目指せ!映画批評家

時たまネタバレしながら、メジャーな作品からマイナーな作品まで色んな映画を色んな視点で楽しむ力を育みます★

この世界の片隅に ★★★★★

2020-08-15 02:12:20 | ★★★★★
昨年、とあるニュースを見た。

・アメリカで原子爆弾のためのプルトニウムを製造した場所にある街に留学した女子高生の話だ。
・その街では原子爆弾は戦争終結のために必要不可欠だったもの、戦争を終わらせることにこの街は貢献したのだと、原子爆弾によるきのこ雲そのものを非常にポジティブかつ前向きに捉えており、きのこ雲をあしらったTシャツすらある。
・この街にたまたま留学した女子高生が日本における原子爆弾がいかな存在であるかを涙ながらに訴えた、という話だった。

https://www.nishinippon.co.jp/sp/item/n/533053/


アメリカという文字通りのアウェイにおいてのこの勇気ある行動は称賛されて然るべきだが、実際に自分が留学生と同じ立場に置かれれば同じ行動を冷静にきちんと取れるかは甚だ怪しいところはある。

アメリカという国に住んでいると、75年前にもなる日本との戦争における勝利は輝かしい戦史の1ページとして描かれており、自国の軍隊や退役軍人もまたポジティブに国を守る存在として捉えられている。(日本で自衛隊が微妙な立ち位置であることとはかなり異なる)

「日本から見たアメリカとの戦争」と、「アメリカから見た日本との戦争」は大きく異なるものであり、たとえばカリフォルニア州サンディエゴにあるUSS ミッドウェーは今は戦史博物館となっており、日本にとっては不名誉なミッドウェー海戦における華々しい戦果を称える博物館になっている。
同じ文脈で言えば、たとえば真珠湾攻撃は9.11と似た文脈で捉えられており、当時の帝国主義だった日本はハラキリ特攻のクレイジーな国として理解できない国としても捉えられている。

下記ニュース記事ではトランプ大統領は9.11やパールハーバーを同列に論じている。
https://www.aa.com.tr/en/americas/trump-covid-19-worse-than-pearl-harbor-9-11-attacks/1831790


もちろん、その後の経済復興と長年の同盟関係によってそうした歴史を実際に知る者は徐々に減り、直接歴史を後世に伝える人もどんどん高齢により、亡くなっている。
日本に対するそんなイメージは無くなり、その後の失われた30年によって、ジャパンアズナンバーワンと呼ばれた経済大国というイメージからも脱落し、今は中国の近くにある極東のエキゾチックな、飯が旨い物価の安い、アニメ大国くらいになっている。
しかし、日本が世界にも類例の無いアニメ大国になったことにより、ポジティブ面もある。

 先日ようやく北米版Netflixで「この世界の片隅に」を観た。劇場公開されてから自分が実際に観るまで、随分経ってしまった。
 日本がアニメ大国になったことによって、Netflixという、きちんとマネタイズされる手段で英語でもこの映画がアメリカで合法的かつ幅広く観られるようになっている。(実際にどの程度視聴されているかはわからないが)英語字幕で鑑賞することも可能だ。

それにしても強烈な作品だ。パッと見た感じ、ほんわかポップな絵なのに、物語の中ですごくあっさりと人が死んだりするので結構冷や冷やしながら鑑賞した。

事前知識を何も入れてなくても日本の近代の歴史をある程度知っていて、方言を知っていれば、この作品の舞台となる場所が広島近辺ということはわかる。
基礎的リテラシーさえあれば、この作品が何を描こうとしてるかは類推できる。私は鑑賞時の気持ちをしっかり感じたかったので、ほぼ予習無しネタバレなしで見た。結果として、ポップでほんわかな絵柄なのに物凄く怖い作品とも思えた。年代表示にいちいちドキドキする。
原爆ドーム(旧広島産業奨励館)が壊れる前の姿で出てくるところでビクってなった。
戦中を描いたアニメ作品ということで蛍の墓とついつい比べてしまうが、家族がいるからマシなのかもしれないが、戦争が悲惨であることには変わりが無かった。
広島がなぜ原子爆弾の攻撃目標だったのか、は呉の描写から納得感があった。

実際には原爆の効果を確認できるようにするために比較的無傷であることや、軍事拠点であることなどが挙げられている。

米国が広島に原爆を落とした理由
https://www.cnn.co.jp/world/35141021.html


原爆によって、7万人ほどが一瞬で亡くなったと言われている。
<引用>
原爆の爆発によって少なくとも7万人が殺害され、さらに7万人が被爆のために死亡した。「がんなどの長期的影響のため、5年間で合計20万人、あるいはそれ以上の死者が出た可能性がある」。エネルギー省はマンハッタン計画に関するサイトの中でそう記している。


◻️主人公と家族、人生観

戦前から戦中にかけての時代の空気感や雰囲気を非常に巧妙に描いている。主人公のすずはなんとなーく、知らない家に嫁入りするのだが、住所も知らぬままに嫁入りしたりするのはさすがにすずがぼーっとしすぎてはいるものの、それでも当時の結婚に至る流れは戦後とは大きく違う。自由恋愛などというものは存在せず、家と家の結婚みたいなところもあったわけで…。最後まで、どんな目にあっても家に居続けるすずが一見頼りないのに、たくましい。

◻️戦争作品として

戦争を描くのは色んな手法があるが、段々と戦争の足音が近付いていく姿を描きつつ、家族や当時の結婚も描き、さらに戦争時の日本の困窮までをも丁寧に描いていた。
戦争になるともちろん貿易が滞り、資源がない国である日本では真っ先に物資が不足する。日々暮らす人々には正しい情報はおりてこず、ひたすらに値上がりする日用品や食料、そして横行する闇市なども明るいトーンであっけらかんとして描かれる。(多分にすずの視点によるところが大きいのだろうが…)物の価格があがりつづけるインフレとなる中でも、誤って砂糖を蟻に食べられたり、水に沈めてしまったりと、すずの底抜けにドジかつノロマな様が何故か苛立ちを覚えさせない。この辺りはすずの声を演じたのん(能年玲奈)の力量の賜物ではないかと思った。

憲兵のシーンはヒヤヒヤしたが、そのあとに皆んなが笑い出すシーンでのほほんとした。憲兵もまた理不尽な存在だが、平時なら笑い飛ばせるようなことがなかなか笑い飛ばせない状態というのが普通の市井の人にとっての戦争なのだなと思わされるシーンだった。

◻️手を失う

主人公のすずにとって唯一といってもいい、娯楽が絵を描くことで、才能もあり、しかしその才能は埋もれ、日々の暮らしの中でなんとなく時間が流れてる中で戦争になり絵を描くこともたまの隙間時間になり、そんな中で戦火に遭って手を失う。
言ってみれば、自分の唯一の特技であり、ほんの些細な趣味まで理不尽に奪われて、不自由な一生を余儀なくされ、しかも救えなかった姪っ子のことをも一生背負っていかなくてはならないという重すぎる仕打ちを受ける。
戦争の理不尽さをパーソナルな問題と結びつけて描く上ではこの展開は不可避だったのだろうが、否が応でも観ている側にも憤りを感じさせるような展開だった。


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