言の葉90 ハラリ氏電話インタビュー
新型コロナ ここが政治の分かれ道
新型コロナ ここが政治の分かれ道ハラリ氏 電話インタビュー 朝日新聞朝刊 2020年(令和2年)4月15日(水)より抜粋
長い目で見れば 独裁より民主主義
双方向の監視有効
——ウイルスの感染拡大で、私たちはどのような課題に直面していると考えますか。
「世界は政治の重大局面にあります。ウイルスの脅威に対応するには、さまざまな政治判断が求められるからです」
「まず国際的な連帯で危機を乗り切るという選択肢があります。すべての国が情報や医療資源を共有し、互いを経済的に助け合う方法です。他方で、国際的な孤立主義の道を選ぶこともできる。他国と争い、情報共有を拒み、貴重な資源を奪い合う道です。どちらの選択肢も可能で、政治判断に委ねられています」
「また、ある国はすべて権力を独裁者に与えるかもしれない。べつの国では民主的な制度を維持し、権力に対するチェックとバランスを重視する道を選ぶでしょう。すべてにおいて明確な答えはなく、政治に委ねられます。だから私は医療だけでなく政治の重大局面だと定義するのです」
——独裁と民主主義のうち、どちらが感染症の脅威にうまく対応しているのでしょうか。
「日本や韓国、台湾のような東アジアの民主主義は、比較的うまく対処してきました。しかし、イタリアや米国は同じ民主主義でも状況ははるかに悪い」
「独裁体制でも中国は、うまくやっているように見えます。中国がもっと開かれた民主主義の体制であれば、最初の段階で流行を防げたかもしれない。ただ、その後の数カ月を見れば、中国は米国よりはるかにうまく対処しています。一方でイランやトルコといった他の独裁や権威主義体制は失敗している。報道の自由がなく、政府が感染拡大の情報をもみ消しているのが原因です」
——どちらの政治体制が望ましいともいえないわけですか。
「長い目で見ると民主主義の方が危機にうまく対応できるでしょう。理由は二つあります」
「情報を得て自発的に行動できる人間は、警察の取り締まりを受けて動く無知な人間に比べて危機にうまく対処できます。数百万人に手洗いを徹底させたい場合、人々に情報を与えて教育する方が、すべてのトイレに警察官とカメラを配置するより簡単でしょう」
「独裁の場合は、誰にも相談せずに決断し、速く行動することができる。しかし、間違った判断をした場合メディアを使って問題を隠し、誤った政策に固執するものです。これに対し、民主主義体制では政府が誤りを認めることが容易になる。報道の自由と市民の圧力があるからです」
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——市民への監視や管理を強めた中国の手法が成功例とされることは、どう考えますか。
「新技術を使った監視には反対しないし、感染症との闘いには監視も必要です。重要なのは、監視の権限を警察や軍、治安機関に与えないこと。独立した保険機関を設立して監視を担わせ、感染症対策のためだけにデータを保管することが望ましいでしょう」
「独裁体制では、監視は一方通行でしかない。中国では人々がどこえ行くのかについて政府は知っていますが、政府の意思決定の経緯について人々は何も知りません。これに対し民主主義には、市民が政府のを監視する機能がある。何が起き、誰が判断をして、誰がお金を得ているかを市民が理解できるなら、それは十分に民主的です」
——日本は私権の制限に慎重で、民主主義を守りながら対応をしています。しかし国民が不安に駆られ、より強い政府を求める声も出ています。
「政府に断固とした行動を求めることは民主主義に反しません。緊急時には民主主義でも素早く決断して動くことができる。政府からの情報を人々がより信頼できるという利点もある。政府が緊急措置をとるために独裁になる必要はありません」
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——感染が一気に拡大したのはグローバル化の弊害だという指摘をどうみますか。
「感染症は、はるか昔から存在していました。中世にはペストが東アジアから欧州に広まった。グローバル化がなければ感染症は流行しないと考えるのは間違いです。文化も街もない石器時代に戻るわけにはいきません」
