を開放しなければならない」。プルーストはそう記している。









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