言の葉綴り

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ハラリ氏電話インタビュー 新型コロナ ここが政治の分かれ道

2020-04-16 10:23:00 | 言の葉綴り

言の葉90 ハラリ氏電話インタビュー

新型コロナ ここが政治の分かれ道



新型コロナ ここが政治の分かれ道ハラリ氏 電話インタビュー   朝日新聞朝刊 2020年(令和2年)415日(水)より抜粋


長い目で見れば 独裁より民主主義

双方向の監視有効


——ウイルスの感染拡大で、私たちはどのような課題に直面していると考えますか。

「世界は政治の重大局面にあります。ウイルスの脅威に対応するには、さまざまな政治判断が求められるからです」

「まず国際的な連帯で危機を乗り切るという選択肢があります。すべての国が情報や医療資源を共有し、互いを経済的に助け合う方法です。他方で、国際的な孤立主義の道を選ぶこともできる。他国と争い、情報共有を拒み、貴重な資源を奪い合う道です。どちらの選択肢も可能で、政治判断に委ねられています」

「また、ある国はすべて権力を独裁者に与えるかもしれない。べつの国では民主的な制度を維持し、権力に対するチェックとバランスを重視する道を選ぶでしょう。すべてにおいて明確な答えはなく、政治に委ねられます。だから私は医療だけでなく政治の重大局面だと定義するのです」

——独裁と民主主義のうち、どちらが感染症の脅威にうまく対応しているのでしょうか。

「日本や韓国、台湾のような東アジアの民主主義は、比較的うまく対処してきました。しかし、イタリアや米国は同じ民主主義でも状況ははるかに悪い」

「独裁体制でも中国は、うまくやっているように見えます。中国がもっと開かれた民主主義の体制であれば、最初の段階で流行を防げたかもしれない。ただ、その後の数カ月を見れば、中国は米国よりはるかにうまく対処しています。一方でイランやトルコといった他の独裁や権威主義体制は失敗している。報道の自由がなく、政府が感染拡大の情報をもみ消しているのが原因です」

——どちらの政治体制が望ましいともいえないわけですか。

「長い目で見ると民主主義の方が危機にうまく対応できるでしょう。理由は二つあります」

「情報を得て自発的に行動できる人間は、警察の取り締まりを受けて動く無知な人間に比べて危機にうまく対処できます。数百万人に手洗いを徹底させたい場合、人々に情報を与えて教育する方が、すべてのトイレに警察官とカメラを配置するより簡単でしょう」

「独裁の場合は、誰にも相談せずに決断し、速く行動することができる。しかし、間違った判断をした場合メディアを使って問題を隠し、誤った政策に固執するものです。これに対し、民主主義体制では政府が誤りを認めることが容易になる。報道の自由と市民の圧力があるからです」


    ■               


——市民への監視や管理を強めた中国の手法が成功例とされることは、どう考えますか。

「新技術を使った監視には反対しないし、感染症との闘いには監視も必要です。重要なのは、監視の権限を警察や軍、治安機関に与えないこと。独立した保険機関を設立して監視を担わせ、感染症対策のためだけにデータを保管することが望ましいでしょう」

「独裁体制では、監視は一方通行でしかない。中国では人々がどこえ行くのかについて政府は知っていますが、政府の意思決定の経緯について人々は何も知りません。これに対し民主主義には、市民が政府のを監視する機能がある。何が起き、誰が判断をして、誰がお金を得ているかを市民が理解できるなら、それは十分に民主的です」

——日本は私権の制限に慎重で、民主主義を守りながら対応をしています。しかし国民が不安に駆られ、より強い政府を求める声も出ています。

「政府に断固とした行動を求めることは民主主義に反しません。緊急時には民主主義でも素早く決断して動くことができる。政府からの情報を人々がより信頼できるという利点もある。政府が緊急措置をとるために独裁になる必要はありません」


