言の葉綴り

私なりの心に残る言の葉を綴ります。

ハラリ氏 民主主義VS. 権威主義 その2

2022-04-30 09:24:00 | 言の葉綴り

133 ハラリ氏 民主主義V権威主義

その2

  





驕れる中国とつきあう法

   民主主義V権威主義

  ユヴァルノアハラリ

文藝春秋 2022 4月特別号(3月10日発売)より抜粋

(その1より続く)


中国のディストピアテック


ーー 中国の共産党は政権は、統治のために最新のテクノロジーを駆使した「監視システム」を活用しています。この点がこれまでの権威主義国家とは大きく異なるところです。その実態はどのようなものなのでしょうか。


ハラリ 五億七千万台もの監視カメラ、コロナ追跡アプリの他に、中国版G PS「北斗」は中国国内のほぼすべてのスマートフォンに搭載されており、あなたが今どこにいるか把握されています〈中国国内のi phoneもニ年十月から対応チップ搭載)。AIを用いた顔認証技術「天網」は、監視カメラのデジタル映像から個人を自動的に識別できます。

時空スマート操作システム「崑崙鏡」(中国古代神話に登場する十大神器のひとつに由来)は、位置情報とデジタル情報を組み合わせ、人や物の動きを正確な把握することができます(「社会の心電図」と呼ばれている)。北京冬季オリンピックで有名になったのは「My2022」。全参加者にインストールを義務化しましたが、音声データまで収集できると言われています。

こういったテクノロジーは元々、新疆ウイグル族の監視のために試験的に導入され、実用化されたものです。あなたはジャーナリストですから、中国に入国した瞬間から監視されるでしょうね。中国は現代のデストピア(暗黒世界)そのものです。しかし、民主主義国がこのデストピアとは無縁と思ったら大間違いです。パンデミックが始まって以来、中国のみならず、台湾、韓国、シンガポールなどいくつかの民主主義国で、スマートフォンによる感染者の追跡監視システムが導入されました。ここで大事なことは、まず私たちはプライバシーと健康のどちらかを選択することを強制されるべきではないということです。プライバシーも健康も人間にとっては重要であり、享受すべきものだからです。

パンデミックと戦うには、警戒が必要であるのは言うまでもありません。しかし、パンデミック対策の名のもとに政府が一方的に監視体制を強化することには注意しなければならない。プライバシーを侵害することは民主主義の弱体化につながります。

監視体制の強化にあたって民主主義を弱体化させないためには、重要な原則があります。それは市民への監視を強めるなら、政府への監視も強めろということです。政府が市民のやっていることをより多く知っている場合、市民も政府のやっていることをより多く知っていなければなりません。もし、政府が「危機の真っただ中にモニタリングシステムを確立するのは難しい」とでも言うなら、それは信じてはいけません。

政府がスマートフォンに入れたアプリを使ってコロナウイルスや市民の行動を監視するのであれば、それと同じように政府のコロナ対策予算がどのように使われているかをモニターできるアプリを公開すべきです。

民主主義国のリーダーたちは、監視対策を一時的な対策と言うでしょうが、政治的な権力は国民を監視したがるものです。一時的な対策は、緊急事態が終わっても生き残るという不快な癖があります。「緊急事態が常に隠れている」という口実はいつでも通用するからです。でも政府を監視しないと、本当に中国のようなパノブティコン(全展望監視システム)社会に一歩近づきます。ですから政府を監視できるシステムを同時に整備しておかないと、一方的な権力による監視システムが永久的な対策として定着する恐れがあります。(その2に続く)


データ独占は危険だ


ーー 監視体制の強化は、民主主義国でも起こりえるということですね。


ハラリ データの所有者がその国の将来を決めます。だから政府だけが市民のデータを持つとそれが獨裁主義の危険性につながります。ここで重要なことは、データを少数の機関に集中させないことです。政府か企業かは問題ではありません。どちらも同じくらい危険です。ITデジタル技術の発達によって、いま歴史上初めて、自分が自分について知っているよりも、他の人や機関が自分のことをより多く知ることが可能になったのです。人類を「ハックする」のに必要なものは、十分なデータとデータ処理能力。それだけでできるのです。


ーー それがあなたが危惧する「デジタル独裁主義」につながるということですか


ハラリ そうです。テクノロジーが気づかれないまま、市民をコントロールすることができるようになると、デジタル独裁主義に至ります。これを防ぐためには、データを一カ所に集中させないこと。これは効率が悪いように思えるかもしれませんが、、この非効率さはマイナスよりもプラスになります。

