稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

剣道、六段や七段の資格とは

2017年11月26日 | 剣道・剣術
地稽古や試合では滅法強いのに、なかなか六段や七段審査に受からない者がいる。
きっと本人は「何故オレより弱い者が受かってオレが受からんの?」と思っていると思う。

一言で言うと「美しくない」のである。

スキージャーナル「高段者への道」1991年初版第2刷発行には下記のように書いてある。

六段になると、風格、気位、技の冴えという高度な内容、そして総合的な力が合格の基準となり、合否の決め手を一口に説明するのは難しくなります。その意味でも、受審者は精神の鍛錬を重視しなければなりません。(中略)攻防の際、その姿勢・態度を終始正しくし、打突後の体勢が崩れないようにしなければなりません。そして絶えず旺盛な気迫を内に秘めている必要があります。この姿勢・態度と気迫が正しく一体になっていれば、おのずと“位取り”ができていることになります。(中略)打突の機会を確実にとらえることはいうまでもありませんが、加えてその打突が冴えたものでなくてはなりません。

七段は、六段の心と気の働きの剣道からさらに奥深い修練がうかがえる風格、技の使い方、気位が求められます。それは技法より心法に重点を置いた剣道ともいえるし、より高度に自己の個性(剣道観)が反映されてることが必要になります。(中略)自然な姿勢・態度はもちろんですが、その攻防においても、常に不動の体勢を保っていることが大切です。間合いの攻防では、相手の心までも読みとり、打突では気力と剣で相手に乗って相手には打ちを出させることなく制し、余韻をも感じさせるような気品・風格が求められます。気争いがなく、当てることにこだわったり、姿勢、態度にとらわれすぎ、気迫を欠いてはいけません。

風格や品位というものは一朝一夕で身につくものではない。
日頃の稽古の中で意識を高め、努力して身につくものである。

先日の審査でも知り合いの試合巧者が何人も落ちた。
もう充分に強いのに勿体無い。
日頃の稽古のあり方を変えるしかないと思う。

少しでも参考になればと思う次第だ。
コメント
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