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——感染が一気に拡大したのはグローバル化の弊害だという指摘をどうみますか。

「感染症は、はるか昔から存在していました。中世にはペストが東アジアから欧州に広まった。グローバル化がなければ感染症は流行しないと考えるのは間違いです。文化も街もない石器時代に戻るわけにはいきません」

「むしろ、グローバル化は感染症との闘いを助けるでしょう。感染症に対する最大の防御は孤立ではありません。必要なのは、国家間で感染拡大やワクチンの開発についての信頼できる情報を共有することです」

「中国の湖北省武漢市では封鎖を解除し、人々が仕事に戻ろうとしています。今後数カ月のうちに各国が挑戦する課題です。中国人にはぜひ、湖北省であったことについて、信頼できる情報を提供して欲しい。その経験から、他の国々は学ぶことができます」


国境を封鎖しても孤立より連帯を

敵は内なる悪魔


——各国は国境を封鎖し、グローバル化に逆行しているようにも見えます。

「国境封鎖とグローバル化は矛盾しません。封鎖と同時に助け合うこともできます。願わくば、家族のようになれたらいい。私は自分の家にいて、2人の姉妹も母もそれぞれの家にいます。会わないけれども毎日電話し、危機が過ぎたら再会したいと願っています。国家間も同じだと思うのです。確かにいまは隔離が必要です。でも憎しみや非難の心ではなく、協力の心のもとで隔離するのです」

——米国の自国第一主義やブレジットに象徴されるように、協調路線には反対論も根強い。この流れは変わるでしょうか。

「分かりません。ただ前向きな兆しはあります。欧州連合(EU)では人工呼吸器やマスクの製造、分配に向けた協力の試みがみられます。ドイツが周辺国の患者を受け入れた例もあります。専門家が行き来し、治療薬を開発しようとしています」

「今回はEUにとって大きな試練です。連帯を強くすることができればEUを強くすることができるでしょう。英国がブレジットから戻ってくることだってあるかもしれません。危機の中でこそ、EUは価値を証明できる可能性があるのです。米国がリーダーシップをとらないなら、EUや日本、中国、ブラジルや他の国々が一緒になって立ち上がることを望みます」

——各国は自国内の対応で精いっぱいかもしれません。

「感染症は全世界が共有するリスクだと考える必要があります。たとえば日本からウイルスが消え、しかし、南米のブラジルやペルー、エクアドルで流行が続いているとしましょう。ウイルスが体内にいる限り、突然変異する可能性がある。より致死的になったり、感染力が強まったりして、あなたの国に戻ってくる。そして、さらに深刻な流行を引き起こすのです」

1918年のスペイン風邪の流行は一度では終わりませんでした。18年春には第1波が世界中で流行しましたが、死亡した人は少なかった。その後、ウイルスが突然変異し、18年夏から感染が広がった第2波で死亡率は510%、国によっては20%に上がりました。さらに第3波もありました。一つの国が苦しんでいる限り、どの国も安全でいることはできない。これが、我々が直面している最大の脅威なのです」


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——世界にはどんな変化が起きているのでしょうか。

「危機の中で、社会は非常に速いスピードで変わる可能性があります。よい兆候は、世界の人々が専門家の声に耳を傾け始めていることです。科学者たちをエリートだと非難してきたポピュリスト政治家たちも科学的な指導に従いつつあります。危機が去っても、その重要性を記憶することが大切です。気候変動問題でも、専門家の声を聞くようになって欲しいと思います」

——よい変化だけでしょうか。

「悪い変化も起きます。我々にとって最大の敵はウイルスではない。敵は心の中にある悪魔です。憎しみ、強欲さ、無知、この悪魔に心を乗っ取られると、人々はお互いを憎み合い、感染をめぐって外国人や少数者を非難し始める。これを機に金もうけを狙うビジネスがはびこり、無知によってばかげた陰謀論を信じるようになる。これらが最大の危険です」