自然のシステムを見ればわかる通り、非効率さと余剰性(無駄)がたくさんあり、それだからこそ、それがあるからこそ、よりレジリエントになるのです。人生において少々の非効率は問題ないでしょう。監視体制の強化はパンデミックのマイナス面ですが、このデジタル独裁主義は最悪のシナリオです。

データは使い方次第です。我々を奴隷にすることもできますが、より快適に過ごすことに活用することもできます。だからこそ、人々をより強靭にするために使われるべきなのです。例えば、バイオメトリックセンサー(生体センサー)を使えば、あなたの健康状態をあなた以上に知ることができます。


国際秩序はこわれやすい


ーー パンデミックは国際秩序に与えた影響はかなりあると思いますか。


ハラリ このCOV I D−19が浮き彫りにした脅威は、国際秩序がいかに脆弱であるかということですね。国家間で緊張や敵意が増大しています。これがさらに増すと国際協力は難しくなり、、核戦争や生態系の崩壊など他の大きな災害を防ぐのが難しくなります。

ここ何十年か、世界は「リベラル」と呼ばれる国際秩序によって支配されてきました。その前提は、すべての人間はコアとなる経験、価値観、関心を共有し、どの人種も他の人種より本質的に優れていることはないという認識でした。こうした認識は対立よりも協力に重点を置きます。その協力を推進するベストな方法は、アイデア、物品、お金、人が地球を自由に移動できることを推進することです。もちろん、リベラルな国際秩序にも問題はたくさんありますが、それに取って代わるものよりも素晴らしいことがわかっています。この国際秩序のおかげで、人類史上初めて、肥満よりも餓死で死ぬ人が少なくなり、事故やエンデミック(地域的季節性の感染症流行)やパンデミックで死ぬ人よりもバイオレンスで死ぬ人が少なくなりました。 これは人類の長い歴史を振り返ると、信じられないほど素晴らしい達成だと言えます。

しかしコロナ禍において、世界中の政治家はこのシステムを無視し、中にはそれを弱体化した場合もあります。この国際秩序は、みんながそこに住んでいるけれども、誰も修理する人はいない家のようなものです。一旦崩壊すれば、そこに住んでいる人みんながひどい目に遭います。これから八十年続く二十一世紀のチャレンジに備えるには、国際システムをいかに強化するかについて大胆なプランだけではなく、国家間の連帯協力、リーダーシップが必要です。

将来起こるかもしれないパンデミックや核戦争を防いだり、気候変動を抑止したり、AIをはじめとしてデジタル技術の暴走を規制したりするには、どうしたらいいのか、リーダーや政治家に訊いてみてください。このような脅威はどの国もその国だけで取り組める問題ではないことは明らかです。我々が協力して解決しなければならないのです。


新型コロナは「叫び」






ーー 『21  Lessons 21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社刊)が世界的なベストセラーになりましたが、次の22番目のL essonはなんだと考えていますか。


ハラリ 明白なレッスンは、我々は公衆衛生システムにもっと投資しなければならないということです。これは国内のシステムだけではなく、ウイルス流行が拡大する前に病原体を発見できるように、早期に介入することができるいくつかの国際組織への投資も含まれます。

こういう組織は、非協力的な国家や政治家によって妨害されないように、政治的な影響力を持たなければなりません。国際的な公衆衛生システムを作ることは、将来起こるパンデミックのリスクを低くするだけでなく、他のグローバルな問題の解決を妨げている、グローバルシステムの中にある断絶を修復するのに役立つでしょう。COVD—19がグローバルな連携協力の価値に目を向けるように呼び掛ける「叫び」の代わりになってくれたらいいと思います。


瞑想は自分を守る方法


ーー あなたが『21 L essons』の最後の章で瞑想の効用を取り上げていることに驚きました。瞑想やマインドフルネスが世界的なブームとなっていますが、あなたにとって瞑想とはどういう意味があるのですか。


ハラリ ほとんどの人は人生の中self‐exploration(自己分析)を真剣にやったことがないと思います。瞑想とは、自己について知ることです。自分自身について気に食わない面もたくさん知るようになりますから、大きな苦痛を伴います。怒りや苦痛や孤独というものに自ら直面することを好む人はいませんかね。

しかしデジタルテクノロジーの急速な発展によって、人類は史上初めて、このinner spiritual quest(内なる魂の探求)をせざるを得ない状況に置かれつつあります。グーグルなどの巨大IT企業は個人データを収集していますが、あなたが自分のことを知っている以上にあなたのことを知るようになるのも時間の問題でしょう。テクノロジーの奴隷にならないようにするには、自分のことを知らなければなりません。自分のことを知らないでいると、より高い代償を払わされます。

