今日は3連勤の3日目です。
ようやく辿り着いたなあ…と言う感覚です。
ただ、4連勤に比べれば、気分も身体もかなり楽でした。
六十に近い身には、1日の違いがとても大きいのです。
仕事に於いては、私は完全に受け身の労働者です。
「やれ」と言われた仕事を必死にこなすのが精一杯で、自分から新しい手法にチャレンジする…と言う余裕も気概もありません。
そう考えると、今までの半生は総体に受け身だったなあ…と思います。
資格を取ったり小説を書いて出版したりもしましたが、それも「何かになる」と言う前向きの考えからでなく、生きるためにやむを得ず、とか、現実の自分を受け入れられなくて…と言うのが理由でした。
そして心のどこかで「現実ではない自分」を夢想していました。
今も毎日が必死ですが、自分の器をわきまえて生きるようになった…と言う意味では、無駄な葛藤はなくなりました。
58歳にして、ようやく中二病から抜け出せた感がしています。
まあでも、58歳にして向き合う己の現実はとても厳しく、へたり込みそうになりますが…。
今日一日。
神様。
今日一日が穏やかなものでありますように。
父が苦痛なく過ごせますように。
友人たちが無事に一日を終えますように。
お祈り致します。
ようやく辿り着いたなあ…と言う感覚です。
ただ、4連勤に比べれば、気分も身体もかなり楽でした。
六十に近い身には、1日の違いがとても大きいのです。
仕事に於いては、私は完全に受け身の労働者です。
「やれ」と言われた仕事を必死にこなすのが精一杯で、自分から新しい手法にチャレンジする…と言う余裕も気概もありません。
そう考えると、今までの半生は総体に受け身だったなあ…と思います。
資格を取ったり小説を書いて出版したりもしましたが、それも「何かになる」と言う前向きの考えからでなく、生きるためにやむを得ず、とか、現実の自分を受け入れられなくて…と言うのが理由でした。
そして心のどこかで「現実ではない自分」を夢想していました。
今も毎日が必死ですが、自分の器をわきまえて生きるようになった…と言う意味では、無駄な葛藤はなくなりました。
58歳にして、ようやく中二病から抜け出せた感がしています。
まあでも、58歳にして向き合う己の現実はとても厳しく、へたり込みそうになりますが…。
今日一日。
神様。
今日一日が穏やかなものでありますように。
父が苦痛なく過ごせますように。
友人たちが無事に一日を終えますように。
お祈り致します。
毎日大きな出来事はありませんが、生きるために何とか働いています。
私もがんさんのブログを拝読していますが、コメントするにはログインしなければならないのに、以前決めたパスワードを忘れてしまって入ることが出来ず、ご無沙汰していることをお詫びします。もう、中年ではなく初老と感じることしきりの日々です。
これからもこの細々とした日報をよろしくお願いします。