「我々はそれを防ぐことができます。この危険のさなか、憎しみより連帯を示すのです。強欲に金もうけをするのではなく、寛大に人を助ける。陰謀論を信じ込むのではなく、科学や責任あるメディアへの信頼を高める。それが実現できれば、危機を乗り越えられるだけでなく、その後の世界をよりよいものにすることができるでしょう。我々はいま、その分岐点の前に立っているのです」

(聞き手高野遼)






ハラリ氏インタビュー A Iが支配する世界

2020-04-13 10:42:00 | 言の葉綴り

言の葉89ハラリ氏インタビュー

   A Iが支配する世界



Iが支配する世界 ハラリ氏 インタビュー朝日新聞朝刊 2019年(令和元年)921日(土)より抜粋


国民は常に監視下 膨大な情報を持つ独裁政府が現れる


——私たちが直面する大きな課題とは、何でしょうか。

「三つあります。核戦争を含む世界的な戦争、地球温暖化などの環境破壊、そして破壊的な技術革新です」

「三つ目が最も複雑です。A Iとバイオテクノロジーの進歩は今後2040年の間に、経済、政治の仕組み、私たちの暮らしを完全に変えてしまうでしょう。A Iとロボットがどんどん人々に取って代わり、雇用市場を変える」

「新たな監視技術の進歩で、歴史上存在したことのない全体主義的な政府の誕生につながるでしょう。

 Iとバイオテクノロジー、生体認証などの融合により、独裁政府が国民すべてを常に追跡できるようになります。20世紀のスターリンやヒットラーなどの全体主義体制よりずっとひどい独裁政府が誕生する恐れがあります」

——21世紀の技術は、民主主義より専制主義を利すると。

20世紀、中央集権的なシステムは非効率でした。中国やソ連の計画経済は情報を1カ所に集めようとしましたが、データを迅速に処理できず、極めて非効率で愚かな決定を下しました」

「対照的に、西洋や日本では情報と権力は分散されました。消費者や企業経営者は自分で決定を下すことができ、効率的でした。だから冷戦では、米国がソ連を打ち負かしました。しかし技術は進歩している。いま、膨大な情報を集約し、A Iを使った分析することは簡単で、情報が多ければ多いほどA Iは有利になる」

「例えば、遺伝学です。100万人のD NA情報を持つ小さな会社が多くあるより、10億人から集めた巨大なデータベースのほうが、より有能なアルゴリズム(計算方法)を得ることになる。危険なのは計画経済や独裁的な政府が、民主主義国に対して技術的優位に立ってしまうことです」

——世界を支配するのは人間ではなくなるのでしょうか。

「何も手を打たなければ、新たな技術は、ごく少数のエリート、国によっては独裁的な政府に強大な力を与えるでしょう。もっと深いレベルでは、真の力はアルゴリズムが持ちます。人間では不可能な量の情報を集めて分析するからです。金融システムを例に挙げましょう。今でも、どう機能しているかを理解している人は全体の1%かもしれない。でも30年後にはゼロになる。『金融危機に直面しています』と大統領に進言するのはアルゴリズムになります」

——働き手や企業にとっては、何が問題ですか。

「最大の問題は仕事の消失です。仕事はA Iやロボット、自動運転車などに奪われる。新たな職業は生まれます。問題は、仕事の絶対量の不足ではなく、自らを再訓練できるかです。例えばバスの運転手が、自動運転車のせいで仕事を失ったとします。車のデザインやソフト作成の仕事はある。では、40歳の運転手をソフト開発者に再訓練できるでしょうか」

「精神的な問題もあります。ある年齢になって、自己改革を迫られるのはストレスのかかることです。監視の問題もある。10年後に就職面接に行くと、アルゴリズムがすべてのデータを確認する。あなたの生活すべてが、長くストレスのたまる就職面接なのです」