私は瞑想については、本にも書いたように最初は懐疑的でした。でもゴエンカという指導者の瞑想講座を受けてみると世界観が大きく変わりました。ゴエンカの指導はとでもシンプルで、鼻から息が入ってきているときはそれに集中し、鼻から息が出ていくときは、それに集中するだけです。呼吸をコントロールしてはいけません。

あなたもやってみればわかると思いますが、最初にやったときは十秒以上集中することができませんでした。そのことにショックを覚えました。自分をコントロールできないのです。自分がいろんな人格が入り混じった人間であることを知るだけでも、生きる上で非常に役立ちます。

私は毎年、六十日間瞑想修行に行きます。毎日二時間の瞑想も欠かしていません。すべての人に瞑想がいいというつもりはありません。ただ、我々は言語や宗教やイデオロギー、そしてさまざまな情報によって惑わされてしまうものですが、瞑想はそういうものから一時的に切り離してくれる効用があります。これは私にとっては欠かせないものになりました。

(取材構成 大野和基)



ハラリ氏 民主主義VS. 権威主義 その1

2022-04-27 12:23:00 | 言の葉綴り



132 ハラリ氏 民主主義V権威主義

その1

  







驕れる中国とつきあう法

   民主主義V権威主義

  ユヴァルノアハラリ

文藝春秋 2022 4月特別号(3月10日発売)より抜粋


ーー中国はアメリカから世界の覇権国としての地位を奪おうとしています。最近、習近平国家主席はロシアのプーチン大統領と会談した際、「新しい世界秩序」を形成するという強い願望を述べ、二つの反欧米国家がcommon cause(共通の大義)で結びついていることを世界にアピールしました。

ハラリさんは、共産党が支配する国が将来も繁栄を続けることはあるとお考えですか。日米英豪が進める「中国包囲網」、そして団結して台湾を護ろうとする西側の動きをどう見ていますか。


ハラリ 中国はこの三十年間で経済面、軍事面、外交面でアメリカの競合相手として台頭してきました。そして、その勢いはますます増しています。自由主義諸国はニ年代半ばまで、中国の成長に対してかなり楽観的に構えていましたが、共産党指導部の姿勢は国内外で穏やかに変わることなく、習近平が国家主席として実権を固めるとともに期待とはまったく正反対のことが起きました。彼はアメリカのトランプ前大統領と同じように「チャイナファースト」の偏狭的な立場をとるようになってしまったのです。

二十年前の中国と今の中国を比べると、民主主義は完全に後退しました。世界的にみても、民主主義国家の数は今よりも多く、質もずっと優れていました。民主主義勢力のリーダーであるべき肝心のアメリカでは、ますます分断が深まり、民主主義が機能しなくなったと言われています。

しかし、民主主義とは本来、それほど強固なものではない。むしろ脆弱なシステムであることは知っておいたほうがいいでしょう。もちろん民主主義のいいところは間違いを修正する能力、つまりレジリエンスがあることですが、格差是正などの手当を何もしないでいると劣化していきます。

一方、権威主義は習近平体制下でますます堅固なものになっています。その勢いは弱まる気配はありません。まるで民主主義が退潮するのに合わせて、ロシアやトルコなどで権威主義が勢いを増しているかのようです。

中国は、ロシアがウクライナを奪取することを熱望しているように、台湾を占領下に置こうとしています。習近平がこの野望を捨てることはないでしょう。

中国は南シナ海の島々を「空母」化してその主権を主張しています。ヨーロッパ、アフリカ、インドと中国の物流を結ぶ南シナ海は、世界の物流の三分の一が通過しますから、中国は何としても支配を確実なものにしたい。南シナ海から台湾、そして東シナ海は、中国にとって非常に重要なのです。

つまり南シナ海で米海軍が自由に活動されては困る。これまで米海軍と中国海軍の異常接近が数回ありました。これからも起きるでしょうが、そこで緊張が増さないようにするには同盟国の協力が必要です。


台湾攻撃に備えろ


ーー 二二一年九月、アメリカ、イギリス、オーストラリアの三カ国間の安全保障協力の枠組みAUKUSが発足しましたが、こういう協力は中国の強硬姿勢のエスカレートを抑止するのに役立ちますか。


