考えるのが好きだった

徒然でなくても誰だっていろんなことを考える考える考える。だからそれを書きたい。

「考える人」の養老先生

2006年04月11日 | 養老孟司
 「考える人」の春号が出ました。「万物流転・意識の博物学」が、滅茶苦茶面白い。ドキドキ胸が高鳴ります。何がって? よくわかんないけど。(笑)

 私、たぶん、抽象化能力はそれなりにあると思んだけれど、言語能力が低いので、うまく表現できない。抽象化ってのは、たぶん、「同じだ」とわかることです。これ、結構、わかる。
 
 「同じ」と「違う」の話です。意識の話です。
 ついでに、概念の階層性にかかわる、入れ子構造の話も出てくる。日本人は、階層性の感覚に乏しいらしいが、関係詞がないからだそうだ。(英語の文法で、私が最も好きだったのは、実に「関係代名詞」。(笑)凄く面白いと思った。もともと概念を階層的に捉える考え方をする性質だったのだと思う。モームの文体が好きだった。外国人の英語だから、言葉そのものに情緒がぐちゃぐちゃしてなくて、関係詞が多用されていて、すっきり、読みやすいと思った。)

 養老先生、大好き。
 私の脳味噌のずっと延長上に、養老先生の脳味噌があるに違いない。それで、私が養老先生を面白いと思えば思うほど、私の脳味噌は、養老先生の脳味噌へと至る道にどんどん近づいても行くのだろう。
 自分の脳味噌と近い感覚の人の本が読めて、私はとても幸せだ。自分がどこにいるのかわかるから嬉しいのだ。 

 ついでに、内田先生との対談もあり。これはまだ読んでない。万物流転だけで興奮してしまいました。

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