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——政治について聞きます。米国のトランプ大統領は多くのうそをついて大統領になり、「ポストトゥルース(真実かどうかは重要ではない)時代」と言われます。

「フェイクニュースやポストトゥルースの現象は非常に心配です。だが、新しいものではない。人類の歴史と同じだけ存在しています。20世紀初頭のファシズムや共産主義のプロパガンダが多くの人をだましたように、過去は今よりもっと悪かった」

——ではなぜ今、世界各地でポピュリズムが隆盛を迎えているのでしょうか。

「大多数の人にとって世界を理解するのは『物語』を通じてです。事実や統計に基づいてではありません。その『物語』が次々と崩壊し、真空状態にある。真空状態は良識ある未来へのビジョンではなく、過去への郷愁に満ちた空想(を語るポピュリズム)によって埋められています」

20世紀には、共産主義、ファシズム、自由主義という、世界を説明する三つの大きな『物語』がありました。第2次世界大戦でファシストの物語が崩壊した。次に共産主義と自由主義との間の闘争となり、共産主義が崩壊した。多くの人々は『歴史は終わった』と感じたが、自由主義の物語も崩壊しつつある。気候変動、機械による自動化、A Iの進展によって生じる多くの困難を、自由主義は解決できずにいます」


データを使われて操作されぬため己を知り抵抗を


——ポピュリストの何が問題なのでしょうか。

「独裁的な傾向を持っていることです。間違いを認めない。物事がうまくいかないときは、外敵や裏切り者のせいにする。『力が足りないから失敗したんだ。だからもっと強大な力をくれ』と。だが、彼らに力を与えても、また失敗する。未来へのビジョンがないのですから。すると、『まだ裏切り者のがいる。さらに力を与えよ』というでしょう。ファシズムや独裁主義への道につながります」

「ポピュリズムは、民主的で前向きな運動として始まることがあります。置き去りにされていると感じる人たちが、自分たちの権利や不安が顧みられていないという感情を表明するためです。それがポピュリストたちによってハイジャックされ、過激にされうるのです。(過激化する前に)そうした人たちの悩みや問題に、解決策を提供すべきです」


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——大きな課題の一つ目として挙げられた世界的な戦争や核を使ったテロが起きる可能性は。

「可能性は高くないと思いますが、懸念すべきレベルではあると思います。5年前なら、可能性はきわめて小さいと言ったでしょう。しかし2016年以降、世界の地政学は急速に悪化しました。自由世界を牽引してきた米国と英国は、その役割を基本的に放棄しました。『自分第一』と言うリーダーにはだれもついて行きたいと思いません。こうした状況が世界的な戦争や核戦争に至る懸念を強めています」

「それはすべての人にとっての大惨事です。前世紀からの教訓にの一つは、戦争は誰にとっても悪いことなのに、気をつけないと、また、起きるということです。人間の愚かさゆえです。人間は愚かな間違いを犯すのです」

——あなたは将来、一部のエリートが大多数の「無用者階級」を支配する危険を指摘しています。エリートは自らを批判的に見て、謙虚になるべきだと考えているのでしょうか。

「人間は間違います。我々は、政府が誤りをおかすことを考慮して政治システムをデザインする必要があります。同様に個人の哲学においても、無謬性を前提にすることは、大きな誤りです。作り出すものすべて、デザインするものすべてについて、失敗を考慮する必要があると思います」


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——これからの世界で一部のエリート、あるいは独裁的な政府による「支配」から逃れるにはどうすれば良いのでしょう。

「誰がデータを所有し、どんなA Iを開発しているのかが問題です。少数の企業や政府が、すべてのデータを所有するようになったら手遅れです。逆らおうとする者は、簡単にスキャンダルを見つけ出され、おとしめられます。データ(独占を防ぐよう)所有を規制する必要があります