「むしろ、グローバル化は感染症との闘いを助けるでしょう。感染症に対する最大の防御は孤立ではありません。必要なのは、国家間で感染拡大やワクチンの開発についての信頼できる情報を共有することです」
「中国の湖北省武漢市では封鎖を解除し、人々が仕事に戻ろうとしています。今後数カ月のうちに各国が挑戦する課題です。中国人にはぜひ、湖北省であったことについて、信頼できる情報を提供して欲しい。その経験から、他の国々は学ぶことができます」
国境を封鎖しても孤立より連帯を
敵は内なる悪魔
——各国は国境を封鎖し、グローバル化に逆行しているようにも見えます。
「国境封鎖とグローバル化は矛盾しません。封鎖と同時に助け合うこともできます。願わくば、家族のようになれたらいい。私は自分の家にいて、2人の姉妹も母もそれぞれの家にいます。会わないけれども毎日電話し、危機が過ぎたら再会したいと願っています。国家間も同じだと思うのです。確かにいまは隔離が必要です。でも憎しみや非難の心ではなく、協力の心のもとで隔離するのです」
——米国の自国第一主義やブレジットに象徴されるように、協調路線には反対論も根強い。この流れは変わるでしょうか。
「分かりません。ただ前向きな兆しはあります。欧州連合(EU)では人工呼吸器やマスクの製造、分配に向けた協力の試みがみられます。ドイツが周辺国の患者を受け入れた例もあります。専門家が行き来し、治療薬を開発しようとしています」
「今回はEUにとって大きな試練です。連帯を強くすることができればEUを強くすることができるでしょう。英国がブレジットから戻ってくることだってあるかもしれません。危機の中でこそ、EUは価値を証明できる可能性があるのです。米国がリーダーシップをとらないなら、EUや日本、中国、ブラジルや他の国々が一緒になって立ち上がることを望みます」
——各国は自国内の対応で精いっぱいかもしれません。
「感染症は全世界が共有するリスクだと考える必要があります。たとえば日本からウイルスが消え、しかし、南米のブラジルやペルー、エクアドルで流行が続いているとしましょう。ウイルスが体内にいる限り、突然変異する可能性がある。より致死的になったり、感染力が強まったりして、あなたの国に戻ってくる。そして、さらに深刻な流行を引き起こすのです」
「1918年のスペイン風邪の流行は一度では終わりませんでした。18年春には第1波が世界中で流行しましたが、死亡した人は少なかった。その後、ウイルスが突然変異し、18年夏から感染が広がった第2波で死亡率は5〜10%、国によっては20%に上がりました。さらに第3波もありました。一つの国が苦しんでいる限り、どの国も安全でいることはできない。これが、我々が直面している最大の脅威なのです」
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——世界にはどんな変化が起きているのでしょうか。
「危機の中で、社会は非常に速いスピードで変わる可能性があります。よい兆候は、世界の人々が専門家の声に耳を傾け始めていることです。科学者たちをエリートだと非難してきたポピュリスト政治家たちも科学的な指導に従いつつあります。危機が去っても、その重要性を記憶することが大切です。気候変動問題でも、専門家の声を聞くようになって欲しいと思います」
——よい変化だけでしょうか。
「悪い変化も起きます。我々にとって最大の敵はウイルスではない。敵は心の中にある悪魔です。憎しみ、強欲さ、無知、この悪魔に心を乗っ取られると、人々はお互いを憎み合い、感染をめぐって外国人や少数者を非難し始める。これを機に金もうけを狙うビジネスがはびこり、無知によってばかげた陰謀論を信じるようになる。これらが最大の危険です」
「我々はそれを防ぐことができます。この危険のさなか、憎しみより連帯を示すのです。強欲に金もうけをするのではなく、寛大に人を助ける。陰謀論を信じ込むのではなく、科学や責任あるメディアへの信頼を高める。それが実現できれば、危機を乗り越えられるだけでなく、その後の世界をよりよいものにすることができるでしょう。我々はいま、その分岐点の前に立っているのです」
(聞き手•高野遼)