ハラリ AUKUSは原子力潜水艦開発で連帯するためのものですが、中国は強く反発し、「軍拡競争を激化させ、地域の平和と安定を著しく損なおうとしている」と避難しています。そもそも民主主義国と権威主義国の価値観は正反対ですから何をしても相容れません。しかしどちらのシステムも世界経済の中に組み込まれているので、経済的には双方が利益を得ていることが重要です。自由主義陣営の同盟が習近平の気持ちを逆なでする可能性もありますが、結束を固めたほうが中国の軍事的な冒険主義に対して抑止効果が大きいでしょう。

習近平が台湾を支配下に置くことをあきらめることはないという前提に立たないと、中国が不意打ちで台湾を攻撃したときに間に合いません。今必要なことは、アメリカと日本と台湾の軍事力を強化するために、「統合参謀本部」みたいなものを作り、いざ戦争となったときに具体的にどう対処するか、決めておくことだと思います。ミサイルをはじめとする武器、食料、エネルギーなど台湾に対してどの国が何を提供できるか、具体的に決めておかないと間に合いません。

中国が覇権国となった世界に生きたくありませんが、二年ごろには、世界一の経済大国になります。あらゆることに関して党中央が最終決定権を握っているものの、中国の経済システムは資本主義であり、そのメリットを最大限生かしています。国家資本主義ともいわれており、今後繁栄し続ける可能性は非常に高いと見るべきでしょう。

我々はそういう国と価値観を共有することは無理ですから、Agree to disagree(お互いに意見が異なることを認める)という姿勢をとることが大事です。包囲網によって中国の権威主義体制を変えようとしても現実には難しい。経済的には相互に利益を得ていることを忘れず、価値観の衝突から戦争にまでエスカレートしないように、お互いに価値観を押し付けないことも非常に重要です。


権威主義の「三つの弱点」


ーー 新型コロナウイルスのパンデミックに対して、中国のような権威主義国の方が民主主義国家よりも対応が優れていたと言う人もいますね。


ハラリ 民主主義国家で特にパフォーマンスが悪かったのはアメリカ、ブラジルですが、台湾、ニュージーランドはそれに比べるとはるかにパフォーマンスがよかったと思います。日本は累積感染者で言うと欧米よりはるかに少ないので、パフォーマンスはいいと思いますが、感染者数が少ないレベルにもかかわらず医療ひっ迫が起きているので、成績でいうと中間くらいに位置していると思います。

このパンデミックは、権威主義体制の優位性を示したという人もいますが、私はそうは思いません。むしろ、民主主義体制の優位性を再認識することになったと思います。

哲学者や歴史家は、民主主義と権威主義を対比して、大きくわけて三つのことを述べています。

一つ目は、民主主義は情報のfree flow〈自由な流れ)を保証しますが、権威主義は「表現の自由」と「報道の自由」を抑えつけることで、自国の利益を傷つけてしまうということです。

権威主義のリーダーは、検閲を行い、自分に不利なニュースを流す人を往々にして罰してしまう。何が真実であるかがわからなくなり、結果的に真偽不明の情報が流通してしまうので、システム全体の機能不全につながります。

パンデミックが始まって二年経っても、このウイルスの発生源が突き止められていないことは偶然ではありません。発生したのが権威主義国であるため真実は今も闇の中なのです。武漢で最初の数週間に何が起きたかはいまだにわからず、

表に出た情報信用することはできません。もしこれが民主主義国で始まっていれば、誰かが隠そうとしても、独立した報道機関や個人が突き止めて公表していたでしょう。


過ちが修正できるか否か


二つ目は、間違いを修正するシステムの有無です。一つ目の情報問題とも関連しますが、権威主義の統治者は、自分自身の過ちを指摘されても自ら修正できない。それは権威を傷つけ、自分の地位を危うくしてしまうからです。むしろ問題の原因を外部になすりつけ、結果的に間違いを修正するどころか、増幅してしまいます。

民主主義国では、過ちがわかれば修正はより簡単です。もしリーダーが自らの過ちを否定したり、その責任から逃れようとしたりすれば、他の人がそのリーダーに対して間違いを指摘し、別の行動方針を提案することができるからです。


三つ目は、人々のモチベーションです。

権威主義国では、情報に対して自由にアクセスできず、監視の目も厳しいので、個人や法人が自分自身で判断できません。それだけで時間の無駄は相当なものです。

民主主義国では、自分で情報を得ることができ、個人や法人がイニシャティブをとることができます。モチベーションを持った、十分な情報を得た人々は、権威主義国の人々より自らの能力を発揮することができます。

(取材構成 大野和基)