。政府がやるべきことです。政府を動かすには、市民が団結して圧力をかけねばなりません。一つの国だけでなく、国際協力も欠かせません。

——個人にできることは。

「古来、ソクラテスなどの思想家は『己を知る』ことの大切さを説いてきましたが、今は急を要します。あなたを監視し、解読しようとする企業や政府があるからです。彼らがあなた自身よりもあなたを知るようになったら、あなたを操作するのは簡単です。ポピュリストのやり方も、同じです。彼らは、人々が何を嫌悪し恐れているかを見つけ出し、感情のスィッチを押し、さらに強い嫌悪と恐怖を生み出します」

「抵抗するには、まず、あなた自身の弱さを認識する必要があります。『自分には、移民やイスラム教徒への偏見がある。そういったテーマのフェイクニュースにだまされるのは簡単だから気をつけよう!』と。方法はたくさんあります。私自身は(12時間の)瞑想を実践していますが、心理士に会うとか、芸術に触れてもいい。山登りやハイキングを、自分自身を理解する機会としても使えるでしょう』(聞き手 編集委員

山脇岳志渡辺淳基)






ハラリ氏寄稿 コロナ後の世界へ警告 ー全体主義的監視か市民の権利かー

2020-04-04 09:14:00 | 言の葉綴り

言の葉88 ハラリ氏寄稿

 コロナ後の世界へ警告

ー全体主義的監視か市民の権利かー



コロナ後の世界へ警告 ハラリ氏寄稿 日本経済新聞朝刊 2020手年

331日(火曜日)より抜粋


危機下で進む監視社会


人類はいま、世界的危機に直面している。おそらく私たちの世代で最大の危機だ。私たちや各国政府が今後数週間でどんな判断を下すかが、これから数年間の世界を形作ることになる。その判断が、医療体制だけでなく、政治や経済、文化をも変えていくことになるということだ。


新型コロナの嵐はやがて去り、人類は存続し、私たちの大部分もなお生きているだろう。だが、これまでと違う世界に暮らすことになる。

今回、実行した多くの短期的応急措置は、嵐が去った後も消えることはないだろう。緊急事態とはそういうものだ。緊急時には歴史的な決断もあっという間に決まる。平時に何年もかけて検討するような決断がほんの数時間で下される。


今回の危機で、私たちは特に重要な2つの選択に直面している。1つは「全体主義的な監視」と「市民の権限強化」のどちらを選ぶのか、だ。

新型コロナの感染拡大を食い止めるには、全ての人が一定の指針に従わなければならない。これを成し遂げるには主に2つの方法がある。1つは政府が市民を監視し、ルールを破った人を罰する方法だ。今、人類史上で初めて、テクノロジーを使えば全員を監視することが可能になった。

50年前だったらソ連の国家保安委員会(KGB)であっても、24000万人にのぼるソ連の全市民を24時間追跡することはできず、そうして収集した全ての情報を効果的に処理することも不可能だった。KGBは工作員や分析官を多く駆使したが、それでも全ての市民に1人ずつ監視役を張り付けて追跡するのはどうしても無理だった。


だが現在、各国の政府は生身のスパイに頼らずとも、至るところに設置したセンサーと強力なアルゴリズムを活用できる。

実際、いくつかの国の政府は、新型コロナの感染拡大を阻止するため既にこうした新たな監視ツールを活用している。最も顕著なのが中国だ。

中国当局は市民のスマホを細かく監視し、顔認証機能を持つ監視カメラを何億台も配置して情報を収集する。市民には体温や健康状態のチェックとその報告を義務付けることで、新型コロナの感染が疑われる人物をすばやく特定している。それだけではない。その人の行動を追跡し、接触した者も特定している。感染者に近づくと警告を発するアプリも登場した。

こうした技術を活用しているのは東アジアだけではない。イスラエルのネタニヤフ首相は最近、同国公安庁に対し、新型コロナの感染者を追跡するため通常はテロリストを対策に使途が限られる監視技術の活用を認めた。

議会の関連小委員会は許可を拒んだが、ネタニヤフ首相は「緊急命令」を出し、これを押し切った。

これまでは多数の監視ツールの配備を拒んでいた国でも、こうした技術の活用が普通になるかもしれない。監視対象が「皮膚の上」から「皮膚の下」へと一気に進むきっかけにもなりかねない。


政府は従来、市民がスマホの画面を触って何をクリックしているのかを知りたがっていた。新型コロナ拡散を機に、関心の焦点は指の温度や皮下の血圧に移っている。私たちが監視をどこまで許容するのかという問題を考えるにあたって直面する問題の一つは、私たちは現在どのように監視されていて、数年後どんな事態になっているのかを誰も正確にはわからないことだ。

ある政府が体温と心拍数を24時間測定する生体測定機能を搭載した腕時計型端末を全国民に装着するよう求めた、と考えてみてほしい。

その政府は測定データを蓄積し、アルゴリズムで分析する。アルゴリズムによって当該人物が何か病気にかかっているかを本人よりも先に識別するだけでなく、どこにいたか、誰と合っていたかまで把握することが可能となる。

そうなれば感染が連鎖的に広がるのを劇的に短期的に抑え込めるようになるだけでなく、その感染すべてを封じ込めることさえ可能になるかもしれない。

こうした仕組みがあれば、特定地域で流行する感染症の場合、発生から数日で阻止できるかもしれない。「それは素晴らしい」と思うだろう。

だが、これにはマイナス面がある。ぞっとするような新しい監視システムが正当化されるということだ。

例えば、私が米CN Nテレビのリンクではなく米フォックスニュース(編集注、保守的、共和党寄りで知られる)のリンクをクリックしたと知れば、私の政治観だけでなく、性格まで把握されるかもしれない。

緊急事態が終われば、そうした措置は廃棄すればよい。だが、残念なことにそうした一時的な措置は、新たな緊急事態の芽が常に潜んでいるため、緊急事態が終わっても続きがちだ。

例えば、私母国イスラエルは1948年の独立戦争(第一次中東戦争)のさなかに緊急事態を宣言した。そして、報道の検閲、土地の収容から、プディングの生産まで特別な規制が課され(本当の話だ)、様々な一時的な緊急措置を正当化した。

当時、「一時的」とされた措置の多くはいまだ廃止されていない。(プディング緊急規制令は幸いにも2011年に廃止された)。


市民にプライバシーの保護と健康の二者選択を求めることは、この問題の本質を浮き彫りにする。なぜなら、こんな選択を迫ること事態が間違っているからだ。私たちは自分のプライバシーを守ると同時に健康も維持できるし、そうすべきだ。

全体主義的な監視体制を敷くのではなく、むしろ市民に力を与えることで、私たちの健康を守り、新型コロナの感染拡大を阻止することを選択できる。


信頼の再構築がカギ


韓国や台湾、シンガポールはこの数週間で、新型コロナを封じ込める取り組みで大きな成果をあげた。これらの国は追跡アプリも活用しているが、それ以上に広範な検査を実施し、市民による誠実な申告を求め、情報をきちんと提供した上で市民の積極的な協力を得たことが奏功した。

中央集権的な監視と厳しい処罰が市民に有益な指針を守らせる唯一の手段ではない。

市民に科学的な根拠や事実を伝え、市民がこうした事実を伝える当局を信頼していれば、政府が徹底した監視体制を築かずとも正しい行動をとれる。市民に十分な情報と知識を提供し、自分で可能な限り対応するという意識を持ってもらう方が、監視するだけで、脅威についてなにも知らせないより、はるかに強力で効果ある対応を期待できる。

例えば、せっけんで手を洗う行為について考えてみよう。これは人間の衛生管理における過去最大の進化の一つだ。この簡単な行動が毎年数百万人の命を救っている。

今でこそ衛生管理に必要な当たり前のことと理解されているが、科学者がせっけんで手を洗う重要性を発見したのは19世紀に入ってからのことだった。

そのようなレベルの指示遵守と協力を達成するには信頼が必要だ。科学、行政、メディアを信用することが必要だ。この数年、無責任な政治家たちが意図的に科学や様々な行政、メディアへの信頼を損ねてきた。今、まさにこうした無責任な政治家たちが、市民が正しい行動を取れるとは思えないから国を守るには必要だとして独裁主義的な道は堂々と進もうとするかもしれない。


監視体制を築く代わりに、科学や行政、メディアに対する人々の信頼を再構築するのは今からでも遅くはない。様々な新しい技術も積極的に活用すべきだ。ただし、市民がもっと自分で判断を下し、より力を発揮するようにするために。


世界規模の行動計画を


私たちが直面する第2の重要な選択は、「国家的主義的な孤立」と「グローバルな結束」のいずれを選ぶかだ。感染拡大もそれに伴う経済危機もグローバルな問題だ。これを効果的に解決するには、国を超えた協力以外に道はない。


ウイルスに打ち勝つには、情報を共有する必要がある。

例えば、イタリアの医師が早朝に発見した事実が、その日の夕方にはイランの感染者の命を救うかもしれない。あるいは英政府がどのコロナ対策を採用すべきか悩んでいるなら、1ヶ月前に同じジレンマに直面した韓国から助言をえることもできる。

各国は積極的に情報を公開し、他国と共有したり、謙虚に助言を求ていくべきだし、提供されたデータや見解を信頼すべきだ。また医療機器、特にウイルス検査キットと人工呼吸器の生産とその配分については、グローバルに協力する必要がある。

経済面でも国境を超えた協力が求められる。自国のことだけを考え、他国のことを全く考慮しないままに行動すれば混乱とより深刻な危機を招くことになる。


世界規模の行動計画の策定が急務となる。

移動に関するグローバルな合意も欠かせない。数カ月にわたる海外渡航禁止は、様々な深刻な問題を招き、ウイルスと戦ううえで妨げになる。科学者、医師、ジャーナリスト、政治家、ビジネス関係者など重要な職務に就く一部の人には渡航を認めるよう各国で協力すべきだ。具体的には、出発前に自国でウイルス検査を受けさせることで合意すればよい。

検査で陰性だった乗客だけが飛行機に乗っているとわかれば、受け入れ国の抵抗感も減るだろう。

各国とも残念ながら現段階では、今、挙げたような取り組みをほとんどしていない。

国際社会は現在、集団的まひ状態にあり、誰も責任ある対応を取っていない。

2008年の世界金融危機や14年のエボラ出血熱の流行など、過去に世界規模の危機が起きた際は、米国が世界のリーダー役を担った。しかし現在の米政権はその役割を放棄し、人類の将来より米国を再び偉大な国にする方が大事だとの立場を隠そうともしない。

米政権が今後、方向転換してグローバルな行動計画を作っても、決して責任を取らず過ちも認めないのに手柄は自分のものにして、問題が起きれば他人のせいにする指導者に従う人はいないだろう。


米国が抜けた穴を他の国々で埋められなければ、新型コロナの感染拡大を食い止めるのが難しくなるだけでなく、それによる打撃は国際関係に長く影響する。しかし、すべての危機はチャンスでもある。新型コロナの流行により、グローバルな分裂が重大な危険をもたらすと人類が理解するようになることを願う。


私たちの目の前には、自国を優先し、各国との協力を拒む道を歩むか、グローバルに結束するのかという2つの選択肢がある。前者を選べば危機は長引き、将来、さらに恐ろしい悲劇が待つことになるだろう。

後者を選べば新型コロナに勝利するだけでなく、21世紀に人類を襲うであろう様々な病気の大流行や危機にも勝利することができる。